65.我儘



生徒会室のドアが閉まり、足音が遠退いて静かになったのを確認して、リュディアは自分の婚約者を見遣る。


「どういうことですの? ロイ様」


若干とがめるような眼差しになったのは、今しがた部屋を去った友人、シュテファーニエを想ってのことだ。急な話に彼女は大いに戸惑っていた。それは、ほぼ初耳の事柄ばかりだったリュディアも同じだが、ロイという人物を知っている分、耐性がある。

貴族の養子になったのだから、シュテファーニエにもある程度の魔力があるだろうとは思っていた。だが、前代未聞の属性がないまま膨大な魔力量を保持しているとは知らなかった。また、婚約者のロイが待ち人が現れることを予感しているようだったことには気付いていたが、相手が友人だとは思っていなかった。


「そうだっ、どういうことだよ! 兄貴」


静かにただしたリュディアとうって変わって、ロイの弟であるクラウスが勢いよくソファから立ち上がり問い質す。

先程、動揺のあまり紅茶で口元を汚していたが、メイドから即座に差し出されたナプキンを受け取り、きちんとぬぐっていた。癖のない金糸の髪と穏やかな顔立ちのロイとは対照的に、外側にハネ気味な白銀の髪とつった目元で粗暴そうな印象を受けるが、彼も王子であるのだと、無意識の所作で再確認する。


「無色の君がさっきの令嬢だとは聞いていたが、リュディア嬢がいながら、いつ惚れる間があった!?」


「一目惚れだからな。時間はかからないさ」


「兄貴が一目、惚れ……!?」


「立ってるの、だるくなっちゃったぁ」


「ニコ。だから、座ってていいって言ったのに」


「話の最中ですのよ!? あちらで静かにしてなさい」


兄のけろりとした返答に、クラウスが唖然とする。

それを他所よそに、現在の議題に興味がないニコラウスはいい加減立っているのに飽いたらしい。隣のイザークに寄りかかって、愚痴ぐちるニコラウスに、リュディアが話の腰を折らないように注意した。

リュディアが指したのは、先程までクラウスが一人で紅茶を飲んでいた休憩用ソファーだった。イザークが一緒でないと嫌だとニコラウスがごねるが、イザークは控えて立ったままのイェレミアスとベルンハルトに遠慮して同席を渋る。ならば四人とも席に着くように、とリュディアが言うと、主人のロイが許可を出したにもかかわらず自分はそんなやわじゃない、とイェレミアスが強情を張った。だが、リュディアが状況をかんがみるよう叱るより先に、彼女のメイドのエミーリアが休憩用のテーブルに焼き菓子を支度すると、それにつられてイェレミアスが一番に着席した。

一連のやり取りに、リュディアが疲れた溜め息をき、ロイはにこやかに微笑んでいた。

クラウスは、ロイとリュディアの向かいのソファーに席を移し、唯一話を聞く体勢を整える。


「……リュディア嬢は、いいのか?」


恋愛関係にないと言ってはいたが、クラウスには二人の仲が良好に見えた。それに現在、ロイの婚約者はリュディアだ。自身の婚約者が目の前で他の女性に愛の告白をするのを見て、傷付いてはいないだろうかと心配になる。また、その件に関しては、責めるにしても自分からではなく婚約者である彼女からするべきだ。

クラウスが伺うと、リュディアはその答えをロイに向けた。


「よくありませんわ」


そして、睨むような眼差しをロイに向ける。


「あれでは、ファニー様にわたくしより勝れ、と宣告しているようなものですわ」


「魔力量は元々彼女の方が上だ。それに、彼女は努力を成果に繋げることができる女性ひとだから、意思が決まれば不可能なことではないさ」


今の彼女自身がそれを証明している、というロイの意見に、リュディアは同意しかなくぐっと言葉を詰まらせる。

シュテファーニエが伯爵令嬢としての教養を身に付け、周囲には彼女が平民出だからとそしる者はほとんどいなくなった。むしろ、彼女の元平民であることを卑下しない姿勢は、魔力量や血縁を理由に養子になり貴族となった者たちの憧憬の対象となり、彼らの支えになっている。

本人の努力でそうなったことをリュディアは近くで見てきた。そして、王子であるロイの婚約者になることがどれだけ重圧がかかることか、リュディアはよく知っている。だからこそ、ロイが彼女に課そうとしている選択肢みらいに黙ってはいられない。


