58.インク



『ずーっと、思ってたんだけどさぁ。いいの?』


「何が?」


白いクマ越しにエルナから疑問をていされる。

ちょうどエルナが、レオの誕生パーティーのレオとお嬢の様子を語り終えたときのことだった。いかに自分の兄貴がカッコいいかという妹バカ語りと、いかにお嬢が綺麗だったかという心酔ぶりを聞かされ、俺が飽きていたところだ。

唐突に善し悪しを訊かれ、俺は訊き返す。すると、エルナは自分から話題にしたというのに、言いづらそうに言葉をにごす。


『ほら……、その、お姉様ってロイ兄様と婚約してるでしょ……?』


「そうだな」


『ほらぁーっ、なんでそーなのー!?』


「は??」


事実に頷いただけで、何故いきどおられないといけないのか。エルナは割といつもよく解らないが、今夜は殊更ことさら謎だ。俺の反応に納得できないようだが、理由をちゃんと言わない。

そういえば、少し前、お嬢も変だった。一時期、会いには来るが、護衛の委員長やポチを盾にして話していた。

委員長は盾にされて複雑な表情カオをしていたし、ポメは自由に動きまわるから途中で追いかけっこになっていた。ポチだけは使命感に燃えたようにいきいきしていたな。

あれは一体なんだったんだろう。そういう遊びが流行っていたんだろうか。フローラが楽しそうに伝言係をしていたから、そうかもしれない。


『こう……、気まずくなったりしないの!?』


指摘したらそうなってしまうと思っていたのか、エルナはずっと婚約の話題に言及せずにいたらしい。だが、いい加減気になったようだ。けど、何が?


「さっきから何が言いたいんだ?」


ふわっと遠まわしに言われても解らない。はっきり言え、と伝えると、エルナは唸るように悩んだあと、口を開いた。


『イザークって、お姉様のコト大切なんじゃないの?』


「何、当たり前のコト言ってんだ」


エルンスト公爵家の使用人にお嬢を大切に想っていない奴なんていない。即答すると、そうじゃない、とエルナは怒る。


『だから、他のコより特別可愛く見えたりとか……っ』


「お嬢は美少女なんだから可愛いだろ」


『そーだけどーっ、もしお姉様レベルの美少女が他にいたとして!』


「美少女ならお前もだけど、眩しいからやだ」


『こっちだってイザークなんてお断りよ!』


「つーか、お嬢ぐらい可愛い女子って、そうそういるか?」


『お姉様の美しさに敵うコなんているワケないでしょ!!』


外見も中身も完璧だ、とエルナはキレるように豪語したあと、悔しげに唸った。


『く……っ、お姉様が美少女なばかりに……!!』


こいつは何がしたかったんだ。

ほとんど姿を見ず、クマ電話越しで声しか聴いていないせいか、エルナが成長しているのか怪しく感じてしまう。相変わらず、安定して兄第一だし、お嬢を慕っている。こいつ、一応この国の王女だよな。

最終、エルナは俺がバカだという結論に至り、その日はバカを連呼されつづけて夜が更けた。



翌日、休日だったのでメルケル教会の孤児院に顔を出した。

シーズンオフに入りアニカ様がダニエル様の領地に行っているから、入り口に踏み入れても犬のユリアンが突撃してくることもない。夏の季節に毛の量が多いユリアンにひっつかれるのは暑いが、あの優しい瞳に迎えられないのも淋しく感じる。

俺はあくまで読み書きを教えるアニカ様の手伝いでしかないから、孤児院の子供たちがアニカ様不在の間に出された課題の進捗だけ確認する。いわば夏休みの宿題だ。

幼い子はアルファベットを数個書けるように、大きい子には識字具合に合わせた本を読むように、とアニカ様は個別に課題を与えた。ひとりひとりをよく見ていると、俺は感服する。


「ザクー、コレ何て読むんだ?」


「ああ、コレは……」


読めない単語が気になって読み進められなかった子供に意味を教えると、わかった、と頷いて続きを読み始めた。別の子供は、おおよその意味のあたりを付けて読み進めて、後からまとめて意味を確認してくる。本の読み方ひとつでも、性格が出るんだと俺は知った。

教会の神父様が、他の教会の孤児院にも貴族からの寄付が増えていると教えてくれた。

さすがにアニカ様みたいに直接教えにくることはないらしいが、黒板やチョークや本など実用的な寄付をしてくれる人が増えたそうだ。お茶会に呼ばれたときにオク様も、慈善事業への寄付が夫人を中心に流行していると言っていた。アニカ様の活動が他の人も動かしたんだろう。

