末姫様の誕生祭

黒味缶

末姫様の誕生祭

 とある国の王様と王妃様のあいだに、5番目の子であるお姫様が産まれました。

 優しい王様と素敵な王妃様の間に、待ち望まれた新たな姫が産まれたと人々は大喜び!

 城下の街は色とりどりに飾り付けられ、国中の町や村の人々が大きな歓声をあげました。


「姫様、万歳!!産まれてきてくれてありがとう!!」

「王様、王妃様、ありがとう!ありがとう!!」


 飾り付けられた場所で人々は歌って踊り、いつもは喧嘩ばかりの男女が手を繋いではしゃぎ、富む者も貧しき者も、老いた者も若き者も、すべての人がお姫様が産まれたことを喜びました。

 しかし、流れ着いた旅人だけは、最高のお祭りに沸く人々に首を傾げました。


「確かにめでたい事だけど、なぜここまで大きな騒ぎになっているんだろう?」


 商売をする人達も「お祝いだから」とお金を取らずにいろいろ振る舞っているような様子の理由が、旅人にはわからなかったのです。

 なので、旅人は子供に聞きました。


「なぜ、新たな姫様がこんなに喜ばれているんだい?」

「えっとね、これで平和になったからだよ!」


 答えた子供は友達の元に駆けて行きましたが、旅人にはよく分かりません。

 次に手をつなぐ老夫婦に聞きました。


「なぜ、新たな姫様がこんなに喜ばれているんだい?」

「悲しい事の後だからじゃよ」

「ええ、ええ、その悲しみがすべて、良い形で終わったのですよ」


 老夫婦はこれまでの出来事を思いかえしてか、互いに身を寄せ背を叩きあいながら泣いてしまいました。

 それ以上彼らに聞くのは難しいと思った旅人は、酒を飲む男に聞きました。


「悲しい事があったから姫様が喜ばれてると聞いたんだが、どういうことだい?」

「おお?あんた旅人か。よしよし聞かせてやろうじゃないか!聞いたらあんたも、ひめさまの事を思いっきり祝ってくれよ!」


 そうして男が語るのは、とある悪魔のお話でした。



 この国では長い事、悪魔が悪さをしていました。

 落としたペンを持ち主に返すかわりにとペンを持つ手を奪ったり、迷子の子供をおうちに帰すかわりにおうちの人達の魂を持っていったりと、本当に好き放題にしていました。

 兵士たちが派遣されれば彼らが悪魔の住処から出られなくなるようにまじないをかけ、その家族から大切な品を奪ってようやく兵士を返すようなことをするため、国は悪魔に気を付けるように呼びかけながらも手を出せずにいました。

 遠い国には悪魔を封じたり殺せるような魔法の品もあるのですが、このあたりの国々は魔の物との争いを収めるためにそうした品を使ってしまっていたのです。


 そんなある時、一番目の王子様の恋人である隣国の姫が、悪魔の手にかかってしまいました。王子に会いに来る途中で、王子からもらった耳飾りを落とした彼女は、それをさっと拾った悪魔に「お願いだから返してちょうだい」と言ってしまったのです。

 悪魔は耳飾りを王女に手渡しながら、こういいました。


「いいとも、だがかわりにお前の心は俺の物だ」


 隣国の姫はそれを聞いて嫌がりましたが、拾われた耳飾りを手の中に押し込められます。その瞬間、悪魔の契約の魔法でお姫様は王子様の事をすっかり忘れて、悪魔のお嫁さんの一人にさせられてしまったのです。

 これに怒った王子は悪魔を退治しようと、止める者達を振り切って悪魔に勝負を挑みました。


「悪魔よ、私と剣で戦って、私が勝てばお前が人々から奪ったものを返すのだ!もちろん、それで心を戻した姫もお前のところから返してもらう!」

「いいとも。ただしお前が負ければお前の両目は俺の物だ」


 一王子様と悪魔は互いに刃を向け合い、そして王子が悪魔の剣を弾き飛ばしました。騎士や兵士の試合での、有無を言わさぬ勝ちの動きそのままでした。


「これでいいだろう。さあ、奪ったすべてを返すんだ」

「ひええ、あなた様はとてもお強いですね!!ごめんなさい、ごめんなさい!」


 悪魔が地に頭をつけて必死に謝って他の事を言わないので、王子様は恋人のいるであろう悪魔の家へと足をすすめます。

 しかし王子様はどうすれば勝ちになるかを決めていませんでしたから、悪魔は剣を拾ってその背中を切りつけたのです。王子様は真っ赤に濡れていき、真っ白の肌になって死んでしまいました。

