祭りの後に

相応恣意

祭りの後に


「お、終わったーーー!」

 間抜けな喚声がこぼれ出るが、今夜くらいは許してほしい。

 前委員長から仕事を引き継いでから、ほぼ1年。

 数々のトラブルを乗り越えて、ようやく無事に学園祭を終えることができたのだ。気が緩んでしまうのも致し方ないことのはずだ。

「せーんぱい、気を抜きすぎですよ? 一応まだ後夜祭は続いているんですから」

 呆れ声で告げる副委員長の未央の視線が示すように、窓の向こうの校庭では、赤々と灯るキャンプファイヤーを囲んで、フォークダンスが行われている。確かにそういう意味では、まだ祭りは続いているわけだが……

「いいのいいの、あっちはもう、後夜祭の担当だから。今は最高の祭りを終えた余韻に浸らせてくれー」

 よたよたと歩きながら、くたびれたソファーに倒れこむ。

 バネが当たり、座り心地最悪のソファーだが、疲れ切った今の俺には魅惑のフランスベッドにも思えてしまう。

「もう、またそうやってだらしない! ほかの後輩が見たら幻滅しちゃいますよ!」

「えー、いいじゃん。ただでさえ、いつもは気を張ってるんだ。お前の前でまで気を張ってちゃ、息が続かないだろ?」

 茶化して返すと、未央はなんだか頬を膨らませて黙り込んでしまった。ふむ、少しふざけすぎてしまっただろうか?

 少し焦って、紡ぐ言葉を探し始めたのも束の間、未央は大きくため息をつくと、

「もういいです、今更先輩に言ったってしょうがないですし、こんなやり取りも今日で終わりでしょうから」

 投げやり気味にそう告げた。

「ん……そうか、そうだな……」

 別に何もおかしな話ではない。未央とは学年が違うし、そりゃあ引き継ぎとか諸々はあるだろうけれど、今までのようにしょっちゅう顔を合わせることはないだろう。

 なんとなく気まずい空気がいたたまれず、2人して窓の向こうのキャンプファイヤーを眺めていると、不意に未央がつぶやいた。

「ねえ先輩、もう仕事が終わったって言うんなら……ひとつだけご褒美をもらってもいいですか?」

「え?」

「だからご褒美です。最高のお祭りを支えたんですから、ひとつくらいご褒美があったっていいと思いません?」

 何がおかしいのか、ニタリと笑いながら、そう尋ねてきた。

「ん……まあ一理ある」

 提案自体は唐突だが、彼女の言うことももっともだ。なんだかんだ言って、未央のサポートなしにこの日は迎えられなかった。

「いいだろう、俺にできることなら、受けて立とうじゃないか」

 言いながら、ソファーにちゃんと座りなおして未央に相対する。

「そんなに身構えなくてもいいですって。ただ……1曲踊ってもらえません?」

 そういってソファーに腰掛ける俺に手を差し出してきた。

「なんだ、それくらい……」

 言いかけて窓の外から流れてくる音楽に気がつき、思わず笑みがこぼれる。

「気をつけろよ、未央。俺じゃなかったら勘違いしてるところだぞ?」

 どこの学校にでもあるような、誰でも知っている恋のおまじない。

 後夜祭のキャンプファイヤーで、最後の曲を好きな人と一緒に踊ると結ばれる――

 今、流れている曲が、まさに最後の一曲だった。

 俺の言葉に、キャンプファイヤーに照らされた未央の顔が、みるみる真っ赤に染まっていくのがわかる。

「……ばーか」

 消え入りそうな声で、それだけ言って反撃してくる未央。

 まったく、肝心なところでオッチョコチョイなのは変わらないな。これじゃあ来年の学園祭も先が思いやられ……

「そこは素直に勘違いしといてくださいよ」

 え? と声に出しながら、思わず未央の顔を見つめる。

 プルプルと体を震わせながら、まなじりに涙を溜めた姿を見たら、いくら鈍感な俺でもすべてを悟ることができた。

「え? え?」

 狼狽する俺とは対照的に落ち着きを取り戻したのか、未央はぐいと自分の手をさらに前に出す。

「それで、踊るんですか、踊らないんですか!?」

 半ばヤケクソ気味に告げる未央の言葉に抗えず――でももしかしたらそれは、ずっと俺が望んでいたことでもあって――俺はその手をとった。


 最高の祭りの後の、最高のご褒美。

 受け取ったのは、本当に彼女だったのか、あるいは――

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