最高の祭りを探して

秋田健次郎

最高の祭りを探して

太鼓の音が家の中まで響いてくる。


私の家はこの地域では最も大きな公園のちょうど向かいにあり、その公園では8月中旬に2日間祭りが行われる。公園の中央にあるちょっとした広場に仰々しい建造物が建てられその上で太鼓が演奏される。聞いた話によると近くの学校の太鼓部というマニアックな部活がこの祭りのために一年近くも練習を重ねているらしい。


屋台もそれなりに出店されており、たこ焼きやら唐揚げやらポテトやらといった食べ物類のほかにも射的や輪投げといった縁日も出店されている。


この祭りに参加しなくなってもうかれこれ十数年経っているということは少なくともこの祭りはその十数年の間一年も休むことなく毎年律儀に開催されているということだ。


私は窓からお祭り会場の様子を眺めた。窓を開け、部屋に流れ込んできた夏の高揚した匂いは私の子供の頃の記憶を思い起こさせた。


夏休みの中頃、あの頃は一日が確かにとてつもなく長かったのだ。毎日少しづつ祭りの準備が進んでいく公園を見ては今か今かと待ち遠しく思っていた。


祭りが開始されるのは確か夕方の五時頃だったはずだ。今思えば少し早いようにすら思うが、当時の私は日が沈みつつある時間に始まるそれはまさに貴重な夜のイベントだったのだ。


友達と待ち合わせをして、五時になると同時に射的のところまで走った。射的は毎年人気がありすぐに行列ができるからである。親からもらった、五百円を首からぶら下げた財布に大事にしまっていた。縁日は基本的に一回百円だったので最大で五回しか挑戦できなかったのだ。


あれはたしか二回目の挑戦の時だったはずだ。ずっとほしかったウルトラ怪獣のソフビが並んでいることに気が付いた私は小さな体を目いっぱい伸ばし、球を発射した。力学的に最も倒れやすい頭の先端の部分に球が命中し、ソフビはそのままコトリと小さな音を立てて倒れた。


そういえば、輪投げでゲットした何の変哲もないゴムボールがあったがあったことを思い出した。あれだけ欲しかったソフビよりもこのゴムボールの方が長い間遊んでいたのだ。あれは結局、河川敷で友人とキャッチボールをしているときにあいつが変な方向に投げたせいで川に落ちたんだ。あいつは今どこで何をしているんだろう。


祭りと言えば、やっぱりラムネだろうか。一つたった百円の氷水で雑に冷やされたラムネがきっとこれまでの人生の中で一番おいしい飲み物だったのだろう。


射的と輪投げに五百円を使い果たし、どうしてもラムネが飲みたいと走って家に帰ると母にねだって


「特別だよ 」


と貰った百円だからこそきっと意味があるのだ。あの頃遊んだ友人とは誰とも連絡は取っていないし、百円なんてただみたいなものとしか感じることのできなくなった今の私にあのラムネを味わう権利などない。きっとそうに違いない。そう思いながらもあの頃に記憶にすがるように私は家を飛び出していた。財布から適当に取り出した百円玉一つを握りしめて


心躍る太鼓の音の中


最高の祭りを探して

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

最高の祭りを探して 秋田健次郎 @akitakenzirou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