一時的なものではなく、今後も継続してくれるとありがたいと神父様は言う。俺も、アニカ様以外の人も続けてくれたらいいな、と思う。


「そういえば、測定したいんですけど、神父様はいつ空いてますか?」


十三になってすぐにと思っていたけど、五月は季節の変わり目で花壇の植え替えや、夏本番前に備えて雑草抜きをしているうちに夏になっていた。

魔力測定の希望を伝えると、神父様は懐中時計を取り出して時間を確認した。懐中時計は教会の管理者に支給されているもので、その証明にもなる。下町では、教会を管理している神父様に魔力測定をしてもらう。

時間確認して、神父様はにこりと微笑んだ。


「ちょうど空いていますから、今から受けますか?」


「お願いします」


俺が頷くと、神父様は教会の礼拝室に俺を案内した。礼拝室には始祖たるアーベントロート国の初代国王の彫像が、部屋を見渡せる高さに立っていた。メルケル教会は下町の小さい教会だから、木製の長椅子が並ぶのと同じ高さに演台があるだけだ。大きい教会だと聖歌隊が並べるぐらいの壇上があったりする。

始祖の彫像の真下にある演台までくると、神父様は俺に待つように言い、隅にある扉の向こうに何かを取りに行った。しばらくして、巻いた羊皮紙ようひしを七本片腕に抱え、一方の手には小物をいくつか持っていた。

神父様は、演台の上に持ってきたものをおく。小物は、インクの小瓶と羽根ペン、そして小さな小箱だった。


「イザーク君の適性は何ですか?」


「水です」


「では、こちらですね」


適性属性を訊かれて答えると、神父様は羊皮紙の一つを広げた。

白紙に思えた羊皮紙は、下部中央に直径五センチほどの魔法陣が描いてあった。どうやら適性属性ごとにこの魔法陣が違うらしい。測定用の羊皮紙が七本ということは、火・水・風・土・雷・闇・光を一本ずつ持ってきたということだ。光属性持ちは珍しいのに、ちゃんと全属性分持ってくるなんて、神父様は律儀だ。


「この辺りに名前を書いてもらえますか」


「はい」


神父様に指定された羊皮紙の下部に名前をフルネームで書く。なんだか前世のテストみたいだなぁ、と感じる。羊皮紙のサイズがテストの答案用紙と同じぐらいだから余計にそう思うのかもしれない。

庶民は文字を書き慣れていない奴がほとんだ。なのに、自分で書くように言うってことはきっとこれも魔力測定に必要なことなんだろう。そういえば、俺が小さいときに面倒みてくれた近所の兄ちゃんが自分の名前を書けると自慢していたのも、今の俺ぐらいの歳だった気がする。当時の俺は読むことも難しかったから純粋に凄い、と思っていた。測定のときに自分の名前の書き方を覚えたのか、と今になって知る。

インクが滲まないように気を付けながら慎重に書くと、神父様が相変わらず綺麗な字だと褒めてくれた。少しばかり誇らしくて俺ははにかむ。アニカ様に、字が綺麗でも恥じることはないと言ってもらえてからは、字を褒められるのが素直に嬉しい。

インクとペンの使い道は判った。最後の小箱は一体何のためのものだろう、と不思議に思って俺は視線をそちらに向ける。前世のマッチ箱ぐらいの小ささの金属製の箱は、ゲームソフトのケースみたいにふたを開けて中身を出すタイプのようだ。

神父様がその箱を開けて中身を取り出すと、その手にあったのは針だった。針の先の反対側は通し穴ではなく金属の飾りがついていて、まち針みたいになっている。


「人指し指を刺して、少し血が出たらこの魔法陣に指を置いてください」


「わかりました」


神父様の指示に、俺は頷き渡された針を受け取った。

針で人指し指の腹を刺すと、ぷつ、と血が滲む。その指先を羊皮紙の魔法陣がある箇所に当てた。

すると、魔法陣のインクが滲んで、樹木が急速に成長するように伸びてゆく。


「そのまま止まるまで離さないでくださいね」


俺が驚いたのが判ったのか、インクの木の成長が止まるまで魔法陣から指を離さないよう、注意される。言われたように指を置いたまま、インクの木の動きを眼で追う。魔法陣から生えたインクの木は、インクが普通に滲むのとは違い、羊皮紙の中で自由に伸びていく。その様はなんだか見ていて面白かった。

