63.白紙
四年前、十三歳の冬、公爵様に魔力測定を受けたこと自体を白紙に戻してほしいと言われ、俺の頭の中は真っ白になった。
日本人だった前世の記憶があるから、色んな属性の魔法を試して興味を持った。それで、お嬢が乙女ゲームのライバル令嬢だと気付いたことをきっかけに、魔導学園に行ってみたいと思った。だから、測定結果がギリギリでも合格範囲だったことが嬉しかったのに。
前世の記憶がなかったら、きっとこんなにショックを受けていなかった。きっと、
全部抱える覚悟はしていたけど、何かを捨てる覚悟をしていなかった。
俺にとって、庭師を目指すことも、お嬢を好きでいることも、どちらも大事だからどちらも通すつもりだった。だから、雇い主の公爵様に報告した。エルンスト家をクビになったとしても、庭師ギルドに行けば庭師は目指せるし、想いは消えない。
けど、公爵様のあげた条件は、どちらでもなかった。関係のないものを捨てろ、と言われて、俺はどうしたらいいか解らなかった。
俺の動揺を余所目に、公爵様は笑みを湛える。
「イザークがそのまま入学すると間に合わないんだ」
「……え?」
公爵様が、俺の魔力測定を白紙にしたい理由を言ったと気付くのに時間がかかった。けど、意味が解らなくて、結局疑問の籠った声をあげるしかできなかった。
「イザークは、全属性を学びたいだろう」
「はい」
確認され、俺は首肯した。実技は無理でも、せめて座学だけでも勉強したいと思っていた。
「今のカリキュラムだと、適性属性しか学べない。間に合わないんだ」
「えっと……?」
「王子殿下が二属性持ちと判明して、大臣も兼任している魔術省長の令息も適性属性以外の魔法に興味を持っているそうでね。彼らが入学する頃には、授業を選択できるように変更する予定だ」
現在は適性属性ごとにクラスを分け、それぞれの分野に特化した授業を中心にしているらしい。けど、レオが光と闇の二属性持ちでどちらもまんべんなく使い、ベルが他の属性も学びたいと強く要望しているため、大学によくある単位制へ授業構成を変更予定だと、公爵様は教えてくれた。
公爵様も水と風の二属性持ちなのに、学生時代はどうしたのか訊いたら、水属性を専攻して、一方の風属性はその同学年の友達から教えてもらっていたそうだ。複合魔法の氷魔法は、過去の文献を参照してほぼ独学らしい。
「殿下たちの入学に合わせて運用を始めるものを、同時に入学した平民が知っているのも変だろう。だから、イザークは二年入学を遅らせてほしい」
授業の方法を変えるというのがどれぐらい大変かは解らないが、大きな変化だから準備に数年かかることは納得できる。庶民の俺が全属性を受けたいと言っても、その予定を早めてもらうことはできないだろう。王子のレオや侯爵令息のベルの要望があったから、教育機関が動いたんだ。
もし俺が一年遅れて入学したらそれだけ少し目立つだろうし、庶民の俺が始まったばかりの属性の複数選択授業を知っていては、エルンスト家の情報
「……それ、俺に都合良すぎませんか?」
納得はできる。理由に納得はできるが、公爵様の条件は俺にはものすごく都合が良すぎる。だって、二年入学がズレたら、お嬢と同じ学年になれてしまう。全属性の授業が受けれるだけでもありがたいのに、そんなことあっていいんだろうか。
「学ぶ意欲がある者に必要な環境を与えられなければ、教育機関の意味がないからね」
そう言って、公爵様は
「それに、私にも都合が良いしね」
「学園では護衛が最低限しか付けられないから、別にディアを守る者がいると助かる」
委員長たちはお嬢の護衛をしつつ、魔導学園と同敷地内にある騎士訓練校に通うことになるらしい。学園から寮への送り迎えや、寮内での護衛や身の回りの世話は可能とのことだ。きっと学園内では交代でお嬢に付くことだろう。
公爵様はそれでもお嬢のことが心配らしい。過保護ゆえの職権乱用じゃ、と思わなくもないが、そのおかげで俺は勉強したいことを学べるから指摘をするにできない。控えている執事のハインツさんこと師匠が、溜め息を吐きたそうに公爵様を
「ディアは、公爵家であることもあるが、殿下の婚約者だからね。学園内で若さゆえに
