#12 爆弾解除ゲーム
僕が腕時計型の爆弾をつけると、デジタルのディスプレイが六十分の時をカウントダウンしはじめる。連動しているという話は本当らしく、さっきまで三分のカウントダウンを刻んでいた七宝さんの時計の方も、僕の方と同じく六十分を刻み始める。
僕は自分の右手首のダイバーズウォッチを、七宝さんは懐から取り出した懐中時計を見る。ただ今の時刻、十時十五分。一時間後に、手首は爆発する。
「で、ゲームってなんだ?」
「簡単だ。そいつの爆弾をお前らが外せれば勝ち。外せず爆発すれば負けってゲームだよ。よく見ろ、その爆弾に鍵穴があるだろう?」
確かに。時計に付属する機械部品に、自転車の鍵のような鍵穴がついている。
「鍵はお前が持っているのか?」
「あわてるなよ」
雪垣はこっちを見てせせら笑った。
「鍵は俺が持っているんじゃない。俺の仲間二人が一本ずつ持っている。そして、鍵は一本で爆弾ひとつを解除できる仕組みになっている」
さっきも連動していると言っていたな。仮に一本でどちらも解除しようとすれば、爆発でもするだろうか。
「で、その仲間ってのは誰だ?」
「渡利と咲口さんだ」
「な、なんで…………?」
金山さんが驚きの声を上げる。渡利さんはともかく、咲口さんは刑事だろうに。なに加担してやがる。
「お前は鍵を手に入れる。俺はそれを妨害する。どうだ? 簡単なゲームだろう?」
「ああ。クソがつくほど簡単だ」
「それじゃあ、スタートだ!」
言って、雪垣のやつは厨房の方へ駆けていく。裏口から逃げる気だ。
「笹原!」
「了解!」
僕が指示を出すより早く、笹原も走り出す。
「追跡に留めろ! 下手に手を出すと返り討ちになる」
「分かりました」
雪垣と笹原の姿が消える。
さて、どうするか……。
「ね、猫目石先輩」
籠目くんが不安げに声を上げる。彼は七宝さんの手首に嵌められた爆弾をじっと見ていた。
「大丈夫だ。この手の爆弾は結構手荒に扱っても爆発しないから」
「そういう問題じゃないですよ! このままじゃ、七宝が……」
「それも大丈夫だ。鍵を一本でも手に入れたら、まず彼女の爆弾を解除すると約束しよう」
「………………でも、そしたら先輩が」
「大丈夫だ。二本手に入れれば問題はない」
問題はむしろそこだが。
「で、どうしますか、先輩」
この状況でも冷静さを失っていない六角さんは、テーブルにもたれかかりながら聞いてくる。
「鍵を二本手に入れると言っても、紫崎先輩の妨害がありますが」
「いや、あいつは妨害しない」
「と、いいますと?」
「さっきのやつの台詞はブラフだ。自分の仲間が鍵を守っているのに、さらに自分が行く必要はない。それに……あいつは解除装置を持っているかもしれない」
「か、解除装置…………?」
扇さんが尋ねる。
「なんですか、それ」
「爆弾を万が一間違って起動したときの安全装置だ。あると考えるのが自然で、そいつを雪垣は持っているかもしれない。だから笹原に追跡させている。もし鍵が二本手に入らなかったときは、それが要だ」
たぶん、持っているだろう。だから逃げた。今この場でふんじばられて解除装置を使われたら水の泡だからな。
「じゃあ、私も紫崎先輩を追います!」
扇さんはシャンと立ち直す。
「分かった。笹原と合流して追ってくれ。くれぐれも無茶はするなよ? 今のあいつは何をするか分からない。扇さんにさえ爆弾をつけようとしたくらいだ」
「……………………分かりました」
険しい顔をして、扇さんは裏口を目指し厨房の方へ駆けていく。
「で、問題は鍵の在処っすね」
籠目くんは言う。
「渡利先輩と咲口……あの時の刑事っすか? 二人の居場所は分かるんすか?」
「渡利さんになら連絡はつくかもしれないが……」
僕は電話番号知らないしな…………。
と、思っていると、スマホが着信を告げる。金山さんのスマホだ。
「もしもし、渡利ちゃん!」
ちょうど、渡利さんからか。
「うん、うん! 今隣にいる。代わるね! …………猫くん」
「ああ、代わる」
彼女からスマホを受け取って電話に出る。
『猫目石、あんた無事なの?』
「心配してくれてどうも。今は無事だ」
『扇ちゃんは? あの子にも爆弾ついてるんでしょ?』
「いや、いろいろ事情があって別の子についた。とにかく、そっちはどんな様子だ?」
『こっちも混乱していて』
渡利さんの慌てたような声が聞こえる。
