逆転! どんでん返しクイズ

snowdrop

どんでん返し

「逆転! どんでん返しクイズ~っ」


 長髪を後ろでまとめる司会進行役の女子部員が、いつものようにタイトルを発表した。

 クイズ研究部の部室に使われている教室中央には、横並びに置かれた机を前に座る三人。

 進行役から見て右から、会計、副部長、書紀。

 強めに拍手する三人の前には、いつものように早押し機が用意されていた。


「三月といえば年度の最後の月。他の月にはない、人生の節目となる卒業や就職、転勤、進学など、様々な事情でそれまで慣れ親しんできた環境とお別れする季節でもあり……ますが、何故に副部長が? 部長はどうされたのですか」


 今日はお休みです、と副部長が答えた。

 それを聞くや進行役の女子部員は、はぁ~っと息を吐き、だるそうな顔をしてうなだれた。


「部長がいないなら、今日はやる気が出ませんね。辞めにしますか」


 えー、どういうこと? と、会計が目を大きく見開く。


「なぜそうなる?」


 副部長が目を細めて質す。


「なぜなら部長のもつ知識は他の部員の追随を許しません。いついかなる問題も、誰よりも早くボタンを押し、全力で答える姿勢が素晴らしいのです。みなさんには、部長に負けないほどの魅力と知識がありますか?」

「何度も部長に勝ってるけど」


 しれっと答える書紀の言葉に、進行役の女子部員は閉口した。


「……わかりました。そうまでいうなら検証しましょう。今回は『どんでん返し』に関するクイズを五問用意いたしました」


 ふんふん、と副部長は相槌を打つ。


「もっとも正解数が多かった人が勝者となります。正解したら一ポイント、誤答すれば減点し、その人のみ、その問題は答えられません」


 確認するけど、首を傾げながら書紀が手を挙げる。


「誰か一人でもポイント獲得したら、部長よりも知識も魅力もあるってことだよね」


 室内が静まり、三人の視線は進行役の女子部員に注がれる。


「そうなりますね」進行役がきっぱり答える。「ただし、問題文の半分以上を聞いて正解した場合でも、減点となります。それでは部長に勝っているとは言えないからです」

「なるほどね、わかった」


 書紀は、ふふんと笑ってみせた。

 出題者と解答者との戦いですね、と会計が呟いてみせる。


「それでは出題します」


 進行役の言葉を聞いて、三人は早押し機のボタンに指を乗せた。


「問題。同じ数字のカードを四枚以上出すことでジョーカーを除くカードの強さが逆になる大富豪のルールの」


 ピンポーンと音が鳴り響く。

 三者ボタンを競り合い、勝ったのは書紀だった。


「革命」

「正解です」


 ピポピポピポーンと甲高く音が鳴った。


「残りの問題文を読み上げます。大富豪のルールの一つであり、被支配階級が支配階級を倒して政治権力を握り、国家や社会の組織を根本的に変えることをなんというでしょうか、という問題でした」

「偶然にも、昨日家族と大富豪をしてたのが勝因でした。カードの強さが逆になるというところでも押せたのですが、もう少し確証を持ちたくて聞きました」


 淡々と語る書紀。


「一問目はやさしく作ってありますから」


 進行役はにこやかな笑みを浮かべ、次の問題ですと声を上げる。

 慌てる様子もなく三人は早押しボタンに指を乗せた。


「問題。ラテン語で『機械仕掛けの」


 問題文の読みかけで、ピコーンと音がなる。

 赤いランプが灯ったのは、副部長の早押し機。


「デウス・エクス・マキナ」

「正解です」


 ピポピポピポーンと室内に鳴り響く。


「問題文を読みます。ラテン語で『機械仕掛けの神』という意味がある、演劇などにおいて話の収集がつかなくなった際に、突然神様のような都合の良い存在が現れて全て解決してしまうという手法のことをなんというでしょうか、という問題でした。ご存知でしたか」

