#7 生徒会の相談役
喧嘩を止めた僕たちは目的地を目指し歩く。
とはいえ、なんだかんだ喋りながら歩いていたわけだから、目的地はもう目前まで迫っていて。
ひとつ角を曲がると、すぐに見えてくる。
パラダイスの針。
そういう名前の喫茶店である。
さながら定年退職したサラリーマンが趣味で始めた店のような瀟洒な外観をしているが、実際に経営をしていたのは雪垣の想い人、葡萄ヶ崎伊利亜さんであり。
雪垣のやつはそこにいつからか居候をしていた。まったく、一つ屋根の下では扇さんに勝ち目などあるわけもなくて。三角関係とか言い条、彼女はけっこう追い詰められてもいたわけだ。
そういうのは、見れば分かる。たぶん扇さんも雪垣も僕のことを人の気持ちが分からない人非人くらいに思っているが、それでも扇さんの感情は分かりやすいくらい表出していた。僕があいつのことを嫌いな理由のひとつが、それだ。
他人の恋心をないがしろにするやつは人でなしと相場が決まっている。
「じゃあ、行きますね」
「ああ」
パラダイスの針の店舗は二階建てで、おそらく二階が住居スペースになっているのだろう。だが、二階に上がる階段は外部からは見えない。店舗内部からしか住居スペースには入れないらしい。結果、扇さんが叩いたのは店舗正面入り口のドアである。
「先輩。先輩!」
ドアをノックする。しかしこれ、住所スペースまできちんと声は聞こえているのだろうか。
「先輩。お願いします。開けてください!」
ふと、上を見た。二階の窓が見える。カーテンは閉め切られて、人がこっそり覗いているようなこともない。
「上等高校で事件があったんです。先輩の力が必要なんです! お願いですから開けてください!」
しかし、中から反応はない。住宅街は静まり返っていて、扇さんの声が悲痛なまでに響くだけだった。
「扇さん、ちょっと」
彼女を後ろに下がらせて、僕が扉の前に立つ。
「ゆーきがーきくん。あっそびましょー」
取りあえずふざけ半分にそう言って扉を叩いてみる。
「おい本当に出てこないとここぶち破るぞ」
「短気すぎます先輩! まだ数度ノックしただけじゃないですか」
「僕は開けゴマで開かない扉はぶち破る主義なんだよ」
「なんですかその唐突なマッチョイムズ!」
仕方ないのでいよいよ扉をぶち破ろうかと脚を持ち上げた時だった。
ガチャリと。
いやガッチャンと。
思い切り扉が開かれる。
「うわああ」
片足を上げていたところに扉がぶつかって来たので、僕は大きくバランスを崩す。それだけならまだよかったが、足元が雪で濡れて滑りやすくなっていたものだから、情けない声を出して背中から倒れてしまった。
「せ、先輩…………」
「まったく、出てくるとなると唐突な……」
起き上がって、扉の方を見る。ようやく雪垣のやつが出てきやがったと思いきや。
「なにしてんの、あんたたち」
扉から出てきたのは…………。
「渡利先輩!」
扇さんが驚きの声を上げる。
コートを着た渡利さんが、険のある目でこちらを睨んでいた。その瞳には呆れ半分、驚き半分という色が浮かんでいる。
渡利真冬。実行委員のひとりで、僕と同じ三年生である。僕や雪垣とは中学からの付き合いだが、とはいえ僕の方では付き合いがあると言えるほど友好関係を結んでいるわけではない。
しかしなぜ彼女がここに?
