おっぱい祭り

サヨナキドリ

おっぱい祭りのあらまし

 発端は、少子化による神輿の担ぎ手不足だった。

「どうしてですか!!」

 村の寄り合い所代わりになっている公民館、祭りの運営会議で1人の少女が村の衆相手に気炎を上げていた。

「どうして私は神輿を担げないんですか!私ももう16歳です。担ぐだけの力はあります!」

 祭りの責任者である自治会長が呆れたように言った。

「あのな、この神輿は男にしか担げないんだよ」

「そんな旧態依然とした話をしているから担ぎ手がいなくなるんですよ!嫌々担ぐ男子より、担ぎたい女子に担がせるべきです!」

 少女が詰め寄る。

「いや、ちがうんだそういう話をしてるんじゃないんだよ」

 やれやれと首を振りながら自治会長は言った。

「本来は別に男でも女でも構わないんだがね?この神輿を担ぐ時は『上半身裸』という決まりがあるんだ。君もその……いやだろう?」

 その言葉に、少女はキッと自治会長をにらむ。

「…………構いません」

 会議室が色めき立つ。

「なっ!おまえ何言ってるのか自分で分かってるのか!晒しもブラジャーもダメだぞ!」

 自治会長の言葉遣いが荒くなる。

「私は大丈夫だと言ってるじゃないですか!それでもおっぱいを隠さなきゃいけないんですか!!男性の胸がそうであるように、女性の胸も性器ではありませんよ!それでも隠さなきゃいけないんですか!卑猥だというんですか!」

「せ、性器ではなくとも性感帯だろう!恥ずかしいとは思わないのか!」

 あまりの気迫に自治会長はめちゃくちゃな反論をした。

「だったら男の乳首だって性感帯でしょう!中指と親指で乳輪を広げながら人差し指でカリカリってくすぐったあと、舌先で転がすように舐めてやろうかアァん!?」

 ボルテージが上がった暴言を聞いた村の衆のが、耳を赤くしながら肩をピクッと震わせた。

「こいつ……!」

 怒鳴ろうと息を吸い込んだ自治会長の肩を、村の衆のひとりの縮毛の男が掴んだ。彼は、これまでの会議はずっと寝ていて、発言したことはなかった。

「まあまあいいじゃあないですか。お嬢ちゃん。君の熱い想いはよくわかった。村と祭りのために、一肌脱ごうってんだろ?ありがたい話じゃあないか。お嬢ちゃんは神輿を担げる、神輿は担ぐ人間が増える、客はボインが見られる、三方よしじゃあないか。」

 そういいながら男は、少女の顔を下から覗き込むように腰を曲げた。少女は警戒心を露わに眉をしかめた。

「それで、なんだけどね?祭りの様子を動画に撮って、インターネットにアップしようと思ってたんだけど、どうかな?なぁに、他意は無い。ここは見所のない過疎の村だ、この祭りくらいしか、観光客受けするものもないからさぁ。いいだろ?」

「はい。構いません」

 少女は毅然として答えた。その言葉に、男は目を丸くし、それから吹き出した。

「ぶっ。…………はははは!!いやぁ、負けだ負けだ!」

 そう言って男は村の衆の方を振り返る。

「おいみんな!こんだけの覚悟の相手を、説得しようって方が失礼な話だぜ」

「なっ!おまえ」

 あっさりと寝返った縮毛の男に自治会長が非難の声を上げる。男は自治会長と肩を組んで、耳元でささやいた。

「……正直になれよ、おまえだって見たいんだろ?JKの生おっぱい」

「…………!!きさまっ!」

「……いや、これも村のためかもしれん」

 激昂しかけた自治会長が、長老の言葉を受けて不発に終わる。

「よし!全会一致でOKだ!神輿担ぎの練習は金曜日にやってる。頑張ろうな、お嬢ちゃん」


 そして祭り当日。神輿を担ぐために現れた少女の姿に神社の境内はどよめいた。浅葱色のショートパンツ、腕と肩の間にはくっきりと日焼けの境界線が入っていて、輝くように白いお腹と、その上に、たわわに膨らんだ胸。

「いやぁ、エロいねぇ」

 カメラを構えながら縮毛の男が言った。少女は呆れたようため息をついた。

「私はエロくないです。あなたがエロいんです」

 そう言って少女は神輿の方へ向かう。しゃがみ、かつぎ棒に触れる。緊張と、興奮がないまぜになった感情で、少女は口をくにゃりと曲げた。担ぎ手同士息を合わせて、一気に肩に神輿を乗せる。立ち上がる。息を大きく吸い込む。

「わっしょい!わっしょい!」

 躍動する命のように跳ねる。緊張は歓喜に取って代わられた。ずっと憧れていたお神輿を、私が今、担いでいるんだ!

「わっしょい!わっしょい!」

 観客も声を合わせる。境内が一体感に包まれる。少女ははしゃいで笑顔で子どものように飛び跳ねた。合わせて、胸もたぷんたぷんと飛び跳ねた。

「おっしょい!おっしょい!」

 原因はわからないが、上がる掛け声が少しずつ変わっていく。

「おっぱい!おっぱい!」

 やしろを揺らさんばかりのおっぱいコールで境内は満たされた。少女は赤面した。

「これに懲りたら、来年はこんな無茶言わんだろ」

 カメラを覗き込みながら、縮毛の男は言った。


 ——その予想は外れていた。少女は翌年も神輿を担いだ。その次の年、神輿を担ぐ女性は二人になった。ネット上で話題を呼び、その次の年は有名コスプレイヤーが神輿担ぎに名乗りを上げた。神輿を担ぐ男性は減っていったが、それ以上に女性は増え、神輿はふたつになった。やがて、神輿を担ぐのは女性だけになった——


「それが、このおっぱい祭りのあらまし」

 境内の石段に座りながら、少女が隣に座る男の子に言った。

「委員長……胸を!隠してください!」

 甚平を着た少年が赤面しながら言った。

「もう。エッチなことで頭がいっぱいなんだね、君は。ダメだよそういうこと言っちゃ。失礼だよ」

 そう言う委員長と呼ばれた少女は、この祭り伝統の装いをしていた。つまり、浅葱色のホットパンツを履いて、上半身は裸だった。

「そんなこと言われたって無理ですっ……」

「今は無理かもしれないけど、いつかできるようになるよ。女の子の身体はエッチなものじゃなくて、女の子を見る目がエッチなんだから」

 そういいながら委員長は、少年の頬を優しくなでた。

「じゃあ、お神輿担いでくるから、見ててね」

 そう言って委員長は立ち上がった。揺れるお尻と太ももを、ほとんど本能のままに目で追った。

「せーの!おっぱい!おっぱい!」

 神輿を担いでいるのは委員長だけではなかった。クラスメイトが、後輩が、胸を弾ませながら担いでいた。明るい笑顔で、日常の抑圧から解放されて、いつかの少女と同じように生命を躍動させて飛び跳ねていた。

(最高のお祭りだよ……)

 顔を真っ赤にしながら、少年は思った。

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