54.芝生



夏の陽射しが強くなってきた。

今日はヤンと正面玄関側の雑草取りをしている。形を整えた犬黄楊いぬつげが要所に生え、芝生の面積が多いから広々として見通しがいい。けど、よく見ると芝生の合間に雑草が生える。

雑草取りの稼働がかかりやすい初夏から初秋までは、刈り高を二十五センチ以上にして、背の低いすずめ帷子かたびらが生えにくいようにはしている。来客の少ない暑い時期だからできることだ。

首にかけた手拭いで、伝う汗を拭きながらヤンが思いついた案を呟いた。


「アニキ、思ったんすけど、ぎゅぎゅっとしたら雑草生えなくなりません?」


「それだと見栄えが悪くなる。今の密度が限界なんだ」


「なるほど」


ヤンの言う通り、芝生の生える密度を上げれば雑草の生える隙間がなくなる。実際、やろうと思えばできなくはない。しかし、それをすると芝生が密集しすぎて、芝生ならではの爽やかな景色ではなくなる。風が吹き抜けたときに、さわりと草が揺れるからこそいい。

造園は景観、つまり見た目重視だ。花壇で、ハーブ優先で雑草対策をするのも主役になる花を引き立てられるからだ。

俺が、芝生の密度を上げない理由を説明すると、ヤンはぐるりと周囲を見回して納得したように頷いた。


「じゃあ、頑張らないとっすね!」


「ああ」


この景観を守り維持しないと、と奮起したのか、ヤンは麦わら帽子の下で夏の陽射しのように力強く笑った。俺も、やる気をだしたヤンに負けないように頑張ろうと頷き返した。

芝生の周囲は日除けがないから、俺もヤンも麦わら帽子を被って、首元に手拭いをかけて作業をする。途中、水分補給の小休憩を挟むのを忘れないように、お互い一定の区画まで作業したら声をかけ合うようにしている。

親父は、師匠こと執事のハインツさんに犬黄楊の形をどうするか確認しに行っている。今は春のイメージに合うよう丸い形状のものにしていた。シーズンオフに入れば犬黄楊が生えるのに任せて茂らせ、改めて形を作り直せる。

エルンスト家は貴族に珍しく、造園のデザインを専属のバウムゲルトナー家に一任してくれている。かといって、まったく意向を聞かないという訳にもいかない。できるなら、よりエルンスト家の人たちに喜んでもらえる方がいいに決まっている。それには、エルンスト家の人たちの好みを把握している師匠に聞くのが一番だ。

雑草取りをしていると正面玄関の辺りが少し騒がしくなった。使用人たちが数人玄関の外に出てくる。

何だろう、と俺とヤンがそちらに首を向けると、門が開き、馬車が入ってきた。来客の予定なんてあっただろうか。親父が来客がある日に正面側の仕事をするなんて珍しい。師匠と相談して、来客がある日を避けてスケジュールを組んでいるはずだ。


急な来客か?


馬も馬車も白く、過剰な装飾はない。だが金箔の紋章の刻まれた扉や屋根の四隅に精霊をかたどった飾りがある。主要属性の火・水・風・土だろうか。属性の希少さでいうと、光、闇、雷の順で、後の四属性の適性が似たり寄ったりの比率だ。

だから、王族の馬車は民に多い主要属性の精霊を侍らせているという。師匠に従者の特訓を受けたときの記憶を辿って、それを思い出した。ということは、王族のものだろうか。

そこまで思いいたったところで、馬車が正面玄関よりずっと手前で停まった。御者が足場を下し、馬車の扉を開ける。


「精が出るな、イザーク」


最初に馬車から降りた少年は、夏の太陽を反射して異様に眩しい黄金の髪をしていた。出かかった呼び名を堪えるため、俺は一度ぐっと口を真一文字に引き結んだ。


「恐れ入ります、殿下」


「でっ、王子様っすか!? 恐れ入りますっす」


俺が頭を下げたのにならって、ヤンが慌てて頭を下げた。

可笑しそうに喉を鳴らすレオより先に、知らない声が降る。


「どっちだっ、殿下!」


「こらっ、殿下より先んじるんじゃない」


勇んだような声に、それに制止をかける声。だが、制止を聞かなかったようで性急な足音がこちらに近付く。

王子のレオの許可をもらう前だったが、近付いた気配に俺は顔をあげた。

瞬間、ひゅっと風を凪ぐ音がして視界に線の影が映る。俺は、その影が降る場所から退き、ヤンを背にかばう体勢をとった。

俺がさっきまでいたところに鞘に収まったままの剣が振り降ろされ、芝生の草の先でぴたりと止まった。剣の風圧で、剣を避けるように芝生が揺れた。

剣を振り降ろした主は、俺の姿を認めて口角をあげる。


「お前か」


「レミアス、いい加減にしろ」


すこーんっと目の前の少年の後頭部に装丁の硬そうな分厚い本が命中した。命中した相手から、濁った音の悲鳴があがった。

本は芝生の上に落ちたから、土などに汚れることなく草に受け止められる。落ち着いた足音が本のところまで行き、拾い上げると傷んでいないかを撫でて確認する。


「ベル、何するんだ! へこんだらどうすんだよ!」


「お前の石頭がそうそう凹む訳がないだろう。むしろ、僕の本の方が心配だ」


野生の獣のようにつった眼差しをした少年の燃えるような赤い髪は長く外に跳ね、獅子みたいだ。涼しげな目元をした少年の真っ直ぐな青い髪は切り揃えられていて、襟足がすっきりとしている。

対照的な外見をした彼らは、中身も対照的だった。

俺は唖然と二人のやり取りを眺める。二人から感じる違和感に、どう反応していいか判らない。


「そんなに大事な本だったら、投げるなよっ」


怒りのままに眉をつり上げる少年の髪は青い。


「僕が言っても止まらなかったからだろう」


冷静に言い返す少年の髪は赤い。

まるで中身が入れ替わった人間が言い合っているような錯覚を起こす。それほどに、外見の印象と、話しぶりから伝わる性格が真逆だった。

戦隊もののレッドとブルーが入れ替わったみたいだなぁ。


「ブルーなレッドとレッドなブルー」


前世の記憶から的確な表現を思い出し、つい呟いた。


「アニキ、なんすか?」


俺の不可解な呟きに、ヤンが首を傾げた。どう説明したらいいか判らず、俺は苦笑する。


「ちょっと思い出しただけだ。……で、いつお止めになるんですか」


眩しさを我慢して一瞥すると、レオはにこやかに言い合う二人を眺めていた。


「すまない、いつものことでな」


レオはそう詫びると、二人を止めに入った。どうやらレオには見慣れた光景らしい。


「イェレミアス、ベルンハルト、それぐらいにしたらどうだ」


穏やかなレオの一言に、二人はぴたりと口論を止めた。


「ロイ様、一体これはどういうことで……?」


そのタイミングで、正面玄関から足早にきたお嬢が、状況が飲み込めず、当惑している。俺も判っていないから、説明してほしい。この場で、レオだけが穏やかに微笑んでいた。


「リュディア嬢、急な先触れをしてすまない。私の臣下が、君の家の使用人に失礼をしてしまったんだ。彼に詫びをしたい」


使用人の俺を呼び出す口実を作るために、レオはこの二人を放置したのか。

レオの思惑おもわくはまったと気付いて、俺はげんなりとする。了承の返事をするのに僅かの間があったから、お嬢も内心同じような心情だったのかもしれない。

お嬢がレオたちを客間に案内し、俺は麦わら帽子や手拭いをメイドさんに預かってもらい、簡易に身綺麗にしてから客間に向かった。ヤンには親父に事情を伝えにいってもらった。

客間に入ると、既にお茶を飲んでくつろいだ様子のレオが一人用のソファに、二~三人用のソファに少年二人が、同様の向かいのソファにはお嬢が一人で座っている。空いている席は、お嬢の隣ぐらいだ。