「驚いたな。まさか渡利さんがここにいるとは」
「それはこっちの台詞」
ため息をついて、地面に転がる僕を渡利さんがねめつける。そのままでもあれなので、僕はよっこらせと立ち上がる。
「扇ちゃんが毎日来てるのは知ってたけど、あんたが来るなんて話は聞いてない」
「そりゃあ、今日が初めてだからな」
「…………事件って言ってなかった? ひょっとしてそれに関係してる?」
「僕と扇さんが連れ立ってるんだ。少しくらい想像してくれ」
「…………いいわ」
渡利さんは店舗の中に入っていく。どうやら僕たちにも入れと促しているらしかった。まあ、立ち話もなんだしなあ。
渡利さんに続いて扇さんが入り、僕がさらに後に続いて扉を閉めた。
パラダイスの針の店舗は、店主を失って以来誰の手も入っていないのがすぐに分かる。ぱっと見る限りでは汚れていないように見えても、テーブルやカウンターの上には埃がうっすらと溜まっている。
明かりはついておらず、店内はカーテンの隙間から差し込む日の光で僅かに明るい程度だった。空調もまるで動いておらず、冷凍庫のように寒い。だから渡利さんはコートを着ていたわけだ。
「猫目石、あんた……」
渡利さんが呟く。
「その包帯……」
「ああ、これか」
僕は顔の包帯を撫でた。
「治ってないわけじゃないんだ。ただ外してないだけで」
「そう」
彼女も僕が自分に火をつけるところは見ているから、心配してくれたらしい。なんだかんだ優しいところがある。
「それより、どうして渡利さんがここに? しかも店の中に入れているんだ?」
「あ、そうですよ」
珍しく僕に扇さんが同調する。
「なんで渡利先輩がここに」
「私、昨日で受験が終わったから」
カウンター席のひとつに適当に腰掛けながら、悠然と渡利さんが言う。
「今朝、いい加減様子のひとつでも見ようと思って。私がよほど珍しい客だったんでしょ。あるいは……」
あるいは。その言葉の先は言わず、ただ僕を見た。僕は何となく、それで察した。
雪垣と渡利さんの間には、ある事件に巻き込まれたという共通点がある。その事件が絆になって、二人を繋いでいる節がある。……僕もその事件に巻き込まれたのに絆には入れてくれないのは、まあご愛敬だ。
「それで、あの馬鹿は二階か?」
「ええ。でもさすがに……」
どたどたと、足音が聞こえる。
「降りてくるでしょう」
厨房の奥から、ばっと。
一人の男が姿を現す。ジャージ姿の冴えないその男こそ。
生徒会の相談役、紫崎雪垣の変わり果てた姿だった。
「先輩っ!」
扇さんが声を上げて駆け寄る。
「しゃこ…………」
雪垣はクシャクシャの髪を掻きまわして、扇さんから目を逸らす。
「大丈夫、でしたか……。心配したんですよ」
「ああ、俺なら、大丈夫だ」
やつの声はしわがれていた。それだけ、声を発さずに来たのだろう。人前に姿を現すのさえ、今日が久しぶりかもしれない。
「感動の再会だねえ、ああ泣ける泣ける」
「あんたは本当、どうして来たの?」
茶々を入れずにはおれなかったので入れたら、渡利さんから注意が飛んでくる。
「猫目石……!」
そこでようやく僕の存在に気づいたのか、雪垣はこっちを睨んでくる。躍りかかって来てもおかしくないなとは思っていたが、意外なことに、やつは睨むだけでこっちに襲い掛かってきたりはしなかった。やつのなかでどう折り合いがついたのか、ついていないのかは知らないが、少なくとも面倒な事態は回避できた。
「それで」
ただし、そのままにしているといずれいさかいになるのは分かっていたので、渡利さんが仲裁してくれる。
「なんで来たの? 扇ちゃんはいつも来てたみたいだけど、猫目石は」
「そうだ。大変なんです先輩!」
渡利さんの言葉に扇さんが応じる。
「その、上等高校で事件が起きて……」
「とりあえず座ったら?」
渡利さんの提案を受けて、埃っぽい店内を移動してボックス席のひとつにみんなして座る。ただ、僕はご一緒したくなかったのでカウンター席のひとつに座って、遠巻きに様子を眺めた。
彼らが座ったボックス席は、窓際の一等地。そういえば、相談役としてやつが活動するときの指定席だったような……。
「それで、何があったの? 事件って?」
渡利さんが先を促す。…………考えてみれば渡利さんは昨日のバレンタインイベントとか、知らないのか。この分だと三年生の実行委員には話を通さずに企画したのかもな。どのみち三年生は受験で忙しかったし。