「ファニー様は充分努力されてきました。なのに、一方的に彼女に負荷のかかる条件は不公平です」


「本当に兄貴のことは何とも思っていないんだな……」


友人に基準を置いた苦情に、クラウスは呆気に取られる。自分は、彼女が大丈夫か、と訊いたのに、その点は微塵も気にしていない様子だ。身内贔屓びいきを抜きにして、年の近い女性ならほとんどの者が惚れる容姿をしている兄に、一番近くにいた彼女が例外だったとは驚きだ。兄がモテていない様子を見るのはこれが初めてではないだろうか。


「あら、ロイ様は大事な友人ですわ」


「だからこそ、意見が手厳しいな」


リュディアはどうでもいい相手ではないから言及していると言い、ロイは苦笑しながらも彼女の友人としての真摯な態度に嬉しそうだった。

本人たちが気にしておらず既に話が付いているのなら、クラウスがこれ以上その点を追及する必要はない。そして、この場にいない者がする今後の選択を現時点で問題にしてもらちが明かないし、クラウスが気になっているのはそこではない。


「なら、それはいいとして、一体いつからどうやったんだ?」


クラウスがこの場にいるのは、特例の魔力持ちについて協力が必要で、その件について説明する、と言われたからだ。クラウスが学園に入学する少し前から、属性のない魔力を持つ者が確認されたと城で噂になっており、特定ができないため無色の君と呼ばれていた。恐らく、他の面々も同様の理由で生徒会室に招集されたのだろう。

その無色の君とされた者がシュテファーニエだ、と一同が聞かされたのは、彼女が来る少し前のことだった。ロイが彼女に話した国側の目的もこのときに聞いた。

ロイだけがすべてを知っていたのだ。


「わたくしも、もう伺ってもいいのでしょう?」


リュディアも、ロイに明かすよう促した。

婚約の話を受けたとき、ロイは想う相手がいるかのような口ぶりだった。そして、二人で交わした婚約解消の条件が揃ったとき、既に何かしらの準備をしていた。そのときは、詳細を教えてもらえなかったが、もう明かせるときがきたと判断していいだろう。


「ああ」


そのためにもリュディアをこの場に呼んだのだと、ロイは微笑んだ。

一口紅茶を飲んで、喉を潤してからロイは口を開いた。


「僕は、王を目指している。一目惚れをしたからといって、己の責務と夢を捨てるつもりは毛頭なかった。ならば、選択は諦めるか、彼女が僕の前にくるようになってもらうかだ」


それで後者を選んだのだ、とロイは結論を端的に述べた。まず概要から伝える、という手段は聞く側には解りやすいが、あっさりと言ってのけた内容の難易度はかなり困難なものだった。リュディアとクラウスは、彼だから成し得たのだろうと感じた。


「彼女と初めて会ったときに得た情報は、彼女の魔力が強いこと、そして魔力が強い者の近くにある紫陽花あじさいはその者の属性を反映させることだ」


その段階で、どれだけの魔力量があり、どれだけの範囲内にいれば紫陽花が反応するのかまでは判らなかった。だが、他に何年も同じ色で咲く紫陽花があればその近くに魔力の強い人間がいる可能性があることは確かだ。


「まず、三年以上変わらずに同色で咲く紫陽花の調査をさせた。そして、それが確認できた紫陽花近辺に居住する者の魔力量を測定した」


ロイが三年と目安を設けたのは、シュテファーニエにとって毎年と認識するのがそれぐらいだろうと判断してのことだ。二年だけなら去年も、と認識するだろうが、三年連続ならば毎年のことだと認識が変わることだろう。物心が付くのが三歳頃として計算しても、充分辻褄つじつまが合う。


「結果、何人か魔力の強い者が見つかったが、彼女以外は成人済だったよ」


確認された者たちは、最初から魔力量が少ないと自身を見限って測定を受けていなかった。魔法を使う機会の少ない平民ゆえに、暴発することこそなかったが、気質は適性属性に引きられていたり、持て余した魔力が身体をむしばみそれを病弱だと誤解して生活していた。彼らには教会を通じて魔力量を通達し、魔術省が保護観察を付けた。