「あの、俺……そんなに役に立たないと思うんですが」
「イザークは、イザークでいてくれれば大丈夫だよ」
なんだか期待が大きいような気がして、俺が申告すると、公爵様はただ学園に通うだけでいいと言う。勉学優先でいいという公爵様の意図が、よく解らない。確かに、守れと言われても護衛の委員長たちの方が適任で、俺じゃ無理な話だから助かるけど。
「どうしたって、大事な相手のために行動してしまうものさ」
「そういうモンですか……?」
指示されなくても、自然とお嬢の助けになると言われ、俺は怪訝になる。
「ああ。惚れた弱みとは、そういうものだ」
確信をもって、公爵様は笑う。
対して、俺はそんなに上手くいくものだろうか、と首を傾げ、はぁ、と曖昧に頷くしかできなかった。頭良くないから、勉強でいっぱいいっぱいになってお嬢の足を引っ張らないか、今から心配だ。
とりあえず勉強を頑張ろう、と思った。
そんなこんなで現在に至り、俺は絶賛正座中だ。
二年遅れだが、無事入学できた学園の校舎裏でお嬢の説教を食らっている。どういうことか、とお嬢に訊かれても、俺もどうしてこんなことになっているのか判らない。
「事情を聞かずに責める訳にもいきません。まず、ドーレス伯爵令息との噴水の一件は何が原因ですの?」
「お嬢と同じ雷属性のヤツ? 結構威力のでかい雷落とそうとしてて、噴水壊れたら困るから止めただけ」
なんだっけか、俺が庶民で浪人したのに全属性の受講を希望したのが身の程知らずだから、思い知らせてやるとか言っていた気がする。
上空に手を掲げて雷属性の精霊の気配が集まり始めたから、発動前に距離を詰めて、ドーレスとかいう伯爵令息の目の前に立った。急に距離を詰められて驚いた令息は、のけ反った拍子に背後にあった噴水に尻餅をついた。
俺は、助け起こそうと手を差し出し、相手がその手を取ったのを確認して、どうぞ、と一言言った。
令息が首を傾げるから、今なら噴水と同じ目に遭えるので雷を落とされるといいですよ、と補足した。そうしたら、令息が青褪めてやっと器物破損がよくないことを解ってくれた。
説明すると、お嬢がこめかみを押さえるように指を当てた。
「……この場にきたのも、初めてではありませんわね」
「水属性の侯爵令息か? ココの土、水
「だったから?」
「やめてほしいって言った」
魔力主義だったみたいで、魔力量が少ない俺は
人があまり来ない場所の木々は、水
だから、発動前にペーパーナイフを相手の眼球から五センチほどのところで寸止めして、驚かせた。実際には距離があるが、ナイフの先が真っ直ぐ向かってくるので向けられた側には結構な脅しになる。
封を切るしかできない刃のないペーパーナイフでも使い方によっては危ないみたいに、この場の木々には多すぎる水は毒だ、と伝えた。その侯爵令息は、以降実技のときしか水魔法を使っていないみたいだから、解ってくれてよかった。
「エーデルシュタイン侯爵令息から伺った話と少々違いますが……、まぁ、いいでしょう。ヴィットマン伯爵令息の件はどう説明しますの?」
「風で、桜が散るの勿体なくて……」
発動前に足払いをして、足を
乙女ゲームの世界だからか、学校に桜並木は定番らしい。日本人の記憶があるせいか、学園の桜並木が好きだ。だから、少しでも長くこの光景を見ていたかった。ゆっくり、自然の風で揺れるように散っていくのを見守っていたい。
風属性の令息の件は、割と自分の我儘だったから悪いことをした。散るのが少し早くなるだけで、別に庭に害があることをしようとしていた訳じゃない。俺が散るのを惜しむように、逆に早く散った方が清々すると思う人だっている。
謝らないといけないな、と反省していたら、頭上から長い溜め息が聴こえた。顔を上げると、お嬢が呆れたように俺を見下ろす。
「庭バカにもほどがありますわ」
「ゴメンナサイ」
「魔法の発動をすべて未然に防いだことで、景観を損ねることはありませんでしたけど、そのせいでザクが一方的に脅したと誤解されていますのよ」
「お嬢様が狂犬を飼っていると噂されていますー」
「なんかお嬢が強そうだな」
