フェスティバル・カーニバル問題
七海けい
第1話:祭りのお話
ある年の、夏休みのこと。
御主人様は、御両親や御友人たちと共に、夏祭りへ行かれました。
*
「たっだいま~!!」
夜9時頃。御主人様が帰ってきました。
今日の御主人様は、特別に可愛いです。
黒い髪をアップに纏め、青いアサガオの柄が付いた新品の浴衣を着ています。
頭には黄色い電気鼠のお面を着け、指には桃色の水ヨーヨーを提げています。
「お祭り。楽しかったですか?」
「美味しかったよ!」
「それは何よりです」
「ぁ、あとね。悩んでた宿題のネタも決まったよ。ラビちゃんから小言を言われる前に、言っておくから」
ぇへん。と、御主人様は威張りました。
「英作文の宿題ですね。確かテーマは……『夏休みの思い出』でしたよね」
「そう。タイトルも決まったんだー。ずばり、アイ・ライク・オマツリ!」
「まぁ……日本に観光で来るような外国人の方々には、もしかしたら『omaturi』で通じるかもしれませんが、宿題的には、英語に直した方が良いと思いますよ?」
「それもそうだね。……ぇーと、お祭りは英語で……、フェスティバル! ……ん? ……いや、カーニバルかな……?」
御主人様は水ヨーヨーをぽんぽんさせながら、首を傾げました。
日本語に類義語があるのと同様に、英語にも類義語がたくさんあります。
チャイルドとジュニア。トールとハイ。ディザスターとカタストロフィ。違うと言えば違うし、同じと言えば同じです。
「フェスティバルとカーニバル。どっちも正解と言えば正解ですが、若干ニュアンスが異なります」
「そうなの?」
「はい。語源を調べてみると、分かります」
「ごげん……。さては、久々の小話だね?」
御主人様は、勉強机に着きました。
「フェスティバルの語源は中世ラテン語のfestivusです。これは元々、“神聖な日”という意味でした。そこから転じて、“愉快な”とか、“祭りの”という意味が派生したんです。中世ヨーロッパの人たちも、宗教的な行事にかこつけて、馬鹿騒ぎを楽しんでいたわけです」
「今で言えばハロウィーンやクリスマスみたいな感じだね」
「そうですね。一方、カーニバルの由来は中世後期のラテン語で、carnelevariumです。これは“肉を取り去ること”という意味です」
「肉……? 何で肉?」
「元来カーニバルは、カトリック教徒たちのお祭りです。御主人様はイースターを御存知ですか?」
「知ってるよ。卵の日だよね」
「スーパーの特売日みたいなノリで答えてくれましたね……。イースターは、キリスト教の復活祭です。要するに、イエスさんの甦り記念日です。カトリックでは、この蘇り記念日の40日前から肉食を我慢しようという慣わしがあります。これを、
「ダイエットするの?」
「どちらかというと、デトックスです。神聖な日が来る前に節制して、体を綺麗にしておこうという感覚です」
「なるほど」
「この四旬節が来る前に、たらふく肉を食っておこう! と言うお祭りが、本来のカーニバルなんです」
「へぇー。じゃあ、カーニバルの日は、キリスト教版の肉の日なんだね」
「そうですね。このカーニバル。さらに遡っていくと、古代ローマの収穫祭に由来します。当時はまだ新興宗教だったキリスト教が、多神教を信仰していたローマ人を取り込むために、ローマの農耕神サトゥルヌスの祝祭を、一緒に祝ったんです。これが、カーニバルとクリスマスの原型になっています」
「カーニバルは、クリスマスの兄弟なんだね」
「はい。・・・以上、フェスティバルとカーニバルの語源や意味を考えてみると、フェスティバルの方が、カーニバルよりも抽象的で、より意味が広いような気がします。お祭りの訳語には、フェスティバルを当てた方が無難でしょう」
「んんー……。でも、今日は焼きそばとか、リンゴ飴とか、ベビーカステラとか、美味しいものをたくさん食べたから、カーニバルっぽい感じもするんだよね」
「確かに。それも一理ありますね。……でも、もし夏祭りがカーニバルであるとすれば、御主人様はこれから40日、過度な食事を我慢しないといけませんね」
「ぁ……!」
御主人様は、しまった! という顔をします。
「まぁ、最近の御主人様は食欲が暴走気味ですから、ここらで一度、節制しておくのも悪くないと思いますよ」
「ラビちゃん!?」
「そう言えば最近、体重計の付喪神さんが吐血したんだとか。遺言は数字の羅列で、確か……」
「~~~っ!!」
御主人様は、水ヨーヨーをわたくしに投げつけました。
見事、顔面に命中です。
「フェスティバル! 夏祭りは、フェスティバルだよ!」
「はぃ……」
御主人様は、力強く宣言しました。
……まぁ、結局のところ。
御主人様にとって、それが最高のお祭りであったのなら。それがフェスティバルだろうが、カーニバルだろうが、些細な問題なのです。
御主人様にとって、それが最高の思い出であったのなら、それで良いのです。
「……御主人様」
「なぁに?」
「お祭り、楽しかったですか?」
「うん。楽しかったよ」
御主人様は、わたくしを小棚から持ち上げました。
「……ぁと、ごめんね。ちっちゃい頃は、ラビちゃんも連れていってあげられたんだけど。さすがに、この年になると、恥ずかしくて」
「わたくしはお土産話で十分ですよ。……その昔。御主人様に同伴して、そのまま雑踏の中に置いていかれたり、うっかり金魚すくいのプールに落っことされたり、それはもぅ散々な目に遭いましたから」
「ぁはは……。あったね、そんなこと」
それから、御主人様が寝落ちするまでの間。
御主人様は、わたくしに、今日の思い出をたくさん語ってくださいました。
御主人様。
毎年、最高の思い出を聞くことができて、わたくしは、とても幸せですよ。
フェスティバル・カーニバル問題 七海けい @kk-rabi
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