「実は、紫崎先輩には……聞こえてなかったかもしれないですけど一度説明していて」
雪垣の隣に扇さんが座り、その正面に渡利さんが座るという構図を取っていた。たぶん、そこが相談役の助手としての扇さんの席だったのだろう。
「ほら、『堕ちる帳』事件以降、みんな落ち込んでたじゃないですか。どことなく暗いと言うか、事件の影を引っ張っているような……。それで、先生や実行委員のみんなから相談されて、少しでもみんなが明るくなれるようなイベントをやろうってことになって。それで昨日、バレンタインだったじゃないですか。だからみんなでチョコ作ろうってイベントを企画して……」
「そうだったの?」
渡利さんが僕を見る。
「僕も昨日知ったから詳細は知らん。そもそも三年生、十三組から十五組まで誰も登校してないんだからな。渡利さんが知らないのも無理はない」
「それで」
話が続く。
「みんなでチョコを作ったんです。そしたら誰かが、材料のミルクチョコをダークチョコにすり替えてて、食べてみたらすごい苦くて」
「それはまた変なイタズラね」
またしても相槌を打つのは渡利さんである。雪垣は正面をぼうっと見ているだけで、話しを聞いているかすら怪しい。
「イタズラ、で済んだらよかったんです。でも、イベントに参加していた子の中に一人、チョコアレルギーの子がいて。その子の材料は代用チョコにしてたんですけど、それも入れ替えられてて」
「じゃあ……」
「はい。幸い、大事には至らなかったんですけど……」
扇さんは下唇を噛んで、ちらりとこっちを見た。実際のところ、長尾さんが倒れた時に彼女はパニックに陥るだけで何もできなかった。そのことが今更にように思い出されたのだろう。仕方のないことだと思うが。あれは僕はともかく、笹原に市松さんと籠目くんが割合落ち着いていた方だった。
「ここまでされて、イタズラだからって放置はできません! でも、私には犯人を探す力なんてなくて」
「それで、雪垣を頼ってきたのね」
渡利さんが頷く。当の雪垣は、やはり反応が薄い。
「お願いします、先輩! 生徒会の相談役として、事件を解決してください」
「俺は…………」
ようやく、重たい口が開かれる。
「無理だ」
「先輩…………」
「無理なんだよ、しゃこ。俺にはそんな力なんてない。生徒会の相談役なんて呼ばれて何となくその気になってたけど、俺はただの無力な人間だったんだ。それが、よく分かった……」
「でもっ!」
扇さんが叫ぶ。
「それでも、私にとって先輩は………………」
「自分の愛する人一人守れない男に、できることなんて何もない」
「………………そんなことは」
扇さんは、その次の言葉が出てこなかったらしい。
ここで僕がひとつやつを煽れば、ひょっとすれば態度を翻させることは可能かもしれない。そう思いながらも、僕は成り行きをただ見守ることにした。僕が口を挟めることではないのだ、これは。
「先輩」
扇さんが、意を決したように言う。
「先輩が何といようと、私にとっては先輩しかいないんです。こういうとき、頼れる相手が。先輩は今までもたくさん事件を解決してくれました。だから、今回も解決してくれるって私は信じているんです」
「しゃこ……」
「あのホームズだって一度や二度くらい失敗してます。一度の失敗で先輩の、相談役としての名誉が全部消えてなくなるわけじゃないんです」
「………………」
「それに、先輩を相談役として引っ張りまわしたのは私です」
「いや、俺は、しゃこが入学する前から相談役なんて冗談めかして言われてはいたよ」
「でも、今まで以上に引っ張りまわした責任が私にはあるんです」
力強く、言い切る。
「だから私には、先輩を信じる責任があります。誰が何と言おうとも、先輩が先輩自身を信じられなくなっても、相談役として私は最後まで信じるんです」
………………文化祭の時、同じことを僕は笹原に言われた。
信じると。
たとえ僕が怒りに狂って自分を見失って、傍目にも常軌を逸しているように見えても。
自分だけは信じると。
それが高校生探偵と煽った、DJササハラとしての自分の責任だと。
どうあがいても、誰であっても、探偵の傍にいる者の辿り着く境地は同じらしい。
信じることしかできない。自分にはない能力を持って、自分にはできないことをする探偵という存在を信じ抜くことしか、できない。
本当にそうなのか?