レオは、部屋の隅にマテウスの兄ちゃんと一緒に控える委員長に視線をやり、それからお嬢に目線を移した。


「エミーリアは大丈夫ですわ」


「そうか」


レオの眼差しだけの問いを、お嬢は察したらしく回答を返した。お嬢の返事に満足したレオは、今度はこちらに向く。


「ということだ。気を遣わなくていいぞ」


「……どういうコトかよく分かんねぇけど、分かった」


とりあえず、この場ではおおやけ用の態度にしなくてもいいらしい。お茶を用意したメイドさんは俺と入れ替わるように下がっているから、この部屋にいるのはお嬢とレオに、レオのつれてきた二人の少年、そして委員長とマテウス兄ちゃんだ。二人を除いて、俺を知っている人間だけ。

つっ立っているのもなんだから、空いているお嬢の隣に座る。紅茶のティーカップが既にその空席に用意されているから、合っているだろう。俺がソファに腰を下すと、その振動のせいかお嬢が僅かに身じろいたような気がした。


「で。俺は何でいきなり攻撃されたんだ?」


「確かめるためだ!」


さすがに説明がほしくて、俺がレオに訊くと、奇襲した主から端的な答えが返った。発声のいい少年は答えた直後、出された茶菓子を頬張りはじめる。


「彼はイェレミアス。僕の直属の臣下の一人だ。先日の騎士ごっこで遊んだ話に興味を持ってしまってな」


「聞いたぞ! お前、殿下とやり合えるぐらいに強いんだってなっ」


「は? いや、毎回負けてるけど」


レオの下町の視察で、たまにする騎士ごっこのちゃんばらの話がなんだと言うんだ。しかも、本格的に剣術を習っているレオに勝てた試しなんて一度もない。それを知っているレオ本人がなんで誤情報を流すんだ。

不可解さにレオの方を見ると、悪びれない笑顔が返った。


「僕は、イザークは得物がない方がやりやすいだろうな、と言っただけだったんだが」


「それに、さっき俺の攻撃を避けたっ」


口に含んだ茶菓子を飲み込んで青髪が言い、隣の赤髪が補足して説明をする。


「殿下の話を聞いたレミアスが、君に興味を持ったために無理を言って来たんだ。申し訳ない」


あたかも、剣術ではなく体術なら俺の方が強いと誤解を与える発言をレオがしたせいで、レミアスとか呼ばれている直毛青髪が俺の実力を確かめたいと要望し、今ここにいるらしい。

ここはレオの婚約者の家だから、男が単身で来ていい場所じゃない。まぁ、男でもニコは例外だが。でも、だからって、婚約者のレオ本人につれて来てもらうなんて思い切った考えをする奴だ。


「ベルだって小難しいこと、こいつに聞きたいんだろ」


「それは……」


「お前ら、いい加減にしろよ。お嬢を無視して話すんな」


「ザク」


理由は判らないが、この二人が俺に何かしらの興味を持って来たのは解った。面白がって自分から利用されたレオは置いておいて、お嬢をダシに使ったのは気に食わない。


「お前らは、お嬢に会いにきた王子についてきたんだろ。だったら、ちゃんと挨拶ぐらいしろ」


「僕には怒らないんだな」


不思議そうにレオは眼を丸くする。


「お前、もう謝って、お嬢に叱られてるだろ」


「ロイ様を叱ったりなんて不敬はしませんわ! ただ……、もう少し時間に猶予をいただけるようお願いしただけですっ」


俺はあとからきたが、汗を拭う程度で着替えてもいないからそこまで遅れていない。その短時間で、レオが落ち着いて俺を待ち受けていたから、きっとお嬢への詫び入れは済ませているはずだ。

