リョコガモ『なかまのぬくもり』

「一人旅は寂しくて……」


そう人に話すのは二回目だった。


一回目もそんなに前じゃない。

それどころか、まだ三日と経っていない。


お土産コーナーの前で、キュルルさんにも同じことを言った。


昔は旅をする仲間もたくさんいたから、やっぱり一人は寂しい。


そんなことをヘリポートの上でのPPPライブの後で、彼女に話したのだ。


それで。


「旅をされるんですか!? 気が合いそうですぅ!」


と、ピカピカの笑顔を向けてきたのだ。


なんでも「誰かが旅を始めようとしているのを見ると案内せずにはいられない性格」だそうだ。


話しているうちに、カルガモさんはあくまで旅人を案内する側だというのがわかった。


そういう人は、私のような旅人にはありがたい。


それと同時に、旅を知らないのは残念だと思う。


だから、私は彼女の手を引いた。


一緒に旅に行ってみないか、と。


「カルガモさん! こっちですわ!」


キョロキョロと視線が落ち着かない彼女に声を掛ける。


私(わたくし)の声に引っ張られるように、視線がバッチリ合う。


「い、今行きます! リョコウバトさん!」




「ぐゎ……案内されるのは慣れないですね……」


「人の案内で知らない土地を歩くのも楽しいでしょう?」


そう微笑みかけようと横を向く。


しかし、そこに彼女はいなかった。

代わりに真後ろから「ぐゎ」と相槌が返ってきた。


「どうしたんですか? 横に並んだ方が楽しいですのよ」


「後ろをついていかないとはぐれちゃいそうで」


なんでも、カルガモというのは縦に一列になって行動する鳥だそうで。


カルガモさんはその名残なのか、人と歩く時は人の前か後ろになりたがるようだ。


でも、それじゃ二人旅にしては寂しい。


だから、私は彼女の手を取る。


「大丈夫です。こうすれば、はぐれませんよ」


カルガモさんは顔を赤らめながらも、私の手を握り返してくれた。


ほっとしたような彼女は雛鳥のように可愛らしかった。




目的地は温泉宿。


私は何回か来たことのある場所で、カルガモさんが気軽に来れる距離感ということでここを選んだ。


飛んで来てもよかったのだが、カルガモさんには道中の景色なども楽しんでほしかった。


だから、あのまま二人で手を繋いでここまで来た。

いい思い出になりそうだ。


入浴場へ向かう間も、カルガモさんは私の手を離さなかった。


カルガモさんは毛皮を脱げるのを知らなかったようで、私が脱ぐ様子を見て目を点にしていた。


カルガモさんの毛皮を脱がすのも手伝った。


初めてで戸惑いながらも、新鮮な感覚と不思議な恥ずかしさを感じる彼女。


まるで、初めてここに来た自分を見ているようだった。


客は他におらず、二人で身体を流しあった後に貸切の温泉に肩を沈めた。


「どうですか? 初めての温泉」


「素敵ですぅ〜〜……」


目を細める彼女を見れて、旅に誘ってよかったと思った。


「パークにこんな所があったなんて初めて知りました!」


「旅をする側になってみるのも悪くないでしょう?」


二人でじっくりお湯を味わい、気分も落ち着いてきた頃。


貸切の浴場で声を響かせたのはカルガモさんだった。


「手、繋ぎっぱなしでごめんなさい」


元々は私から繋いだ手だ。

悪い気分ではなかったし、むしろ楽しかった。


そう伝えると彼女は顔をほころばせた。


「私、どうしても迷子が怖くて」


──何回も、それで家族を失ったから。


こんな話してごめんなさい。


そう笑う彼女はどうにも寂しそうで。


私は湯の中で、彼女の手を取った。


手袋を介さない彼女の手の感触。


どこか、胸をキュンと鳴らす。


「大丈夫です。カルガモさんを迷子にはさせませんから」


持ち上げた私とカルガモさんの拳を伝うお湯と、

カルガモさんのちょっと驚いたような笑顔。


なんだかくすぐったかった。




浴衣に着替えたカルガモさんはそわそわしていた。

相変わらずといえば、相変わらず。


ひらひらと涼しい毛皮に対して

素肌どうしで繋ぐ手はやっぱり温かかった。


何かをする度に手を離し、

でも気づけばまた繋いでいて。


カルガモさんを安心させるために繋いでいた手は、

いつの間にか私が離したくないものになっていた。


食事を楽しんだり、もう一度温泉に浸かっていたりするうちに部屋には布団が敷かれていた。


カルガモさんは布団も初めてだそうで、

ふかふかな感触に子供のようにはしゃいでいた。


暗くなってからだとやることもないので、

二人でそれぞれの布団に潜り込む。


おやすみなさいを言い合ってから、

暗くて静かな天井と見つめあう。


程なくして、カルガモさんが「ひゃっ!?」と悲鳴をあげた。


「どうしました?」


「い、いえ……急だからびっくりして」


その言葉で、私の手が何かに触れているのに気がついた。


温かで、柔らかで、今日何度も触ったなにか。


無意識に、カルガモさんの布団に手を潜らせ

その手を握ろうとしていた。


「ご、ごめんなさい。つい無意識に」


それほどまでにカルガモさんの温もりを求めていた。

自分でも驚くほどに。


「──少し、私の話を聞いていただけませんか?」


こんな話はしない方がいい。


きっとその方が、カルガモさんも旅を楽しめる。


でも、どうしてもカルガモさんに聞いてほしかった。


「もちろん」


そんな返事をする彼女は、笑っている気がした。

顔は見えなかったけれど。


「……本当は、私がカルガモさんの手を握って、安心したかったのかもしれませんわ」


いつも旅は一人だった。


案内人が隣にいてくれることはあっても、

共に旅をする人がいるのは初めてだった。


……正確には、違う。


この身体になる前は、空を覆うような数の仲間がいた。


気がつけばこの身体になっていて、

仲間は誰一人この世界にいなかった。


一人旅もいいものだと思いつつ、

いつもどこかで仲間の温もりを求めた。


やっと、それに似た温もりを今日感じた。


家族を失うのが怖い、と話すカルガモさんに

どこか自分の姿を重ねた。


繋いだ手は、カルガモさんを安心させるため。


私にはその恐怖がわかるから。


そう思っていたけれど、違った。


私にはその恐怖がわかるから。今も感じているから。


手に感じる温もりに安心して、彼女の手を離せなかった。


「──わがままなことして、ごめんなさい」


私がその言葉を言い終わるよりも先に、

私の手を温かさが包んだ。


「リョコウバトさんは、ひとりじゃないですよ」


隣の布団が動き、カルガモさんの笑顔が現れる。


私の目の前で、カルガモさんの指が私の指の間に絡んでいく。


「私がいますから」


リョコウバトではないですけど、と頬を掻くカルガモさん。


「私たち、やっぱり気が合いそうですね」


「……本当に、そう思いますわ」


きゅっと、手に柔らかな圧力がかかる。


私も、それを離さないように強く握り返した。

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