マレミコ『ゆめのあじ』
ミライさんが教えてくれた。
獏は、夢を食べれるらしい。
マレーバクの私も食べれるのかな。
どうやって食べるんだろう。
不思議だったけど、解決した。
解決してしまった。
ヤマバクちゃんが教えてくれた。
「夢は口移しで食べさせてもらうんですよ」
他にも方法はあるかもしれないらしい。
でも、ヤマバクちゃんは
それしか知らないと言っていた。
詳しいことは教えてもらえなかった。
ヤマバクちゃんも
経験がほとんどないらしい。
ちょっとの経験も、
話したくなさそうだった。
夢ってどんな味かな。
ミナミコアリクイちゃんは
気持ちよさそうにお昼寝していた。
気になって仕方ない私の横で。
無防備に。
やっちゃダメな事だ。
わかりきってる。
唇を重ねるなんて、勝手にしちゃダメだ。
でも、どうしても夢を食べてみたかった。
好奇心が私の臆病さを上回った。
ミナミコアリクイちゃんの頬は
柔らかで、触るのが躊躇われる程だった。
むにむにといじっても、彼女は起きない。
気持ちよさそうな顔のままだ。
きっと、いい夢を見てるんだろうな。
美味しそう。
自然とそんな感想が出てきたことに
私自身が驚く。
ミナミコアリクイちゃんの夢の味。
知りたい。知りたい知りたい。
彼女の唇が動かないように、
頬を両手で包むように支える。
罪悪感と共に、私の唇を彼女に近づける。
怖くて目は瞑っていた。
やがて口の先に
柔らかで温かな何かが触れた。
思わず、息を呑んでしまった。
それと同時に、口に広がる不思議な味。
甘いようで、爽やかで。
味だけじゃない。
瞼の裏に、たくさんのごちそうが浮かんできた。
それを頬張るミナミコアリクイちゃんも。
唇を離して、喉を鳴らす。
喉を何かが通った感じはしなかったけど、
味はするりと喉の奥に落ちていった。
夢って、美味しいんだ。
それに、食べた夢が
どんなものなのかもわかるらしい。
後から聞いた話だが、
彼女はごちそうに囲まれる夢を見たとか。
夢を食べるって素敵だ。
勝手に食べて、
ミナミコアリクイちゃんには悪いな。
罪悪感はあった。
それでも、私は貪るのを繰り返した。
ミナミコアリクイちゃんの夢を。
お昼寝している彼女の口から、
夢を何回も食べさせてもらった。
本人には、何も断らなかった。
嫌われたくないから。
何回も夢を食べるうちにわかったことがある。
夢は、内容によって味が違うらしい。
悪夢以外は大体美味しい。
そして、食べられた夢は
本人の記憶に残らないらしい。
ただ、ぼんやりとした感想が残るだけで
記憶から夢が抜け落ちるみたいだ。
夢なんて、もともと曖昧にしか
記憶に残らないけど。
今日も、ミナミコアリクイちゃんが
お昼寝をしているのを見つけた。
繰り返すうちに罪悪感は薄れた。
寝ている彼女への接吻は日常になった。
「今日も、いただきます」
今日はどんな味かな。
わくわくと、彼女の唇から夢を吸った。
口に飛び込んできた味は、
とっても刺激的だった。
思わず咳き込む。
酸っぱいような、甘いような、
苦いような、塩辛いような。
水が欲しくなるほどの濃い味は、
私の舌と喉に絡みついた。
恐る恐る瞼を閉じる。
浮かんでくる夢の光景。
登場人物はミナミコアリクイちゃんと。
私。マレーバク。
場所はベッドの上。
私とミナミコアリクイちゃんが
身体と声を重ねていて。
互いに触れ合い、感じ合い。
……そんな夢。
濃厚なその夢を、ごくんと呑み下す。
クラクラするような、素敵な味。
もう一口欲しい。
この味を、夢をもっと味わいたい。
……でも。
ミナミコアリクイちゃんはお友達だ。
大切な、大切なお友達。
だから、私はこれ以上はやめることにした。
きっとミナミコアリクイちゃんは
疲れて変な夢を見てるだけだ。
きっとそうだ。
私も頭を冷やそう。
そう思って立ち上がったと同時に、
ミナミコアリクイちゃんが目を覚ました。
「あれ……マレーバク?」
むくりと起き上がる彼女は、いつも通りの様子。
「お、おはようミナミコアリクイちゃん」
私が食べちゃった夢のことは
忘れているのだろう。
少し口に詰め込みすぎたのかもしれない。
でも、忘れているならそれでいい。
「なんだかいい夢を見てた気がするなぁ……なんだっけ」
ミナミコアリクイちゃんの言葉に
私の心臓が跳ね上がる。
いい夢? 私と、ああいうことするのが?
それって、私と……してみたいってこと?
思考がまとまらない私の口の中に
まだねっとりとした味が残っていた。
ゆりけもの 七戸寧子 / 栗饅頭 @kurimanzyuu
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