反論のつもりだったらしいお嬢の言っていることは、それを肯定していた。


「お前の言う通りだ。リュディア様、申し訳ない!」


「僕らまでお邪魔して、本当にすみません」


潔く謝る青髪と、深々と丁寧に頭を下げる赤髪。それぞれの謝罪を受け、お嬢が苦笑しつつ返す。


「イェレミアス様もベルンハルト様も、どうぞ顔をあげてくださいませ。わたくしは、彼に剣を向けたことだけ謝罪いただければ充分ですわ。彼は一介の庭師ですから」


ピリッと、珍しく雷の気配を肌に感じた。隣のお嬢を見ると、雷の精霊の気配を纏って迫力のある笑顔を浮かべていた。お嬢、怒ってる。

そういえば、お嬢は暴力沙汰が苦手だった。委員長が初対面の俺にスティレットを向けたときも、すごく怒っていたっけ。

暗に、自分に謝るより先に俺に謝れ、と青髪に言っている。

青髪は、思わぬお嬢の気迫に一瞬閉口するも、軽く頷いて俺の方に身体を向けた。


「リュディア様の言う通りだ。俺は、イェレミアス・フォン・シュターデン。不意打ちは卑怯だった。すまん!」


「いや、もういいけど。俺はイザーク・バウムゲルトナー、この家の庭師見習いだ」


「次からは、正々堂々挑む」


「「は?」」


次があることを想定していなかった俺とお嬢は、青髪の発言に理解が追いつかず固まった。対して、青髪は溌剌はつらつとしたいい笑顔を浮かべている。


「強そうなヤツとは、一度手合わせしないとなっ」


わくわくと少年漫画の主人公のようなことを言う青髪。外見が頭良さそうなだけに、言動とのギャップが凄い。そして、そういうのは強敵相手に言ってほしい。俺は一般庶民だ。


「イザーク、諦めた方がいい。こいつは、一度こうなると止められない。あ、僕はベルンハルト・フォン・レッケブッシュだ」


赤髪の方が疲れた溜め息を吐きながら、同情の言葉を俺にかける。そういえば、こいつも俺に用があるからレオについてきたんじゃなかったっけ。


「ベルン……、えっと」


「呼びづらいなら、ベルでいい」


俺みたいな手合いに慣れているのか、ベルは即座に略称を教えてくれた。


「ベルも何か聞きたいコトがあるって、さっきこの……」


「俺はレミアスでいいぞっ」


「レミアスが言ってたけど」


「ベルンハルト様は、ザクにどんな御用が?」


「それは……」


事の一部始終を見ていた訳じゃないお嬢は意外そうに赤髪ことベルを見る。俺たちの視線を集めて、ベルは気まずげに俯いた。一度開きかけた口を閉じて、おずおずといった様子で呟く。


「殿下に、君は無詠唱で魔法を使う、と聞いた。平民で呪文なしで魔法を使える者は見たことがないから、どうやっているのか聞きたくて……、できれば、実際に見せてもらえないか、と……」


「それぐらい、いいぞ。といっても、仕事終わるまで待ってもらえれば、だけ」


「本当か!?」


ど、と俺が言い終わるより先に、食い気味にベルがぱっと顔をあげた。


「平民は魔力量が少ないから、日常的に魔法を使うこともあまりないと聞く。しかし、君は積極的に魔法を使い、しかも、適性属性以外も使うのだろう!? その辺りの話も是非聞きたい。僕も同じ水属性だから、魔力量の差での比較検証もしてみた」


「タンマ、タンマっ」


身を乗り出して興奮したようにまくし立てるベルの勢いに、俺はのけぞるレベルで驚く。青髪のレミアスよりマシな内容だったから頷いただけだったのに、こんな熱量ある反応を返されるとは思わないだろう。

俺が制止をかけると、我に返ったらしいベルははっとして、恥じ入るように本を抱えつつソファーに座り直した。熱弁を振るっていたときに広がっていた赤髪が、今は心なしか少ししぼんでいるように見えた。


