#3 チョコ入れ替わり事件

 結果から言えば、長尾さんは命に別状なく、市民病院まで救急搬送された。付き添ったのはグルメサイエンス部顧問の先生だったが、僕と笹原、籠目くんと扇さんも追いかけて後から病院に着いた。

 長尾さんは胃洗浄の後、薬をいくつか打たれて安静にしている。病室には先生が付き添っているので、僕らは彼女が安静にしたのを見届けて、病院のロビーでくだを巻いていた。

「………………ったく」

 しばらく沈黙が続いたが、それを破ったのは籠目くんの愚痴だった。

「何がどうなってやがる。なんでチョコアレルギーのやつがチョコ食べるなんて馬鹿みたいな真似になってんだよ!」

「それは…………」

 まだ動揺から回復しきっていない扇さんは、目を伏せたままだった。

「まあまあ、とりあえず事態は収束したんですから、そう昂っても仕方ないですよ」

 怒り心頭の籠目くんを宥めるのは笹原の仕事だった。だがなかなか籠目くんの勘気は収まらない。

「だから俺は今回の企画も反対だったんだ。そもそも、文化祭の一件は実行委員会のところの不始末が事態を大きくしてんだろうが。それなのに何様のつもりで『みんなを元気づけよう』だ馬鹿らしい」

 ここぞとばかりに恨みが爆発しているな。まあ、仕方のないことではあるが。

「それを言い出したら……」

 さすがに押し黙るかと思いきや、むしろ扇さんは臨戦態勢だった。

「あの事件の犯人、グルメサイエンス部の人間だったでしょ。あの人のせいでこっちがどれだけ迷惑したと思ってんの」

「んだとテメエ!」

「文句あんの!?」

「まあまあ…………」

 笹原は宥め続ける。

「確かにあの事件は被害者も加害者もグルメサイエンス部の人間でした。でもそもそも文化祭があんな滅茶苦茶になったのって、その準備期間に実行委員会でも事件が起きたのが発端じゃないですか」

「……………………」

「……………………」

「そっちの事件は実行委員会から被害者も加害者も出している。これはおあいこでは? というわけで喧嘩は止めて――――」

「テメエ喧嘩売ってんのか!」

「『殺人恋文』事件は今は関係ないでしょうが!」

「ひ、ひいい…………」

 仲裁に失敗して笹原はこっちに縋ってくる。

「どうしましょう先輩」

「今のはお前が悪い」

「そんなあ」

 というか、やっぱり平然としてるよな、こいつ。

 倒れたの、自分のクラスメイトだぞ。

「落ち着け二人とも。二人が喧嘩したって何かが変わるわけじゃない」

「文化祭で紫崎先輩とほとんど殺し合いの喧嘩した猫目石先輩には言われたくないんですけど!」

 それもそうだ。

 僕は喧嘩の仲裁に不向きすぎる。

 僕と笹原じゃ人選が悪かったか。『堕ちる帳』事件じゃ暴れた口だしな。

「随分騒がしいのね、あなたたち」

 さすがに、ロビーとはいえ病院内で騒がしくしすぎである。だれかから声をかけられてしまう。

「ああ、すんません。こっちもいろいろ…………」

 籠目くんが応えて、声のした方を見たところで言葉を切った。

「あら?」

 僕たちを窘めた声もまた、籠目くんに反応したらしい。

 いや、そもそもこの声は……。

「久しぶりじゃない、籠目くん」

「よ、夜島先輩!?」

 僕は振り返る。

 そこには、いた。

「帳だったのか」

 夜島帳。

 文化祭の事件で体育館の屋上から突き落とされて以来、病院に入院中だった僕の恋人。グルメサイエンス部の元部長。

 彼女が、いた。

「なに?」

 帳は意地悪そうに笑って混乱する籠目くんに応えた。黒い寝間着に白くて大きいニットガウンを羽織って、頭には白いニット帽を被っている。ロビーの椅子の背もたれに手をついて体を預ける様にしてはいたが、案外に健康そうに見える帳がそこにいる。

「まるで幽霊でも見るみたいな顔して」

「あ、いや、え、でも」

「もし幽霊を見たらラテン語を話すといいらしいわよ。ホレーショーでも呼んでくる?」

「帳、籠目くんはシェイクスピアを知らないんじゃないか」

 僕は立ち上がって、彼女の傍に向かう。

「出歩いていたのか」

「ええ。散歩がてらにね」

 帳は僕の右腕に自分の腕を絡めて、僅かに体重を預けてくる。

「よ、夜島先輩」

 依然として籠目くんは絶句したままである。

「なあに?」

「生きてたんすか」

「生きてたら不都合だった?」

「いや、そうじゃないっすけど! 猫目石先輩が夜島先輩の容体を誤魔化すもんですから、てっきり容体がもっと悪いのかと……」

 ああ、そう思われていたのか。籠目くんや市松さん、お見舞いには来てなかったらしいからな。勘違いしていたんだろう。

「なんすか。じゃあ猫目石先輩お得意の言い忘れってやつですか。実は全然元気だったんじゃないっすか!」

 心底嬉しそうに籠目くんが言う。どこか、心の荷が下りたような表情だ。

「ええ。わたしなら元気。籠目くんも元気そうね」

「そりゃあもう! 夜島先輩に比べたら全然っすよ!」

「……………………」

 そんな元部長と現副部長のやり取りを、少し離れて扇さんは見ていた。その姿を、ちらりと帳は捉えた。星空を一杯に押し込んだような、その輝く瞳で。

「扇ちゃんも、元気そうね」

「どう、ですかね」

 言って、扇さんは溜息を吐いた。明らかに帳の登場を面倒そうに思っているな。

「それにしても、珍しい面子ね。瓦礫くんと笹原ちゃんはともかくとして、籠目くんと扇ちゃんなんて。まさかみんなそろってわたしのお見舞いに来てくれた、わけじゃあないわよね?」

「ああ、それなんだが……」

「大変なんですよっ!」

 黙っていた笹原も近づいてくる。

「わたしたちもまだ事情はさっぱりなんですけど、バレンタインのチョコを作っていたら大変な事態に」

「チョコを?」

 帳はその細い飴細工のような指を薄く色づいた唇に当てる。

「籠目くんがいるということはグルメサイエンス部の主催で?」

「いえ。実行委員会っす」

「でも調理実習室は使ったのね。だから籠目くんも来た」

 さすがに理解が早い。そして帳のスイッチが切り替わった。恋人としての帳からグルメサイエンス部の夜島部長になっている。

 扇さんあたりにはそこに大きな違いなんてないと言われそうだけど。

「いいわ。込み入った話になりそうだし、わたしの部屋に来たら?」

 確かに、ロビーで立ち話をするような内容ではない。帳の言葉に従って、僕たちは河岸を変えることにした。

「いやあそれにしても夜島先輩が元気そうで何よりですよ!」

 道中、笹原はそんなことを言う。

「猫目石先輩ったら、夜島先輩の容体を聞いても『心配することじゃない』って濁してばかりでしたからね。もうてっきりわたしの中では植物状態になってましたよ夜島先輩」

 逆にこいつそんなこと思いながらあんなに元気だったのか。いよいよ頭おかしいんじゃないのか。

「だから言ったろ。心配することじゃないって。十二月頃にはもう怪我は完治してたんだ。本当は自宅療養でもいいけど、帳は昔は病弱だったからな。念のため入院が伸びてるだけだよ」

「じゃあ最初からそう言ってくださいよ。たぶん上等高校の全員が夜島先輩を死んだものとして扱ってましたよ」

「血も涙もないやつらだな」

「先輩が中途半端に言葉を濁すから勘違いするんでしょうが!」

「ふふっ」

 何がおかしいのか帳は笑って、一層僕に体を預けてくる。少し歩きづらいが、その歩きづらさが幸せだった。

「元気なのはいいですけど」

 ようやく扇さんが口を開く。

「くっつきすぎじゃないですか、二人とも」

「あら、そう?」

 帳がすっとぼける。

「まだ本調子じゃなくて、あまり長時間歩いたりはできないのよ。だから瓦礫くんに支えてもらってるの」

「さいですか」

 あ、諦めたな。

 帳の病室は病棟の上階、少し奥まったところにあった。扉をスライドさせて入る。

「うっわー、個室ですか。お金持ってますねえ」

 入ってすぐ、笹原はそんな感想を述べた。まあ、僕も最初は少し驚いたが。市民病院にこんな広い個室があるとは思わなかった。応接用のソファセットに給湯スペースまであるからな。

「さすが中部地方でも有力名家の夜島家ですねえ。文化祭からこっち、もう半年近いのにずっとこんなところに入院できるなんて」

「大げさよ。そんな大した費用じゃない」

 どうだろうな。牙城さん――帳の父親だ――のことだから最上クラスで用意した可能性は高い。なにせ妻に先立たれて唯一の子どもが帳だ。本当、守れなかったのはまず牙城さんに申し訳が立たない。

「さあ、座って」

「俺、お茶淹れますね」

 ローテーブルを挟んで二つあるソファにそれぞれ腰掛ける。僕の右に帳、左に笹原。正面右に扇さん、正面左に籠目くんという並びになる。

「それで、何があったの?」

 さっそく、本題に入る。

「わたしがさっき病院を歩いているとき、上等高校から緊急搬送されたって話が聞こえてきたのよ。そういうこともあるだろうと思って特に気には留めなかったのだけど。あなたたちの集まりを見るに関係があるわけね」

「まず緊急搬送は気に留めてくださいよ」

 扇さんが呆れるが、それは無理な話だろう。上等高校の人間は文化祭の事件以降、そういうことには過敏になっているから救急搬送なんて話を聞けばアンテナを立てるかもしれない。だが帳は事件の当事者だが、当事者過ぎて事件中は昏睡していた。彼女が起きたときには事件は全部終わっていたから、事件を経験した高校の連中と同じような危機感を共有できない。

「実は実行委員会の人たちが主催して、今日はバレンタインのチョコづくりを放課後みんなでしてまして」

 笹原がヘッドフォンを弄りながら、簡潔に話をまとめる。

「作るまでは良かったんです。でもいざ食べてみるとそのチョコの苦いこと!」

「苦い?」

「いわゆるダークチョコレートというやつですね。どうも、材料のミルクチョコレートがダークチョコレートに入れ替わっていたみたいで、みんなもう苦いのなんのって苦しみました」

「チョコがねえ……」

 イマイチ要領を得ないようである。まあ食べていない僕も同じ感想だからな。

 しかしそうなるのを見越していたかのように、笹原はブレザーのポケットから袋を取り出す。ラッピング用の、市松さんが持っていたものだ。その中にいくつか、作ったチョコを入れて持ってきたらしい。準備の良いやつだ。

「これです」

「へえ…………」

 ひとつを手に取って、帳は観察する。

「これはオレンジピールね。それをチョコで固めたと……。簡単だけど失敗も少ないし、型抜きの手間もいらない。みんなで作るにはちょうどいいものね」

 さすがに元部長。分析的である。

「確かにこのチョコの色、普通のミルクチョコレートではなさそう」

 言って、帳は思いっきり一口でチョコを食べた。

「うん。苦いわね」

 とはいえダークチョコは普通にも売っているものだ。あのときの調理実習室にいた面子はまさか甘いチョコが入れ替わっているとは思っていなかったので、驚きもあって苦さに呻いた。だが最初からダークチョコと知っていればそこまで呻くものでもないらしい。

「これは相当苦い。たぶん、カカオ分が八十パーセント以上はありそう」

「そんなに?」

 気になって、僕もひとつ食べる。

「あ、苦いな」

「馬鹿舌の先輩が苦いと思うってことは相当ですよ。わたしだって悶絶しましたもん」

 地味に僕の舌、信用されてないな。

「あ、そうだ」

 思い出した。僕はポケットから、あのチョコを取り出す。

 今朝扇さんから貰ったやつだ。

「そういえばこれ、習作って言ってたよな」

「げっ!」

 扇さんが嫌そうな顔をする。

「まだ後生大事に持ってたんですか? 今日一日、どうとでも始末できたでしょう」

「いやあ、どうももったいなくて」

「さっさと食べてくださいよ!」

「なあに?」

 帳が覗き込んでくる。

「扇さんの義理チョコ」

「あら。紫色のラッピングが可愛らしいわね」

「いいですから!」

 心底嫌そうな扇さんをよそに、帳は紫色の袋からチョコを取り出して笹原が持ってきたものと比較する。

 なるほど、こうして二つを並べてみると色合いの差は歴然としている。扇さんのチョコは甘そうな茶色だが、イベントで作られたものはほとんど黒色だ。

「けっこう差があるのね。気づかなかったの?」

「無理言わないでくださいよ」

 扇さんはむくれる。

「誰がやったか知りませんけど、まさか材料のミルクチョコレートがダークチョコレートに入れ替わっているなんて思わないじゃないですか。色も、そうやって比較すれば分かりますけどダークチョコ単体で置いてあったら分かりませんよ」

