トキノコ『二人がいいんだもん』
最初は一人だった。
友達はいたけど、
カラオケに誘ってもらえなかった。
音痴な自覚はあった。
でも、歌うのがとっても好きだ。
仕方なく、
放課後の音楽室で一人で歌った。
毎日、毎日、一人で。独りで。
でも、あの日からは違う。
練習終わりに彼女を
見つけた時はびっくりした。
音楽室のドアを開けてすぐ横で
体育座りをしていたものだから。
「あ、あなたは……?」
無表情に答えてくれたのを覚えてる。
「……ツチノコだ」
その次の言葉も。
「……もう、終わり?」
思わず「はい?」と返しちゃったっけ。
「もう、お前の歌、終わり?」
「そうですけど……」
「……そう。いい歌だった」
そんなこと言われたのは初めてだった。
次の日も、その次の日もあなたは来た。
「トキの歌は素敵だな」
って、私に言いに。
ツチノコは私の隣で
歌おうとはしなかった。
「私はトキの歌が聴きたいから」
なんて言って。
代わりに、
ピアノを弾いてくれるようになった。
正直、不器用なツチノコの指に
マメがあったのが嬉しかった。
ツチノコの演奏は
不思議な力を持っていた。
誰もが耳を塞ぐ私の歌声が、
ツチノコの伴奏で美しくなるのだ。
本人いわく、
「トキの声に合わせながら
練習したからかな……」
ということらしい。
ツチノコは私のBEST BUDDYだ。
二人で音楽室に入り浸り、
歌とピアノを重ねているうちに。
いつの間にか、私たちは
コーラス部と呼ばれるようになっていた。
部員は私とツチノコだけ。
コーラス部なのに合唱はしない。
練習の帰りに時々寄り道して。
カラオケだったり、クレープ屋だったり。
時々、お互いの家に上がったり。
金曜日は泊まっちゃったり。
「私、トキみたいな友達初めて」
そう言われたことがあった。
私も、ツチノコみたいな
友達は初めてだった。
コーラス部に関係なく、
私たちはベストフレンドでもあった。
私の歌とツチノコのピアノ。
そのハーモニーの評判はよかった。
学園祭で音楽室に
観客を呼んだこともあった。
時々、入部希望者が音楽室を訪れた。
人が増えると、合唱ができる。
私はいつもより張り切って歌う。
でも、そんな日に限って
ツチノコのピアノが不調なのだ。
私の音痴が野放しになってしまい、
入部希望者は逃げてしまう。
「もしかしてツチノコ、
緊張しちゃうんですか?」
毎回そうなので、聞いてみた。
「……ま、そんなところ」
ツチノコに素っ気なく返される。
そっぽを向くのは、悔しいからか。
「ごめん、トキ」
謝ることはない。
元は私の音痴が悪いのだ。
そう伝えても、
「いや、私が悪い」
とフードに顔を隠してしまう。
そんな日の帰り道は、
やたらツチノコが私にくっついた。
腕を絡めてきたり、
寄り道をしたがったり。
新入部員がいないのは残念だけど、
「ずっと一緒がいい」
なんて、私に聞こえないつもりで
呟くツチノコが見れるから。
二人きりでもいいかな、と思えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます