「孤独な桜」
新豊鐵/貨物船
「孤独な桜」
人里離れた山奥に一本の桜の木がありました。
いつからそこに生えていたのか?
誰も知らず、自分でさえもわからない・・・
大きくもなく、そうかといって小さくもなく、
春になれば少なからず花を咲かせる桜の木。
誰かに近くで見られたリすることもなく
暖かい春の日も、照りつける陽射しの暑い夏の日も、
穏やかで涼し気な風が吹く秋の日も、雪が降る寒い冬も、
同じ場所に立ち、長い年月を孤独と共に生きていました。
そんなある日のこと、
彼から少し離れた場所に小さな花の芽をみつけました。
冬の間に落ちた枯れ葉が風に吹かれて当たっても
折れてしまいそうな気がするほどの小さな花の芽は
もうすぐ訪れる春の日差しを少しでも多く、その身に受けようと
懸命に二つの葉を広げていました。
「頑張れ!・・・頑張れ!」
小さな花の芽に、彼は声を掛けようとしますが
声など出るはずも無く、吹く風に小枝が揺れてカサカサと
音を立てただけでした。
大地に根を張っている桜の木であるがゆえに
そこから一歩も動くことも出来ません。
彼は暮れ始めた夕陽に伸びた自分の影を
悲し気にみつめるしかありませんでした。
それは涙だったのでしょうか?
春も近くなり、ちょっとだけ芽吹き始めた幾つかのつぼみが
彼の伸ばした枝から地面へと落ちました。
それから数日が過ぎると、小さかった花の芽は次第に大きくなり
茎が曲がってしまうほどのつぼみを膨らませ始めました。
彼の応援はあれからも毎日、続いてます!
届かぬ声だとわかっていても、その花への声援は
彼の孤独を紛らわせる唯一の方法だったのかも知れません。
言霊(ことだま)とでも言うべきか?
彼の言葉で伝えられなかった想いは、ちゃんと届いてました!
鮮やかな黄色い花びらを開かせた花は彼に言いました。
「いつも励ましてくれてありがとう」
「あなたのお蔭で綺麗な花を咲かせることが出来ました」
勿論、花の言葉は他の誰にも聴こえません・・・
周囲に生えた何本かの木々も、背を伸ばした草も
青い空を自由に飛び回る小鳥たちもその声に気づきません。
花を咲かせることで心の声を伝えることが出来るようになった
小さな花である彼女は桜の木と仲良く語り合いました。
この世に生を受け、初めて孤独から解放された桜の木は
幸せな日々を過ごしましたが、そんな幸せな日々も
それほど長くは続きませんでした・・・
美しかった花びらは次第にしおれて散る時が迫っていたのです。
「私はもうすぐあなたとお別れしなくてはなりません」
その声はやっと桜の木に届くほど小さくて、寂しそうでした。
曇った空からポツリポツリと雨粒が落ちて来ました・・・
その雨はしおれて枯れそうな花と桜の木を濡らしながら
まるで二人の涙のようにポタポタと地面にこぼれ落ちました。
降り注ぎ続けた雨が上がる頃には花の命も尽きてしまったようで
桜の木が彼女の声を二度と聴くことはありませんでした。
永遠とも感じるほどの長い長い静寂のとき・・・
楽しかった日々を思い出すのも辛く、そんな幸せだった日々を
思い出さなければ寂しさと悲しさをやり過ごせない!
そんな彼の心の中は空っぽでした。
独りぼっちで過ごしていた頃は季節の移り変わりを眺めながら
何も考えず、ボンヤリしていることが多かった・・・
初めて感じた幸せというモノは失うにはあまりにも大き過ぎた。
ナゼに神様は自分にこんな試練を与えたのか?
春が来て、開いた桜の花びらは薄いピンク色をしていましたが
彼女が咲かせていた黄色が微かに混じっているようで
何となく悲しい色に見えました。
春の終わりを告げるように舞い散る桜の花びらは
その一枚、一枚が出会った花との思い出を散らすように
静かに・・・静かに・・・地面へと降り積もりました。
最後の一枚が舞い落ちたあとに、力尽きてしまった桜の木は
その後に花を咲かせることもなく枯れてしまったそうです。
「孤独な桜」 新豊鐵/貨物船 @shinhoutetu
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