討伐祭

克全

第1話

 こんな事になるとは思っていなかった。

 家族で食べていけたらいいと思って始めただけだ。

 妹たちの持参金を稼ぎたかった。

 俺たちの面倒を見てくれて義父の血を引く義弟に家を譲りたかった。

 俺が家を継ぐのはおかしいと心から思っていた。


 災厄の竜によって皇国は大混乱に陥った。

 霊薬以外では治療できない疫病が皇国中に蔓延した。

 一度目の蔓延時には蓄えていた霊薬で家族全員が無事だった。

 だが友人知人に頼まれて、蓄えていた霊薬を全て使ってしまった。


 問題はその後の大混乱だった。

 一憶いた皇国の人口が7千万を割り込んだ。

 三分の一の人間が疫病の蔓延とそれに伴う混乱でなくなった。

 人口が激減した分、皇国も貴族も士族領地の収穫が激減した。

 食糧が不足したのに、税を減免しなかったために、一揆が頻発し盗賊が激増した。


 それでも、強く豊かな支配階層ほど生き残っていたから、減少した生産力に合わせた統治をすれば立て直しは可能だった。

 実際十年の歳月で皇国は回復の兆しを見せていた。

 騎士も徒士も積極的に魔境に入り、食料の確保に努めた。

 皇国の支援を受けた冒険者組合が積極的に孤児たちを集め、次代の冒険者を育てようとした。


 だが、一回目の災厄から丁度十年後に、再び災厄の竜が皇国領通過した。

 そう、一度目と同じように、単に通過しただけだ。

 しかしそれによって、再び霊薬しか治癒させる事ができない疫病が蔓延した。

 歴戦の冒険者だった父も義父も、疫病に犯された家族のために、霊薬を求めて大魔境の奥深くに挑んだ。


 疫病も恐ろしかったが、霊薬を求めて襲撃を繰り返す人間も恐ろしかった。

 霊薬を求めて大魔境に挑む冒険者を襲って人質として、命懸けで霊薬を獲得してきた冒険者から、卑怯な手段で奪っていくのだ。

 卑しい性格の皇族や貴族が権柄尽くで冒険者から奪っていくことも、奪われまいとした冒険者が皇族や貴族を殺す事もあった。


 父も義母もその混乱時に亡くなった。

 母と俺たち兄弟は大混乱する皇国に残された。

 だが父の親友で冒険者の相棒でもあった義父が、同じような状況で妻を亡くしていたので、母と義父は再婚した。

 寡黙な義父は何も言わないが、母の話では、自分たちのどちらかが亡くなった時には残された家族の面倒を見ると約束していたらしい。


 だがだからと言って、義父が継いだ騎士家を俺が継ぐのはおかしい。

 義父に実子がいないのなら、恩を返す意味でも義父の家名を残す意味でも、家を継ぎ守っただろう。

 しかし、義父には亡くなられた義母との間に実子がいるのだ。

 俺には義弟にあたるが、血を分けた実子がいるのだ。


 彼を押し退けて俺が家を継ぐ訳にはいかない。

 騎士になるというのは、騎士家八男に生まれた実父の目標ではあったので、俺もできることなら騎士になりたい。

 だがそれはあくまでも実力で皇室に召し抱えられることだ。


 義父の実力ならば、大魔境に挑めば莫大な金が手に入るだろう。

 だが二度目の疫病で人口が五千万人程度になり、各地で一揆が頻発する混乱期の皇国では、騎士団員や徒士団員を自由に大魔境に行かせる事などできない。

 行かせるときは、公務として皇族や貴族のために霊薬を手に入れる時だ。


 これが平和な時ならば、俺が一時的に家督を継ぎ、隠居した義父が大魔境に挑む事が許されただろう。

 だが混乱期では、未熟な俺が家督を継ぐことなど許されなかった。

 だから俺は冒険者組合公認の戦闘団に参加することにした。

 なかでも義父が太鼓判を押す戦闘団に入った。


 父が残してくれた鎧を着込み、槍を手に戦闘団の一員として大魔境に挑んだ。

 何度も死にかけた。

 多くの戦友が死んでいった。

 三度に災厄竜が皇国領を通過しようとした時には、生き残った俺と戦闘団員は、皇国一の戦闘団と呼ばれていた。


 多くの戦闘団と騎士団徒士団が災厄の竜に挑み死んでいった。

 義父と肩を並べて戦った。

 俺も義父も多くの戦友を失った。

 だが、その甲斐あって災厄の竜を斃す事ができた。

 今日は建国以来最高の祭りだ!

 父を失った時から涙を流さないようにしてきたが、今日流れる涙はこらえる必要がない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

討伐祭 克全 @dokatu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