【KAC20202】部長で生徒会長で美少女な周防先輩と僕の、最高のお祭り

最上へきさ

僕はいつも、ガラス越しにお祭りを眺めていた

「……こんなの、最低のお祭りじゃないか」


 一人つぶやいて、僕はわざと荒っぽく腰掛けた。

 サビの浮いたパイプ椅子が、悲鳴を上げる。


 三階にある文芸部の部室から見えるのは、いかにも楽しそうな文化祭の風景だった。

 校庭に並ぶ屋台、出し物の宣伝で練り歩く演劇部、仮装したお化け屋敷の脅かし役、休憩時間を満喫するカップル、遊びに来た父兄や子供達、などなどなど。


(僕らみたいな日陰者には、関係ない話だ)


 強がっているのは、自分でも分かっていた。

 壁に貼り付けた展示――好きな作家の生涯について調べた報告は、画鋲が古かったせいで今にも剥がれ落ちそうになっている。


(まあ、どうせ誰も見に来ないんだから、関係ないか)


 僕は読みかけだった文庫本――ポーランドのベストセラーで、最近ようやく最終作が邦訳されたファンタジー作品――に目を落とした。


 何が文化祭だ。

 みんなマズい屋台料理食べて仮装してデートして浮かれてるだけだろ。

 そんなの、どこが文化的なんだ。

 こうして一人読書してるほうが百万倍文化的だろ。


 ……ああ、クソ、分かってる。


 僕は僻んでるだけだ。

 ただ、展示を見に来てくれる友達もいない、一緒に文化祭を回る友達もいない、そんなみっともない自分を見たくないだけなんだ。


 僕は本から目を離さずに、置いておいたペットボトルを探す――


「――ひぁっ」


 予想外の柔らかな感触に、僕は思わず悲鳴を上げてしまった。


「あはは。びっくりしたかい、南禅寺君」

「ちょっ、ま、な、何なんですかっ、脅かさないでくださいよ周防先輩っ!」


 僕の手を握ったまま、彼女――周防叶恵先輩は、いたずらっぽく笑った。

 脈拍が、もう一段回跳ね上がる。


「相変わらずいいリアクションをしてくれるなあ、南禅寺くんは」

「ああ、もう、本当に悪趣味ですね、周防先輩。というか、生徒会の仕事は良いんですか?」


 周防先輩は文芸部――僕を含めて二人しかいない文芸部の部長で、同時に生徒会長でもある。


 文化祭といえば、生徒会にとっては一大イベントだ。

 準備はもちろん、当日は実行委員会と一緒に会場の見回りやら何やらで大忙しのはずだ。


「今年は実行委員会が優秀でね。わたしの仕事は、会議中にときどき小粋なジョークを挟むだけで済んだよ」

「お得意のスベリ芸のことですか? アレさえなければ最高の生徒会長だって噂ですよ」

「よせよせ、褒めても何も出ないぞ」


 動じないな、この人。

 だから全校集会でどうしようもないダジャレとか披露できるんだろうな。


「それより南禅寺くん、君、ずっとここにいたのかい? せっかくの文化祭なんだ、多少は出歩いても構わないんだぞ」

「僕、陰キャなので。こういうの、向いてないんですよ」


 僕は思わず斜に構えてしまう。

 でも、周防先輩には通じなかった。


「はっはっは。素直じゃないなあ、南禅寺くん。わたしは知ってるぞ、君が書く作品には必ずお祭りのシーンがある。すごく楽しそうなシーンがね。わたしはアレが大好きなんだ」

「作品と作者を同一視するの、やめてくださいよ。ホントに」


 本心を見透かされた気恥ずかしさと、作品への感想を受け取った嬉しさで、頬が赤くなったのを自覚する。

 文庫本を不自然なぐらい顔に押し付けて、僕はなんとか赤面を隠した。


 周防先輩はいつもそうだ。

 普段はとんちんかんなことばかり言ってるくせに、不意に的を射てくる。

 いつも僕のそばにいて、僕を見ていてくれる。


 そういうところが、本当に……ああ、こういう時なんて言えば良いのか。

 僕は必死に目の前の物語から、言葉を拾い上げようとする。

 でもそこには、こんなときに役に立ちそうなことは何にも書いてなくて。


「それとも、あれかい? まさか君、わたしのことを待ってたのかい?」

「な――あ、いや、ええと、あー、その」


 ほら、こういうところだ。


 ……僕は、今、自分が耳まで赤くなっていると思う。

 雑誌でも読んでれば隠せたんだけど。


「なーんちゃって、いやあ、流石のわたしだってそこまで自信過剰じゃない――よ、と……あれ? えっ、南禅寺くん? なんでそんな、顔を赤くして――」

「……なんですか」


 何が「なーんちゃって」だ。

 八十年代のラブコメみたいなことを言わないでほしい。


「その。えーと。アレだよね? 君は交代要員を待ってたってことだよね? 違う?」


 僕は――どうにかうまい切り返しがないか必死に考えたけれど、空転する脳みそは物語を読み上げるばかりでちっとも役に立たない――オイふざけるなゲラルト、なんで君はすぐ美女とセックスするんだ――とにかく落ち着け、落ち着いて、落ち着いた後は、それから、その、ええと、


「……多少は出歩いても構わなかった、んでしょう? 僕だって、それぐらい知ってますよ」

「ああ、まあ、それは、そうだけど……ええと、それは、つまりどういう意味?」


 僕らは、お互いにこんがらがった思考の糸をほどこうとして、結局そんなことには意味がないと気付いた。


 そうだ。

 斜に構えてる場合じゃない。

 言うんだ。必要なことを。


 僕は――握られたままだった手を、握り返した。強く。


「もし、良ければ……その、この後、周防先輩の予定がなければって意味ですけど……少し、文化祭を見て回りませんか?」


 周防先輩は。

 その整った顎から形の良い耳まで、全部真っ赤にして。


「……もちろん、いいとも」


 こくんと、小さく頷いてくれた。


(ああ、もう、畜生)


 こんなの、最高のお祭りじゃないか。

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