「次に、僕自身で実験して、属性で色が変わることを証明した。ちょうど確認したかったときに、時期ずれのものを調達できたんだ。そのときに、自分が二属性持ちだと気付いた」


自分で育ててみると、淡い黄色とむらさきの紫陽花が咲いた。

イザークから魔石を使って庭の紫陽花の色を変える貴族もいる、と聞いていたので、魔術省でも同様の研究を少なからずしているだろうと推察できた。実際に、魔術省の研究室の一つで魔石を使ってどれぐらいの魔力量で反応するのか数値化する実験がされていた。

魔術省の実験結果で、火は赤、風は黄緑、雷は明るい黄色だと判明していたので、希少な光属性の色を確認するためにロイは自身で紫陽花を育てた。まさかそれで、闇属性の色も確認できてしまい、シュテファーニエが無属性である可能性を気付くに至るとまでは予想していなかった。


「フィルが喜んで飾っていたアレか」


幼少期にロイが育てていた紫陽花を、クラウスも見たことがあった。

その頃は兄と親しくなかったため、妹の部屋でだ。幼い頃、妹が公式グッズだと大喜びしていたのを、クラウスはよく覚えている。妹が喜ぶのなら紫陽花を育てようか悩んだが、本来紫陽花が咲く時期になったときにはそのことを忘れてしまっていた。


「全属性の色が確認できたから、魔術省には紫陽花の色が変わる人間の魔力量と距離の調査を依頼し、僕は調査結果を元に三省長へ案を持っていった」


「お父様に……?」


自身の父であるエルンスト公爵にロイが話を持ちかけたところを、リュディアは見た。あれはまだ婚約者候補だった頃の話ではなかったか。

そういえば、イザークとロイが知り合いだと知ったとき、ロイが下町で道に迷ったことがきっかけで知り合ったと聞いた。では、シュテファーニエと出逢ったのはそのときか、それ以降の視察の際かとリュディアは思案する。


「あのとき、お父様にどのような案を?」


「魔力量の多い平民が学べる環境を作る下地作りだ」


「下地、とは……」


「魔力量の多い者を早期発見する制度の確立、および、その者を受け入れる環境の構築。それに伴う、監査機関の新設だ」


「それで、平民を養子にする家が増えたのか」


「確かに、ファニー様以降、年に数人養子を迎えられた話を聞きましたわ」


受け入れる環境については、クラウスもリュディアも肌で感じていたことだったので、すぐに思い至った。

第二王子のクラウス側につく人間は魔力主義者など身分に固執する者が多く、かえって魔力が少ない者や平民出身者の話が耳に入りやすかった。リュディアは、お茶会の席で見かけることがあり、令嬢の場合、友人のシュテファーニエやザスキアが率先して彼女らに話しかけるので知り合う機会が少なくなかった。


「元々、僕は疑問だったんだ。魔力量に遺伝性がない以上、魔力の強い平民も魔力の弱い貴族もいるはずだ。ならば、将来的に身分ではなく魔力に応じて魔法の教育を受けられる環境を構築しなければならない。また、逆もしかりだ」


魔力制御の教育を魔力量に応じて受けることができる。それが最終的な理想だが、現在は身分に比例して識字しきじ能力が格差状態にあり、紙・書籍の普及が充分でないため平民および魔力がない者への教育機関を即座に作れるような段階にない。

だが、子供に恵まれなかったり、魔力の多い子供が生まれなかった貴族の家では、魔力の多い子供は需要がある。受け入れる家の家庭環境の事前調査および経過観察をする機関さえできれば、養子縁組することはそこまで難しいことではなかった。


「それにしても、早期発見なんてどうやって……」


皆が皆、シュテファーニエのように都合よく紫陽花を育てている訳ではない。住宅地に紫陽花を植えるにしても影響を与えている者を特定するには時間がかかる。リュディアには、友人以降に養子縁組された者たちがどうやって発見されたのか、手段が判らなかった。