『昨日、雪垣から封筒を預かって。今日、連絡があったら読めって言われて、さっき連絡があったから読んだら、あんたたちに爆弾つけたって封筒に書いてあって……』
「鍵は? 持っているか?」
『ええ。封筒に入ってた。これをあんたに渡せばいいんでしょう?』
「話が早くて助かる」
『私も、さすがにこんなことに手は貸せない』
ふむ……待てよ。渡利さんの性格は僕より雪垣のやつがよく知っているはずだ。渡利さんがこんな、人の命がかかるようなことに手を貸すはずがない。ならば、彼女が鍵を僕に渡す、つまり鍵の守り手としての用をなさないのは分かり切っているはずだ。
ならば…………。
「渡利さん、今どこにいる?」
『弓矢川沿いの堤防』
「それも雪垣の指示か?」
『そうだけど…………』
そいつはまずい。
「いいか? 今すぐ移動しろ。そこからなら弓矢橋駅が近いだろ。急げ!」
『え、な、なんで?』
「渡利さんが鍵を僕たちに渡そうとするのは、雪垣も織り込み済みだ。だから今ごろ、咲口さんをそっちに寄越してる。鍵を回収するために!」
渡利さんはともかく、刑事の咲口さんはこんなのに参加している時点で雪垣とグルだと考えるべきだ。
「咲口さんは拳銃を携帯してる。下手しなくても危ない」
『でも、それじゃああんたに鍵が……』
「いいんだ。とにかく渡利さんは弓矢橋駅で電車に乗るんだ。東岡崎駅までそれで向かえ。東岡崎に着いたらすぐに取って返す。雪の影響でダイヤが乱れているとはいえ、一時間以内には戻ってこられるはずだ」
『それじゃあ……』
「大丈夫だ。渡利さんがそうやって咲口さんを撒いている間に、僕たちで咲口さんを無力化して鍵を手に入れる。そしたら安全に渡利さんの鍵も手に入る。いいな?」
『わ、分かった。とにかくそうする』
電話を切って、金山さんに返す。
「でもどうするの?」
金山さんが聞いてくる。
「肝心の咲口刑事の場所は?」
「雪垣が仕組んだゲームだ。ここまでの動きは大方読まれていると考えていい。だから咲口さんも弓矢橋駅に向かっている」
それは渡利さんを捕まえるという目的よりも、彼女に圧をかけて弓矢橋駅から移動させるためだろう。そうやって鍵の一本が遠ざかれば、僕たちの勝利も遠のく。彼らにはそれで十分だ。
「急いで咲口さんを仕留めるぞ。でもその前に、六角さん」
「瑪瑙ちゃん」
「はいはい瑪瑙ちゃん」
今はそんなことをしている場合ではないが、彼女の稚気に少しだけ冷静になる。
「ひょっとすると笹原と扇さんを撒いた雪垣がここに戻ってくるかもしれない。その時に備えて、君と金山さんはパラダイスの針で待機してほしい」
「分かりました」
「それと調べてほしいことが……」
「分かりました」
まだ全部言っていないんだけど。でも分かったらしいから、時間も惜しいのでよしとする。
「籠目くん、七宝さん、行こう。鍵を取り返したらすぐ解除できるよう、僕たちが動くしかない」
「くそっ。あの野郎後で絶対ぶん殴ってやる!」
妹を危険にさらされて怒り心頭の籠目くんと、何を考えているのやら相変わらず分からない七宝さんを連れて僕はパラダイスの針を後にした。
目指すは弓矢橋駅。まさか足元なんて気にしていられない。雪に滑ろうが転ぼうが僕たちは走るしかない。
「千里眼を応用する。滑りにくい足場を選んで僕が走るからついてこい」
「了解っす」
先頭を僕が走り、後に籠目くんが続く。七宝さんはやはり足が遅いと見えて遅れ気味だが、籠目くんとしてもこれから拳銃持ちの刑事とぶつかるのに彼女を巻き込みたくないのだろう。あえて待たず置いていく格好で先を急ぐ。彼女も瞳術が使えるなら足場の悪さは苦にならないだろう。
しかし雪の白く、きらきらと日の光を反射する面をじっと見続けるのは辛い。目がじくじくと痛んでくる。
徒歩十分の距離。雪道ではさすがに時間通りとはいかないが、十五分もせかせか走れば指矢橋駅に辿り着く。
「いたっ! あいつ………………!」
籠目くんが指差した先に、咲口さんが待ち構えている。彼は僕たちを認めると、改札をひらりと飛び越えてホームの方へ向かっていく。
「待ちやがれ!」
籠目くんが後を追って改札を飛び越えていく。僕には飛び越えるだけの運動能力はないから、懐からカードを出して普通に通過した。
東岡崎から新安城へと通過していく電車を待つ、弓矢橋駅一番ホーム。逃げ場はない。
きっと、咲口さんも逃げる気はない。
「おっと、そこまでだ」
