永遠の火
浅見朝志
祝祭
アッカはかがり火に明るく照らされた夜の道を歩くのがたまらなく悲しくなった。
もう二百人も住んでいないというのが嘘のように先ほどからこの道を人が行き交っている。
通り過ぎる人々は生気に満ちた顔をしているのに、アッカには僅かにオレンジ色に照らされたこの道がひどく淋しいものに映っていた。
春の訪れと共に開かれるこの島の伝統的な祝祭シュターハーゼンは、今年のこれを最後にその長い歴史に幕を閉じることになっている。
このかがり火の間を歩くのがこれで最後かと思うと、アッカは胸の中心に大きな穴がぽっかりと空いたようになり、その歩調はどうしてもゆっくりとしたものになるのだった。
「なんだいアッカ、ずいぶんと遅かったじゃないか」
アッカが祭りの明かりの中へ足を踏み入れるやいなや、アッカの家族と同じく島に住む叔父がその姿を見つける。
「ちょっと支度に手間取ったんだ」
そう答えるアッカの様子がいつもと違うように感じられたのか、叔父は首を傾げる。
「どうかしたのか? もしかして体調でも優れないのか?」
アッカはすぐには答えなかった。
見知った友人や大人たちが、祭りの中心で燃え上がる組木の周りを熱烈な太鼓の音に合わせて踊り周っているのをしばらく見て、それからポツリとこぼす。
「これで最後なんだよね、叔父さん。なのにみんなはいつも通りみたいだ……。僕だけが変なんだ」
叔父はそれを聞き、見る者全てを安心させるような柔らかな微笑みを浮かべて、それからアッカの肩に手を置いた。
「そんなことはないぞ、みんなお前と同じ気持ちだよ」
「嘘だよ、だってみんなあんなに楽しそうにしている」
アッカにはこの祭りの賑やかさに身を委ねている他の人たちが、今日を最後に2度と訪れることのない祝祭を偲ぶ自分と同じ気持ちだとはとても思えない。
しかし叔父はふてくされたようなアッカの言葉にも優しげに首を横に振った。
そして踊りの近くで談笑している2人の男女を指差して「彼らを知っているかい?」とアッカに聞いた。
島の人なら知らない顔はないはずだったが、アッカはその2人に見覚えがない。
「彼らはアッカが小さい頃に島を出て暮らしているんだ。今日の祝祭のために久しぶりに帰ってきたんだよ」
アッカは、考えてみれば今日この場に集まっている人々の数が、かつて経験ないほどに多いことに気がつく。
そしてその中には他にも顔を知らない人たちが何人もいた。
「島で生まれた人たちはみんなこの祝祭で踊って育ったんだから、最後にいつまでも思い出として残せるように目一杯楽しみにきたに違いないさ」
それだけ言うと叔父は踊りの場に向けて、「さあ、お前も行っておいで」とアッカの背中を押し出した。
燃え上がる組木へと近くと、先に祭りへ来て踊っていた友達がアッカに気付いて手を伸ばした。
その手を取って集団に加わり、アッカは毎年そうするように周りに合わせて踊りだす。
身体を動かしてグルグルと回っていくアッカの視界の中で、隣で踊る友人は力一杯、心の底から楽しそうに踊っていた。
太鼓叩きの一団によって出される規則的な音は、その一音一音が自分の心臓を直接叩くかのように思えるほど力強い。
音の流れと人の動きの波に体を委ねていると、次第に自分の心が開け放たれて周りと繋がっていく不思議な感覚を得られた。
かがり火からかがり火へと火を渡すように踊る人々の想いが伝わり、代わって胸の内を占めていた淋しさは薄れていった。
踊りはまるでそれ自体が1つの生き物のように、腹底へ響く足音を従えて燃え盛る組木の周りを練り歩く。
その頃にはもう、誰もがこの最後の祭りをこれまでで最も記憶に残るような特別なものにしようと全力で楽しんでいるのだと、アッカには当然のように受け入れることができるようになっていた。
だからこそ、どれだけ踊っても踊り足りなかった。
この炎が終わる時が祭りの終わる時なのだとしたら、まだまだ燃え尽きないでほしい、そう願ったアッカはより勢いをつけて踊り出す。
太鼓がその音を強め、人の流れは激しく、心なしか炎は大きくなった気がする。
クタクタに疲れながらも足を動かし続けるアッカの中にはもう何の憂いもなく、ここに来るまでに胸に空いていたぽっかりとした穴はいつの間にか体の内側から込み上げるとても熱い特別な気持ちで満たされていた。
これから先どれだけ時間が流れようとも、自分自身が島を出ることになって都会の華やかさに包まれる生活を送ることになろうとも、シュターハーゼンは思い出の中に灯り続けるだろうと信じることができた。
永遠の火 浅見朝志 @super-yasai-jin
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