バーチャル柳の下に電脳泥鰌は何匹いるか。

阿井上夫

本文

 世の中、何が流行はやるか分かったもんじゃありませんが、分かっているのは流行りものの後には必ずまがい物が続く、ということでございます。

 これを車で例えますと、どこかのメーカーが新機軸のマシンでヒットを飛ばしたとします。

 しばらくすると、似たようなコンセプトの車があちらこちらから販売されるようになりまして、町中にあふれれかえることになります。

 今の流行りでいきますと「SUV」ということになりますが、このSUVの正式名称はスポーツ・ユーティリティ・ビークル、日本語に直しますと「スポーツ用多目的車」というものでございまして、元々は野山を駆け回ることを目的とした重厚な車を指して、そう呼んでおりました。

 ところが、これが一般的な人気をはくするようになりますと、人というのはどうしても快適さを求めたくなるものです。

 その結果、乗用車としての乗り心地の良さにSUVのテイストを加味した、シティ派のSUVという、なんだか最初の趣旨とはかけ離れたものが出来上がることもしばしばでありますから、人の欲望というのは何とも節操のないものでございます。


 *


「おい、開発主任――開発主任はいるかね」

「これは社長、今日はどうかなさったんですか?」

「どうかなさったんですか、じゃないよ。先日本番稼働した例のゲーム、全然売り上げが上がっていないじゃないか。わが社の社運がかかっているんだぞ」

「はあ、まあ、そうですが」

「そうですが、じゃないよ。企画の段階では自信満々だったじゃないか」

「それは当然です。売れない要素はどこにもありませんから」

「現に売れていないじゃないか」

「まだ認知度が低いだけですよ。世の中に知られるようになれば客は自然につきます」

「どうしてそんなに自信があるんだね」

「だって社長、考えてもみてください。今回のゲームはいわゆる『擬人化』ものですよ。今まで擬人化ゲームで話題にならなかったものはないじゃありませんか。艦隊だったり、お城だったり、宝石だったり、お花だったり」

「ケモノは?」

「……は?」

「ケモノはどうだった、って言ってるんだよ」

「あれはアニメでバカ売れしたじゃありませんか」

「俺はゲームの話をしているんだよ。中の下の零細ゲームメーカーが、アニメ企画なんか出来るわきゃないんだから、ゲームでもうけなきゃ意味ないだろ?」

「いえいえ、社長。他にも売れる要素があるじゃありませんか」

「どこにあるんだよ」

「異世界転生ですよ」

「いやいや、だからそこが安易だと企画の段階から言っているじゃないか。プレイヤーがトラックに跳ねられて、目覚めたときには異世界にいたってところまでは、まあ許容範囲としよう。しかしだね。行った先がどこだって?」

「それは、その……」

「はっきり言いなさいよ」

「その――『お祭りの国』で」

「なんだい、その九ポイント以下の明朝体みたいな声は。全然聞こえないよ。もっと大きな声でいいなさい」

「ですから――『お祭りの国』です!!」

「……で?」

「で、って何ですか?」

「……お祭りの国ってなんだよ」

「そのまんまじゃないですか。祭りを擬人化した国でですね。プレイヤーは可愛い少女の姿をした祭り娘の集客力を向上させるべく、イベントの企画をるという――」

「だーかーらー、最初に言ったじゃないかね。それのどこに売れる要素があるというのだ!? どう考えてもマイナーなニーズしか満たしていないじゃないか」

「そんなことはありませんよ、社長。日本人ならば必ず心の奥底に、郷土の祭りに対する熱い思いを秘めているものです。例えば現在イベント開催中の東北四大祭りっを見てください。東北出身者であれば、血がたぎらずにはいられないはずです!」