「す……、すまない」


「ベルンハルト様は、勉強熱心だと伺っておりましたが、魔法のことになるとこんなに話されますのね……」


呆気にとられたようにお嬢が呟く。お嬢もこんなベルは初めて見るらしい。


「そういや、お嬢は二人を知ってたのか?」


やり取りの感じから初対面ではなさそうだと思った。俺の疑問に、お嬢はええ、と首肯する。


「ロイ様の同伴で行くお茶会で、お会いしますの。といっても、これまでは挨拶程度でしたから、ゆっくりお話しするのは初めてですわ」


「あ、ごめん。俺、いいって言っちゃったけど……」


魔法を見せるぐらいなら、と安易に頷いたが、仕事が終わる夕方まであと一~二時間とはいえその間お嬢がもてなすことになる。二人とそんなに親しい訳じゃないなら、お嬢に負担をかけることになる。

俺が断りに訂正しようかと思ったら、お嬢はそれを止めるように首を横に振った。


「ロイ様と話すのは楽しいですし、本の知識が豊富なベルンハルト様から一度話を伺ってみたかったので、構いませんわ」


お嬢の表情カオを見て、本当にそう思っていると判った。青髪のレミアスに触れていないのは、単純に話が合うか難しいからだろうな。既に、テーブルの上の茶菓子を一人で半分食べているレミアスは、どう見ても食う・遊ぶ・寝るの三原則で生きていそうだ。お稽古を真面目にこなしているお嬢と趣味が合うとは思えない。


「むう、俺はじっとしているのは苦手だ。終わるまで邸の外周を走ってもいいだろうかっ」


「よくない。一応、殿下の護衛も兼ねているんだから、じっとすることも覚えろ」


レミアスの主張に、間髪入れずにベルが駄目出しをした。ベルは、レミアスの扱いに慣れているらしい。叱られたレミアスは、我慢するように口を引き結んだ。

ベルがいればレミアスは大丈夫だろうと判ったので、俺はお嬢に頼む。


「えっと、じゃあ、あとで池の方にベルをつれてきてもらってもいいか?」


「わかりましたわ」


作業が終わる頃合いに、俺が魔法を使いやすい池までの案内を頼むと、お嬢は了承してくれた。離れに続く渡り廊下にある池のそばなら魔力の少ない俺でも魔法が使いやすい。池の睡蓮すいれんが見納めの頃だから、ちょうどいい。


「ありがとう、お嬢」


「もう作業に戻った方がいいですわよ」


「うん、いってきます」


「っい、……いってらっしゃい」


頃合いを見計らってくれたお嬢に作業に戻るように促されて、俺は腰をあげる。なんでか、一瞬お嬢がひるんだような反応をしたけど、一体なんだろう。


「それまで、リュディア嬢の相手は任されよう」


「いや、お前、お嬢に会いにきたんだろ」


今までにこやかに見守り状態だったレオが、ピント外れなことを言う。この国の第一王子のレオと公爵令嬢のお嬢は婚約者同士だ。王子のロイが主役でもてなされるはずで、二人を俺に引き合わせるのは、そのついでだろう。

俺の指摘に、レオはそうだったな、とキラキラした笑顔で答えた。去り際に、目潰しを食らう羽目になるとは思ってなくて、部屋を出た俺は扉を閉じたあと、落ち着くまでまぶたを両手でおおっていた。あいつは年々まぶしさが増している気がする。

普段は茶髪のヅラをかぶった状態で会っているから油断していた。レオの金髪が一番眩しいから苦手だ。

しかし、レオがレオなら、部下も随分色鮮やかで目立つ奴が多くなるんだな。レミアスもベルも原色に近い青と赤の髪をしていた。俺に引き合わせたいだけなら、お嬢経由じゃなくて下町の視察のときでもいいだろうと一瞬思いはしたが、あの二人の外見では無理だと悟った。それに、あの二人の性格じゃ下町では浮くだろう。いや、レオも充分浮いて、というか目立っているが。

下町でレオはたまに来るアイドルみたいな扱いになっている。姉ちゃんやおばちゃんたちは顔と愛想がいいレオに優しいし、若年寄りな性格なおかげか、存外じいちゃんたちにも気に入られている。日本でいう囲碁みたいな渋い盤上ゲームがこの国にもあって、その相手をしてくれる子供は珍しいから、余計にレオは気に入られている。俺も難しくて誘われても逃げるから、よく付き合えるな、と感心している。