しばらくしてインクの木の成長が終わり、街路樹でよく見る木の影絵ができあがった。羊皮紙の長辺のぎりぎり半分ぐらい。俺の魔力量はこれぐらい、ということか。


「もう指を離して大丈夫ですよ」


俺が羊皮紙から指を離すと、神父様は服のポケットから小さな容器に入った軟膏なんこうを取り出し、人差し指に塗ってくれた。神父様は懐中時計だけじゃなく、軟膏も常備しているのか。孤児院の子供たちは元気だから、きっとすり傷とかもよくあることなんだろう。

神父様は、羊皮紙を持ちあげインクの木を眺めたあと、それを丸めて留めていた紐を結び直した。そして、俺の方を見て、慈愛を感じさせる微笑みを向ける。


「最後に、どんな魔法が使えるか見せてもらえますか?」


できればでいい、と神父様は補足する。

庶民は魔力はあっても魔法を使う機会は極端に少ない。魔術書なんて高価なものは裕福な商家が持ってる程度だから、初級魔法も使える人のを見て覚えることがほとんどだ。基本、魔力量が少なくすぐ枯渇する魔法なんて、庶民には無用の長物で、興味があるか暇つぶしに覚える奴がたまにいるぐらい。

だから、庶民は魔力があっても魔法を覚えていない可能性が充分にある。神父様が補足するのは、そういった理由からだ。


「えーっと……」


俺はこの場で見せられる魔法を考える。言えば場所を変えてくれるかもしれないが、俺の適性は水だから火や雷と違って危険はない。

とりあえず、魔力で出せるだけの水を出して宙に浮かせてみる。ボウルに貯めたぐらいの量の水の塊がふよふよと俺の頭より少し高い位置に浮かぶ。


「俺の魔力量だとこれぐらいしか出せないです。あとは、ある水も含めてちょっと操作できる程度で……」


言いながら、塊だった水を霧状態にして空気中の水分と一緒に、指を回すのに合わせて動かす。すると、小さな雲ができ、指をもうひと回しすると真ん中に穴があいてドーナッツ型になった。雲の形を変えることで水が操作できることは伝わっただろう。

水魔法は充分だろうと、一度魔法を解いて、今度は風の魔力をてのひらに集める。


「風の鳥はこの大きさぐらいにしかできないので、物を運んだりはできないんですよね」


すずめサイズの鳥の頼りなさに俺は苦笑する。手紙を運ぶ伝書鳩にもなれない風魔法ってしょぼいよなぁ。察しのいい母さんやレオ相手に合図として使うぐらいしか使えない。


「闇の膜は張っても気配薄めるしかできないし」


今回は風の鳥を飛ばす必要はないので、すぐに解いて闇魔法に切り替える。人前で初めて使うけど、すでにバレている状態でこの闇の膜って効果あるんだろうか。


「火は数秒く程度で、光は試してみてもちょっとあったかく光るだけなんですよね」


闇の膜を解き、指先に魔力を集中させると蝋燭ろうそくともったような火が数秒だけ点き、そして消えた。適性属性と真逆の属性のせいか、たったこれだけが結構しんどい。これなら火打石使う方がよっぽど効率がいい。

レアすぎて光属性の魔法ってどんなものか判らないから、とりあえず名前の通り光らせようとしたけど、ほたるみたいに仄かに光らせるしかできなかった。ちょっと温かいから優しい光、といえなくもないが、すごく使い道がない。

ここまで見せて、残りの属性は披露ひろうに向かないことに気付く。

雷は静電気が一瞬バチってするだけだからやりたくないんだよな。くると判っていても、あれは構える。土は地質読みができなくはないけど、判るのは酸性かアルカリ性のどっち寄りかぐらいで、適性属性が土の親父よりずっと精度が低い。