僕は知っている。笹原はそんな、僕に頼りきりのやつじゃない。あいつは自分で未来を切り開いていけるやつだ。
同じことは扇さんにも言える。彼女はきっと、そんなに弱くないはずだ。
それでも、信じるのか。
生徒会の相談役を。
どこまでも、信じ抜いて。
「今じゃなくてもいいんです」
扇さんが懐から取り出したのは、僕が渡した紫の腕時計で。
それを雪垣の手に渡した。
「いつか、絶対に先輩は相談役として立ち上がってくれるって、信じてますから」
「……………………」
そんな扇さんを、雪垣のやつはただ見ていることしかできない。
応えは、しない。
「………………ちょっと」
こっそりと、渡利さんが立ち上がってこっちに目線を送ってくる。ついてこいという意味らしい。
僕たちは連れ立って、一度店の外に出る。未だに鉛色の雲が空を覆っているが、幸い雪は止んだらしい。
「今の話、どう思うの?」
「どうって。いやあ感動的だなあって」
「そうじゃなくて!」
ばしりと肩を叩かれてしまった。痛い。
「事件のこと。あんたのことだから犯人の目星、ついてるんじゃないの?」
「渡利さんも僕を買いかぶるのか」
さすがにため息が出る。吐く息が白い。
「今回の事件は僕の領分じゃない。だからわざわざ扇さんはあの無気力自堕落馬鹿を頼ったんだ」
「領分じゃないって。生徒が一人被害に遭ってるんでしょう?」
「別に死んだわけでもなし。仮に死んだとしても、僕の世話することじゃなし」
「あんたは………………」
渡利さんも白い溜息を吐いた。
「まあ、あんたらしいか」
「お褒めに預かり光栄至極」
「褒めてない。でも、もし雪垣が動かないようなら、さすがに動きなさいよ」
「どうして?」
「どうしてってねえ」
また肩が叩かれる。痛い痛い。
「とどのつまり今回の事件も、大元を正せば私たちの世代がやらかしたことでしょ」
「そうかな?」
「そうなの。それを放置したまま卒業なんて無責任なことできるの?」
「僕はできる。余裕だ」
「胸張ってんじゃないの!」
「げほうっ!」
今度は胸をぶっ叩かれる。丁度反らしていたところだったから気管にダメージがっ!
ごほごぼとせき込んでいると、僕のスマホが着信を告げる。ポケットから取り出してみると、笹原からのLINE電話だ。
「笹原からだ」
「笹原ちゃん?」
「ああ。もっしんぐ」
「あんた笹原ちゃん相手だととことんふざけるわね」
そうだろうか。
『先輩。もっしんぐです。今どこですか?』
「今? パラダイスの針だけど?」
『あ、じゃあ紫崎先輩に会いに行ったんですね?』
さすが笹原、話が早い。
『もしかしなくても扇先輩も一緒ですか?』
「あと渡利さんもな」
『え? なんで渡利先輩も?』
「とにかく、何の用だ?」
『そうでした。先輩、部室にも教室にもいないんですもん、探しましたよ』
言われて、右手首に巻いた腕時計を確認する。あ、もう始業時間の九時過ぎてるな。別にいいけど。
「僕を探していたって、何でだ?」
『実は…………』
笹原の声がなぜか一段小さくなる。
『警察の人が来てて、今、市松先輩と籠目先輩が事情を聞かれてまして』
「…………警察?」
ちらりと、渡利さんを見る。話が聞こえたのだろう。彼女も怪訝な顔でこっちを見た。
『なんでも、例の事件が警察の知るところとなったみたいで』
「………………そうか」
どうやら事件は、僕たちが思っているよりもう少し深刻になっているらしかった。
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