#8 上等高校イレギュラーズ
上等高校へ移動したのは僕と渡利さん、そして扇さんの三人だけだった。とどのつまり、雪垣のやつはまだ動く決心がつかないらしい。
別にいいさ。能無しの根性無しはその辺でへたらせておけ。
時刻は始業時間をとっくに過ぎて、九時半ごろとなっていた。扇さんはともかくとして、僕と渡利さんはもう授業もない身だから気楽なもので、笹原に言われた通り実行委員会の詰め所に向かった。
実行委員会の詰め所は放送室である。どうしてそんなところに実行委員会の詰め所があるのか説明すると長くなる。が、簡単に言ってしまえば実行委員会の隠れ蓑がメディア情報部という放送を扱う部ということになっているからだ。我が上等高校は部活動の強制加入によって外部にはいかにも「勉強も部活も頑張ってます」感を出すことに躍起になっているが、マジに部活動に精を出すと実行委員会は行事の準備ができなくて立ち行かなくなる。だから隠れ蓑として籍だけを入れておく部活が必要になってくるわけだ。
だから雪垣も扇さんも、それから渡利さんも戸籍上はメディア情報部の部員である。
ともかく、目的地は放送室である。荷物を一度教室に置く手間も惜しんで直行すると、意外や意外、そこには人がそれなりの数揃っていた。
僕を呼び出した当の本人である笹原は無論のこと、グルメサイエンス部の市松さんと籠目くん、さらに実行委員会の一員で扇さんの友人である六角瑪瑙さんもいた。全員三年生ではないので、思いっきり授業をサボっている形になる。
そして問題の警察というのが…………。
「咲口さん」
「…………猫目石か」
スーツをきっちりと着こんだ男性刑事。昨日、僕と悲哀が話題にした咲口十九朗刑事であった。
「警察って咲口さんのことですか。まあ、まさか一課が出てくるとは思っていなかったので、生活安全課の誰かだろうとは思ってましたが」
「お前ら、紫崎の家に行ってたんだろう?」
挨拶もそこそこに、咲口さんが切り出す。
「あいつ、どんなだった?」
「別に」
渡利さんが億劫そうに答える。
「元気ではなかったです」
「だろうな。生きてるならいいさ」
…………妙だな。咲口さん、雪垣のやつに会いに行ってないのか? 『殺人恋文』事件以降、やつに張り付いているはずだったんだが。それとも『堕ちる帳』事件以降はそういうの、解除されているのだろうか。
「それで」
扇さんが切り込む。
「なんで咲口刑事がここに?」
「捜査だよ。一応な」
さっきまで市松さんと籠目くんから話を聞いていたのだろう。手帳を弄びながら咲口さんは答える。
「話はグルメ…………サイエンス部だったか? この二人から聞いている。イタズラがどうもどうやら面倒なことになったらしいな」
「でも、警察の出る幕じゃないですよ?」
「そうでもないだろ」
扇さんの言葉を否定しつつ、手帳をジャケットの胸ポケットに仕舞う咲口さん。
「なにせ生徒が一人倒れてるんだ。学校からうちに連絡があってな。俺が出向くことになったんだ。とはいえ……まさかイタズラの捜査に監察官を派遣するわけにもいかんし……」
それもそうだろう。仮に監察官を派遣できたとしてどうする。まさか冷蔵庫の指紋を取って、全校生徒と照合するわけにはいかない。そんなことしたらそれこそ『堕ちる帳』事件以降過敏になっている生徒たちを刺激する。
彼にできるのは話を聞いたというアリバイを作って、学校側を宥めすかすことくらいだろう。
だからなのか。本来の手順ならこれからさらに扇さんたちから話を聞くべきところ、咲口さんはこれ以上話を聞くつもりはないらしかった。
「とにかくだ。この案件はイタズラとはいえ性質が悪い。下手に動いて文化祭の時の二の舞は避けたいだろう?」
「それは…………」
扇さんはこっちを見る。文化祭の時に暴れたのは僕たちだからな。二の舞を踊るのは扇さんの仕事じゃない。
「くれぐれも探偵ごっこは控えてくれよ。またぞろ面倒なことになっても困る。分かったな?」
有無を言わせぬ口調でそう言って、咲口さんは放送室から出ていこうとする。彼もいっぱしの警察官。まさかイタズラに時間を割くわけにもいかないのだろう。
「…………………………」
彼の後ろ姿を見たときに、僕の目に映るものがあった。
「咲口さん」
「…………なんだ?」
「咲口さんって生活安全課ですよね? 生活安全課って拳銃を携帯するんですか?」
「拳銃?」
彼はこっちを見る。
「なんで拳銃の話なんかするんだ?」
「いえ…………」
そう見えた、とだけ説明しても分からないだろう。
「ほら、咲口さんの左肩が少し下がってるじゃないですか。だから拳銃をショルダーホルスターで吊ってるのかと思って」
「……お前な」
呆れられてしまった。
「人の挙動から何かが分かるのはフィクションの名探偵だけだぞ?」
ちらりと、渡利さんがこっちを見る。
「別に下がってもねえさ」
「…………………………」
嘘だな。
