巨災獣を討て!
地を蹴り、跳ね進む。
一足ごとに強くなる跳躍力に、カミツキはバランスを崩しそうになる。
だが、堪えた。両腕の振りを意識して、重心を整えつつ森を行く。
鬱蒼と茂る木々にぶつかれば、カミツキの身体は耐えられないだろう。
あるいは、落ち葉に覆われた地面に足を取られれば、転倒の衝撃は並々ならぬものになろうだろう。
有体に言えば、森でこの速度を出す事は、愚かな行いと言えた。
それでもカミツキが急いだのは、先日のように「獲物を奪われる」ことを恐れてのことだった。
いくら自分が巨災獣を倒す術を持っていた所で、ガドルバスに先を越されては意味がない。
故に、走る。
己の身の危険など、カミツキは欠片も気にしてはいなかった。
その甲斐あってか、カミツキはすぐに巨災獣の元へと辿り着く事が出来た。
とはいえ、十二分に距離を取って。
カミツキは巨災獣から三百メートルほどの距離に着くと、大木に足をかけ登り、高所からその姿を確認する。
「……最近来るヤツと同じ、だな」
巨災獣の大きさは、大木に登ってもなお大きく見上げなければならない程であった。
おおよそ昨日と同じ。体高にして三十メートルほどだろうか?
その外見は、先ほどまでカミツキが交戦していた黒い鱗の災獣と似通っている。
違いがあるとすれば、巨大な体躯を支えるためか、四つの足の筋肉が比較的発達していること。
観察しながら、カミツキは巨災獣の目的を探る。
相手はこちらに気付かず、ゆっくりと前に進んでいた。
その先にあるのは、カミツキたちの街……そして、ガドルバスの巣穴が存在する。
「やっぱ、縄張り争いってヤツか?」
近頃災獣が活発なのは、やはりガドルバスの死期を狙ってのことなのだろう。
カミツキはそう合点しつつ、巨災獣の向かう街の方角を睨む。
ガドルバスの咆哮は、未だ響かなかった。
寝ているのか? 自分の縄張りに入られておいて?
「……ま、いいけどよ」
端から期待はしていないし、そも、来られても困る。
ふぅと息を吐きながら、カミツキは腰に下げた袋から、三つに折りたたまれた棒のようなものを取り出す。
カミツキはそれをしなる曲線へと開きなおし、更に災獣の毛で作った弦を張る。
手慣れた動作で組み上げたそれは、災獣の骨から作った弓である。
通常の弓と異なる点があるとすれば……その巨大さだろう。
カミツキは樹上を見回し、ちょうどいいと感じた場所にその弓をセットする。
三メートルほどのサイズを持つその弓は、手に持って使用することが困難だった。
なのでカミツキは、木の上に弓を固定すると、槍を矢代わりに番え、両の腕で体重を懸けるようにして弦を引く。
弦は重かった。けれどそうでなくては、強靭な災獣の鱗は貫けない。
カミツキは巨災獣の歩みをよく見極めて……狙いを定め、手を、放す。
ビュッ! 風を切る音と共に、槍が空を割き巨獣の後ろ足に……突き、刺さる。
「っしゃ! とりあえず一発目!」
着弾を確認したカミツキは、急ぎ樹上から飛び降り、多少ジグザグに走りながら災獣へと接近した。
「グルルゥゥゥ……」
巨災獣は、突如として行われた攻撃に驚き、戸惑いながら周囲を見回した。
……が、既にカミツキは森に紛れて接近している。圧倒的な体躯が影響し、巨災獣にはカミツキを発見することが出来ない。
そうこうしている間に、カミツキは血の垂れる災獣の足元へと到着した。
見上げれば、後ろ足の腿の辺りに自身の大槍が突き刺さっている。
(……まぁ、あんなもんか)
出来得るならばもう数発、槍をブチ込んでやりたい所だったが……一人で持てる武器の数には、限度がある。
「あとはこれで……っと!」
次に取り出したのは、倒した災獣から獲得した牙で出来た杭である。
カミツキは杭と自分の手を紐で結びつけると……ザシュッ! 思い切り、それを巨災獣の足に突き立てた。
「っ……!?」
巨災獣が身じろぎする。が、痛みとしては虫にさされた程度のモノだろう。
カミツキは大きく息を吸い込んで、もう片方の手で、二本目の杭を打ち込み……登る。
杭を突きさすには、鱗と鱗の隙間をきちんと見定め、力の限り杭を叩きつける必要がある。歩き、身じろぎする巨災獣に張り付いてのクライミングは身体に相当の負担がかかったが、カミツキは歯を食いしばりながら、一手、二手と杭を打ちながら、進んでいく。
やがて足の半分くらいまで登った所で、カミツキは杭と手を結ぶ紐をほどき、伸ばし、振り回してから高く投げる。
投げられた杭は、足の腿辺りに突き刺さった槍まで届いた。
これで少し楽が出来る、とカミツキは息を吐く。
後は紐を伝い、登っていけば良いからだ。
問題があるとすれば……
「グォァアアアアアッッッ!!」
巨災獣が、カミツキの存在に気付いた点だろうか。
「チッ……大人しくしてろっての!」
ダンッ! カミツキは強く巨災獣の体表を蹴り、一気に槍の辺りまで駆け登る。
が、その無茶が災いしたのだろう。深く突き刺さっていた槍が、ぐらりと揺れる。
「っ、待て待てまだ刺さってろよ……!?」
カミツキが焦っている間に、違和感の原因を理解した巨災獣は、身体を大きく震わせる。
ぶおんっ! カミツキの身体が大きく投げたされる。今槍が抜ければ、地面に真っ逆さまだろう。
「……んっ、なろっ!」
けれど、逆に。
吹き飛ばされたカミツキは、身体を大きく捻ることで反動を利用。
戻る勢いを利用して、高く高く空に飛んだ。
「ぐ、ぅっ……!」
無論、遠心力によって飛ばされそうになる身体を、必死に支えての事である。
紐を結び付けた腕は、圧迫で今にも千切れんばかりの痛みを生む。
離さなければ死ぬのではないか。いや、むしろ離せば死ぬ。
(死ぬべきはオレじゃねぇだろがッ!)