「……………………!」
僕より先んじていた籠目くんが足を止める。僕も彼の横に並ぶ。
咲口さんは、やはり拳銃を持っていた。そいつを構えて、僕たちに向ける。
ホームにいた人たちが、ざわめいて動きを止めた。ただ、そのざわめきには深刻さが足りない。まさか今、咲口さんが構えている銃が本物だとは誰も思っていないのだろう。ゲリラ撮影か何かだと勘違いしている。
だが、その勘違いを正す余裕もない。
電車が、咲口さんと僕たちの横を通過していく。雪が舞い上がる。
「お前らの探し物はこれか?」
咲口さんが、懐から小さな鍵を取り出した。摘まめるほどの大きさの、下手をしたら一息に飲み込めそうなくらいの小さい鍵。
あの鍵に僕と七宝さんの命運が委ねられていると思うと、あまりにも心もとない。
「そうだ。それを早く渡しやがれ!」
イラつきながら籠目くんが噛みつく。
「咲口さん」
僕は瞳術で相手の動きを確認しながら、声をかける。
「その鍵を渡してください」
「渡すわけないだろ」
「分かってます。でもその鍵を使うのは僕じゃない。七宝さん――ここにいる籠目くんの妹です。手違いで彼女に爆弾が取り付けられてしまったんです」
「そうか。それがどうした?」
「な………………」
籠目くんは驚くが、僕は驚かない。おおむね、想像通りだ。
「計画なら紫崎から聞いている。猫目石、お前に爆弾をつけるために扇を人質にするって話もな。どうもその計画に少々変更があったらしいが、関係ない」
銃口が、こちらに向けられる。
「俺は、俺たちは、お前を殺すためなら誰が犠牲になろうと構わない」
「……そこまでしますか、普通」
「するんだよ!」
咲口さんが激昂する。
「……思えば、ずいぶん遠くまで来たな」
ため息は白い。
「あの小さい、母親が亡くなって震えてた子どもが、ずいぶんやるようになった。俺も、仕事と割り切って付き合ってたつもりが情が移っちまったらしい。まさか俺がこんなことをするなんてな。まったく、数年前の俺に話しても信じないだろうぜ」
本当に、遠くまで来た。あいつも、咲口さんも、僕も。
ただの子どもが、ここまで。
「俺も本音を言えば、お前を殺すのに他の誰かを傷つけるのは嫌なんだ」
「だったら……」
「だけどな!」
すっと。
拳銃が別の方向へ向けられる。それは線路を挟んで反対側の二番ホームの方向で。
そちらに向かって、発砲される。
悲鳴。叫び声。
ホームにいた人たちは、僕たちを除いて反射的にしゃがんだ。
「お前は化け物だ、猫目石! 化け物ぶっ殺すのに、手段なんて選んでられないんだよ!」
「化け物はお前だろうが!」
籠目くんも負けじと叫ぶ。
ちらりと、横を見る。
さっき、咲口さんが銃を向けた時に視線が誘導された。反対側のホーム。そこに、七宝さんがいた。
なんで反対側に? 疑問に思っていると、彼女はてくてくとホームの端まで歩いていき、きょろきょろと左右を見てから、ひょいと線路に降りた。
なるほど、線路を経由して咲口さんの死角から背後を取る算段らしい。それに籠目くんも気づいたから、必要以上に大声を出して注意をひいている。
正直、あまり利口な作戦ではないな。
「ひとりを殺すためになに躍起になってやがる! というか何の理由があって猫目石先輩を殺そうとする?」
「葡萄ヶ崎の仇だ。俺は彼女とはそう親しくなかったが、紫崎が敵を討ちたいと言うのなら協力するさ。もう後戻りできないくらい、俺はあいつに深入りし過ぎた」
バレればすぐにでも七宝さんが撃たれる。しかし、こっちも動けない。そりゃあ、僕一人なら未来視を使えば銃弾を避けるぐらいわけないが……。それを分かっているから、咲口さんは野次馬に向かって撃ったのだ。あれは僕が下手に動けば、僕ではなく別の誰かを撃つという脅しだ。
「僕を殺したいなら今すぐ僕を撃てばいいでしょう」
仕方ない。僕も七宝さんたちの作戦に乗ろう。
「雪垣もあなたもそれをしない。そういうのを姑息って言うんですよ。無関係の人間を巻き込んで命を危険にさらすような真似をしている内は、その復讐に正当性なんて生まれない」
「お前が復讐の何かを語るなよ」
七宝さんがこちらのホームに乗り込んだ。あとは数歩、忍び歩きで近づけば羽交い絞めにできる距離にいる。
一歩。
二歩。
「気づかないとでも思ったか!?」
あと一歩、というところで。
ぐるりと。
咲口さんは後ろを振り向く。
そしてそのまま、何のためらいもなく。