 生きると死ぬでは生きるが勝ちだと、悪魔は王子様の両目をくりぬいて持って行きました。


 兄が殺されたことで、妹である二人の姫と、弟王子が何とかしようと立ち上がりました。

 彼らは王と王妃、国を動かす大事な人達とこっそり相談してから、それぞれが悪魔の元へと向かったのです。

 兄王子が棺に寝かされてからすぐに悪魔の元に向かったのは、弟王子でした。


「よくも兄上を殺したな!兄上の仇をうち、この国の平和をぼくが勝ち取るぞ!」

「ほう、どうする気だ?」

「魔法で勝負だ!僕が勝てば、すべての奪ったものをかえしてもらって、そしてもう悪事を働くのをやめてもらうぞ!」

「おやおや、一つの勝負で二つも言う事を聞かせるのか?」


 悪魔がそういうと、弟王子は少しだけ考えたそぶりを見せて、渋々と言いました。


「……なら、こちらもふたつ代償を用意しよう。一つは僕の声。もう一つは、王家の衰退……そうだなあ、この後もう女の子しか生まれなくなる呪いをうけてやる」

「それならいいだろう」

「それと、勝負のつけかただけど――うわぁっ?!」


 話をつづけようとした王子様にむけて、悪魔は雷の魔法を落としました。


「そんなもの、先にあてた者の勝ちだろう」

「――!!……? ――!!!」


 声を奪われた弟王子は悪魔にゲラゲラ笑われながら追い返されます。

 しかし声を失い、王家の将来に関しての呪いを受けて逃げ帰ったはずの弟王子は、迎えてくれた城の皆にしっかりと笑顔で頷いて見せました。


 次に悪魔の元に向かったのは妹の方の姫様です。彼女は悪魔の元へ向かうまでに、じっくりと準備を整えました。

 遠くの国にも評判が伝わるほど愛らしく可憐な妹姫は、自分の持っている最も良いドレスと首飾りをつけて、そして小さな宝箱一つを持って悪魔の元へと向かいました。


「おねがいです……本当は国のすべての人が、というべきなのでしょうけれど、私は家族が何かを失うのは見たくないのです。ですから、こっそりとお願いに参りました。私の持つものと交換に、お城に入らないという約束をしてはいただけないでしょうか?」


 そう言って差し出す宝箱を受け取りながら、悪魔は頷きます。


「いいともいいとも、美しいお姫様。おまえのもつもの……体も心も貰うが聞いてやろう」


 悪魔がそういうと妹姫は、あっという間に悪魔の腕の中に捕まえられてしまいました。悪魔はそれまでにもあちこちで奪ってきた美しい娘たちを入れた部屋の中に妹姫をしまいこみ、高らかに笑います。


「ははははは、口約束だけならいくらでも捻じ曲げられる!さあて、城には入らないが、城の外に出てきたときにどうちょっかいをかけようか!」

「……やはりそうでしたか」


 声に驚いた悪魔がそちらを見ると、そこには姉の方の姫が立っていました。彼女の腕の中には巻物と、悪魔を封印できる宝石の壺がかかえられていました。

 本当ならば遠い遠い国の宝物。ここには無いはずのそれを見て、悪魔の顔が引きつります。


「なぜそれがここに?!」

「私がお嫁に行くかわりにと、譲っていただきました。 さて、私との勝負で終わりにいたしましょう。断るのであれば、あなたをこの中に押し込みます」

「はは、ははは。いやいや、そんなことは貴女も望まないでしょう?」

「ええ、私の望みはあなたが私との勝負と、その勝負にまつわる契約を受けてくれる事。口約束は心もとないとわかっていましたから、文書に内容をまとめてあります」

「ああ、ああ、わかったからその壺をこちらに向けるのをやめてくれ」


 悪魔は姉姫に突き付けられた巻物を読み、顔を青くします。


"賭けで第一王女が勝利すれば、悪魔がこれまで奪ったものを、物質も物質でない物もすべてかえすこと。代償として要求した物だけではなく、奪ったと表現しうるすべてを返すこと"

"以下の文章の内容が成立するかどうかを賭けとする。第一王女は『成立する』に賭ける"

"この国の国王と王妃の間に生まれる次の子は、女の子である"


「契約を受けてくれる事を、わかったとおっしゃいましたね?」

「待て、そういう意味ではなかったんだ」

「私の妹も、手にもつ宝箱だけが対象でしたよ?あなたが妹の言葉の意味をゆがめて契約成立としたように、あなたはこの契約を受けなくてはいけません。契約成立です。私に次の妹が産まれたらあなたはすべてを贖います」


 姉姫の断言にかっとなって悪魔は姉姫を魔法で貫き殺しましたが、しかし賭けの内容は生死が関係ありません。

 ならばと王と王妃がどうにかなればと王城に向かいましたが、妹姫との契約で城の中に入れません。王と王妃も城の中にこもり、城で働く者すべてが彼らを守っていました。

 手を出せないと思った悪魔は慌てて逃げ出して、この国から去っていきました。



「――だけど、遠く離れたって契約はちゃんと生きてたんだよ。末の姫様が産まれたときに、魂を抜かれた俺の母ちゃんが目をさましたんだ。悪魔はこの国のいろんな場所で好き勝手にしていたから、皆が失ったものをとりもどして、国のみんなが姫様が産まれたことを知ったんだ」


 男は話し終ると、旅人にお酒を渡します。


「話は終わりだ、さあ、あんたも姫様の事を祝ってくれよ」

「ああ、よそから来たものだが、この日を一緒に祝わせてほしい」


 彼らは町のあちこちで繰り返されるのと同じように、乾杯の声をあげました。

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