いずれにせよ、使える魔法がしょぼすぎて証明が難しい。教会って嘘吐いたら駄目な場所なイメージあるし、見せられない場合は説明だけでもいいんだろうか。


「……神父様?」


どうするか悩んで神父様の方を見ると、先程までの微笑みが消え、口が半開きになっていた。神父様の初めてみる表情カオに俺は首を傾げた。


「…………あの、呪文の詠唱は?」


「え。精霊に補助してもらってるんで、なくて大丈夫です」


「他の属性が使えるか試したんですか……?」


「はい。適性より少ないってどれぐらいかと思って」


静かに問う神父様に素直に答えると、神父様は一度眼を閉じてゆっくり息を吐き出した。それから、俺を真っ向から見据える。


「イザーク君の魔力量は通常ですが、適性以外まで使えるのは異例なので結果が出るまで、いささか時間がかかるかもしれません」


利用可能な魔法の確認含め魔術省に報告するのが義務だから、と弱ったように微笑む神父様を見て、そういえば適性以外を使うこと自体珍しいんだったと思い出す。こんなに驚かれたのは、オク様との最初のお茶会のとき以来な気がする。

けれど、誤魔化さずちゃんと理由を説明してくれて、神父様は優しい。


「わかりました」


だから、俺は頷いた。魔力負担のない魔法の無詠唱発動も適性属性以外の魔法利用も、お嬢だけじゃなくレオやベルも既に知っていることだ。ベルに至っては、お嬢への花の使いのたびに嬉々として魔法の検証結果を報告してくるぐらいだ。庶民の俺が使える魔法なんて、しょぼい魔法ばかりだし大した問題にはならないだろう。

俺はゆっくり測定結果を待つことにした。



シーズンオフが終わりお嬢たちが公爵領から帰ってきて、秋に入った。

レオがお嬢に贈る花も秋薔薇あきばらが中心になったなぁ、と使いのベルが持っているのを見て感じる。炎の色の話をして以来、レオの代理で花を届ける役目はほとんどベルがするようになった。

あのあと、レミアスが来たのは二回。春先に一度、先週に一度だ。出せる火の色が黄色に変わったときと白色に変わったときに、どや顔で報告にきた。春のときは、花を渡す前に火魔法を使ったものだから渡すはずの花を燃やしてしまい、お嬢に叱られていた。

叱られたのはともかく、半年に一度の頻度で色が変わるほど火の温度をあげられるレミアスは、成果に見合うだけの努力しているみたいだ。苦手な魔力コントロールをよくやっている、とあまりレミアスを褒めないベルが感心していたから、かなりのものだろう。この調子だと、また半年後に色が変わったとどや顔でくるかもしれない。


「やはりイザークも火属性が苦手なのか」


「ああ。しんどいからあんま使いたくないな」


ベルが考え込みながら、唸るように確認してくるから、俺は頷く。ベルは最近、適性属性以外の魔法がどれぐらい使えるのかを実験しているらしい。


「僕も火属性だけは楽しくなくて……、レミアスが馬鹿みたいに使っていた印象が強いからだろうか」


「かもな」


魔術全般に興味があるベルでも苦手な分野があってもいいだろう。俺はそう思うが、ベルはそれが悔しいらしく、難しい表情カオをして原因を探ろうとする。

本当に魔法が好きなんだと判るその様子が可笑しくて、俺は相槌を打ちつつ笑った。

ふと視線を感じて隣を見ると、東屋の内壁に備え付けのベンチに座るお嬢がじとっと不満げにこちらを見ていた。


「……楽しそうですわね」


「つまらなかったか?」


「つまらなく、は……、二人にしか分からない話をするから……」


ベルとの話題がお嬢にはつまらないのかと思って訊いたが、魔術系の話に興味がない訳じゃないらしい。お嬢が剥れる理由に、俺は納得する。適性が同じ者同士でしか共有できない感覚的な話をしたから、雷属性のお嬢は疎外感を感じたらしい。


「仲間はずれにして、わるかった」


ぽん、と淡い金髪を撫でて謝ると、お嬢は頬を染めて更に剥れた。


「そ、そんなことで誤魔化されるとでも……、子供扱いですわ……っ!」


「えぇ」


普通に謝ったつもりだったのに、怒られた。お嬢ももう十歳だし、頭を撫でられるのは子供扱いに感じて嫌なんだろうか。年頃になり始めた女子って難しい。

どう詫びるか考えて、防寒服の上着のポケットに入れていたものの存在を思い出す。俺は、それを取り出して、お嬢に差しだす。


「ごめんな」


「これは……薔薇?」


大輪の黄色い薔薇に見えるそれに、お嬢は淡い青の瞳を見開かせた。


銀杏いちょうの葉っぱで作ったんだ。日持ちしないから、渡すかどうか迷ったんだけど……」


「イザークは手先が器用なんだな」


「降ってくる銀杏が花弁はなびらみたいだと思ってやってみたんだ」


感心したように呟くベルに、作った理由を明かす。

落ち葉を掃いていたら、上からひらりひらりと黄色い葉が舞い降りてきて、桜の花が散るのに似ていた。だから、綺麗な葉を集めて花みたいにまとめてみたけど、落ち葉だからしばらくしたら枯れて色もせてしまう。