「そうですね。神役が機械仕掛けのからくり人形ではなく、神役の役者が機械仕掛けの舞台装置を使ってよく登場したことから生まれた言葉だそうです」


 なるほどね、と会計が相槌を打つ。

 それは知らなかった、と書紀は呟いた。


「おみごとです。それなりに早かったです」


 口角を引きつりながらあげて、進行役は小さく手を叩く。

 再び三人の指が早押しボタンに乗せられた。


「問題。日本の都道府県で、面積が最も大きいのは北海道ですが」


 ピコーンと音がなる。

 真っ先に早押しボタンを押したの書紀だ。


「香川県」


 ブブー、と音が響く。

 違った~、と呟いて書紀は首をひねる。

 すかさずボタンを押したのは、会計だった。


「岩手県」

「正解です」


 ピポピポピポーンと室内に鳴り響く。


「続きを読み上げますと、二番目に大きいのはどの都道府県でしょうか、という問題でした。書紀が答えたのは、最も小さな都道府県でした」

「ですが問題がくるとは、正直ビビりました。でも書紀が間違ってくれたおかげで岩手県と答えられました」


 ナイスアシスト、と会計は書紀に向かって親指を立てた。

 顔をしかめる書紀。


「早いだけでなく正確さも重要ですからね」


 ふふん、と笑う進行役。

 早押しボタンに指を乗せる三人の目が鋭くなる。

 

「問題。鎌倉幕府の初代将軍は源頼朝みなもとのよりとも


 問題文の途中でピコーンと音がなる。

 副部長の手元の早押し機の赤ランプが点灯していた。


守邦親王もりくにしんのう

 

 ブブーっと音が響く。

 すぐに、ピコーンと音がなった。

 今度は会計の早押し機が点灯している。


源頼家みなもとののりいえ


 またもブブーっと音が鳴り響く。


「もう一度、問題文を読み上げます。鎌倉幕府の初代将軍は源頼朝みなもとのよりともですが、室町時代の初代」


 最後の一人となった書紀は、迷わず早押しボタンを押した。


足利尊氏あしかがのたかうじ

「正解です」


 ピポピポピポーンと正解を知らせる音が鳴った。


「鎌倉幕府の初代将軍は源頼朝ですが、室町幕府の初代将軍は誰でしょうか、という問題でした。ですが、半分以上問題文を読み上げたので、書紀は減点ですよ」


 まじかっ、と書紀は思わず吹き出していた。

 いしししし、と進行役は声を押し殺して笑う。


「ポイントの確認をします。書紀、会計、副部長、ともにゼロポイントです。つぎがラストとなりますが……この調子だと、誰も正解できないかもね」


 進行役の言葉を聞いた三人は、前のめりになって、早押しボタンに指をのせた。


「問題。日本一上り坂が多いことで知られる都道府県と言えば『長崎県』ですが」


 三人は一斉に早押しボタンを押した。

 赤くランプが点灯したのは、副部長の早押し機だ。

 進行役の女子部員は、副部長の解答に集中する。


「長崎県」


 書紀と会計の視線が――副部長に向けられる。

 副部長は進行役の女子部員をまっすぐ見つめていた。

 室内に鳴り響くは、ピコピコピコーンという緊張を研ぎほぐす音色だった。


「……正解です。問題文の続きを読みます。日本一下り坂が多いことで知られる都道府県といえばどこでしょうか、という問題でした。何処で気づかれましたか」

「日本一上り坂の多い、というところです。上りも下りも坂ですから、日本一坂が多いとは読まれなかったところに出題の意図を感じました」


 勝ち誇った笑みを浮かべて語る副部長。

 勝者を称えて、会計と書紀が手を叩いた。


「結果、勝者は副部長でした。知識と魅力をもっているのは部長だけではないって……まじか」


 進行役の女子部員は、額に手を当てて天井を仰いだ。

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