第13話 交わる糸 ~ 3 ~


国境警備隊北面支部のジェイムス=ノックバーンは、警備隊内の人事異動で、

先月、王都モルから副支部長として赴任してきたばかりだ。


美しく活気あふれたリバルドの王都モルに比べ、ここは寒く、味気ない。

彼は生まれも南部のせいか、寒さがなによりこたえた。


” 今晩はホットワインでも飲んで、暖かくして早く寝よう ”

そう思って午後の仕事をこなしていた彼は、

夕方ちかくになって、執務室に駆け込んできた警備隊員の

言葉を聞いて驚いた。



   

   「たった今、アスタリオン王子がお着きになりました!」




ー ー なんだと!?


視察があるという話は聞いていない。

支部長は、昨日から会議で王都に出かけていて留守だ。


ー ー ひょっとして、抜き打ちなのか? 私が新米の副支部長だから。



   

   「と、とにかく、失礼のないよう応接室にお通ししろ」




身だしなみを整え、くるんと巻いた自慢の口ひげに手をあてて、

気持ちを落ち着かせたノックバーンが応接室にいくと、

王子は窓の外の降る雪を見ていた。


そばには側近のイアソン=モロー子爵がいる。


モロー子爵が王子に声をかけ、王子がくるりとこちらを向き、

ハニーブラウンの瞳に柔らかい笑みを浮かべて、彼は明るく

ノックバーンに話しかけた。



   

   「エクスの狩場まで来たんだが、乗っていた馬が

    足にひきつけを起こしてね。

    狩場のコテージに戻るよりも、こちらの方が近かった。

    急で申し訳ないが、ここに一泊させてもらえないだろうか」




抜き打ちの視察ではないことに胸をなでおろし、

それでもノックバーンは緊張して答えた。



   

   「隊長は会議で王都に行っており不在ですし、

    こんなところですから、何のおもてなしもできないのですが」

   「特別なことはなにもいらない。隊員と同じものを食べ、

    同じところに寝る、私にとってはいい経験だよ」

   「寛大なお言葉、ありがとうございます」




姿勢を正して最敬礼をし部屋の外にでて、ノックバーンはやっと

落ち着いて息を吸い、心ゆくまで吐きだした。


ー ー 噂通りの好人物だなアスタリオン王子は、やれやれ、助かった。


あっちをむいても、こっちをむいても森と雪ばかりのここへ来て、

寒さには慣れないが、のんびりとした日常にはすっかり慣れてしまっていた

ノックバーンは、王子と側近の子爵を不手際なく接待すれば、

今晩もいつもと代わりなく過ごせるだろうと思い、

王子と子爵が部屋に落ち着いたのを見届けて、眠りについた。



だが予想は大幅に外れ、日づけが変わる頃になって、部屋に再び

駆け込んできた隊員の大声で、ノックバーン新米副支部長は跳ね起きた。



   

   「ロンドミル軍の小隊が、緩衝帯から国境線に向かっています!」

   「なんだと!!」




ー ー これは……、今晩ここに王子が滞在していると知っての行動だろうか?!


彼は青ざめた。



   

   「こちらからもすぐに小隊を二隊だせ、

    それから王子の部屋の警護を固めろ!」




夜ももうずいぶん更けたがまだ眠らず、ベッドに横になって、談話室から

もってきた国境線地帯の歴史書を読んでいたアスタリオン王子、……

アスターは、急に建物内と、次いで外が騒がしくなったことに

気がついて顔をあげた。


その数分後、控えめにだったが部屋の扉がノックされ、

眠っていたはずのイアソンが、外していた眼鏡を素早くかけて起きあがり、

廊下に出て行ったのを(今更ながら)感心を通り過ごした呆れた顔で

見送ったアスターは、ベッドからでると窓まで行き、そっと外を窺った。


数人の隊員の声が暗闇の中から聞こえ、携帯ランプの明かりがちらついている。


するとまた扉がノックされ、隊員が一人、入ってきた。

緊張で顔を引きつらせた入ってきた若い隊員は敬礼し、上ずった声で言う。




   「ロンドミル側から、こちらに向けて小隊が動いたので

    警戒態勢をとっています、自分はここで警護にあたります。

    ドアの外にも二名おります」

   「イアソンはどこに?」

   「モロー子爵は、副支部長と話しておられます」

   「わかった」




アスターはゆったりとした足取りでソファに向かい、腰をおろすと目を閉じた。


こんな時は落ちついた態度でいることが何より大切だと、彼は心得ている。


だからだろう、そんな彼を見つめる隊員の顔のこわばりがすっと抜けていく。

隊員は静かに、扉にちかくの壁際に歩いていくと直立不動の姿勢で立ち、

部屋の中は、炭になった熾が、かさっと崩れるかすかな音がするだけになった。


やがて長い時間のあと建物の外がまた騒がしくなり、警護の隊員は張り詰めた

様子で腰の剣に手をあてたが、王子が、目を開けることもなければ身じろぎすることもなく座っているのを見て、また元の姿勢の戻り、そしてさらにまた

幾ばくかの時間が経ち、やっとイアソンが帰ってきた。



   

   「もう警護の必要はない、持ち場に戻っていい」

   「はっ」




イアソンの言葉に隊員が敬礼し出て行くのを、アスターが労いの言葉とともに

静かに見送り、王子はやっと緊張した顔になってイアソンに尋ねた。



   

   「それで、なんの騒ぎだ?」

   「ロンドミルから国境を越えようとした者を追っての事だったようです。

    あちらの兵士はもう引き上げていきましたが……」

   「どうかしたのか?」

   「騒がしかったのは緩衝帯の東側で、結局、国境を越えた者は

    いませんでした。ですが、森の西で崖下に倒れている

    ロンドミルの者を、こちらの警備隊の者が見つけ連れ帰ったようです。

    国境を越えていた状態でしたので」

   「ふむ、こんな北部でも国境越えがあるとはな」

   「そうですね、深刻さが増しているということでしょう。

    王が変わることで、こうも違ってくるとは」

   「戒めの言葉として聞いておく」




イアソンの言葉にアスターは苦笑いを浮かべたが、

すぐにまた顔を引き締めて言った。



   

    「ちょうどいい、社会勉強としてちょっと様子をみてこよう」

    「あの新米の副支部長に嫌がられますよ」

   



無表情に冷めた口調でイアソンがそうたしなめたが、

アスターは脱いでいた上着に手をかけ、今度は悪戯坊主のような顔で

にっと笑った。



    

   「そうか、じゃあ一泊のお礼に。

    彼にも学ぶ機会をあげることにしよう」

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