そんなレオと話すのが楽しいんだから、お嬢もやっぱりかしこいんだろう。読書家らしいベルと三人揃って話すとなると、きっと俺には解らない頭のよさそうな話をするんだろうな。その中に混ざるレミアスはさぞ辛いことだろう。

会ったばかりの二人だが、印象が強くて容易たやすく想像がついた。それがなんだか可笑しく感じつつ、俺は作業に戻った。



夕焼けで空がだいだいに染まり始める時分、仕事を終えた俺は西の池へと向かう。ちゃんと親父に断って、相乗りさせてもらう荷馬車の待ち合わせ時間までに戻ると約束している。

池に着くと、既に渡り廊下の間にある東屋に四人の影が見えて、俺は歩みを駆け足に変えた。


「悪いっ、待たせたか!?」


「いや、今しがた来たばかりだ」


ゆったりと座るレオがそう答える。嘘を言ってる訳じゃないんだろうが、レオがそう言うと、言葉通りの印象を受けない。一番落ち着いてるし、一人優雅すぎる。こいつが物事に焦ることってあるんだろうか。

座っていたのに、お嬢が腰をあげて、東屋の入口まで俺を迎えてくれた。


「ザク、……お、おかえりなさい」


「? ただいま」


何故か躊躇ためらいがちに言うお嬢の頬は、夕陽に照らされているせいか赤い。俺は、その間を不思議に思いながらも返事をした。

すると、くすくすと喉を鳴らす音がする。音の方に向くと、夕陽でさらに眩しくなった金髪を輝かせながら可笑しそうにレオが拳で口元を隠していた。


「いや、すまない。リュディア嬢があまりにも愛らしいものだから」


「ロイ様!?」


「は? 何、当たり前のコト言ってんだ??」


「ザク!!」


慌ててレオの方に振り返ったお嬢は、今度は、首を傾げる俺まで叱った。お嬢がいつも通りってだけで可笑しがるレオは変だが、なんで俺まで叱られるんだ。


「それで、どんな魔法を見せてくれるんだ?」


顔を真っ赤にしたお嬢の説教が始まるかと思ったら、ずいっと興味深々に眼を輝かせるベルが介入してきた。怒るタイミングを逃したお嬢は、押し黙る。

俺はここに来た目的を思い出し、ベルの方に向く。


「そんな期待されても、俺魔力量少ないからしょぼいコトしかできないぞ?」


「むしろ、それが見たい!」


即答するベルに、俺は可笑しくて思わず吹き出す。


「しょぼい庶民の魔法が見たいなんて変なヤツだなぁ」


声ににじむ可笑しさを隠しきれない状態で、俺は、眠りはじめた睡蓮の浮かぶ池に両手をかざした。睡蓮の葉の上の水滴や、池の表面の水を少し空中に浮かせて、霧状きりじょうの細かな粒子りゅうしにする。

ただそれを空中にただよわせて、夕陽が上手く反射するように調整する。本当にこれだけの魔法だ。扱っている水の量も少ない。

それでも、夕陽を反射して小さな虹がかかる。


「俺にできるのは、小さい虹をちょっと長持ちさせるだけ、の……」


隣のベルの方に向くと、さらに輝いた眼をこちらに向け、抱えた本を握る手に力を込めていた。むしろ、期待外れだと残念がるとばかり思っていた俺は、想定外の反応にビビって言葉をくす。

ベルはぽつりと何事かを呟き、聞き取れなかった俺が首を傾げると、今度は大きな声で言った。


「凄いっ、本当に無詠唱で使えるんだな! それに、魔力が少ない分コントロールの精度が高いな。虹を維持できるということは、粒子の状態を長く保てるということだろう」


なんかベルの解説が付くととんでもなく凄いことをしているように聞こえるな。ベルも水属性だと言っていたし、魔力量も多いだろうから同じことかそれ以上のことができるだろう。俺にできることは、同じ水属性持ちなら誰にでもできる。それぐらいのことしかしていない。