リュディアの問いに、ロイは微笑んだ。


「幼い頃から国花に親しんでもらえれば、愛国心も育つだろう」


「あー、それで品評会するようになったのか」


「ザク、何か知っていますの?」


彼の理解力では話についていけないため、ずっと蚊帳の外だったが、今しがたロイが口にした科白セリフにイザークは聞き覚えがあった。

休憩スペースの方に向いたリュディアに訊かれ、イザークは身近な行事のことを話した。


「結構前から、五月の春祭りで教会から子供に紫陽花の苗が配られて、次の六月にその紫陽花の品評会するようになったんだ」


梅雨の時期で外出しづらい子供のための気晴らし行事だとばかり思っていた、とイザークは呟いた。

春の終わりにある豊穣の祭りで五~七歳の子供に紫陽花の苗が与えられ、翌月の品評会で優勝者を決める。紫陽花は本人が継続を希望しない限りは、その際に回収される仕組みだ。賞品目当てに子供たちがやる気を出す行事として、今ではすっかり各地域に根付いている。

ロイの科白に聞き覚えがあったのは、教会が同じ文句で紫陽花を配っているからだ。

アーベントロートの国名には夕焼けの意味がある。国の面積で海に面しているのが西だけなので、夕陽が沈む国と近隣諸国から呼ばれているためだ。通常は水色とだいだいのどちらかに染まり、年々色が変わるさまが空の移り変わりと似ていることから、紫陽花はアーベントロート国を象徴する花とされている。


「俺も出たかったけど、始まった頃には対象年齢から外れててさぁ」


「そんなに参加したかったんですの?」


残念そうなイザークの様子に、庭師として参加に興味があったのかと思いリュディアが訊いた。


「だって、優勝したらパン一年分だぜ」


「ザク……」


食い気しかない回答に、リュディアは呆れる。彼が参加できたとして、庭師見習いが優勝しては職権乱用ではないだろうか。賞品の効果絶大さにロイは可笑しげに喉を鳴らした。


「自己申告してもらえば、集計しやすいだろう」


元々、魔力測定を行う役割を持つ教会が主催で、紫陽花の品評会を行えば確かに情報を集めやすい。平民も、生活の助けになる食糧がかかっているなら、イザークのように進んで参加することだろう。

いずれにせよ、魔力量の多い者を見つける手段に一同は納得がいった。


「あ。説明がはぶけるって、このコトか」


「ああ。平民の行事に貴族はうといからな」


どうして自分がこの場に同席を求められたのか、イザークは解っていなかったが、平民側の事情を説明する役割だったことに気付く。今、生徒会室にいる面子で平民なのはイザークだけだ。伯爵家の養子になったあとに開始した行事なので、退室済みのシュテファーニエも品評会のことは知らない。


「まぁ、そういう訳で。彼女が王族の婚約対象になる可能性が生まれる環境を整えただけだ。あとのことは彼女の意志によるもので、リュディア嬢と親しくなったのも思いがけない偶然だった」


すべてはけだった、とロイは言った。

シュテファーニエが、養子縁組の話を受けるかどうかも彼女の選択次第だった。

リュディアと彼女が親しくなったことで、友人と肩を並べられるようにと彼女が教養を高めたことやリュディアの魔力量でも影響を受けないことは、ロイにとって幸運だった。そして、リュディアの友人たちは彼女含め自分と直接会うことを遠慮していたため、再会が今日になった。これまで面白いぐらいに会わないものだから、不運というよりいっそ可笑しかった。


「兄貴が女のためにここまでするなんて……」


にわかに信じがたいクラウスの呟きに、ロイは微笑んで否定した。


「彼女がきっかけで時期こそ早まりはしたが、僕は彼女に出逢わずともいずれはしていたぞ」


身分と魔力の価値観を分け、貴族の本来の責を想起させ、身分関係なく教育を受けることができるようにする。成人してから、または王位に就いてから進めようと思っていたことだ。

彼女と出逢った頃に、都合よく必要な材料が揃ったから、想定より早く動いただけのこと。その後も、魔力のない貴族トビアスに会えたことで、貴族側にある根強い身分と魔力の価値観分離に着手することもできた。

いまだこころざなかばではあるが、予定より早く順調に進んでいて、ロイには喜ばしい限りだ。


「……ロイ様は、本当にファニー様を慕ってらっしゃいますの?」


恋は盲目というが、リュディアにはロイがとても冷静に見える。友人としてロイを応援したい気持ちはあるが、シュテファーニエの友人として彼が本気で彼女を好きなのか見定めなければ、という想いの方が強かった。

