第12話 交わる糸 ~ 2 ~


冬晴れの昨日とはうってかわり、狩りの次の日は、朝からちらちらと

雪が舞うような日になった。


空には鉛色の雲がたれこめ、夜が近づくにつれ、時々降る雪が急に激しさを増す。

気温もぐんと下がってきた。


そんな夜の夕食後、同期兵が今晩の歩哨を代わりにやってくれないかと、

エミリオに聞いてきた。




   「夜の歩哨を?」

   「うん、昨日の狩りで汗をかいたのを、そのままにしておいたのが

    いけなかったらしい。なんだか、熱っぽいんだ」

   「だったら、第二隊の誰かに代わってもらえばいいんじゃないか」

   「間が悪くてさ、今月、俺はもう二回も代わってもらってるんだよ」

   「……」

   「弓がうまいエミリオなら歩哨はできるし、心配するようなことは

    何も起こらないって」

   「でも」

   「ここは辺鄙すぎてなんもありゃしない、それにこんな冬の夜だしな」




結局押し切られ、エミリオは軍用の重くて厚い外套をきこみ、

境壁の上の通路に立つことになった。


雪は降ったり止んだりを繰り返している。


辺りは夜の闇に沈んでいるが、国境を挟んで広がる緩衝帯のこんもりとした

森の木々と、松明の明かりが所々に並ぶリバルド側の境壁が、

雪明りの中に黒い影となっている。


かじかむ指をこすり合わせ、エミリオは森の向こう、長蛇が寝そべっている

ようなリバルドの境壁を見つめた。


圧政に苦しむこの国とは違い、リバルドは豊かで、自由な気風

あふれる国だという。

もともと大きな一つの国だったリバルドとロンドミルは、人種も言語にも

それほど違いがないが、どうしてこんなにも異なってしまったのか。


優秀なブラン将軍がこんな辺鄙な要塞の司令官なのも反国王派だからだし、

キースだってもともとはエリート近衛士官だ。

だが今この国では、本当に力のある者が国のために働けず、国民はそんな国の

状態に絶望している。


そんなことを思って壁を見ていたエミリオは、木々の間に、かすかに動く

明かりがあることに気がついた。

明かりはほとんどわからないほどで、しかも見えたり見えなくなったりするが、確かに誰かがこちら側からリバルドにむかって移動している。


かじかんで強張る手で苦労して外套から呼び笛をとりだすと、

エミリオは力一杯吹いた。

闇をさいて音は響き、すぐに仲間の歩哨兵が駆けつけてくる。



  

 「あそこです。明かりが、かすかだけど動いている」




駆けつけた歩哨兵の一人が下に降りていき、緊張した大声と兵士たちの走り回る足音が聞こえはじめた。


要塞の警護の者として、国境越えを見過ごすわけにはいかなかった。

彼らがそうしたいと思う気持ちが、わかりすぎるほどわかっていたとしも……。



すぐに数匹の犬を交えた小隊が出発し、異変を発見した場所を特定できる

歩哨兵もそれに合流しなければならないが、エミリオは残れと命じられた。


しかし命令を無視し、エミリオは小隊の後ろを少し離れるようにして、

ひとり森の中へと入った。

歩哨が連絡に走ったあと、一度だけでふっと消えてしまったが、小隊が

向かった北東ではなく西にも明かりが見えた気がしたからだ。


ー ー なにかあれば呼び笛を吹けばいい。


ざくざくと雪を踏みしめ、エミリオは外套の高い襟をたてて顔を覆う。

一度はやんでいた雪が、再び激しくふりはじめていた。





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