臓腑がひやりとする感覚がして、直後カミツキはそんな自分に腹を立てた。
オレは死にに来たんじゃない。殺しに来たんだ。
瞬間、痛みの事を忘れたカミツキは、猛烈な勢いで巨災獣の尻尾の上に激突した。
バギ、と音がして、打撲か骨折かさえ分からない激烈な痛みがカミツキの肩を襲う。
……が、何にしても。
「着いたぜェ……!」
巨災獣の身体の上に到着した。
それだけで、カミツキは身体の痛みなど一瞬で忘れてしまう。
後はどうする? 考えてた通りだ。
カミツキは重心を低く、振り落とされないように注意しながら、巨災獣の背中まで周り、走る。一歩歩くごとに振動し、筋肉の揺れ動く災獣の背は、事前に想定していたよりもずっと走りづらかったが……この際、そんなものは何の障害でもない。
(身体の作りは小せぇのと変わんねぇ!)
走りながら、周囲を見回したカミツキは理解する。
巨災獣の肉体は、おそらく昨日倒した災獣とさして代わりはしない。ただサイズと、各部位の頑丈さが桁違いなだけで。
ならば、弱点も同じだろう。
カミツキは、昨日行った解体作業を脳裏に思い浮かべる。
災獣を倒すごとに手伝っていた解体は、素材の一部をもらい受けるためだけでなく、災獣の構造を知り、弱点を探るために行っていたことなのだ。
「同じなら……まぁ、ここだよなぁっ!」
背中の、人間で言うならば肩甲骨と背骨の隙間。
カミツキは杭でそこの鱗を剥がすと、突き刺した杭を足で踏みつけ、ずぶりと根本まで突っ込んだ。
「グォァッ……!?」
じゅっ。染み出る血と共に、災獣がもだえる。
けれどカミツキは杭と紐を自分の身体に結び付けることで、振り落とされるのを防いだ。
「ハッハァ……! 知ってんだぜ、テメェらの足は背中に回んねぇって!」
カミツキは、災獣の身体の構造を出来るだけ調べ上げていた。
どこならば肉が柔らかいか。骨が少ないか。鱗の強度が落ちるか。
日々の戦いと解体は、いずれ巨災獣を打ち倒す糧とするために。
「後は……首ィッ!」
もう少し。もう少しだ……と、カミツキは思う。
カミツキの作戦はごくシンプルだった。
身体に登り、落ちないよう気を付けながら、首の太い血管を攻撃する。
一撃で足らずとも。二撃で足らずとも。鱗を剥がし、何度も刃を進めていけば、いずれは動脈へ届き巨災獣を殺せるはずだ、と。
仲間の神獣戦士がいれば、残らず大笑いするだろう作戦だ。
無理だ、実行出来るハズが無い。どこかで失敗して死ぬに決まってる。
そんなリスクを負う必要がどこにある? 神獣様が助けてくれるのに?
(……ッザけんなってんだよ!)
カミツキは、仲間のそういう態度が気に入らなかった。
神獣が強いのは分かる。死にたくないのも分かる。
でも、神獣がいつでも助けてくれるというのなら、何故。
何故父は帰ってこなかった。靴だけを残し、喰われてしまった。
「ッハ……テメェの死体見たらよォ、みーんな考え変えてくれんだろうなァ……?」
もうすぐだ。
もうすぐ否定出来る。
あんなヤツに。父を見殺しにした獣なんかに頼る必要はないと、証明できる。
ざくり。ナイフを突き立てた。
引き裂き、肉を削ぐ。ナイフは血と脂ですぐにまともな切れ味を失ったが、もはや他に刃物は無い。カミツキは力に任せて斬り進む。
そのたびに、災獣はもがき、暴れ、走り回った。
けれど杭で固定されたカミツキの身体は、跳ね回りはすれど落ちる事は無い。
硬い筋肉は、斬っても斬っても目的の血管にたどりつかない。
だが、もう少しで。今ここでやり遂げれば……!
「グォォォォッ!!」
カミツキは夢中になって斬り続けた。
……だから、だろう。
直前まで、気付けなかったのは。
「グ……グォァァァァァァアァッッ!!」
暴れ、叫び、揺れ動き。
その結果、根元まで深く食い込ませたはずの杭が……外れかけていた事に。
唐突に、ナイフが空を切った。
否。身体が遠ざかっているのだ。転がって、落ちようとしている。
(杭が……っ!?)
抜けていた。自分の身体を支え、留めるものが。
(落ちっ――!!)
死を覚悟した、瞬間。
大きな影がカミツキの頭上を多い、次の瞬間、身体に括り付けられていた紐が、ぐいとカミツキの身体を引いた。
「……止まっ……?」
なぜ?
カミツキは状況を理解できないまま、呆然と上を見る。
落下せんとするカミツキを助けたのは……
……他でもない、神獣ガドルバスだった。
【続く】
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