最高の夏祭り ~ケーキか、コーヒー番外編~

白川ちさと

番外編

 最悪だ。僕は心の中で毒づく。


「真尋、早くしなさいよ! みんなもう神社にいるってよ」


 双子の姉の真咲がスマホを掲げて、僕を急かした。真咲は白に青い紫陽花が咲いている浴衣を着ている。髪もアップにしていてよく似合っている。


 似合っているんだけど……。


 僕たち二人は神社の鳥居の前に着いた。人は結構多いけれど、背の高い赤い目印があるからすぐに分かる。


「みんな、お待たせ!」


 真咲が声をかけると、五人が一斉に振り返る。


「おう、遅かったな、……って、真尋?!」


 赤い髪をした朝丘という男子が声をひっくり返した。他のみんなも目を丸くしている。


「キャー! 先輩可愛いッ!」


 僕の学校の後輩理音ちゃんが真っ先に甲高い声を上げた。


「真尋ちゃん、すっごく似合っているよ」


「ははは」


 僕は乾いた笑いしか出てこない。男の僕をちゃん付で呼ぶのはカナデ。僕が以前片思いをしていた女の子だ。振られたけど、友達関係を続けている。


 僕はいま、女装している。水色に金魚が泳いでいる女物の浴衣を着ていた。長い髪のかつらも被って、ポニーテールにしていた。きっとみんな男物の浴衣でくると思っていただろうけど。


 なにも僕は好きで女装しているわけじゃない。いつもの七人で夏祭りに行こうということになって、せっかくだから浴衣で行こうということになった。


 だけど、僕は男物の浴衣を持っていない。聞けば、江藤くんと朝丘、他の男二人は持っているという。(なんで持っているんだよ。たぶん少数派だよ)


 女子たちも全員浴衣を持っていた。買いに行くにもお金がないし、しょうがないけど僕だけ洋服かなと思っていると、真咲が妙案を思い付いた。


「真尋もお母さんのお古を借りればいいじゃない! お母さん浴衣たくさんもっているから選び放題よ」


 訳あってバイト先では女装しているものの、さすがにプライベートでは女装しなくなっていた。(訳あって以前はしていた)さすがにもう女装はと……言ったのだが、真咲のあの手この手の話術に騙されて、僕は女物の浴衣を着つけられた。


