疲れた人のための、お祭り

工藤 流優空

疲れた人だけがたどり着けるお祭り

 疲れた人にだけ行ける、最高のお祭りがある。ある日突然招待状が届いて、その招待状を開けるとあら不思議! 目の前にお祭り会場が広がっているという。


 暗いオフィスの廊下を、こつこつと歩く足音が一つ。周りの部屋の電気はすべて消えて、廊下の電気も、一部しかつけられていない。


 廊下を歩く女性の足取りは重い。一歩一歩ゆっくと歩を進める。鞄も服も、何もかもが重く感じる。


 今から帰っても、夕飯を食べて風呂に入って寝るのがやっとだろう。そんなことを考えながら、女性は歩き続ける。


 いつからだろう、やりたいことが分からなくなったのは。正社員になったばかりの頃は、やりたいことがあふれていたはずだ。


 どんなに帰りが遅くなっても、寝るのが遅くなるとしても。やりたいことを優先していた。次の日、どれだけ朝が早くても。


 でも徐々にやりたいことよりも体力を回復させるのが優先されていくようになり、いつの間にかやりたいことを見失ってしまった。やりたいことがあったことすら、忘れてしまった。


 何のために働いているんだろう。女性は考える。でも他にやりたいことがあるわけでもない。それに働かなければ生きていけない。


 女性は、しんと静まり返った廊下を歩き続ける。そんな時だった。一枚の紙が床に落ちているのが目に入る。


 女性はそっと紙を手に取った。そこには、きれいな字で、


『招待状』


 とだけ書かれていた。女性は怪訝そうに顔をしかめつつ、紙を裏向けにした。すると、ぽうっと紙が光りはじめ、一瞬廊下が光に包まれた。光がおさまると、そこから女性の姿は消えていた。


 女性が気づくと、そこは真っ暗なオフィスの廊下ではなくなっていた。夜の闇に、映える提灯の光。辺りからはおいしそうな匂いに、掛け声。


 女性は、お祭りの広場の真っただ中に来ていた。周りを見渡せば出店の列ができている。たこ焼きの屋台にたい焼きの屋台、カレー屋の屋台に、ステーキ屋の屋台。様々な屋台が軒を連ね、その匂いが女性の気持ちを高める。


 出店は食べ物屋だけではなかった。射的に、千本くじ、くじびきの屋台。温泉街にありそうなお祭りの屋台もまた、たくさん並んでいる。


 どの出店にもたくさんのお客さんが集まっている。どのお客さんもどこか、疲れた表情をしている。女性と同じ、ついさっきまで働いていたのだろうと思われる人たちばかりだ。そんなお客さんたちを、出店の人たちがあちこちから誘う。


 そういえば、お祭りなんて久しぶりかもしれない。女性はそう思った。初詣に毎年行く神社にもちょっとした出店は出ているけれど、ここ数年、お祭りに行くことはなかった。


 どうしようかと辺りを見回しながらふと、女性は紙を見た。すると、紙には


『疲れた人にだけ行けるお祭り毎日開催中。無料券10枚つき』


 と書かれており、その下には、引換券のようなものが10枚くっついている。その引換券の但し書きを女性は読む。


『この引換券1枚につき出店のゲーム1回および商品1つと交換できます』


 そして、期限のところを見て女性は驚く。


『期限:引換券を使い切るまで。お祭りは毎日1時間、0時から1時まで開催中』


 女性は、引換券付きチラシを大事に鞄の中にしまいこんで、出店を見て回った。その日女性は、もったいなくて一枚も引換券を使えずに、夜中1時を迎えた。


 1時になった瞬間、彼女は元の会社の廊下に戻ってきていた。夢かと思った女性の鞄の中には、引換券付きチラシがきちんと残されていた。


 1時間前とは違った足取りで、女性は会社を後にした。


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疲れた人のための、お祭り 工藤 流優空 @ruku_sousaku

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