 そういうものだろう。そもそも入れ替えられているなんて思わないからな。

「でも、その入れ替わりがどうして緊急搬送になるのかしら?」

「チョコアレルギーのやつがいたんすよ」

 帳の疑問には籠目くんが応える。

「どういうわけだが。そりゃアレルギーのやつが食ったら倒れるに決まってるだろ。それくらい把握してなかったのか?」

「把握はしてたよ!」

 扇さんが抗議する。

「把握してて、あの子――長尾さんの材料はチョコじゃなくてを使ったの!」

「キャロブ?」

 聞きなれない名前が飛び出してきた。

「代用チョコのことね」

 さすがに帳は知っていた。

「なるほど、つまり……。何者かの手によって材料のミルクチョコがダークチョコにすり替えられていた。みんなは苦味に苦しむくらいで済んだけど、アレルギーの子、長尾ちゃんだけはそうもいかなかった。キャロブが本物のチョコに入れ替わっていたせいで、それを食べてしまってアレルギー症状が出たのね。緊急搬送されたってことは随分重症だったみたいだったけど、大丈夫だったの?」

「幸い、エピペンがありましたからねえ」

 エピペン――アレルギー症状が出たときに打つ注射器を長尾さんは持っていた。それだけアレルギー症状が出た場合重症化する危険が大きかったということでもあるのだが……。運悪く調理実習室にいたときは携帯していなかったが、笹原がすぐに取って来てくれたおかげで大事には至らなかった。

「にしても、随分な不始末になったな、実行委員会様はよ」

 相変わらず恨みがましく籠目くんは愚痴る。

「結局どさくさに紛れて、後始末も市松に任せてきちまったし」

 市松さんがこの場にいないのは、現場の片づけをするためなのだった。

「まあ、こればかりは実行委員会のせいでもないでしょう」

 そんな籠目くんを帳が宥めつつ、お茶を啜った。

「材料のチョコはどう保管していたの?」

「調理実習室の冷蔵庫に入れてました」

 しぶしぶ扇さんが応える。

「今朝の段階で、必要な数を計ってそれぞれボウルに入れて」

 つまり、ミルクチョコが製菓用のものだったにせよ市販の板チョコだったにせよ、梱包された状態では保管していなかったわけだ。使う分を人数に合わせて梱包から出して分けた事前準備が仇となって、入れ替わりに気づけなかったと。