リュディアの窺うような眼差しを、当然だとロイは受け止めて、ふ、と微笑む。


「一目惚れ、と言ったが、恐らく僕は、シュテファーニエ嬢が彼女らしく生きたうえでこの学園にきたから、もう一度、一目惚れしたんだ」


桃色にも似た淡い橙から毛先にゆくほど濃い橙へと変わる夕焼けのような髪は、肩甲骨を過ぎるほどに長くなっていた。丸く大きな瞳は以前より芯をもった眼差しをするようになったが、表情の豊かさは変わらないようだ。

初めて会ったときは、小さく愛くるしい少女だった。


このだ。


言葉も交わさず、直感的に感じて、見惚れた。

初めて会ったときのあの直感を一目惚れと呼ぶのなら、ほぼ外見だけしか知らなかったので盲目的な判断とも言えよう。

彼女とまた会って、今度は話をしたいと思った。住居を知っていたので、素性を調べ、平民のフリをすればそれは容易だったことだろう。だが、ロイが望んだのは自分のままで出会い、言葉を交わすことだった。

そのため、容易でない再会は随分と時間がかかってしまった。けれど、彼女の瞳とかち合った瞬間、ああ彼女だ、とまたもや見惚れたのだから直感を確信に変えるしかなかった。まさか人間とすら認識されていなかったことはかなりの衝撃ではあったが。まぁ、今日正式に王子である自分のままで出逢えたのだから、これから人間と認識されれば問題ない。

彼女とのこれからがあることが、とても嬉しい。


「今日、彼女を好きになってよかったと感じたよ」


嬉しさのままに相好を崩すロイは、十六歳の少年だった。


「ロイ様……」


そんな表情をされては、リュディアも二人をそれぞれ応援するしかなくなる。クラウスは、兄の年相応な様子を前にして、小さく驚いていた。


「……王子レオの場合、好きな女子にこくるだけですげぇめんどいのな」


「分かっちゃいたけど、えげつない子供ガキだったのね、アンタ」


うへぇ、とイザークとニコラウスは何とも言えない表情を浮かべ、それぞれ感想を述べた。旧知の相手の苦労を聞いて労いもないのか、と感じ入っていたリュディアは青筋を浮かべる。


「二人とも、ロイ様の友人なら応援ぐらいしたらどうですのっ」


「レオなら勝手にやるだろ」


「こんなしつこくてえげつないやり方されて落ちるなら、ファニー嬢、男の趣味悪いわよ」


「そんなことありませんわ!」


一途で素敵だと主張するリュディアに対して、二人はえー、と難色を示した。

友人たちが自分のことで擁護と率直な感想の応酬をする様子を前に、ロイは眼を丸くする。気付けば、何故素直に友人の応援ができないのか、とリュディアが二人に説教を始めていた。

良い友人を持った。その事実が今の光景だ。

幼い頃、王位を目指す以上、恋愛も対等な友人も諦めるしかないものだとばかり思っていた。だがどうだ。諦めずにいたら、今はどちらもある。

それがなんだか可笑しくて、ロイは声をあげて笑った。

声をあげて笑うロイにびっくりして、リュディアたちは動きを止め、彼の方に振り向いた。


「いや、我儘も通してみるものだな」


幼いときの我儘を通した結果がこれだ。年相応に感情に従うのも悪くない。


「リュディア嬢、僕のためにありがとう。困ったときは相談するよ」


「いくらでも乗りますわっ。たとえ、婚約関係がなくなったとしても!」


婚約解消後も友人でいてくれるというリュディアに、ロイは目元を和らげる。なんと頼もしい婚約者だろうか。

支援するつもりがあるのはリュディアだけで、彼女に協力要請されているイザークやニコラウスは苦手分野に渋い表情で、クラウスは兄弟の恋愛事に関与したくないととても嫌そうな表情を浮かべている。イェレミアスは把握自体しておらず、まだ焼き菓子を頬張っていた。ベルンハルトは無属性という希少な魔力への興味があるものの主人の想い人に話しかけてよいものかと、独りごちながら悩んでいる。

それぞれを順番に眺めて、三者三様な様子が面白いとロイは感じた。

とりあえず、と口を切り、一同の眼を自分に向けさせる。


「僕なりに頑張ってみるさ」


ロイは、そう晴れやかに笑ってみせた。


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