49.黄水晶



「今日はここまででいいよ」


「え、でも」


食器を厨房にさげにきたフランクは、酒場の主人のイングリットから業務終了を告げられ、戸惑った。

夕刻になり、酒場はこれからの時間帯が混むのだ。人手は多い方がいい。

頷かないフランクに、イングリットは人差し指を立てて詰め寄った。


「いいかい。前も言ったけどね、あんたは働きすぎなんだよ」


昼も働き、夕刻から夜までも働こうとするフランクが、イングリットは心配だった。昼から夕刻までの仕込みの時間ですら、店内の掃除や買い出しを買って出る。

まだ九歳という幼さで遊ぼうともしないのだ。早々に幼さを捨てなければならない家庭環境だろうことは、イングリットにも想像が容易い。


「ちゃんとお休みをもらってます」


「あんた、休みの日も常連客の話に付き合ってたりするじゃないか」


フランクが大丈夫だ、と主張するも、休日にも客の相手をしていることを指摘されてしまう。店の外でのこととはいえ、店に来たときに客がイングリットに話したのだろう。バレて困る情報でもないが、このタイミングで提示されるのは具合が悪い。


「お客さんたちとは、偶然会って少し話しただけだよ」


「必ず最後にまたウチに来るように言っておいて、偶然かい?」


フランクは言葉に詰まる。彼の営業癖により、相談に乗って客から感謝を云われれば、なら店に来てくれ、と宣伝してしまう。性分といえば性分だが、意図的に店の宣伝をしているのも確かだ。

イングリットにその意図的な点を見抜かれてしまい、フランクには返す言葉がなかった。


「人手が足りないときはちゃんと頼むよ。いいから、これをあの兄ちゃんと食べて、早く寝な」


「はい」


木製の盆の上に二人分の食事があり、イングリットはそれを指した。フランクは彼女の言葉に従い、盆を手に間借りしている部屋に移動する。

イングリットの酒場の裏側は居住スペースになっており、屋根裏部屋に近い三階の部屋は外階段からも入れる構造になっている。元々、物置に利用していたその部屋をフランクと、彼についてきたティモは利用している。

家賃は給料から引かれていて、今のように賄いを分けてもらえるので、男二人暮らしにしてはよい暮らしができている。実際、アーベントロート国の王都に着くまでの道中の自炊は、ほとんど焼き物で済ませた質素なものだった。

イングリットと彼女の旦那の邪魔にならないよう、フランクは自分の部屋に食事を持ってあがる。間仕切りなどのない部屋は二人分のベッドがあっても狭さを感じないだけの広さがあった。組み立てのしやすい簡易ベッドが部屋の両端にあり、部屋の中央にテーブルと人数分の椅子がある。

テーブルに食事を並べていると、外階段の方から足音が近付いてきた。


「腹減ったぁ、あーええ匂いするー」


「先に身体洗ってい」


「えぇー、そんな殺生なぁ」


「飯、いらんのか?」


「いってきます」


空腹で仕方がないティモの不満の声を、フランクは一睨みするだけで黙らせた。

ティモは鳶職をしているため、仕事をした分だけ汚れて帰ってくる。今の時間帯なら、イングリットたちが店に出ているので浴室が空いており、ティモが利用しても差し支えない。

ティモはからす行水ぎょうすいで戻ってきた。髪が濡れたまま戻ってきたことをフランクが注意すると、犬のように頭を振って水気を飛ばそうとしたので、フランクは彼の顔面に手拭いを投げつけて叱った。

一連のやり取りに疲れたフランクは、苛立ちとともに溜め息を吐き出す。そして、先に席に着き、食前の祈りを捧げた。ティモも慌ててそれにならう。

祈りを終え、フランクは行儀よく、ティモは口にかき込むように食べだした。その食事の最中、あ、とティモは思い出したように、懐から一通の封筒を取り出した。


ぼん、ローマンのアニキから手紙がきとったで」


「なら、さっさと渡さんかいっ」


フランクは即座にティモの頭部に平手打ちをし、彼の手の封筒を取った。


情報ネタは鮮度が命やてうとるやろ」


「さっき思い出したんやもん」


フランクが封筒を開けながら以前もした指摘をすると、眉を下げながらティモが言い訳をした。中身を読み始めるフランクを尻目に、ティモは食事を再開する。


「アニキ、何やて?」


先に食べ終わったティモが問うと、ちょうど読み終わったフランクが手にある便箋を握りつぶした。


「あんの脳筋が……っ」


「若かいな?」


「どっちもや!」


脳筋、とののしる対象が限られているのか、ティモが候補の一人をあげるともう一人もだ、とフランクは怒り混じりの声で答えた。


「イングリットのおばはんの飯、冷めるで」


「食う」


ティモが食事の残りを指摘すると、険しい表情をしたままフランクは食事を再開した。行儀のよいフランクは、食事中は静かに食べる。無言の視線で叱られるのが怖いので、ティモも彼が食べ終わるまで黙っていた。