咲口さんは拳銃を携帯している。どういう理由なのか分からないが、所持して、それを僕に隠した。僕の目にはそう見える。
「だから探偵ごっこはいい加減にしとけって言ったろ?」
「そうですか」
「もう行くぞ」
それだけ言って、咲口さんは出ていく。
残されたみんなは、その場に留まったままじっとしていて、言葉を交わさなかった。
どうしてそうなるのか、みんな、おそらく分かっている。
警察が動いた。事態は想像以上に深刻だ。だが、じゃあ警察が解決してくれるのかと言えばそんなことはない。むしろ明らかに、動いたというアリバイ作り。
おそらくだが、学校側もそれで納得する。最前は尽くしたという素振りはそれでできるからだ。
しかし、ここにいる全員が、僕はともかくとして誰も納得していない。
では、じゃあ、どうしろと言うのか。
「うわー、ごめん!」
僕たちが黙っていると。
ずがんと。
突然放送室の扉が開く。
そして騒がしいのが入ってくる。
「まさかこんな事態になってるとは思ってなくて、今日も朝寝坊決めてたらLINEの通知が大変なことに!」
「…………金山さん」
入ってきたのは、実行委員の三年生の金山かのえさんである。雪垣いわく、粗忽者のトラブルメーカーだという。まああいつの言い分なので聞き流すのが吉だろう。
「うわあっ!」
金山さんは僕を見て大仰に驚きの声を上げる。
「びっくりした。全身包帯男!」
「全身に包帯はしてないだろ!」
というか僕の火傷というけっこう繊細なところをずかずか踏み込んでくるなこの人は。
「え? その声って猫くん? なんでミイラ男の真似してるの? ハロウィンはもう終わったよ?」
「別に好きで包帯してるわけじゃ……。まあいいや」
「それより聞いたよ!」
「僕の火傷の話はどうでもいいのか!?」
金山さんは扇さんに近づく。
「昨日大変だったんだって? 変なイタズラされて、チョコが入れ替わったって!」
もう驚くフェイズ、僕たちの間では終わっているんだけど。
「それでアレルギーの子が倒れたって。これはもう相談役案件だよね! 早く
そしてことごとく地雷を踏み抜いていくなこの人は!
「あの、先輩…………」
さすがに困惑したのか、扇さんが困りながら対応する。
「紫崎先輩は、その…………」
「うんにゃ?」
「いや、もうその、いいです…………」
そこは諦めるな。
「金山先輩」
困った扇さんに助け舟を出したのは六角さんだった。
「紫崎先輩は動きません。動けないと言うべきかもしれませんが、私たちにとってはどちらにせよ同じことです」
「じゃあ瑪瑙ちゃん、高校生探偵の番だ!」
じゃあ、じゃないんだよ。
「そうですね」
と、ここで意外にも六角さんは同意した。
「ここで重苦しい表情を突っつき合わせているのも生産性がありません。ここは次にどう動くか、考えるべきじゃないですか? ですよね、猫目石先輩」
六角さんは僕に水を向けてくる。
「六角さん」
「瑪瑙ちゃん」
「いやそのフェイズも終わってるから」
「チッ」
「舌打ち!?」
どういうわけか六角さんは、他人に事あるごとに瑪瑙ちゃんと呼ばせたがる。そこにどんな意味があるか知らないが、こういうのは乗ったら負けなのだ。
別に乗ったところで損があるとも思わんが。
「それで、どうして猫目石先輩はこんなところで傍観を決め込んでるんですか?」
「それは、既に扇さんには言ったことだけどね」
今一度、この場の全員に確認してもらった方がいい。
「今回の一件は実行委員会の案件だ。特に扇さんの案件、と言い換えてもいい」
「……………………」
じっと、扇さんはこっちを見た。
「扇さんは僕に言ったんだ。今回の件は、生徒会の相談役として相談を受けたと。雪垣が動かない今、相談役の名を維持するために動くって。ならば依然として案件は相談役に委ねられている」
たとえ当の本人が腑抜けていようとも、だ。
「相談役が受けたことは最後まで相談役が全うするべきだ。そこに僕が横槍を入れるのは筋じゃない」
「しかしですよ?」
笹原が横から口を出す。
「現に事件は起き、みんな困ってます。紫崎先輩が動かない以上、先輩が動くしかないのでは?」
「扇さんが動けばいいだろう。だって彼女は今や、雪垣から生徒会の相談役の名を継いでいると言ってもいい。やつが動けないのなら、助手たる彼女が動くしかない」
「あんたねえ」
渡利さんも笹原に加勢してくる。
「警察も動かない今の状況分かってる? 事件を解決しないとみんなが安心して暮らせないでしょう? もう筋とか面子とか気にしてる場合じゃないの」
「僕は気にするし、仮に解決できなくてみんなが不安を抱えようが知ったことじゃない」
「………………分かりました」
扇さんが、意を決したように告げた。
「確かに、猫目石先輩の言う通りです。私が動かないと、いけないんですよね、最後まで」
「……………………」
「じゃあ、こうしましょう」
ぐっと、顔を上げて扇さんがこっちを見る。
「猫目石先輩、協力を要請します」
「…………そう来たか」
