第10話 俺のことなんか俺にだって分からない
重たい瞼を上へ押し上げる。目覚めは静かだった。
体はやけに重だるく、喉はカラカラに渇いていた。視線だけを動かして場所を把握すると、どうやら病院のようだった。
窓枠に妙な紋様があるのを見つけると、途端に面倒な気分になる。ここは俺の知っている、もっと言うなら腐れ縁の院長がいる病院だ。
つまり、悪運の強い俺は生き延びたわけだ。
「……も、うけもん、だな……」
ひっひっと笑うと、途端に痛みが走り、呻く。あばら骨に響いた。これは折れているな。
改めて自分の体を確認してみると、死の危機に瀕していただけあって、酷い状態だった。
体のあちこちは包帯だらけ。ちらりと気持ちの悪い火傷の痕も見えた。骨だって数本は折れている。
右目も駄目だ。多分、摘出されてる。
げんなりする体の状態に、俺は重く溜息を吐き出した。
この様じゃ、家の奴らも来るかもしれねぇな。
そう考えると頭も若干痛み出す。
家の奴らとは折り合いが悪い。騎士団入隊に散々反対され、無理矢理押し切り家を飛び出すような形で入隊したからだ。つまりは自業自得。会った途端にそら見たことかと小言を言われる気しかしない。
この状態だと、どうせ数ヶ月は入院だろう。そして飲酒禁止令が出る。確実にそうだ。
家の奴らとは会いたくない。
そして酒は飲みたい。
ぼんやりと白い天井を見つめ、息を吐き出す。
「逃げるか」
「駄目ですぞ、アラン殿」
ガラリと引き戸を開かれる。室内に一人の老人が入ってきた。
杖をつく姿はか弱そうに見えるがまだまだ現役であることを俺は知っている。
「まぁーだ生きてやがったか。老いぼれ院長」
「それはこちらのセリフじゃよ」
院長は俺を見る。細められた目が鋭く射抜くようにこちらを見た。
「よく……こちら側に戻ってこれたのぅ」
「……仏さんになるにゃあまだ早いだろうが」
「そうさなぁ……早い。早すぎるわ……老いぼれよりも早く向こうへ行くな」
「……俺は、騎士だからなぁ」
俺が犠牲になって勝てるなら安い戦いだった。ただそれだけだ。
「まぁ、兎にも角にも大人しくここにおった方がいい」
「病院はあんま好きじゃねえんだけどなぁ。酒が飲みてぇ」
「寿命を縮める気かね。内蔵がやられてしまうぞ」
ほらな。酒禁止令だ。最悪だ。
がっくり肩を落とした俺を尻目に、院長は言いたいことは言い終わったのか帰ろうとする。それを慌てて呼び止めた。
「ユート……勇者様はどうなった?」
「あの子か。あの子なら無事に帰った。最後までお前さんの身を案じていた」
「……そうか」
もう帰っちまったかぁ。ドナちゃんに会わせてやろうと思ったのに。
まぁ、戻ってこいなんて思わない。二度とこっちには関わってくるな。平和に向こうで暮らせ。そう思った。団長命令だ。
「アラン殿がそこまで気にかけるのは珍しいの」
「あいつはなぁ……俺の憧れだったもんにそっくりなんだよ」
それだけ言って、俺は目を閉じた。
もう話す気はないと分かったのか、院長はやれやれと首を竦めた。
ユートは俺の憧れに最も近い男だった。
力があり、守りたいものを守り、決して逃げない勇敢な男。勇者というよりは騎士に近いと思った。
もしユートがここに残っていたら、きっと本当にドナちゃんを紹介していた。
そしてあわよくば、ユートに向こうの彼女のことを忘れてもらい、ドナちゃんを任せようと画策していた。
俺の代わりというわけじゃないが、頼れるユートにドナちゃんを守って欲しかった。俺には到底できそうになかったから。
こうして考えてみると、俺も随分押し付けがましい人間に育ったもんだ。
「随分と用意周到に身元整理をしていたようだが……アラン殿は死ぬ気だったのかね?」
「さぁな」
自分のことなんか、自分が一番分かっちゃいねえものさ。
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