文化祭ファクター

瀬塩屋 螢

シャッターチャンス

 あぁ、最高のお祭りだ。


 構えていたスマフォを隠す。ほうけて、へたりこむのはまだ早い。何とか堪えて、人気ひとけのない学校の屋上へ上がりこんだ。

 もう限界。扉の横に座り込んで、手にしていたスマフォをそっと開く。


 手元に貯まった写真データ『+99』の文字。

 タップすると、ずらりと並ぶ彼の姿。

 そこには、裏方で頑張る彼や、踊る彼、歌う彼、笑う彼が映っている。

 選ぶまでもなく、どれもサイコーだ。


「まぁた、僕ばっかじゃん」


「うん! そうなの!」


 画面を見ながら、蕩けそうな気分で横からの雑音に頷く。

 それから違和感を感じ、はた。と手を止めた。


 今なんと?


 ぐりんと、声がした方を向く。

 その人物は、屋上の扉を背もたれに、ボクのスマフォを覗き込んでいた。ふんわりとした茶色い癖毛が徐々にスマフォから離れ、晴れやかな笑顔が覗いている。

 彼の名前は斧小路おのこうじ たつみくん。お察しの通り、ボクの被写体である。


「お、斧小路くんっ……」


「やっほー、読坂よみさかちゃん」


 咄嗟にスマフォを両手で隠す。

 でも、よく考えてみれば、中身はすでに見られているので、まったくもって意味がない。


「……」


「……」


 何からどうしていけばいいのか、飽和状態の頭では何もでてこない。

 大体、いつも陰で撮っているその笑顔は、まったくもって眩しすぎる。

 散漫的に考えた結果。


「斧小路くんはどうしてここに?」


 ボクは、そんな平凡な問いを彼に向けた。


「僕? 僕は読坂ちゃんを探しに」


「ど、どうして?」


 すると、斧小路くんはボクの顔を覗きこんだ。写真にもないような満面の笑みが、そこにある。


 近い。あまりに近すぎる。


 パーソナルスペースが、どこかへお出かけしたらしい斧小路くんは、身体ごとこちらに近付いてくる。

 逃げるには背後の壁が邪魔だし、目を逸らすには空間がない。その近さでも、なんとか理性を保とうと、ボクは俯いた。


「ひどいなー。読坂ちゃんは、そうやって僕をもてあそんでるんでしょ」


「もてっ!?」


 滑らかな声に反応して、ボクは顔をあげてしまう。悪魔のように美しい笑顔だ。

 どちからと言えば、斧小路くんが弄んでいる側では? 頭では言える。口は、否定する事に精一杯だ。


「弄んでないよ」


「じゃあ、なんでくれないの?」


「あっ、や……、それ、は、」


 濡れた子犬のような瞳が、ボクを非難する。


「僕の事沢山写真に撮るくせして、僕の『付き合って』には返事をくれないのって、弄んでるとしか言わないと思うんだけど」


 悪魔的本性を現しながら、的確にボクを悪女に仕立て上げてくる斧小路くん。

 いかん。このままでは雰囲気に飲み込まれてしまう。

 

「かっ、鑑賞用なんだよっ!」


「へぇ」


「ほ、ほら、『付き合う』のもおこがましいっていうかさ」


「ふんふん」


「レンズ越しだと、空間的隔たりがあるから落ち着いてみてられるんだけど、いざ対峙すると、ボクには神々しくて」


「成程。読坂ちゃんの目的は、僕の身体だって言う事は良く分かったよ」


 何も成程になってない。

 絶対に分かっている意地の悪い笑い方をしている。


 写真に写したことのない、斧小路くんのこの笑顔。

 彼の写真を撮り始めるよりも前から知っている。不敵な感じ。

 背中がぞわぞわする。


「そこをどうこう言いはしないよ。ただ、等価交換。つまり見返りは欲しいよね」


「見返り?」


「僕ばっかり与えるのは不公平って事。付き合ってもらえないなら、今回の文化祭分のお返しはしてほしいなって」


 そのために、クラスの出し物頑張ったんだから。

 ウィンクしながら、ボクがスマフォを持っている手を包み込んできた。

 ここまで考えているわけない。そう思う自分と、彼なら考えかねない。と、経験則を重視する自分がせめぎ合う。


「……」


「そんな怖い顔しなくていいよ。とっても簡単なお返し」


「拒否権は?」


「あるわけないよ」


 速攻で切り返された。いっそ清々しい。

 こうなってしまった以上、腹を決めて、白旗を上げよう。

 知らないうちにお返しが倍プッシュされていたら、たまった物じゃない。


「わかった。内容は?」


「最高のお祭りの思い出が欲しい」


「具体的には?」


「聞いたら、契約成立だよ」


 どんな悪徳商法だよ。

 とは口が裂けても言えないので、ボクは頷く。


「構わない」


「オッケー」


 ボクが頷いたのを見て、斧小路くんがスマフォを取り出した。

 スマフォを上に掲げ、カメラを起動しだす。

 携帯の画面に赤面したボクと、満面の笑みを浮かべる斧小路くんが映る。


「後夜祭で僕と一緒に踊って、沢山写真を撮る。これがお返しだよ」


 言い終わるかどうかの内に、写真が撮られる。連写で。

 ひとしきり撮り終えたらしく、十秒くらいで彼はスマフォを下ろした。


「約束したからね。僕に最高のお祭りプレゼントしてね」


 「じゃあねー」彼が振り向くことなく、立ち去っていく。

 後夜祭が始まるまで、あと少し。

 事の重大さに気付き力が抜けたボクは、へなへなと床にへたり込んだのだった。

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文化祭ファクター 瀬塩屋 螢 @AMAHOSIAME0731

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