「こんな普通のコト、凄くな……」


「そんなことない!」


「そうですわっ!」


俺が否と返そうとすると、ベルとお嬢に力強く反論された。なんで、お嬢までムキになるんだ。


「僕たち貴族は自身の魔力をかてにして詠唱なしで魔法を行使できるが、イザークは一体どうやって発動に必要な糧を用意しているんだ?」


「それは、精霊に手伝ってもらって……」


「精霊に発動を補助してもらうということか!? どうやって!?」


「いや、あの、魔法も見せたし、俺そろそろ帰らないと……」


ベルの質問攻めがこのままだと終わらなさそうな気配を感じて、俺は弱る。どうやったらこれから逃げられるんだろう。


「是非、詳しく教えてくれ!」


「そんなことより、俺と勝負しろっ」


どうやら退屈だったらしいレミアスまで自分の主張をしだした。遊び盛りで自分の要求をはっきり言えるようになって、落ち着くには早い年頃だからといっても、ダブルでこられると俺だって困る。一人、レオは微笑んで俺たちのやり取りを眺めているが、お前、この二人と同じ歳だろう。レオが奇怪おかしいと改めて思い知った。


「ベルンハルト、イェレミアス」


レオに名前を呼ばれ、二人は反射的に黙る。主張の強い二人だが、レオのことは同じ歳でも上司だと思っているようだ。

二人が黙ったのを確認して、レオはお嬢へと向いた。


「リュディア嬢、今日来たのは伝えなければならないことがあってな」


「は、い……、何でしょう?」


「これから少々忙しくなる。だから、シーズンオフが明けたら訪問頻度が減りそうなんだ」


「そうですの」


急に話を振られたお嬢は、困惑しながらも相槌を打ち、レオの意図を測ろうとする。


「そこでだ、二人とも。多忙な僕の代わりに贈り物を届ける役を頼めないか?」


「「へ?」」


レオは二人の方に向き、にこにことそんな依頼をした。意図が解らずお嬢も俺も閉口し、頼まれたレミアスとベルは首を傾げる。


「受けてくれれば、シーズンオフのあと、エルンスト家に定期的にられるぞ」


微笑むレオの補足を聞いて、二人は理解して眼を見開き、意図を理解したからこそお嬢と俺は頭を抱えたくなった。

つまり、政務かなにかで忙しくなるレオが婚約者のお嬢に会う頻度が減ることで不仲説があがるのを防ぐため、二人に工作要員になれということだ。

これからシーズンオフになるから、二人がエルンスト家にくる理由がもうない。だから、俺はてっきりこれっきりのことだとばかり思っていた。恐らく、お嬢もそう思って今日付き合ったことだろう。けど、レオが、彼らに単身でもエルンスト家に訪問できる口実を与えてしまった。


「やる!」


「是非っ」


レミアスとベルの返事に、レオは笑みを深くした。秋になったら騒がしくなる未来が確定した瞬間だった。

俺は、疲れたように長い溜め息を吐き出す。


「……レオ、お前、妹だけじゃなくダチにも甘いんだな」


レオのダチだから、そんなに悪い奴じゃないんだろう。ダチの力になりたい気持ちは解らなくもないし、同じ歳のダチができるのは嬉しいのも解る。俺も、ニコとダチになれて嬉しかったし。けど、お嬢が巻き込まれている感が心配だ。

そう思って、お嬢の方を見遣ると、不思議そうに前方を見つめていた。その視線を追うと、虚を突かれたように固まるレオがいた。


「レオ?」


「……っあ、うん」


呼びかけると、レオは我に返ったようで、一つ頷いてみせると俺たちを真っ向から見る。


「そうだな。二人は、僕のよき友人だ」


水面の反射以上の輝きで、本当に嬉しそうに、レオは満面の笑みを浮かべた。

その笑みを受け、お嬢は仕方ないとでもいうように苦笑をこぼす。俺も、仕方ないと覚悟を決めた。

そして、俺は仕事道具の一つである視力を潰されるかと戦慄した。


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