「調理実習室は施錠していませんでしたから、侵入しようと思えば誰でも出来ましたけど……。たぶん誰かは目撃しているかもしれません」

 あそこは人通りが少ないとはいえ校舎内だ。出入りすれば誰かしらに目撃されている可能性はあるだろう。

「要するに、今朝チョコを準備して、放課後に使うその間までに誰かが入れ替えたと」

 そうまとめると一見、単純な事件には思える。アレルギーのために重症化したとはいえ、基本的にはチョコが苦くてびっくり、程度のものだ。

「ちなみに」

 僕はちょっと気になって扇さんに尋ねる。

「長尾さんのチョコ――キャロブはどう仕分けていたの?」

「同じですよ。ボウルに入れてラップして。ラップに名前を書いて混ざらないようにしましたけど」

「ふうむ」

 そいつは犯人にとっては筋悪だな。唯一取り分けられているチョコレートを見て、アレルギーの可能性に思い至らなかったのは犯人の不始末だ。イタズラではすまない。

「ちなみに冷蔵庫で冷やすときも同じようにして、混ざらないようにしました。だから長尾ちゃんが倒れたのは確実に、材料の段階でチョコを入れ替えられたせいです」

 完成したチョコが冷蔵庫に入れる内に入れ替わって長尾さんの口に入ったのではなく、あくまでも材料段階でキャロブをダークチョコに入れ替えられたせいだというわけだ。

「どう、瓦礫くん」

 帳が僕の顔を覗き込む。

「どうって?」

 僕はお茶を一口飲んだ。渋い緑茶だが、ダークチョコで苦くなった口には甘く感じるくらいだ。しかし美味い。籠目くんはお茶を淹れるのが上手いな。

「高校生探偵としての見解は?」

「そうですよ!」

 笹原も同調する。

「これはもう立派な事件です! 長尾ちゃんっていう被害者もいるんですからね! ここは高校生探偵猫目石瓦礫の出番でしょう」

「別にいいんじゃないか」

 僕は再びお茶を飲む。

 あー美味い。

「イタズラだろ、どうせ。長尾さんとやらがアレルギー持ちだったから事態が深刻化しているけど、基本的にはイタズラだ」

「それ、本気で言ってますか?」

 じろっと、笹原が僕を睨んだ。

「先輩が一番分かってるんじゃないですか? ホワイダニットの問題が残ってるって」

「ホワイダニット? なんすか?」

 この中で唯一、ミステリの素養がない籠目くんが疑問を呈する。僕や帳、笹原はもちろん知っているし、上等高校のワトソンを自称する扇さんも分かっているだろう。

「ホワイダニット。ようするになぜ殺したのかという問題だ」

「殺してはないっすけどね」

「そうだな。これはクイボノ、つまり誰の利益になるかという問題に言い換えることもできる」

 そう、問題はそこだ。

 フーダニット。誰がやったかは分からない。ただし、絞り込むことはできる。バレンタインイベントを知っていた人間で、調理実習室にチョコが保存されていると推測できる人間。それはもうほとんど上等高校の人間に限られる。まさか外部犯ではない。

 ハウダニット。どうやったかは問題ではない。チョコを入れ替えた。それだけの話だ。

 だから問題は、ホワイダニット。

 なぜ?

 なぜ犯人は材料のミルクチョコをダークチョコに入れ替えるなどという地味なイタズラに及んだのか。これが分からない。

「ただのイタズラにしては手が込んでいる。もしイベントを中止させたければ、チョコを隠せばいい。いや、その必要すらないな。脅迫状の一通でも、扇さんの下駄箱に放り投げればいい。上等高校は文化祭の事件――『堕ちる帳』事件以降その手のことには過敏になっているからな。中止させるならそれで十分だ」

「うーん。じゃあどうして犯人は面倒なことまでしてチョコを入れ替えたんでしょうね」

「おそらく、目的は中止させることになかったんだろう」

 犯人としては、イベントが実行されなければならなかった。実行されたうえで、最後の最後にダークチョコという爆弾が破裂する必要があった。

「イタズラなら愉快犯ってやつじゃないっすか? そんなに深く考える必要ありますか?」

 籠目くんは事件をシンプルに考えたようだ。確かに彼の言う通り、イタズラならみんなが苦味に苦しむさまを見てほくそ笑むのが動機でもいいわけだ。

「だが、どうも引っかかるんだよな」

「じゃあ先輩、この事件解決しましょうよ!」

「それはしない」

「えーっ! 何でですか!」

 笹原が僕の肩を叩いてくる。痛い痛い。

「こんな時こそ高校生探偵の出番でしょう! 今活躍しなかったら先輩ただの昼行燈なんですからね!」

「酷い言われようだ」

「でも確かに」

 今度は帳が笹原に同調する。

「どうして解決しないなんて言い出すの?」

「それは……僕の領分じゃないからだ」

 僕は扇さんを見た。扇さんも、こちらを見ていた。

「だろう、扇さん?」

「…………どういう意味ですか?」

「バレンタインのイベントは君がを受けて、実行委員会で主催した。そのイベントが何者かによって潰されたんだ。その問題の解決は、依然として実行委員会に――」

 いや。

 実行委員会ではなく。

「――に委ねられている。だろう?」

「……そうですね」

 扇さんは大きく頷く。

「確かにこのまま引き下がるわけにはいきません。汚名返上、名誉挽回はなされないといけません」

「……つっても」

 隣で籠目くんが茶々を入れる。

「どうすんだよ。あんた一人で解決できるのか?」

「それは…………」

 顔を伏せた扇さんは、少しして、意を決したように顔を上げる。

「相談します」

 相談。

「紫崎先輩に……本物の生徒会の相談役に、明日相談してみます」

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