解決編

「まず、最初に言っておきたいのは叶さん。君は剛鬼氏に裏切られたと思っているようだけどそれは間違いだ。剛鬼氏は君のことを大切に思っていた。だから今回、こんな不可能状況で亡くなることになってしまったんだ」


 駐在所職員と竜宮院叶さんを連れた私は、槌の舞が行われる舞台の袖、金剛槌が保管されていた倉庫まできていた。


「いったい、どういうことなんでしょうか」


「私たちは大きな勘違いをしていたんです。剛鬼氏が頭部に傷を負った場所、それは往来の真ん中なんかじゃない。その場所は、ここ。金剛槌の保管されていた倉庫の中だったんです!」


「ええ! まさか」


 私の言葉に場はざわめく。慌てた様子で駐在所職員は手帳のページをめくる。


「失礼ですが正二さん。我々の聞き込みの結果、剛鬼氏が倒れた場所はここから200mほど離れた往来の真ん中で間違いはありません」


「まさか、竜頭様が祖父の死体を操って運んだというんですか?」


「いや、それこそまさかだ。やはり祟りなんてないんです。剛鬼氏の身体を運んだもの。それはやはり剛鬼氏自身の意志です。剛鬼さんはあの時、自身の力で往来まで歩いて行ったんですよ」


「え? いや、意味が分かりません。正二さんの話では祖父が殺されたのはこの倉庫の中だったはずです。それがどうして自分の意志で歩けるというのですか?」


「別に矛盾はしませんよ。剛鬼氏が頭を負傷したのは確かにここです。ですが、剛鬼氏は頭に傷を負った後もしばらくの間意識を保っていたんです。目撃者の話では剛鬼氏は倒れた後も意識があったということでしたよね。歩く姿がふらついていたというのもそのためだ。つまり剛鬼氏の死は即死ではなかった」


「……では、なぜ。なぜ祖父はその時助けを呼ばなかったんですか? 犯人に襲われて慌てて倉庫から逃げ出したのだとしたら誰かに声をかけるはずです」


「いえ、剛鬼氏はその選択をしなかった。なぜなら叶さん。あなたのことを剛鬼氏が大切に思っていたからです」


「えっ!?」


 自身の名前を聞き、驚愕の表情を浮かべる叶さん。私はおもむろに言葉を切ると倉庫の壁に立てかけられている槌を手に取る。


「おそらくこの事件に犯人はいません。これはただの事故だったのです。叶さんが踊る槌の舞。本番に備え剛鬼氏は槌の様子を確認しに来ていたのでしょう。そして、運悪く槌を頭の上に落としてしまう。倉庫の床に広がる血の跡から出血はひどかったはず。朦朧とした意識の中で考えたのはこのまま自分がここで倒れてしまえば祭は台無しになってしまうということ。剛鬼氏はきっとその時あなたの顔を思い浮かべたのでしょう。一生懸命練習してきた叶さんの晴れ舞台。それを血で汚すわけにはいかない。だから剛鬼氏はとっさに手近にあった風呂敷で出血部位を抑え倉庫を脱出した。そのままこっそりと病院にでも行くつもりだったのでしょう。ですが、剛鬼氏の予想よりも出血は激しく、倉庫から出て少し歩くうちに再び倒れてしまったのです……すべては剛鬼氏の愛ゆえに起きた行動なのです!」


「そ、そんな。剛鬼、おじいちゃん。なんでそこまで」


 泣き崩れる叶さん。私はその方にそっと手を置いた。


「だから、叶さん。今日が最低の日だなんていわないでください。剛鬼氏はきっと死の直前まであなたの笑顔を思っていたはずだ」


「でも、私。祖父の。剛鬼おじいちゃんのことを疑って!」


「ならば、剛鬼氏の為にも今日を、この祭りを最高の物にしてあげませんか? 剛鬼氏の望み、それはあなたが笑顔で舞を踊ることのはずです」


「! ……分かりました。正二さん、駐在所の皆さん、お願いです。私におじいちゃんの思いを遂げさせてください。私に槌の舞を躍らせてください!」


「私からも頼みます。責任は私がとりますから、どうか叶さんに舞いを躍らせてあげてください」


「えっ!? そんな、そもそも金剛槌はこの事件の重要な証拠品です。それを使うなんて」


「駐在さん、大丈夫です。普段の舞で使うのは金剛槌のレプリカで、本物はちゃんと倉庫の奥にしまってあるんです。本当は持ち出しちゃダメなんだけど、今日だけは、おじいちゃんの為に踊りたいんです!」





**


 神龍村は、秋田県仙北市から東へ30分ほど昇ったところにある駒ケ岳の裾野に位置する小規模な村だ。

 冬には雪が積もり外部との行き来が困難となるが、秋には真っ赤に紅葉が染まる観光名所としても有名である。


 そんな神龍村で、観光シーズン真っただ中である10月10日に行われるのが”神龍祭”だ。中でも目玉は黄金に輝く大槌を舞台の上で振るう”槌の舞”。


 今年の舞はおそらく私が生涯見る中で最高の舞となるであろう。

 

【完結】

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神龍祭殺人事件 ~衆人環視の不可能犯罪~ 滝杉こげお @takisugikogeo

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