神龍祭殺人事件 ~衆人環視の不可能犯罪~
滝杉こげお
問題編
冬には雪が積もり外部との行き来が困難となるが、秋には真っ赤に染まる一面の紅葉が有名な観光名所である。
そんな神龍村で、観光シーズン真っただ中である10月10日に行われるのが”
江戸時代に起きた大干ばつ、それを救ったとされる龍神の伝説になぞらえて行われる祭りで、その日は村全体が祭の会場となる。
中でも目玉となるのが村人の中から選ばれた、その年の龍神の使いにより行われる”槌の舞”。
黄金に輝く大槌を舞台の上で振るう豪快な舞は見る者を虜にする魅力がある。
そんなわけで今年の10月10日も私、
「被害者は
龍神祭も終盤、もうすぐ”槌の舞”が行われようかという段になって祭会場の、そのど真ん中で殺人事件がおこったのだ。
混乱する会場で私は警察官としての身分を明かし、場を収めた。今は駆け付けた駐在所職員数名とともに事件捜査に当たっていた。
「凶器は?」
「はい。現場からは見つかっておりません。犯人が持ち去ったものと思われます」
事件現場は祭会場である往来のど真ん中だった。周囲には屋台が立ち並び、人の往来の激しい中、殺害は行われたようだ。
目撃者の証言では被害者である剛鬼氏が道を歩いていると突然倒れたそうだ。その時、まだ息はあったようだが目は焦点があっておらず、後頭部からは激しい出血が。そして間もなく息を引き取ったという。
大勢の人がいたにも関わらず剛鬼氏を襲った犯人を見た者はいない。また剛鬼氏の手には槌の舞で使われる”金剛槌”を包んでいた風呂敷が握られていたという。
「これは、金剛槌を狙った犯行ということでしょうか」
私に捜査状況を報告に来た巡査官の疑問。私はそれにあいまいにうなずく。
「消えた金剛槌。もしかすればそれが今回の凶器なのかもしれないな。だが、一つ不可解なことがある。それは、犯人の姿を見た者がいないということだ」
往来のど真ん中、何十人もの人が行きかう中で死んだ被害者。ナイフなど小型の凶器であれば目撃者がいないのも納得できるが今回は重量のある鈍器である。ある程度の大きさがあるだろうし、後頭部を殴りつけるにはそれを持ち上げて振り下ろす必要がある。そんなもの、目立たないわけがない。
「これではまるで殺人者が透明人間であるかのようですね。目撃者の中には剛鬼氏の様子が普段と違うと注意を向けていた人もいたそうですが。重い金剛槌を抱えて、足元がふらついていたのではないでしょうか」
「衆人環視の殺人。犯人は一体どんなトリックを……」
『祟りよ! これは龍神様の祟りよ!』
割れるような女性の叫び。それは死体の方から聞こえてくる。
「叶ちゃん! 死体に触れたら駄目じゃないか!」
死体に縋り付き涙を浮かべる女性。駐在所職員が慌てて少女の下へと駆け寄る。
「君は?」
「私は
女性が身に纏うのは何とも妖艶な衣装であった。これは確か龍神の使いに選ばれた者が着る衣装だったはず。
「それで、祟りというのは?」
「……はい。祖父が持っていた風呂敷、あれは間違いなく金剛槌を包んでいた風呂敷です。槌は私が舞台で使うまで併設された倉庫に保管されているはずで、このタイミングで祖父が持ち出すなんて予定はありませんでした。だから、きっと。祖父は金剛槌を盗もうとしていたんだ! だから龍神様の祟りにあって、それで」
少女の目には大粒の涙が浮かぶ。果たして剛鬼氏は金剛槌を持ち逃げしようとしていたのか。
「正二さん! 金剛槌がステージ脇の倉庫の中から見つかりました! そして、金剛槌には血がべったりとついていたんです! 今回の凶器は金剛槌とみて間違いありませんよ!」
先ほどとは別の駐在所職員が駆け寄ってくる。
「やっぱり! 祖父は龍神様の祟りで殺されたんです! だから龍神様は取り返した金剛槌を元の場所に戻したんだ! せっかく私が龍神様の使いに選ばれて、みんなの前で踊ることのできる晴れ舞台なのに、祖父は私の舞台をどうしてぶち壊すような真似をしたのよ! こんなお祭り……最低よ!」
報告を聞いた少女は大きな声で泣きわめく。
少女の心からの叫び。確かに科学的に解明できていない祟りの存在を一概に否定することはできない。だが、やはり剛鬼氏が今日、この場で犯罪を犯すことは絶対にありえないのだ。なぜなら、今日は……!?
「わかったぞ! やはり剛鬼氏の死因は祟りなんかじゃなかったんだ」
「どういうことですか正二さん。村人の話では父は見えない何者かに殴り殺されたんじゃ?」
私の言葉に困惑気味に少女は首を傾げる。真相を確かめるために地面に注意深く意識を向ける。すると、道路に点々と赤い液体の跡が残っているのを見つけた。
今回の事件。一見不可能犯罪に見えるがそうじゃない。叶さんは今日が最低の日だというけれど、私にはそうは思えない。彼女にはそう思ってほしくない!
私はおもむろに口を開くと真相を話し出した。
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