 ちなみに母さんと背丈もほとんど同じなので、サイズはピッタリだ。


「変、だよね」


 変だと言ってくれ。僕は好きで女装しているわけじゃない。


「いや? 似合っていると思うけど」


 江藤くんがそう言う。くぅ。もはや、女装にツッコミすらない。


 ちなみに江藤くんはイケメンで背が高く、そんな彼が黒いシックな浴衣を着ているから、すれ違う女性の視線が熱い。


「いや、僕よりも皆の方が似合っているよ。西川さんとか大和なでしこって感じだし」


「あー、確かに美早には誰も敵わないかな」


 いつも下ろしている黒髪を綺麗にまとめ上げている西川さんは、この中で一番浴衣が似合っていた。淡い藤色に小花を散らした上品な浴衣を着ている。


「真尋、おだてても何もないわよ」


「あっ、美早ちゃん照れてる」


 カナデがニヤニヤして言う。


「もう! みんな揃ったんだから行きましょう。混んできちゃうわよ」


 カラカラと下駄の音をさせて、西川さんは鳥居をくぐった。




 まずはみんなで並んで神社にお参りをする。お参りが済んだら、境内にある屋台に向かった。


「いろいろあるね。あっ! ヨーヨー釣りがあるよ!」


 カナデがピンクの浴衣の袖を振りながら屋台を指さした。


「いいね。みんなでしよう」


「なぁ、どうせなら誰が一番多く釣れるか競争しないか」


「それならただ、競争してもつまらないわね。一番多く釣った人は最下位だった人に何でもお願いできるってのはどう」


「おっ、真咲、それいいな」


 でしょーと言いながら真咲と朝丘は悪だくみをするように笑い合っている。こんな時だけ気が合う二人だ。


「それなら、それなら! 私一番になって先輩にチューしてもらいます!」


「「「え!!」」」


 理音ちゃんの問題発言に動揺したのは僕と西川さんとカナデだ。


 先輩というのは僕の事だ。


「それはちょっといけない感じじゃない?」


 西川さんが毅然として言う。いまの僕と理音ちゃんとでは女同士にしか見えない。


「いいじゃん、いいじゃん。なっ! 真尋。ほっぺなら。それぐらいしないと盛り上がらないって」


 朝丘は僕の肩を掴んで言う。


「わ、私が頑張って一位になるから大丈夫だよ、みんな」


 カナデは西川さんと江藤くんの方を見て言った。


「じゃ、俺から行くぜ」


 ヨーヨー釣りを最初に始めたのは朝丘だ。


「あっ、くそ! 糸が切れた!」


 結果は二個。


「あー、結構難しいね」


 カナデは一個。


「ここはやっぱり私が! ああ!」


 理音ちゃんは二個。


「僕、結構得意なんだよね」


 そう言いつつ、僕は一個。


「私の技を見ていなさい」


 真咲、三個。単独トップ。


「慎重に行けば三個ぐらい、あ……」


 西川さんは二個。


「俺、初めてする」


「「「「「「え」」」」」」


 ヨーヨー釣り初体験の江藤くんはゼロ個だった。


 結果発表は朝丘から。


「結果は一位が真咲で、最下位は江藤か。何をお願いする?」


「たこ焼き買って来て」


「了解」


 江藤くんは走ってたこ焼きの屋台を探しに行った。


「おいーっ。真咲、江藤くんをパシリに使うなよ!」


 僕は真咲の肩を掴んで揺さぶる。


「えー、だってチューとか要らないし、私のためにケーキ作ってとかならいいけど、いまは出来ないし」


 江藤くんは家が喫茶店で、お菓子作りが得意だ。かなり出来る男子だ。その江藤くんをパシリに使うなんて、真咲のやつは本当に乙女心が分かっていない。


 江藤くんは程なくして帰ってきた。


「早かったね、江藤くん」


「ああ、なんか前に並んでいた人が譲ってくれて。それと店の人がおまけしてくれた」


 開いた容器にはたこ焼きがぎっしり詰まっていた。たぶんどっちも女の人だったんだな。


 僕らはハフハフ言いながら、たこ焼きをつまむ。


「うまい。なぁ、せっかくだからもう一勝負しようぜ。今度は何か買ってとかいうのはなしな」


「今度こそチューです!」


 意気込む理音ちゃん。


「トップは最下位にチュー的なことを要求すること」


「全く女同士だったらどうするのよ」


 西川さんの言うことに僕は深く頷く。


「じゃあ、祭りと言ったら、次はあれ」


 真咲が指さしたのはヨーヨー釣りの三つ隣にある屋台。


「射的かぁ。うーん、私あんまり得意じゃないかも」


 カナデが自信なさげに言う。


「江藤くんは射的したことある?」


「ああ、今度はある」


 この答えにみんながホッとした。


「じゃ! ゲームスタートだ!」


 七人でぞろぞろと射的の前に並ぶ。弾は五発。景品を落とした数で競う。


 そうなんだけど……。


「あれ?! 調子でないな」


 ヨーヨー釣りではトップだった真咲が一個。


「あー……やっぱり苦手」


 カナデはゼロ個。


「うーん、まぁまぁか」


 朝丘は二個。


「今度こそ! って、全然当たりません!」


 理音ちゃんはゼロ個。


「景品は何でもいいんだよな」


 今度は得意だったのか、江藤くんは三個。


「僕の番だね。あ、あれ?」


 僕は景品にかすりもせずゼロ個。


「最後は私」


 西川さんが銃を構えた。


「あ、あれ?」


「もしかして、美早、射的得意?」


 他の六人とは違うことがすぐ分かる。頬にピタッと銃の柄を当てて真っ直ぐ景品を狙っていた。パンと破裂音をさせて、コルクが飛ぶ。景品はいとも簡単に倒れた。


「まずは一つ」


 西川さんは次々に景品を撃ち落とした。合計五つ。


「優勝は文句なしで西川!」


「ありがとう」


 心なしか僕たち以外もギャラリーが集まっていて、拍手が聞こえた。


「それじゃ、美早。ビリの三人の中からお願いする人を選んで」


「三人って」


 景品を一個も取れなかったのは、僕とカナデと理音ちゃんだ。


「そんなの、先輩に決まっています!」


 理音ちゃんが涙ながらにそう言った。


「まぁ、真尋だろうな」


「真尋ね」


「真尋ちゃんだよね」


 うぐ。確かにこの三人の中で、女装はしているけれど男は一人だ。それ以前に、僕は西川さんに以前、告白的なことをされている。はっきりと好きだと言われたわけじゃないけれど、好意を伝えられていた。


「まぁ、真尋よね」


 西川さんも頷いて、僕は急にドキドキして来た。だって、お願いって言ってもチュー的なことを言われるんだよね。普通にほっぺにチューしてっていうお願いを言われるかもしれない。


「じゃあ、真尋……」


 僕と西川さんは正面から向き合う。なんだか西川さんの頬も赤くなっている気がした。


「来年、私と夏祭りに来て」


「え?」


 僕は拍子抜けした。何だそんなことかと思う。


「もちろん来年もみんなで」


「違う。皆でじゃなくて、二人で。女装じゃなくて、普通の格好で」


「つまり……」


「デートの予約だね! 美早ちゃん!」


 カナデがはっきりと言う。僕はそれを聞くとカーッと熱くなった。


「ずるいです! 私も先輩とまた夏祭りに来たいです」


「だめ。一番になった特権なんだから」


「これ、チュー的な何かか?」


「まぁ、デートだからギリOKでしょ」


「あ、そろそろ時間だぞ」


 皆でワイワイ言っていると、八時になり花火があがる。境内にいる人もみんな上を見上げた。


 その時、ほっぺに柔らかい感触がした。びっくりして横を見ると、すぐそばに西川さんの顔がある。


「最高の夏祭りだね。来年もそうなるといいな」


「……うん」


 花火を見上げる僕は自然と西川さんの手を握っていた。

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