「そうかあ?」

「そうです!」

「じゃあ、この秋田竿燈と山形花笠はどうなんだよ」

「どう、っておっしゃいますと?」

「これは踊り手の伝統的な装束そのまま、中身だけ少女にしてみただけの、ただのコスプレだよな」

「いやまあ、それは全部の祭りにひねりをかすわけにもいきませんからね。人的資源は限られておりますし」

「ふうん。じゃあこの青森ねぶたはどうなんだよ。でかすぎて他の娘と並んでいると完全に見切れているじゃないか。しかも無意味に光ってるし」

「それは大きな女の子が好きというニーズも加味してですね」

「じゃあ、仙台七夕はどうなんだ?」

「……」

「都合が悪くなると黙る癖はやめなさいよ」

「……はあ」

「さすがにこの七夕娘はいかんわな。笹から下がった縄に、そのままぶら下がっているだけの娘っていうのは、首吊くびつりだわな。しかも無意味にリアルにぶらぶら動くし」

「はあ、まあ」

「まったく、君の口車に乗せられた私も悪いんだがね。昔のことわざにもあるじゃないかね、『柳の下に泥鰌どじょう三匹』と。似たようなコンセプトでも人気がそこそこ出るのは、三つ目までなんだよ。四つ目以降は飽きられるのが関の山なんだよ」

「いえ、お言葉ですが社長!!」

「な、なんだよ急に大きな声で」

「インターネットの世界は別なんです! バーチャル柳の下には電脳泥鰌が、それこそうじゃうじゃとれを成しているものなんです!! それが証拠に、異世界転生物は三匹どころか、無数に増殖しているじゃありませんか!!!」

「それは君、読者のニーズがそこにあって、作者のほうがそれに応えるべく切磋琢磨せっさたくましているから、次第に全体のクオリティが上がってだね―—」

「何をどこかの無料小説投稿サイトのコンテスト総評みたいなことを言っているんですか。そんなのは大人の建前であって、実際のところは読者の欲望を忠実に満たしているからに決まっているじゃありませんか。よく考えれば、わざわざ生き返らせて異世界転生させてくれて、しかもチート能力まで与えてくれるなどという、そんなふざけた話があるわけがないでしょう? 神様にそんな力があるんだったら、わざわざニートの引きこもりなんか選ばなくたっていいじゃありませんか」

「おい君、それはいくらなんでも言い過ぎじゃないのかね!?」

「いいえ社長、今日ははっきりと言わせていただきます。インターネットの世界においては、決して商業ベースに乗らないものであっても、顧客のニーズさえ押さえておけば、何匹でも泥鰌は増やせるんです。ですから社長――」

「な、なにかね開発主任。急に目を光らせたりして」

「いえ、実は『最高のお祭り』を準備してあるんですよ。いいですか、それではご覧ください!」

「あっ、君、なにをするんだっ! 何だこの『緊急イベント発生!』というのは!?」

「ふっふっふ。わかりきったことではありませんか、社長。多くの人間のニーズをつかむための最高のお祭りといったら、アレしかありませんよ!!」

「ま、ま、まさか。君はアレを――」

「ふっふっふ、社長のご想像の通りですよ。緊急イベント――『はだか祭り』です!!」


「いや、しかし君、これはなんだかおかしくはないかね」


「は?」

「いやその、この秋田竿燈だがね。どう見てもポールダンスだわな」

「……」

「それに、この山形花笠だけど、どう見てもお盆で股間を隠すピン芸人の動きだな」

「……」

「青森ねぶたにいたっては、シースルーを狙ったんだと思うけれども、ただの大きな行灯じゃないのか、これ。透明すぎて何も見えない」

「……」

「都合が悪くなると黙り込むのは悪い癖だと言っているだろう?」

「――しかし、まだ我々には仙台七夕がある」

「あんな地味な奴、どうすんだよ。ただぶら下がっているだけじゃないか」

「いや、社長は仙台七夕の新たな姿を知らないんです! それではお見せしましょう、仙台名物『動く七夕』です!!」

「いや、だから、首吊りの状態で激しく動いても、最後の悪あがきにしか見えないぞ! しかも陰惨いんさんすぎてとてもお祭りに見えないどころか、ホラーじゃないかね! ニーズをとらえるどころか、逆に盛大に引かれるじゃないか! 今すぐやめたまえ!」

「社長、それがもう止められません。正式サービスとして公開してしまいましたし、電源を切ろうにも、安さを優先して海外の怪しげなサーバーを利用したので、運営会社に連絡が取れません」

「なんだと!」

「社長、さすがに後発メーカーのお祭り擬人化企画ですね、まさしく――」


 後の祭りでございます。


(お後がよろしいようで)

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バーチャル柳の下に電脳泥鰌は何匹いるか。 阿井上夫 @Aiueo

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