世界最高のお祭り(当社比)

砂竹洋

第1話



「皆様、お集まり頂き有難うございます」


 そんな挨拶と共に現れたのは、全身黒のスーツを着て、サングラスをかけたいかにも怪しい人物だった。

 声も体格も中性的で、男か女かすら判断できない。


「この場におります皆様は、生粋のであると理解しております」


 それはそうだろう。あんな封書に釣られてくる連中なんて、余程の祭り好きに違いない。


 今この場には、俺を含めて老若男女様々な人間が100人以上集められている。

 皆一様に黒い封書を手にしており、壇上に現れた黒服の説明に耳を傾けている。

 その黒い封書は当然俺も持っているわけだが、その中にはこんな文章が書かれた紙が一枚入っていた。


『世界最高のお祭りを開催いたします。つきましては、以下の日時に指定の場所まで集まってください』


 それだけ書いて、あとは日時の指定と集合場所の地図が書いてあった。

 突然家のポストに入れられていたこんな封書を見れば、普通は性質の悪い悪戯だと思って気にも留めないだろう。

 にも拘わらず、俺も含めてこの場に居る人間はその封書をもってこの場に集まっている。


 つまりは、そういう事。

 そんな怪しい封書を見て、起こりうるかもしれないリスクよりも「世界最高の祭り」の言葉に魅力を感じてしまう人間ばかりがこの場に集まっているのだ。


「それにしても、この人数は少し多すぎですね。少々ふるいにかける必要がありそうです」


 黒服のその不吉な言葉を皮切りに、俺たちは過酷な試練を課せられる事になる。


 まず最初に行われたのは「耐久ダンス」。

 音楽に合わせて踊れと言われて始まったこの競技は、その言葉の響きほど生易しいものではなかった。

 軽い気持ちでアップテンポなダンスを披露した女子高生は、途中で体力が持たずに倒れこんだ。

 社交ダンスを嗜んでいるといった夫婦も、最後まで踊り続ける事は出来なかった。


 それも仕方がない。この時流されていた音楽の再生時間は、ゆうに四時間を超える超大作だったからだ。

 「耐久」の言葉に最初から警戒して、可能な限り体力を温存していた俺を含む数十名のみがこの競技を突破することが出来た。


 残った俺たちを一瞥してから、黒服が言う。


「それでは次の競技――と行きたいところですが、流石に皆さまお疲れですね。一先ず休憩にしましょう。その後、隣の部屋にて第二競技を行います」


 その言葉に、救われた気分になる。

 こんな体力を使い切った状態では、とても次の競技など突破できるとは思えなかったのだ。


 休憩が終わり、隣の部屋で行われた競技は――水泳だった。

 当然のようにこちらも体力が問われる競技で、1kmを足を付かずに泳ぎ切れというものだった。

 ここでも泳ぎの苦手な者が何人か脱落した。ある程度泳げるものでも、通常の水泳と遠泳とでは泳ぎ方がまるで違う。俺はたまたまその心得があったので泳ぎ切ることが出来たが、途中で足を付いてしまう者が後を絶たなかった。


 この時点で、残った人間は二十人程度。

 黒服が言う。


「次の競技は、精神性を試させて頂きます。この目隠しと、ヘッドフォンをつけて下さい。目も見えず、耳も聞こえない状態でしばらく耐えていただきます。ほんの――十五時間程」


 その言葉に反発する者が現れる。

 体力を試されるならともかく、この競技には何の意味も感じられない。目が見えず、音も聞こえない状態が祭りに関係あるはずもない。

 ここまでくるとただの嫌がらせにしか感じないだろう。最初から世界最高の祭りなんてものは存在せず、それを誤魔化すためにわざと全員を落とそうとしているのではないか。

 そう糾弾する者もいたが、黒服は静かに答えた。


「いえ、全て必要な工程でございます。これらを突破した際、必ずや皆さまを世界最高のお祭りへとご招待いたします。具体的には、この競技と――もう一つの競技を突破すれば、それで終わりです」


