真夜中の祭

御剣ひかる

夜の祭のとある出来事

 ここは、昼の神と夜の神がおわす国だ。

 昼の神は日中の安全を守り、夜の神は同然、夜間の安全を守る。

 それぞれの神の祭日を定め、国中の者が音楽を奏で、踊り、美酒を酌み交わしてうまいものを食す。賑やかな雰囲気の大好きな神々に御満足いただいて、新たに一年の無事を祈るのだ。


 そして今日、今夜が、夜の神の祭日。


 子供達は昼間から、夜祭りに胸躍らせ、親に「今のうちに仮眠を取っておきなさい」と言われ、無理矢理寝具に押し込まれるが、当然眠れるはずもなく。


 今夜はどんな音楽や舞が見られるのか、どんな食べ物が出てくるのか、そんなささやきを交わしては叱られる。


 一方、大人は大変だ。広場の中央にやぐらを組み、酒と料理の支度をし、祭の花形である楽団や舞を奉納する皆々は失敗のないようにと念入りに練習を繰り返す。そんな合間にやんちゃな子供達の相手までしなければならないのだ。


 注目すべきは、子供だけではなく大人も誰もがこの日を待ち望んでいるというところだ。忙しく動きながら、緊張に胸を掴まれながら、それでもこの日は心躍る。


 夕方になるとやぐらに火が入れられる。この頃になると家々から子供達が飛び出してきて点火を見守った。いいつけを守って昼寝をした子も、そうでない子も、火を囲み入り乱れて遊び出す。夕日の赤と炎の黄色、オレンジが入り乱れて子供達の元気な頬をさらに健康的に染めた。


 さて、料理や酒を並べる大人達の中に、そわそわと落ち着きのない青年が一人いる。彼はかねてから交際している恋人に、今夜結婚を申し込もうと考えているのだ。恋人にはもちろん、家族にも誰にも計画は内緒だ。


 この祭りで告白して成就すれば幸せになる、などといった類の言い伝えなどはない。だが青年はみなに祝福されての婚約を望んでいた。


 落ち着きがないね? と母親が声をかけてくる。うん、ちょっと、と返しながら、いつどのタイミングで彼女に愛をささやけばいいのか、と青年は考えていた。


 やがて、空がオレンジから紺碧、黒へと色を変えて行く。いよいよ夜の神様の降臨する時間だ。

 楽団が笛や太鼓、弦楽器でおごそかな演奏を奏でると、普段は閉じられている神棚がすぅっと開き、夜の闇からうっすらと影が舞い降りた。


 おぉ、夜神様のお出ましだ!


 皆が歓喜の声をあげ、地にひれ伏して迎える。さぁ、夜の祭りの始まりだ。


 杯が掲げられ、所せましと並べられた料理は、あっという間に食いつくされて行く。皿が空けばまた追加でどんと置かれる贅沢な料理と、幸せな人々の顔を炎の明かりが照らす。


 普段は早く寝なさいと叱られる時間になっても子供達は元気に飛び回り、舞姫たちの間を行ったり来たり、踊りをまねて大人達の笑顔を誘う。


 楽団の音楽が一区切りつけられ、踊り子達がこうべを垂れて拍手の中、退場する。


 青年は、今だ、と思った。


 やぐらの火が緊張した顔をさらに火照らせるが、愛しい恋人をそばに招き、愛の言葉を口にする。

 何が始まったのかと興味津津の人達が、どよめきと口笛を二人に送った。

 求婚された恋人は、驚くやら嬉しいやらで言葉を失っている。


「どうか、返事を。僕と結婚してください」


 青年の言葉に、彼女は、こくりとうなずいた。

 割れんばかりの歓声が広場を埋め尽くす。楽団が陽気な演奏を始め、子供達が二人を取り囲んではやし立てる。大人達は二人に酒をつぎ、祝いの乾杯が続いた。


 皆にとってはいつもの祭。だが青年にとっては人生最高の祭となった。


 さて、夜も更けると、子供達が眠りにつき始める。朝まで祭を堪能したいと毎年願いながら、親の背におぶわれて祭の広場から退場して行った。


 彼らが姿を消すと、祭は今までと違った意味で盛り上がりを見せる。

 更に強い酒がふるまわれ、舞も扇情的になる。大人の中でも正体をなくす者が出てくる。


 これがこの祭りの醍醐味なのだ。


 明け方に、とうとう騒ぎ疲れた大人達が広場で座り、横たわるそばで、神棚から薄暗い影がふわりと飛び出して空に昇る。拡散しながら村人たちを優しくねぎらうように包み込んで、空気に解けていく。


 朝日を浴びながら人々が目を覚まし、まるでひと晩ぐっすりと休眠を取ったかのように元気に体を起こす。


 これでまた一年、夜の間も我々は安泰だ。

 神の恩恵を体に、心に感じながら、今日から新たに、日常が始まる。


 ここは昼の神と夜の神がおわす国。人々の笑顔があふれる限り、国が滅びることはないだろう。



(了)


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