「自分が、狂犬と言われている方をもっと気にしなさい!」
お嬢に追従していたポメの情報に、俺が感想を零すと、叱られた。魔力測定を受け忘れた、ということで遅れて入学している時点で既にどんくさいかもと疑われていただろうから、素行が悪いと思われても特に問題はない。むしろ、制服が着崩しやすくていい気がする。
「そうだな……、俺のせいでお嬢が悪く思われたら困るな」
エルンスト家の使用人であることは周知の事実だし、お嬢に迷惑かかるなら黙って攻撃受けとけばよかったかな。貴族の坊ちゃんたちも、もっと校舎内とか庭じゃないところに呼び出してくれればよかったのに。いや、校舎内でも破損させらたら弁償できないから結局止めたかもしれないな。
「だから、わたくしのことではなく、自分のことを第一に考えなさい! わたくしは、ザクが正当な評価を受けないなんて許せませんわっ」
「お嬢……」
俺なんかのために怒ってくれるお嬢は優しい。ここまで怒ってくれて嬉しい半面、申し訳なく感じる。やっぱり次にあったら、文句聞くだけ聞いて相手が満足する程度に魔法を受けた方がいいかな。
「お嬢様ー、大人しくしているように言うと、イザークさん、甘んじて攻撃や
ポメがそうお嬢に
「そんなこと許しませんわ!」
「ということでー、イザークさんが何もしないと今度はお嬢様が行動してしまうのでー、今後も何かあれば自重せず抵抗してくださいー」
「わかった……」
お嬢が無茶するのは困るから、ちゃんと自衛しよう。ポメに釘を刺されて、俺は自衛を忘れないようにしようと心の中で誓った。
「それにー、噂が流れてるのはー、わざとですー」
「なんですって?」
ふふふー、と楽しげに事後報告するポメに、お嬢が怪訝になって訊ねた。
「本当にお嬢様の不利益になる情報なら、ワタシが放っておかないですよー」
ということは、あえて噂が流れるのを放置しているということだ。
俺は考えてみる。ポメは、委員長やポチと違って情報戦でお嬢を守るタイプの護衛だ。つまり、火種を事前に揉み消して、争い自体をなくすことに特化している。
そんなポメが、俺が不良だと噂されて得することはなんだろう。俺は、浪人しているから、同学年なのに歳上で、身長もたぶん生徒の中ではかなり高い方だ。だから、その時点でビビる奴はビビる。そんな俺を従わせられるのがお嬢だけなら、いくらかの
なるほど。お嬢を守るために、ポメは俺の噂を利用しているのか。俺は納得した。
「ちなみにー、イザークさんにちょっかいかけた方たちにー、二度目はないので安心してくださいー」
未遂でしかない令息たちに、ポメは一体何をしたんだ。血気盛んな年頃の奴に、二度と手を出さないようにさせるなんて、相当の弱みを握ったんだろうか。俺の噂の流出源となったであろう令息たちの指す狂犬には、ポメも含まれているような気がしてならなかった。
「そういうことは、事前にわたくしに相談してからにしてくださいな」
「はいー、すみませんー」
追及しても詳しくは語らないだろうと解っているお嬢は、ポメにそれだけ注意をした。
「ポメ、ありがとな」
俺はポメに守ってもらった礼を言った。お嬢を護衛する一環だったとはいえ、俺が絡まれにくいように手配して、俺のことでお嬢の迷惑にならないように情報操作をしてくれた。それは、俺には助かることだ。
ポメは珍しくいつも笑っている目元を小さく見開かせ、それからとても楽しそうに笑った。
「どういたしましてですー」
「お嬢もありがとう」
「わ、わたくしは注意をしただけですわ」
「うん、だから。怒ってくれて、嬉しかった」
お嬢はよく俺の代わりに怒ってくれる。昔から、
やっぱり俺は公爵様の期待に応えられないかもしれない。守るどころか、逆にお嬢に守られてる。
感謝を伝えると、お嬢は顔を赤くしてそっぽを向いた。
「っそもそも、わたくしが怒らないようにしようと思いませんの!?」
「気を付ける」
尤もなことを言われ、俺は頷くしかできない。けど、どう気を付けたらいいんだ。前世の後悔から正直に生きようと決め、好きなようにしているはずなのに、お嬢には自分を大事にしろとたまに叱られるんだよなぁ。