 あと二つ。

 その言葉で、全員がやる気を取り戻した。

 配られた目隠しとヘッドフォンを装着し、黒服の誘導に従った。


 手を引かれるままに歩いていくと、座席のようなものに座らされた。

 そのまま数時間――ただただ座って過ごす。

 進言すればトイレにも連れて行ってもらえるし、食事も一度だけだが与えられた。


 ただし、何も見えず、何も聞こえないその空間は――完全なる孤独だった。

 近くにいる他の参加者と会話を試みるも、当然相手には何も聞こえない。

 本当に人が居るのかも分からない。それどころか、このままどこかに放置されているのではないかと何度も疑った。


 そんな時間が続けば、耐えられない者も出てきてしまう。

 後から聞いた話だが、こっそりと目隠しを外そうとした者が何人も現れたそうだ。

 それらはもちろん、全員失格になった。


 何日にも感じられる孤独を味わいつくして、自分は完全に気が狂ってしまったのではないかと思い始めた時――何者かに目隠しとヘッドフォンが外された。


「お疲れ様です。ここにいる皆さんは、第三競技を見事突破しました」


 そこには例の黒服が立っており、俺たちを祝福してくれた。

 すぐに周りを見渡す。そこには、俺を含めて八人しか残っていなかった。

 誰かがぽつりと口を開く。


「たったの――八人」


「されど八人です。これから行われる第四競技を突破すれば、皆さんの目的が達成されます」


 それだけが、その言葉だけが唯一の希望だった。

 もしもそれが嘘だったのなら――俺達にはもう何も残されていない。

 それは皆の共通認識だったようで、その場の全員の表情が心なしか曇っていた。


「では第四競技です。内容は――登山。目の前にそびえ立つこの山を登っていただきます」


 言われて顔を上げると、確かに目の前には巨大な山があった。目隠しをされながら移動していたらしい。

 後ろを振り返ると下り坂があったので、どうやらそこは山の中腹の様だった。

 最後の希望に縋るため、一人ずつ黒服から登山道具を受け取って山を登り始めた。


 その山の山頂までは、想像以上に険しい道のりだった。

 山など登ったことが無いから分からないが、普通よりもかなり大きい山であるように感じた。登っても登っても山頂が見えない現実に何度も心が折れそうになった。


 しかし、今度は先ほどの孤独とは違う。

 交流が禁止されているわけでもないので、俺たちは八人で励ましあって何とか気力を保っていた。

 その間には不思議な友情も芽生え始める。

 もし嘘だったら協力してあの黒服に復讐しよう、なんて冗談を交える余裕も生まれてきた。

 俺に限っては、冗談じゃなく本気で復讐しようと思ってはいたが。



 登り始めてからどれだけの時間が経っただろう。

 何度も体力が付きかけ、休憩しながら登ったので少なくとも十時間以上は経っていたと思う。

 周囲も暗くなり、支給されたヘッドライトを頼りに登り続けていると――ついに。


「皆! あれ、もしかして――」


 一人が指を指した方向を、全員が見る。

 そこには「山頂」の文字が書いた看板があった。


 わあっ――と歓声が上がり、全員がその場を駆け出した。

 看板の元までたどり着くと、突然あの黒服がぬるりと現れる。

 看板に注視していた全員の死角から現れたため、全員驚いてその場で尻もちをついてしまった。何のつもりだ、こいつ。


「おめでとうございます。第四競技――突破です」


 敵意をもって黒服を睨んでいた目線が、その言葉で期待の眼差しへと変貌する。

 ここまでしたんだ。約束は絶対に守ってもらうぞ。


「問題ありません。数分歩いたところに、お祭りの会場がございます。そこまで皆さんを招待いたします」


 俺は今まで黙っていた分、恨みも込めて念を入れて確認する。


「生半可な祭りじゃ満足しないぞ。分かってるだろうな?」


 黒服はその言葉には答えず、無言で俺たちを先導して歩き出した。

 疑いながらも俺たちは後ろをついていく。


 歩いている内に、祭り囃子が聞こえてきた。あたりも人工的な明かりが増えてきて、少しずつ明るくなってくる。

 ――間違いない! 会場はすぐそこだ!


 期待する俺たちの目に、屋台の明かりが見えてきた。

 ここまでくると我慢なんて誰にも出来ず、全員が黒服を押しのけて一気に走り出した。

 期待を込めて踏み込んだ、その先には――



「「「「「「「「……は?」」」」」」」」



 全員の声が揃った。

 なんだ、これは。

 どこから見ても、どう見ても。 



 ――どこにでもある、普通の祭りじゃないか。



 俺たちの後ろから、黒服の声が聞こえる。


「これが、世界最高のお祭りでございます」


「これの――どこが世界最高だって!?」


 我慢できずに、俺は黒服に掴みかかった。

 拳を握りしめ、返答次第ではすぐにでも殴ってやる覚悟でいた俺に向かって、黒服は冷静に――淡々と告げた。


「現在地は、ネパール連邦民主共和国および中華人民共和国の国境上――標高8848m地点。皆さまご存じ、エベレストの山頂でございます」


「だからなんだ!」


「つまり、世界最高で開かれる――お祭りでございます」


 その言葉に、全身の力が抜けた。


 なんじゃそりゃ。なんなんだそれは。

 ああ、そういえば確かに空気が薄い気がする。

 つまり、そのための――体力と肺活量を図るためのダンスに、水泳か。

 暗闇の時間は移動時間で、俺らは山の中腹からエベレストに登っただけで――


 ――確かに、こいつは最初から何も嘘はついていなかった。



 甘言に唆された八人の愚かなピエロは、しばらくそのまま立ち尽くしている事しかできなかった。

 


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