食事を終え、食器を片付け、部屋に戻る前に入浴を済ませる。その一通りを済ませて、部屋のドアを開けたときも表情の険しさは変わらなかった。

そんなフランクに対して、平素と変わらない様子でティモは話しかける。


「で、どないしたん?」


「……兄貴らが、親父オヤジに馬鹿言いおった」


どかりと自身のベッドに座り、フランクはティモの問いに答えた。

手紙はフランクの父親の部下からのもので、幼少より五番目の息子のフランクにも眼をかけてくる世話焼きだ。そのため、隣国に行った彼にも必要に応じて実家の様子を連絡してくる。

今回、その内容がフランクと意見の合わない長男と次男の行動についてだった。


「どないするん?」


フランクが険しい表情を固定するときは、思考を巡らせているときだと知っているティモは、彼が口を開いた時点で何かしらの結論に達していると気付いていた。ティモは自身が詳細を聞いても理解ができないと解っているので、フランクがどう行動するかだけを問う。


ほうっときたいとこやけど、アイツらの阿呆加減からすると、ここにおってもそのうち何か言うてくるやろうな」


特に長男は父親の傍若無人な性質を強く受け継いでいる。自分のために他の家族や部下を巻き込むことを何とも思わないタイプだ。むしろ、それが当然と思っている節がある。だから、フランクはこれまで長男たちと極力関わらないようにしてきたのだ。

しかし、手紙の内容からすると、長男たちの言に父親が耳を貸してしまったら、フランクにまで火の粉が飛ぶ。そう容易に想像がついてしまう。誰かが止めねばならないが、長男たちを止めることができ、止める意思のある人物は極端に少ない。


「めんどいわ、ほんま」


重い溜め息を吐くフランクは、両手で顔を覆う。だから、ティモが狐のような細い眼を見開いたまま笑顔で彼の答えを待っていることに気付いていなかった。


「……せやけど」


フランクは僅かに顔をあげる。覗く瞳には決意の色があった。


「ワシが言うしかあらへんな」


「流石、坊や!」


フランクの答えに、ティモは誇らしげに笑った。事情も聞いていないのに肯定するティモの愚直さに、フランクは眼を据わらせる。彼は当たり前のように自分についてくる気だろう。


「お前はこっち残ってもええんやで」


「なんでぇな。オレは坊についていくに決まっとるやろ」


「そうか」


このアーベントロート国にくるときもそうだったが、ティモは自分に同行することだけは頑として譲らない。言っても聞かないと解ってはいたので、フランクはただ頷いた。


「坊、ちょっと変わったな」


「は?」


ティモの呟きに、フランクが首を傾げると、嬉しそうな笑顔が返った。


「前なら、坊の方から若に会いにいこうとせんかったやろ。坊は元々強いけど、もっと強うなったな」


フランクはだいだいの瞳を丸くする。今でも長男や次男と会うのは嫌だ。人種が違うとすら思う。だが、それでも話そうと思ったのはこれが初めてかもしれない。

ティモに気付かされた事実の意外さに、自身のことなのにフランクは驚いた。


「こっち来てよかったな」


変わった原因に拘らないティモが笑ってそう言うので、フランクもふっと吐息を吐きだすように笑って答えた。


「せやな」


変わった点を嫌とは思わない自分に気付き、フランクは可笑しくなった。



食欲を誘う香ばしい香りが漂う店の前で、少年と少女が話をしていた。


「でね、前に見たすっごいキレイな男の子のところだと思うのっ」


「そうなの?」


「うん。絶対そう!」


不満げな声をあげる少女に、少年が相槌を打って話を促す。


「誘おうと思ったのに、ザクったら、友達の家に遊びに行くって嬉しそうに言うのよ。あんな顔されたら引きとめられないじゃない」


「マリヤちゃんと遊べることも少なくなったのにね」


「そうなのっ、私にだって構ってくれてもいいと思う」


「そういえば、もう一人カッコいい男の子がいるって言っていたけど、そっちに行ってるってことはないの?」


「ないわ。ザク、レオと仲良いねって言っただけで変な顔するもん。それにレオの方から来て、私たちと一緒に遊んでくれるし」


「やっぱり貴族の家で働いていると、そっちの方の知り合いができるんだね」


マリヤの話を、フランクは微笑みながら聞く。お使いでパンを買いにきて、そのパン屋の娘のマリヤに元気がないことを指摘し、そのまま相談相手になっているところだ。店の中で話す訳にもいかないので、店の前の壁際で花壇のふちにお互い座っている。