「はい。私は紫崎先輩と違います。紫崎先輩のように一人で事態を解決できるだけの力はありません。そして渡利先輩の言う通り、ことはもう面子や筋を気にしていられる段階でもありません」
「扇ちゃん…………」
渡利さんが溜息を吐く。まさか自分の言葉がこういう形で発破をかけるとは思ってなかったからだろう。
「だから私は猫目石先輩に協力を要請します。正直大っ嫌いな先輩ではありますが」
「それは言わぬが花じゃないかな」
みんな知ってるよ。君が僕のこと嫌いなのは。
「高校生探偵としての先輩の能力は確かです。だから事態の解決に、先輩の力は不可欠です。協力してください、先輩」
そして、扇さんは。
深々と、頭を下げた。
「お願いします」
「…………………………はあ」
さすがに。
大っ嫌いな先輩に頭を下げてまで事態を解決しようとする彼女の頼みを、無下にはできなかった。
「分かったよ。協力しよう。あくまで協力、だけだけどね」
「ではそれで」
「ちょっと待てよ」
僕と扇さんの間で話がまとまったところで、横から声が掛けられる。さっきから黙りこくっていた、籠目くんからである。
「…………なに?」
「……………………」
いかんせん昨日から険悪な二人である。扇さんと籠目くんはしばし目線を交わす。籠目くんの後ろで市松さんがドキマギしてあたふたしていた。
「俺たちも協力するぜ。いや、捜査に加わる。駄目とは言わせねえ」
しかし、籠目くんの提案は意外なものだった。
「ことは調理実習室で起きてんだ。うちの
「うん……うんっ。そうだよね!」
安心したのか一息ついて、市松さんも加わる。
「調理実習室に置いてあった材料が入れ替わったなんて事件、わたしたちは放置できないよ。今度は自分たちが被害に遭うかもしれないし……。だから扇さん、協力させて」
「…………分かった」
「ぃぃぃいよぅし!」
笹原が快哉を叫ぶ。
「生徒会の相談役、高校生探偵、弁論部、実行委員にグルメサイエンス部と揃いました! これだけいればもう無敵ですよ!」
「弁論部? お前もやるのか?」
「やるんですー」
ふくれっつらで僕の言葉に反論する笹原。
「DJササハラとして猫目石先輩の活躍をきちんと見ないといけませんし。それに事件あるところに先輩あり、先輩あるところに笹原ありが弁論部の方針なので」
「そんな方針だったか?」
「今決めました。次期部長権限で」
好き勝手やるなあ。
「名付けて上等高校イレギュラーズ! 相談役も高校生探偵もありません。今までのことは水に流して、ノーサイドで頑張りましょう!」
別に水に流す必要はどこにもないがな。
「……で」
一通りテンションを上げた笹原が元に戻ってくる。
「具体的に何するんですか?」
「それは…………」
扇さんが腕を組んで考える。
「相談役の基本は解決のためなら十戒も二十則も無視、です」
そしてそもそも、解決とは何か、だな。
「私たちにとって今回の事件の解決は二つの段階があります。まず最終解決として、イタズラの犯人の発見がありますね。そしてその手前として……」
「混乱の終息」
端的に六角さんが述べる。
「仮に犯人が見つからなくても、上等高校の混乱や不安が終息すればそれでよし、とも考えられる」
「そう。でももちろん、一番いいのは犯人を見つけること。だけどそこに至るまでに時間がかかるかもしれないから、まずは混乱を終息させる」
「じゃあ、それこそお任せください!」
笹原がぴっと挙手する。
「わたし、ちょっと行ってきて正しい情報を流してきます。要するに今の段階だと、昨日何があったのか噂が流れている程度なので尾ひれがつくと大変なことになりますよね。そこで正しく、今回はチョコが入れ替えられたイタズラで、被害に遭った長尾ちゃんも無事だという情報を流して終息を図りましょう」
「できるの?」
「このDJササハラにお任せあれ! 情報は集めるのも流すのも得意ですとも」
こういう時にこそこいつのフットワークの軽さは活きてくる。方針が決まると、早速笹原は駆け足で放送室を後にしていく。これで正しい情報が流れ、少なくとも噂に尾ひれがつく事による恐慌状態は回避できる。
第一段階はこれでクリア。後は僕たちが犯人の発見に尽力すればいい。
「それで、一番重要な犯人の発見だけど……何から始めれば……」
「聞き込みだろう」
笹原が動いたのに僕がいつまでも動かないわけにもいくまい。横から口を出した。
「手分けして聞き込みをするんだ。昨日一日の間に、調理実習室に近づいた人なら犯人の姿を見ているかもしれない。そうでなくともイタズラを仕掛けようという輩だ。怪しい素振りをした人間があぶりだされるかもしれない」
「じゃあ、そうしましょう!」
さてと、動くとするか。
扇さんに頭まで下げさせた犯人に、一泡吹かせに行こう。後輩の面子を守るのも、先輩の大事な仕事だから。
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