最高のお祭り

はやしはかせ

 その土地には、神がいらっしゃる山がありまして、夏になると大勢が登拝しにくるんでございますが、その山仕舞いを意味する祭が必ず夏の終わりにありました。

 仮に火祭りと申しましょう。

 

 その土地に住む一人の学生は、その時期になるとひどく機嫌が悪くなります。

 この男は神様なんか信じちゃいない、おまけに反抗期で、自分以外の奴はみんな敵、学校も仕方なく行くだけで、本当は家から一歩も出たくないと願っているような奴でありました。


 しかし可哀想なことに、学生の身分でありますから、祭の次の日になりますと、学校から呼び出されて、祭りの後始末を手伝わされるんであります。


 上町、中町、下町から山の入り口までの長い一本道の坂は、割り箸、煙草の吸い殻、残飯などなど、ゴミの嵐。

 哀れ学生達はゴミ袋一つ持って、トングでゴミをつかみながら、酸っぱい匂いに満ちた坂道を登っていくのでありました。


 ふざけんじゃねえ、男ははっきりと文句を口に出しました。

 なんで祭に出ていない人間が、祭に出た人間の後始末なんざしなきゃいけねえんだ、捨てた奴らに拾わせろ。

 そう吐き捨てるのです。


 しかし学生の意見など聞く教師はおりません。

「おい、歩くだけじゃ駄目だ、ちゃんと拾え」

 などと叱咤するだけです。


 さて、祭の後始末で一番きついのが、大松明の移動です。

 街のあっちこっちに置かれた三メートルほどの高さの大松明は昨日はバチバチと美しい炎を夜空に照らしておりましたが、今日になればただのでかいゴミでしかありません。

 学生達は八十もの大松明を役場の駐車場に運び、ひとまとめにして一片に焼却するのです。

 大松明は大きすぎて、もはや一本の木です。

 学生達はグループを作りながら、かけ声合わせて一本ずつ引きずっていくのです。


 さて男の苛立ちは頂点に達しております。

 どうしても大松明を引きずっていく気になりません。

 グループを離れ、担任の目をそらし、去って行きます。


 そこで妙なものを見つけました。


 小さな公園のベンチに老人が寝ております。

 近くで見てみると、死んでおります。

 右手に握られた酒瓶を見る限り、どうやらアルコールにやられたようであります。


 男はこの老人を知っておりました。

 そして嫌っておりました。


 若者には意味不明の説教を続け、同年代の老人達にはこれでもかと悪態をつき、世の中にはつばを吐き、電柱には平然と小便とゲロを撒き散らす老人であったのです。

 老人の家族は彼を恐れ、逃げ出すようにこの街を去っておりました。


「とうとう死んだか」


 同情の念などこれっぽっちも湧きません。


「この街で一番のゴミだ」

 と男は思いました。


 懐を探ってみると分厚い財布があります。

 中には大量の万札がございました。

 どういうわけだか金には困っていない老人なのでした。


 男はその万札を使い、近くのドラッグストアで大量の包帯を買い込みました。

 そして看板印刷屋にも顔を出し、頼み込んで、大松明と似たような色のペンキと、ローラーとハケを定価の三倍で購入しました。

 金を使い切りました。


 そして死んだ老人の服を脱がし、丸裸にすると、包帯で全身を包み、ローラーとハケでペンキを塗りたくっていきます。


「何をやってるんだい」


 三人の老婆が近づいてきました。


「大松明を作っています」


 と男は答えましたが、老婆達はそれを認めません。


「松明なんてそんなわけがない。こいつは人だ。それに、あのじいさんじゃないか」


「はい、あのじいさんです」


「なんでこんなことをするのかね」


 幾度かこんな問答を繰り返したあと、男は答えました。


「つい最近、祖母が死にましてね。娘三人を産んで、孫に囲まれて、最後はぼけてしまいましたけど、九十まで生きてくれました。幸せでいてくれたと思います。

 で、その葬式なんですがね、なんだかんだで三日休んだんですよ。

 いいですか、人が一人死ぬと、三日、もしかしたら一週間以上拘束されるんですよ。その死者のためにね。

 そりゃ、私の祖母は三日休むだけの価値のある人でした。

 ですが、この爺さんにそれだけの価値はありますかね。親族に連絡して、葬式になったら、誰かが一週間休む羽目になるんですよ。仕事とか、学校とか、そういうのを犠牲にしてね。

