フェスティバル・カーニバル問題

七海けい

第1話:祭りのお話


 ある年の、夏休みのこと。

 御主人様は、御両親や御友人たちと共に、夏祭りへ行かれました。



「たっだいま~!!」


 夜9時頃。御主人様が帰ってきました。

 今日の御主人様は、特別に可愛いです。

 黒い髪をアップに纏め、青いアサガオの柄が付いた新品の浴衣を着ています。

 頭には黄色い電気鼠のお面を着け、指には桃色の水ヨーヨーを提げています。


「お祭り。楽しかったですか?」

「美味しかったよ!」


「それは何よりです」

「ぁ、あとね。悩んでた宿題のネタも決まったよ。ラビちゃんから小言を言われる前に、言っておくから」


 ぇへん。と、御主人様は威張りました。


「英作文の宿題ですね。確かテーマは……『夏休みの思い出』でしたよね」

「そう。タイトルも決まったんだー。ずばり、アイ・ライク・オマツリ!」


「まぁ……日本に観光で来るような外国人の方々には、もしかしたら『omaturi』で通じるかもしれませんが、宿題的には、英語に直した方が良いと思いますよ?」

「それもそうだね。……ぇーと、お祭りは英語で……、フェスティバル! ……ん? ……いや、カーニバルかな……?」


 御主人様は水ヨーヨーをぽんぽんさせながら、首を傾げました。


 日本語に類義語があるのと同様に、英語にも類義語がたくさんあります。

 チャイルドとジュニア。トールとハイ。ディザスターとカタストロフィ。違うと言えば違うし、同じと言えば同じです。


「フェスティバルとカーニバル。どっちも正解と言えば正解ですが、若干ニュアンスが異なります」

「そうなの?」


「はい。語源を調べてみると、分かります」

「ごげん……。さては、久々の小話だね?」


 御主人様は、勉強机に着きました。


「フェスティバルの語源は中世ラテン語のfestivusです。これは元々、“神聖な日”という意味でした。そこから転じて、“愉快な”とか、“祭りの”という意味が派生したんです。中世ヨーロッパの人たちも、宗教的な行事にかこつけて、馬鹿騒ぎを楽しんでいたわけです」

「今で言えばハロウィーンやクリスマスみたいな感じだね」


「そうですね。一方、カーニバルの由来は中世後期のラテン語で、carnelevariumです。これは“肉を取り去ること”という意味です」

「肉……? 何で肉?」


「元来カーニバルは、カトリック教徒たちのお祭りです。御主人様はイースターを御存知ですか?」

「知ってるよ。卵の日だよね」


「スーパーの特売日みたいなノリで答えてくれましたね……。イースターは、キリスト教の復活祭です。要するに、イエスさんの甦り記念日です。カトリックでは、この蘇り記念日の40日前から肉食を我慢しようという慣わしがあります。これを、四旬節しじゅんせつと言います。」

「ダイエットするの?」


「どちらかというと、デトックスです。神聖な日が来る前に節制して、体を綺麗にしておこうという感覚です」

「なるほど」


「この四旬節が来る前に、たらふく肉を食っておこう! と言うお祭りが、本来のカーニバルなんです」

「へぇー。じゃあ、カーニバルの日は、キリスト教版の肉の日なんだね」


「そうですね。このカーニバル。さらに遡っていくと、古代ローマの収穫祭に由来します。当時はまだ新興宗教だったキリスト教が、多神教を信仰していたローマ人を取り込むために、ローマの農耕神サトゥルヌスの祝祭を、一緒に祝ったんです。これが、カーニバルとクリスマスの原型になっています」

「カーニバルは、クリスマスの兄弟なんだね」


「はい。・・・以上、フェスティバルとカーニバルの語源や意味を考えてみると、フェスティバルの方が、カーニバルよりも抽象的で、より意味が広いような気がします。お祭りの訳語には、フェスティバルを当てた方が無難でしょう」

「んんー……。でも、今日は焼きそばとか、リンゴ飴とか、ベビーカステラとか、美味しいものをたくさん食べたから、カーニバルっぽい感じもするんだよね」


「確かに。それも一理ありますね。……でも、もし夏祭りがカーニバルであるとすれば、御主人様はこれから40日、過度な食事を我慢しないといけませんね」

「ぁ……!」


 御主人様は、しまった! という顔をします。


「まぁ、最近の御主人様は食欲が暴走気味ですから、ここらで一度、節制しておくのも悪くないと思いますよ」

「ラビちゃん!?」


「そう言えば最近、体重計の付喪神さんが吐血したんだとか。遺言は数字の羅列で、確か……」

「~~~っ!!」


 御主人様は、水ヨーヨーをわたくしに投げつけました。

 見事、顔面に命中です。


「フェスティバル! 夏祭りは、フェスティバルだよ!」

「はぃ……」


 御主人様は、力強く宣言しました。


 ……まぁ、結局のところ。

 御主人様にとって、それが最高のお祭りであったのなら。それがフェスティバルだろうが、カーニバルだろうが、些細な問題なのです。


 御主人様にとって、それが最高の思い出であったのなら、それで良いのです。


「……御主人様」

「なぁに?」


「お祭り、楽しかったですか?」

「うん。楽しかったよ」


 御主人様は、わたくしを小棚から持ち上げました。


「……ぁと、ごめんね。ちっちゃい頃は、ラビちゃんも連れていってあげられたんだけど。さすがに、この年になると、恥ずかしくて」


「わたくしはお土産話で十分ですよ。……その昔。御主人様に同伴して、そのまま雑踏の中に置いていかれたり、うっかり金魚すくいのプールに落っことされたり、それはもぅ散々な目に遭いましたから」

「ぁはは……。あったね、そんなこと」



 それから、御主人様が寝落ちするまでの間。

 御主人様は、わたくしに、今日の思い出をたくさん語ってくださいました。



 御主人様。

 毎年、最高の思い出を聞くことができて、わたくしは、とても幸せですよ。



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