引き金が引かれる。
「七宝!」
だが。
どたどたとした、千鳥足のようなふらついた足捌きだったが。
まるで最初からそうなるのが分かっていたかのように。
七宝さんは弾丸を避けた。
弾丸は彼女の顔の横を通り抜け、地面に弾かれる。そしてそのまま七宝さんは突っ込む。
瞳術、未来視。当然のように、彼女も使えた。
「くそっ!」
二発目が間に合わないと悟って咲口さんが左手を突き出した。それも最初から、その位置に突き出されると分かっているなら、七宝さんの運動能力ですら躱すのは容易だ。左手を避けて、銃を持った右手に彼女が食らいつく。
文字通り歯を立てて。
「ぐ、が…………っ」
さすがに噛みつかれてはたまらず、銃が取り落とされる。咲口さんは左手を振り上げて、拳を浴びせようとする。七宝さんは噛みついたまま動かない。
今度は躱せない、と思いきや。
躱す必要がないと、彼女は分かっている。
「妹になにさらしてんだボケ!!」
動揺から立ち直った籠目くんが距離を詰め、拳を咲口さんの顔面に振った。しかし、さすがに刑事だけあってよろめきはしたが倒れない。フィジカルが強い。
だが、それでいい。
そうなる未来は僕の目に見えていた。
なら、そこから先もどうすればいいか見える。
「ここだ」
距離を詰める。左の拳で、咲口さんの顎を捉える。
人体の急所。脳を揺らす一撃。テレフォンパンチだろうと、未来の見える僕が外すはずもない。
さすがに昏倒して、背中から倒れる。
決着はついた。
「よしっ。鍵、鍵…………!」
倒れた咲口さんを前に籠目くんは慌ててポケットを探る。一方の七宝さんは銃を向けられたにも関わらずいつも通り何を考えているか分からない表情で、しかしきっちりと銃を蹴って遠ざける。
「あったぞ。七宝」
「………………」
鍵を掴んで、七宝さんの爆弾に差し込む。ピピッと小さい電子音がして、それから爆弾が彼女の手首から外れる。タイマーも止まり、機能は完全に停止したようだ。
「よかった、よかった………………!」
思わず、籠目くんは七宝さんを抱きしめる。七宝さんはそれを受けて、ぽんぽんと彼の頭を撫でた。
「念のため縛っておこう。使えるものは……包帯しかないか」
僕は自分の顔を覆っていた包帯を外して、これで咲口さんを縛ることにする。包帯は伸縮性があって縛るのには向かないが、他に使えるものもないし仕方がない。
包帯をねじったり伸ばしたりしながら咲口さんを後ろ手で縛る。これでとりあえず問題はない、はずだ。
「ふう…………しかし、なんとかなったっすね」
ようやく一息ついて、籠目くんが七宝さんを離す。
「あとはここで渡利先輩が戻ってくるのを待てば終わりっすか。このクソ刑事と紫崎先輩を捕まえるのは警察の仕事ですし」
「そう、だな…………」
そううまくいくと、いいのだが……。
嫌な予感がするな。あまりいい気分じゃない。
「しかし想定外ですよ、咲口さん。あなたが雪垣に手を貸すとはね」
起き上がろうとしている咲口さんを見ながら、さすがに呟いた。
「いや、想定外がさっきから多すぎる。扇さんが爆弾を取り付けられそうになるのも想定外だし……。それに比べれば、あなたが拳銃を携帯している時点でこうなる未来は見ておくべきでしたか」
「だったら、これから俺がどうするかも見えてるんじゃないのか?」
完全に立ち上がった咲口さんが、二歩ほど下がってこっちから距離を取る。白線の外側、ホームのギリギリだ。
「俺は言わなかったか? お前を殺すためなら、誰が犠牲になろうと構わないってな」
「言いましたね」
いかん。正直さっきから瞳術を使い過ぎて限界だ。目がクラクラする。オーバースペックだっただけに、普段は使わないから長時間使ったツケが今になって回り始めた。頭の思考回路も焼けつきそうだ。口で言うほど簡単じゃないんだよ、未来を見るってのは。
当然、目にも悪い影響しかない。視界がぼやけ始めた。さすがに縛っている以上、下手な真似は出来ないはずだが……。
「誰が、と言った。それは…………」
バッと。
咲口さんが、ホームから飛び出した。
「俺も含むんだよ!」
「な………………っ」
駄目だ。思考が追いつかなくなっている。
なんで今、身を投げる? 投げて何の意味がある。全部が繋がらない。
突然のことに、考えがまとまらない。
『電車が通過します。白線の内側までお下がりください』
アナウンス。このタイミングで、通過電車!