朽ちるものを贈るのはどうか、と悩んでポケットに忍ばせていた。

受け取ったもののお嬢の反応がない。やっぱり渡さない方がよかったんじゃ、と後悔しつつ顔を覗き込むと銀杏の薔薇を見つめたまま固まっていた。これ、怒っているのと呆れているのとどっちだろう。


「……どうして、これをわたくしに?」


贈った理由を訊かれて、俺は正直に答える。


「俺が黄色い薔薇好きだから」


秋薔薇は落ち着いた、濃い色の品種が多い。だから、レオからお嬢に贈られる秋薔薇も赤系統だった。香り含め薔薇の中で黄色系の品種が好きな俺は、黄色い薔薇が見たくなった。銀杏の降るさまが花弁に感じたのもそのせいかもしれない。流石に香りまでは再現できなかったけど、いい感じに薔薇っぽくなった気がする。

薔薇なんて俺には似合わないから、完成したときにお嬢のことが浮かんだ。お嬢が持っていたら似合うと思ったし、実際そうだった。

俺の答えに、お嬢はきょとんと眼を丸くしたあと、可笑しそうに微笑んだ。


「そう、ザクの好きなものをわたくしに……」


お嬢の呟きはうまく拾えなかったが、喜んでくれたみたいだ。俺は、ほっと胸を撫で下ろす。


「大切にしますわ」


言葉通り、丁寧に銀杏の薔薇を包むように持つお嬢に、俺は戸惑う。


「え、でも」


「花もいずれ散るものですわ。葉が枯れるからなんだというのです」


それは大事にしない理由にはならない、と断言するお嬢を見て、俺は驚く。思いつきで作ったものだったけど、お嬢に大事にしてもらえるのが凄く嬉しい。


「お嬢、かっけー」


相好を崩す俺とは逆に、お嬢は眉を寄せる。


「どうしてそうなりますの……」


解せない、とお嬢の表情カオに書いていた。そういえば、お嬢はカッコいいと言われるのが嫌だったっけ。けど、これ以上の賛辞を俺は知らない。

お嬢の機嫌を損ねたことは挽回できたかどうか怪しいけれど、謝罪は受け入れてもらえた。でも、子供扱いをした、という誤解は解けていない。どうすればいいか考えて、いつかの約束を思い出す。


「お嬢、今年の誕生日プレゼントは虹でいいか?」


「いいですけど……、何ですの? 急に」


唐突に先の贈り物の相談をされたお嬢は怪訝な様子ながらも、了承してくれた。


「夜の虹、見せるって約束したろ」


大きくなったら見せると約束したのを、お嬢は覚えているだろうか。数年前のことだから、もしかしたら覚えていないかもしれない。子供扱いをしていないといういい証明になると思って口にしたけど、忘れている可能性を考慮していなかったと言ってから気付く。

それは、杞憂きゆうだった。淡い青の瞳が大きく見開き、キラキラと期待に輝く様を目の当たりにする。


「ほ……」


「光源の少ない夜に虹とはどういう原理だ?」


お嬢が何か言うより先に、ベルが興味津々といった様子で質問した。瞳の輝き具合で関心の高さが見てとれる。自分も同席したいと言い出しそうだ。


「僕も……」


「駄目ですっ」


「駄目だ」


思った通り同席したいというベルの希望を却下するのは、お嬢も俺もほぼ同時だった。予測していた俺と違って、反射的だったらしいお嬢は俺まで断ったことに驚いた様子だ。


「レオの婚約者の家にベルが夜遅くまでいたら、よくないだろ」


「あ……、そうだな」


今、この場にいれるのがレオが口実を作ってくれたおかげだと思い出したベルは、しゅんとして軽率だったと謝罪した。ベルは熱くなると周囲を構わなくなる癖がある。ただ、我に返るとこうして元気よくハネている赤髪が萎れて見えるから、つい苦笑してしまう。悪い奴じゃないんだよな、ほんと。


「同じ、な訳ありませんわよね……」


そのとき俺は、せめて原理だけでも教えてほしいとせがむベルに対応していて、お嬢の呟きに気付けなかった。


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