悪役が絶対に勝つ祭り

チクチクネズミ

悪役が主役の祭り

 そのパーティはクレイシスがいつも赴いている豪奢なものと違い、とても奇妙だった。特に参加者がだ。

 片手がフックの義手の海賊にけばけばしいほどの赤とハートがちりばめられた女王や全身黒の服で統一された女王たちが祝杯を上げている。誰もが身分も国も明かすことなく招待状を見せただけで受け入れ宴に浸っている。

 だがクレイシスはこの不統一極まりない宴の意味を知っている。

 彼ら、そして自分も含めてだ。

 クレイシスは自分がある漫画の悪役令嬢であると自覚した。主人公の女の子を追い詰め、勝利の寸前まで持ち込む悪の令嬢。だがその役割しか与えられないことに、何もせず早々にただ断罪されるその時を待っていた。


 だがおかしなことに主人公は自分が不利な方向に失敗し、王子はクレイシスよりの発言をすると何もかも悪役令嬢である自分に有利なことばかり起こる。

 そして止めは、悪役たちからの招待状。


「どうされましたクレイシス殿。本日は素晴らしい祭りだというのに浮かない顔をして」


 声をかけてくれたのは王子様――ではなくフック船長だった。


「私はどうしてここにいるのかわからないのです」

「それはあなたも知っているでしょう。あなたは悪役だ。そして今日は我々悪役たちが何をしても勝利する日『ヴィランズヴィクトリーフェスティバル』だからご招待した。簡単な通りだ」


 フック船長は左手のフックで髭をいじりながら、クレイシスを不思議な顔でのぞく。


「どういうこと? 悪役は負けるのが通りよ。そんなのお話にならない」

「つまり、あなたの言うことはだミス・クレイシス。悪役は結局負けるのから活躍してはいけないということですかな?」

「そうよ! そんなやられるだけの役割にどうして虚しいだけの勝利を祝うの!」

「はーっはは。これはおかしなことを。ハートの女王の世界に入ってまだ頭が元に戻っていないのですかな?」


 遠回しに自分の頭が狂っていると言われむかっ腹が立った。クレイシスが言い返す暇もなく、フック船長は懇々と彼女に話し始める。


「なぜ悪役というものがいるのかわかりますかな。我々がいることで正義が映える。しかし映えるためには我々悪役が盛大に悪さをしなければならない、失敗してもあきらめずに。だが失敗続きでは見せ場がない、だから悪が勝利をしなければお話として、おもしろくないのだ」


 フック船長の言わんとすることは、この勝利は出来レースである。自分たちが不利おなり物語を盛り上げるための、一時の勝利の宴でしかない。なんと空虚なことだろうと肩を落とした。


「カタルシス効果のためということですか」

「カタルシス。なるほどそういうものですか。そうです。我々はこのひと時のためにこの後起こる最高の祭り――正義が勝つ大団円を迎えるために、その最大の踏み台として演出された悪の勝利を祝うのです。だがこの勝利の余韻はとても甘美でやめられん。私はピーターパンが連れてきた子供を簡単に捕まえることができた。あのにっくきピーターパンを出し抜いたんだ!」


 フック船長が自分の勝利の武勇伝を語ろうとするとゴーンと時計鐘が鳴り響く。すると、騒いでいた悪役たちが一斉に動きを止めてみんな暗い顔をし始めた。


「十二時だ。悪が勝つ魔法のような時間は終わりだ。これからは正義が勝つという物語にとって最高の……我々にとって最悪の祭りが始まる。だがこのフック船長はただではやられん。悪役としての詩吟といてピーターパンをワニの餌にしてみせよう」


 フック船長が高々とカップを上げて宣言すると、他の悪役も宣言を始めた。決して物語的に成立しない勝利の文言を。


「あの生意気なアリスの首をはねて、その頭でクロッケー勝負するのよ!」

「なら私は、オーロラ姫を目覚めさせぬようにしよう。永遠にツタに覆われた城の中で」


 皆が次々とありえないことを宣言し始めた。どの宣言もお話通りにはならない悪役たちが勝利するものばかりだ。


「無謀でしょう。決して叶いっこないのに」

「ええ、叶いませんよ。だが我々が必死に抵抗し、無様に負けるのを奴らは欲している。だがそれを受け入れず抵抗するのが悪の詩吟というのだ」


 言葉の上ではあきらめのように見える。だがフック船長や悪役たちに完全な絶望はなかった。物語のなかでやられるだけの存在だというのに。これが悪役というものだろうか。

 いよいよ宣言していない悪役はクレイシスだけになった。みんなが一堂にクレイシスを見つめ、その言葉を待っている。

 言葉に迷いながら悪役令嬢としての自分の役割を思い返す。


 王子に見限られて結婚から遠ざかり、泣く泣く自分の貧しい故郷にへと帰っていく。そのあとは……? それでめでたしめでたしのままでよいのだろうか?

 貧しい故郷の復興のために王子に近づき、謀略の限りを尽くしてでも主人公を蹴落とす悪役令嬢。それがたかが見限られた程度で諦めるか? 

 クレイシスは悪役たちに向き直り、宣言した。


「みなさん。私たちは悪役である以上、正義にはならないでしょう。ですが悪役が生き延びることなどざらにあります。生き残って続編で復活。物語としては最高の演出でしょう。だからこの祭りが終わって負けても、正義の踏み台としてでなく悪が絶対に勝って本当の勝利のための祭りができるその時まで諦めません!」


 悪が勝利するという途方もなく、叶いっこないことを宣言すると、フック船長を筆頭に悪役たちがろうそくが灯されたように次々と笑みを浮かべた。残念ながら、皆悪人面なので邪気を帯びた顔だったが。


「素晴らしい! 叶えようではないか、悪役が主役の物語である最高の祭りを!」

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