 だったらね、とっととこんな奴、松明にでもして、一片に焼いた方が得じゃありませんか。今日燃やしただけで終わりですよ。土と骨と一緒に収集所に持って行くだけで済むじゃありませんか」


 すると、老婆の一人がこんなことを口にしました。


「お兄さん。この祭はね、まだ終わってないんだよ。この祭は神様が取り決めたものでね、山仕舞いを祝うように神様が私らに山の幸を与えてくれたんだ。

 私らはそれを客と一緒に飲んで食べて騒ぐ。そして今日になったらその余り物を松明と一緒になって燃やすことで神に返すんだ。

 でもそれだけじゃ足りないから、誰かを生け贄として差し出す。

 昔はここまでが祭の一部だったんだよ、いつのまにか忘れていたけどね。

 あんた、このじじいが生け贄にふさわしいと思うのかね」


「いや、そもそも生け贄にするつもりなど無かったんですが」


 どうもこの老婆とは話がかみ合っていないように思えます。

 しかし老婆は突然自分の服を脱ぎ出すと、包帯で自分の腕をぐるぐる巻き始めました。


「なにをしてるんですか」

「私はね。体中が癌なんだよ。もうあとは死ぬだけってわかっているのに家族は馬鹿みたいに私に金を注いで長生きさせようとする。大した金もないのに。

 これ以上、家族に金を使わせたくないし、縛り付けたくもないんだ。

 だから私が生け贄になるのさ。これ以上無い終わりだよ」


 生きている人間を燃やすつもりなど学生にはありません。

 それに男はそもそも神を信じてはいないのです。


 しかし他の二人の老婆が包帯を巻き付けてペンキを塗る作業を代わりにやってしまいました。

「来年はあたしだよ」

「じゃあその次はあたしだね」

 などと口にしながら。


 こうして学生は、死体と生きている女を、二人の老婆と一緒に町役場まで引きずっていきました。


「こいつはなんだい」

 役人が聞いてきます。


「松明です」

「馬鹿言え、こんなでこぼこした松明があるもんか」


「いいからとっとと燃やすんだよ」

 松明が突然声を発します。


「はあ、なんでもいいか」

 役人は仲間を呼んで、沢山に積まれた大松明の山の上に、二本のいびつな松明をのせました。


 すべての松明がそろいました。

 合計八十二本でなぜかいつもより二本ほど多かったのですが、まあいいやということで早々に火がつけられました。


 するとどうでしょう。


 誰にも好かれなかった老人の松明が黒い水のようになって地面に垂れて広がってゆきます。


「うわ、汚え!」

「臭え!」


 役人達が水とデッキブラシで地面に広がる泥をゴシゴシ磨いてゆきます。


 その一方で、念願叶って生け贄になった老婆の松明はその身を燃やすと、その灰は花びらのように美しくキラキラ七色に光りながら空に昇ってゆくのであります。


 それを見て学生は言いました。


「金持ちの爺さんは黒い泥になって死んだあとも人の迷惑になってやがるが、体中が癌のばあさんは花になっちまった。こいつは最高だ。勉強になったよ。なるほど、神様は本当にいるらしい」


 仮に火祭りとしたその祭は、もちろん今年も行われます。

 世界中から多くの人がそこに訪れ、山ほどのゴミを落としていくでしょう。

 ただし、二日目に何が行われるかは、まだ誰もわかりません。

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最高のお祭り はやしはかせ @hayashihakase

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