どうしたらいいか弱っているのが判ったのか、お嬢が人差し指を、びしっと俺の眼前に立てて、言い聞かせる。
「知らない方に声をかけられたら、一人でついていかないこと! いいですわね?」
十七にもなって、初めてのお使いの注意事項を言われるとは思わなかった。
公爵様、やっぱり俺、役に立たないかもしれません。
教室にお嬢たちと戻る途中、隣の教室に人だかりができていた。
通り過ぎつつ、なんだろうと確認する。親父に似たおかげで百八十後半あるから、人だかりがあってもその上から状況が見えて便利だ。どうやら、隣のクラスで談笑している男二人に視線が集まっているようだ。
眩しい金髪と短い薄茶の頭が見え、その
「リュディア嬢じゃないか」
こちらを向いてそう微笑むものだから、人だかりが分かれ、視線の先がお嬢に辿り着く。今、絶対俺基準で、お嬢がいると当たり付けただろ。お嬢も女子では背が高いが、この人だかりでは見える訳がない。
「ロイ様? どうして一年の教室にいらっしゃいますの?」
レオの姿を確認して、お嬢は少し眼を丸くする。人が分かれてできた通り道のままに、お嬢がレオの方へと向かう。その場の流れで、俺もポメと一緒に追従した。
王子の婚約者のお嬢が追加されたためか、不良と噂されている俺が付いてるせいか、レオたちと野次馬の生徒たちの間の距離が少し開いた。
「リュディア嬢に会いに、と言いたいところだが、今日は彼にシュテルネンゼーの話を聞きにきたんだ」
「南国の?」
お嬢の反応で、シュテルネンゼーというのがアーベントロートの南方にある国の名前だと知る。庶民は南国としか呼ばないから、国の正式名称なんて知らなかった。
レオの紹介を受けて、薄茶の髪をした男がお嬢に挨拶する。
「はじめまして、エルンスト公爵令嬢。シュテルネンゼー国の第五王子、コンスタンティン・フランク・フォン・デーアと申します。ロイ殿下から伺った通り美しい方でびっくりしました」
そうはにかむ様子に見覚えがあった。レオと違って派手な見た目ではなく、一見すると王族には見えない。仕草や振る舞いが上流のそれだが、親しみを覚える笑顔でとっつきやすそう。こいつ相手に警戒心を抱く奴はほぼいないだろう。
「お褒めに預かり光栄ですわ、コンスタンティン殿下」
「殿下は、交流の一環で留学にきているんだ」
「お二人とも、殿下なんてやめてください。王子といっても五番目ですし、それに俺たちがそんな堅苦しい呼び方をしていたら、生徒たちが学園の方針に合わせにくくなってしまいます」
「それもそうだな。コンスタンティン、これでいいか?」
「スタンで構いませんよ、ロイ先輩。えっと、リュディアさんと呼んでも?」
「ええ。コンスタンティン様」
「リュディアさんは真面目なんですね」
お嬢なりの譲歩を汲んで、嫌味なく笑う南国の王子は野次馬含めこの場の空気を和ませた。お嬢は礼儀正しいから、俺みたいに簡単に略称で呼ばない。ニコもお嬢だけはニコちゃん呼びにさせれずにいる。正しい名前で呼ぶのがお嬢の誠意だから、譲れないらしい。お嬢が略称で呼ぶのは、親しい女友達ぐらいだ。
そこでふと、ひっかかりを覚えたが、原因を探るより前に南国の王子の
「彼らは?」
「わたくしの家の者ですわ。彼は庭師見習いで、少々手違いで入学が遅れたので同級ですの」
「ワタシはー、ただのメイドなのでお気になさらずー」
「イザークだ、……です?」
「畏まらなくていいよ。よろしく」
つい普通に話そうとして、やっぱり丁寧にした方がいいのかと悩んだら、可笑しそうに笑いつつ南国の王子が手を差し出した。握手だと気付いて、俺はその手を握り返す。
「よろしく」
「庭師ならちょうどよかった。この国の庭園の造りに興味があるんだ。今度、時間の合うときに案内してもらえない?」
「木曜の二限なら空いてる、けど……」
「じゃあ、木曜日に」
ちょうど自分も授業を取っていない時間だ、と南国の王子がにこりと笑う。俺が了承して、約束が成立すると握手した手が離れた。
そのあと、休憩時間が終わる、と別れの挨拶をしてロイが去ったのをきっかけに、野次馬が引き、俺とお嬢も自分たちの教室へと戻ったのだった。