「あ、おい、七宝!」
七宝さんが駆け出す。籠目くんが手を伸ばすが、間に合わない、届かない。
彼女は宙に身を投げ出した咲口さんに向かって、タックル気味に体を投げ出した。相当の勢いがあったのだろう。咲口さんは線路に落ちると転がって、反対の線路まで跳ね飛ばされる。
だが。
肝心の七宝さんは、勢いが死んでいる。
ぼとりと。
尻もちをついて落ちた。
電車が通過する側の線路に。
「あ――――――」
籠目くんが息を呑む。
赤い電車が、音を立てて通過する。
七宝さんの姿は消えた。
直後、金属をこするような音が駅に響く。
遅すぎるブレーキ音。
電車が止まったのは、たっぷりと駅を通過した後だった。
「七宝っ…………。七宝!」
急いで籠目くんが駆け寄る。だが、あの状態では…………。
「…………………………」
ひょこり、と。
突然七宝さんが顔を出した。
「う、うわああっ!」
さすがにいきなり現れたものだから、籠目くんが面食らってもんどりうった。
「無事か? 七宝さん」
僕の問いに、彼女はこくりと頷いた。
「よかった。ホーム下の避難スペースに逃げられたんだな」
「ああ…………もう、お前、無茶するなよ……」
安心で腰が抜けたのか、籠目くんはその場にへたりこんだ。
だが、安心してもいられない。
ようやく頭が回り始めた。
待て……電車の来た方向は東岡崎からだ。
東岡崎からの電車が、人身事故?
「しまった!」
くそ、どうにも後手後手だ。
スマホが鳴る。取り出してみると、見たことのない番号だ。だが今、この件と無関係の人間から掛かってくるはずもない。
出てみると、渡利さんからだった。
『猫目石! 大変なことに』
「この番号はどこで?」
『瑪瑙ちゃんから』
「彼女にも教えてないはずだけど!?」
マジでどうなってんだ彼女は。
『それよりも、今、弓矢橋駅で電車が急停車したって。ダイヤがただでさえ乱れてるのに、電車が止まって。このままじゃ時間内に戻れない!』
「ああ。分かってる」
深呼吸する。
大丈夫だ。
こんな時のために、万全の準備はしていたんだ。
「渡利さん、駅を出て合流してほしい人がいる。改札を出たら待っているはずだ。見ればすぐに分かる」
『え、分かったけど……。あんたはどうするの?』
「攻勢に出る」
ここからは、こちらの番だ。
電話を切って、笹原にかけ直す。
『すみません先輩!』
開口一番、彼女の謝罪が聞こえてきた。
『上等高校まで追跡したんですけど、そこで紫崎先輩を見失って! 市松さんにすぐに呼びかけてグルメサイエンス部と実行委員会で包囲したんで、学校からは出られなかったはずなんですけど』
「学校は出てないんだな?」
『はい。でもなぜか紫崎先輩、どこにもいなくて……』
「いや、やつの居場所は分かる。それより笹原、準備してほしいものがあるんだけど」
『はい?』
僕が準備してほしいものを告げると、露骨に嫌そうな声が返ってくる。
『またですか? ひょっとして癖になったんですか?』
「そんなわけないだろ。いいから頼む」
さあ、雪垣。
決着をつけるぞ。
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