第11話 いつだって敵わない彼女に降伏


 病院から退院して、暫くぬるい任務を受けて、居酒屋に通う日々が続いた。

 周りからは英雄だのなんだのと持て囃されたが、酔っ払い共はいつものように「死に損ないが」「おいおいモテてるじゃねーかアランのくせに」「お前ドナちゃんはどうした」だの喚く。部下の小猿はいつも通り怒りながら俺を任務へ連れ戻す。


 まるで何も無かったかのようだった。


 勿論亡くなった奴もいる。俺自身背中には焼け爛れた痕が残り、右目には眼帯を付ける状態になった。全てが元通りにはならない。


「……ドナちゃん、また休みかぁ」

「悪いな、アラン。ドナも今色々忙しくてな」


 店主が苦笑する。俺はひらひらと手を振って「別にいーよ」と返す。俺が勝手に気になっているだけだ。


「ああ、そういやアラン。お前に伝言」

「……俺に?」

「ドナからな」


 目を見開く。

 そわそわとしながら「……なんて?」と訊くと店主は「相変わらず惚れてんだなぁ」と呟いた。当たり前だろ。


「今週末、夕方六時、南537番地倉庫で。だってよ」

「……デートってわけじゃなさそうだな」

「だな」


 倉庫。しかも南537番地。あの事件があった場所だ。いい思い出は何一つない。

 ただまぁ、ドナちゃんからのお誘いなら、行かない選択肢はない。


 その週末、俺は柄にもなく服装を気にしながら呼ばれた場所へと向かった。


 薄暗い倉庫は、あの日を思い出して嫌になる。

 まだあの盗賊達が潜んでいて、気を抜いた瞬間に俺を殴り、あの日の復讐をしてくるのではないか。そう思って身構えてしまう。


「……アランさん。来てくれたんですね」

「ドナちゃん」


 居酒屋の店員の制服とは違い、上質な白のワンピースを着て髪を下ろしたドナちゃんがいた。


「……退院、おめでとうございます」

「あ、うん。ありがとう……」


 風に靡いて揺れる髪が綺麗だった。

 ドナちゃんは俺を見ると、いつかのように「まだ私のことが好きですか」と訊いた。


「……好きだよ。多分さ、俺、死ぬまで好きだ。諦めてあげられない。よぼよぼのジジィになっても、ずっと好きなままだと思う」


 ドナちゃんは背を向けて、髪を掻き上げる。僅かに傷痕が見えた。肩紐をずらして、ドナちゃんは背中を晒す。


「こんな、女としては不釣り合いな傷があってもですか」

「……好きだよ。俺を守ってくれた、綺麗な傷だ」


 触ってもいいか、そう訊いて、ドナちゃんが頷くのを見る。

 傷痕に触れると、肌が隆起したボコボコとした感触が手の平に伝わる。


「ドナちゃんの美しさは、傷一つで損なわれないよ」

「……馬鹿な人ですね」


 ドナちゃんは肩紐を直して振り返ると、俺の眼帯に触れた。


「痛みますか」

「……いや、もう平気だ」

「……背中に火傷もあるんでしょう」

「知ってるのか」

「知ってますよ」


 馬鹿な人。そうもう一度ドナちゃんは呟いた。

 眉を下げた顔は、何故だか泣きそうにも見えた。


「一度貴方が眠っている時に、貴方の家へ行きました。院長さんに頼まれた荷物を取りに……そうしたら、あまりにも生活感のない部屋で……誰かへ明け渡すような部屋でした」


 ドナちゃんがこちらを見る。落ち着いた目だ。黒い瞳が俺の顔を覗き込んだ。


「死ぬ気だったんですか」

「……さぁな」


 誤魔化すわけじゃない。本当に、分からないんだ。戦争で散るのは騎士の誉だ。それでも死にたいわけではなかった。でも、もしかしたら。


「死ぬことが罪滅ぼしになると、思ったのかもしれない」

「……ならないですよ。全然、罪滅ぼしにならない」


 そっか。俺は呟く。

 月明かりがドナちゃんの顔を照らしていく。俺は妙に納得しながら問いかけた。


「……俺のこと、誰だか分かってた?」

「はい。顔に面影が残っていましたから」


 ドナちゃんはうっすらと口元に微笑を浮かべる。そうして感情を吐き出すように口を開いた。


「ずっと、憎かった。助けたのは私ですけど、この傷のおかげで、家族からは罵倒されて、貴族として生きていくことは出来なくなりました。ずっと……助けなければ良かったと、思っていました」


 多分そうだろうな、とは思っていた。

 あの怪我は嫁への貰い手がなくなる原因にしかならない。彼女の足枷にしかならない傷だ。

 いつか彼女は俺を庇ったことを後悔すると思っていた。いっそ憎らしく思うだろうとも。


「……酷い女なんですよ、私。なのに、どうして、貴方が……こんな私を綺麗だなんて、好きだなんて言うんですか……」


 ほろほろと涙を零すドナちゃんに微笑む。

 泣かないでよ。俺、ドナちゃんの泣く姿、昔から苦手なんだよ。


「ドナちゃんは綺麗だよ。昔から綺麗で、今もそうだ」

「……そんなことを言うから、私……」


 瞬きをするドナちゃんの頬に涙が伝う。

 やっぱり、綺麗だと思った。


 ドナちゃんが俺の胸に頭を預ける。俯いたままドナちゃんは言う。


「私、自分より先に死ぬ人は嫌なんです。私よりも長生きしてくれる人が好き。……だから、お酒もやめて、死に急がないでください。そうしたら、頷けますから」


 なぁ。それって期待していのか。

 俺はドナちゃんの小さな体を抱き締めながら口を開いた。


「お酒は、控える」

「はい」

「後先考えずに前線に行くのも控える」

「はい」

「……好きだ。結婚を前提に付き合ってくれる?」

「……はい」


 柔らかく微笑んだドナちゃんの表情に、ぶわりと顔が赤くなる。早鐘を打つ心臓に死んでしまいそうだと思った。

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俺は彼女にプロポーズし続ける nero @nero-

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