木曜日、一限目が終わると約束通り、南国の王子が人好きのする笑顔でやってきたので、俺は知っている範囲で学園内の庭を案内する。ベンチのある噴水の広場は天気のいい日の昼食に持ってこいだし、春のこの時期の花壇は色鮮やかな花のなかを蝶々がひらひらと舞っていいし、林は陽気が心地いいから森林浴が楽しめる。
「……造園のことは?」
「え。ほんとに聞きたかったのか?」
林を歩いている途中で言及され、俺は眼を丸くする。てっきり興味がないと思っていた。
「阿呆、せやなかったら空き時間にわざわざ野郎とつるむかいな」
「あ。やっぱフランクだったのか」
「名乗ってんから気付くやろ」
「いや、コン……なんとかって言ってたのは覚えてんだけど……」
「ほとんど覚えとらんやないか」
フランクは呆れたように半眼になる。けど、なんか難しい発音が混ざってたし、長かったから、フランクのフルネームは覚えにくかった。
初めまして、と言われなかったからそうかなぁ、と思ってはいたが、フランクの営業モードこと王子モードが完璧すぎて合っているのか判らなくなった。イングリットの酒場で働いていたときより猫かぶりに磨きがかかっている。
「王子だったんだな」
「
南国の王様は典型的な一夫多妻制らしい。好みの女性であれば、身分に関係なく妻にしてしまうそうだ。フランクの母親も、元は渡りの踊り子だったらしい。兄姉もいれば、弟妹もいて、腹違いを含めると兄弟は二桁になるそうだ。兄弟が多いとは聞いていたけど、本気で多い。
「でも、王子してるじゃん」
「そら、親父の座
王子とは名ばかりだ、という割には、ちゃんと王子らしく振舞っていることを指摘すると、フランクは物騒な言い方でかなり凄いことを言った。
「…………フランク、王様になんの?」
以前、王子だなんて知らない俺が、王様に向いてそうだと言ったときは変な
「親父の跡継いだる
フランクは口角をあげて、不敵に笑う。いや、俺、フランクの父親が国王してるなんて知らなかったし。
でも、なりそうだな、と思う。フランクは有言実行するタイプだ。きっと、アーベントロート国に留学にきているのも、そのために必要なことなんだろう。本当にフランクが王様の国に行ける可能性があることに、何故か笑ってしまう。
「じゃあ、旅行行けるぐらいに金貯めないとな」
「ザクーっ、会いたかったー!」
未来の楽しみができた矢先、俺は背後にでかい衝撃を食らう。
「ニコ!? 授業は?」
「実技だから瞬殺よ。暇だから抜けてきたわ」
突撃の勢いで抱きついてきたのはニコだった。ニコは魔力量が多いと思っていたが、どうやら風属性のクラスでトップの実力らしい。三年のニコの代は、まだ適性属性区分での授業だからより差がはっきりと浮き彫りになったみたいだ。
「で、なによコイツ」
俺の首に腕を回したまま、ニコがフランクを見下ろした。ニコは百八十以上あるから、自然と百七十台のフランクより目線が上になる。なんだけど、意図的に見下ろしているような圧を感じた。
それを感じ取ったのか、フランクは橙の瞳を
「は? なんや、ワレ。割って入ってきよってからに」
普通なら猫かぶるところだろうに、フランクは素でニコを睨んだ。明らかに、邪魔だという空気を出している。
「テメェこそ、ザクに何の用だ。胡散臭ぇ」
対するニコも、オネエの演技を解いてフランクを睨み返す。何故かフランクを敵だと認識しているようだ。俺を離さず、警戒心MAXなところからして、もしかして心配してきてくれたんだろうか。
「用がなかったら、こんな使えん奴に声かけんわ」
「ああ? 今、なんつった、コラ」
「なんぼでも
「脳天かち割られてぇのか……」
「やれるもんならやってみぃ」
言っていいだろうか。恐い。
なんで、この二人、庶民の俺より口が悪いんだ。そして、なんでいきなりメンチ切りだすんだ。ニコ、俺抱え込んだまま拳を鳴らすな。でもって、フランクも
とりあえず、誤解を解こうと俺は、ニコの腕を軽く叩く。
「ニコ。フランクは一応王子だから、怪我させたら不味いって」
「じゃあ、胴に入れる」
「そうじゃなくて! 言い方悪いけど、フランクが使えないって言うときは、打算なく付き合えるって、いい意味で……」
「おまっ、何きしょい解釈しとんねん!!」
「だって、そう言ってからよく遊ぶようになったじゃん」
「ちゃうわ! あれは、ティモが」
「そうだ。ティモの兄ちゃんって、きてんの?」
「
俺が訊くと、フランクが怒って否定した。
ティモの兄ちゃんが、フランクの留学についてきていないのは残念だ。二人の漫才みたいなやり取りが面白かったのに。あんなにフランクを慕ってたから、きっとティモの兄ちゃんも残念だっただろうな。
けど、ティモの兄ちゃんは見た目ががっつりヤンキーだから、学園で浮くのは必至だ。フランクみたいに猫をかぶれる訳でもないし、確かに王子としての付き添いには向かないかもしれない。
考えてみてフランクの言い分に納得していると、フランクが額に手を当てて俯き、長い溜め息を吐いた。
「イザークと話しとると、ほんま疲れるわ」
「なんか、ごめん?」
悪いことをしたらしいから謝ると、フランクはもう一度嘆息を零した。
俺とフランクのやり取りを見ていたニコが、ようやく首から腕を離してくれた。
「マジでザクの知り合いなのか」
「うん、ダチ」
「……もう、つっこむ気も湧かんわ」
怒り疲れてげんなりするフランクを怪訝に見ながら、ニコは一応の納得をしてくれたみたいだ。
庭の案内の続きをするか、と確認すると、フランクはむさ苦しいから嫌だと断った。ニコと合流した時点で、散策する気はなくなったらしい。
次の授業までまだ時間があるから、どうやって時間を潰すか考える。この二人を喋らせるとまた喧嘩に発展しかねない。しかも、手や足がでるやつ。できるだけ、会話がなくて大丈夫な過ごし方でないと俺が困る。
「あっ、図書館行かね?」
魔導学園の敷地は広く、図書室ではなく図書館がある。校舎内にあるのは読書室だ。建物だから、なかなかの蔵書量だ。
「ココの図書館、『メーアの海』が全巻あるんだって」
「へぇ、最新巻もあんのか」
まだ買っていない、とニコが興味を示す。
メーアの海は、ニコの家で読ませてもらっていた海賊ものの武勇伝だ。最初は海賊の下っ端だったメーアが成長して、海賊の
「それ、ウチのやで」
「え」
「は?」
フランクの唐突な言葉に、俺もニコも首を傾げる。
「その話、ウチの王族がモデルや。海賊あがりの王族やからな」
南国の王族の祖先の話を、面白おかしく脚色したのがメーアの海シリーズだとフランクが教えてくれた。ということは、メーアが港町を拠点に建国して王様になるのが最後ということか。
「ネタバレしてんじゃねぇよ、バカ!」
「はぁ!? 知らん方が悪いんやろ。
ニコはどうやら自分の好きな本の元が、フランクの国だったことが屈辱だったみたいだ。キレたニコに、すかさずフランクが応酬する。
「あー、それで」
ヤクザみたいだったのか、と俺は一人納得する。王族だと判ってからも、フランクがどこかの組の若っぽいなぁ、という印象は拭えなかった。原因が解ってすっきりした。
「そいや、何で二人とも最初から素だったんだ?」
ついでに今の疑問も解消しておこうと、俺は二人に訊いた。二人とも、初対面の人間にいきなり素を見せるようなことはしない。普段ないことだから、不思議だった。
俺の問いかけに、二人は少し考え、一度相手の顔を確認した。そして、相手を指差して答える。
「なんか苛ついたから」
「腹立つ面しおったから」
二人とも直感的に仲良くできないと察知したらしい。
「気が合いそーだな」
「「は?」」
ハモって、二人とも同時に不快に満ちた
結局、三人で図書館に行き、メーアの海シリーズを読むことになった。図書館には、他にも調べものをしている生徒がいたから、ニコはオネエ化したし、フランクは猫をかぶったけど、さりげなくお互い身体の向きを相手と逆方向にして本を読んでいた。
俺は珍しい光景だと思いながら、二限目終了の鐘が鳴るまで、本を読んだのだった。
俺の学園生活はこんな感じで始まった。
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