彼女の相談、というより愚痴を聞きながら、フランクは妙な心地を覚える。

何故、本人からではなく他人からの方が情報が入るのだろう。

貴族の邸で庭師見習いをしている彼と知り合い、本人と個人的に会う関係になっているというのに、彼自身からは貴族に関わる話をほとんど聞かない。貴族、ないしある程度裕福な家の子供と交友関係があることも、今話しているマリヤから聞いた。

寡黙という訳でもないのに変な話だと、フランクは思う。

大半の人間が話すことが好きで、聞くことが苦手だとフランクは経験上知っている。引っ込み思案な者も言わないか、上手く言葉にできないだけで思考の内では喋っているものだ。だから、聞き役がいて考えを言葉にすることを手伝ってもらえれば、ほとんどの者は自身のことを語る。フランクはそうやって情報を集めてきた。

だから、自身のことを語らない彼をフランクは変わっていると思う。

自身のことを語らない人間はいるが、そういった人間は情報の重要性を知っているか、隠したいことがある者だ。また、会話を誘導しても吐露しない場合は賢い、ないし食えない大人が多い。彼は、それらの条件にまったく当て嵌まらないから珍しい。

まるで、自身に価値がないとでも思っているような……

そこまで考え、その通りかもしれない、とフランクは思った。自分が利用価値がないと評価して喜ぶような男だ。自虐でもなく無価値を肯定する彼の思考を、フランクは理解ができない。


なんか妙な刷り込みでもされとるんかいな。


自己肯定と承認欲求が強いはずの年頃を考慮すると異質さすら感じる。フランクが見聞きする限り、彼の周囲にそんな否定的な刷り込みを無意識でも行うような者はいない。そもそも彼の両親を見る限りあり得ないことだろう。

つまり、誰にも刷り込まれていない価値観が固定されている。


ほんま変な奴やで。


「次の休みこそ、ザクを捕まえないとっ」


「頑張って」


フランクが彼の評価を終えたとともに、マリヤが自身で解決策を導き出した。女性の愚痴のほとんどは解決するためではなく、不満の吐露が目的のためループしやすい。けれど、マリヤは不満に思ったことを吐き出したあとは、改善へと思考を進める。それが彼女の美点であり、いい女になるだろうとフランクが予想する理由だった。

称賛の意味も込めてフランクは笑顔で声援を贈った。

雪が降り始めるのではと思う曇り空の下、身体を冷やしてはいけないと、解決策が出たマリヤを店の中へと戻した。それから、フランクは買ったパンを抱えて、イングリットの酒場への帰路に就く。

息を吐くと、空気が白く染まる。その具合を見て、もう少しで雪の季節も終わるだろうことが判った。

道中のことを考えて、吐息が染まらなくなったら出発しようと、フランクは決めていた。出発の日が近いことを知る。旅支度はほとんど済んでいる。あとは出発の日が決まり次第、食材の買い付けとイングリット夫妻への報告をするだけだ。

雪の降る冬を経験できたことは、南国出身のフランクにとって新鮮なことだった。フランクの故郷では雪が降らない。物語にしか聞かないものだった。

今年は珍しく厚く積もった、と庭師見習いをしている彼に誘われ、下町の子供たちと雪合戦をしたのもいい思い出だ。歳上の彼の方がはしゃいでいるのが可笑しかった。

フランクがイングリットの酒場のスイングドアを開けると、ちょうど思い出していた少年がいた。いると思っていなかった彼の姿に、フランクは眼を丸くする。


「ただいま戻りました」


「おかえり、フランク。友達がきてるよ」


「よっ」


片手をあげて軽く挨拶をする彼を見て、フランクはなんでいるんだ、と内心つっこむ。イングリットの手前にこやかに対応する。彼女にパンを渡し、受け取った彼女が厨房へと背を向けている間に、フランクは無言で顎をくい、と動かし彼に外へ出るように伝えた。

戻ってきたイングリットに、フランクはいつもの顔で断りを入れる。


「イングリットおばさん、ちょっと出てきてもいいですか?」


「いいよ。遠慮せず遊んでおいで」


「ありがとう。いってきます」


「お茶、ごちそうさまでした」


人好きのする笑顔でフランクは礼を言い、連れ立つ彼はぺこりと頭を下げた。

二人は遊歩道まで足を運び、点在するベンチの一つに座った。寒空の下で遊歩道には人気ひとけはない。


「で? 何の用や」


彼の前で取りつくろう必要がないので、フランクはぞんざいに問うた。


「遅くなったけど、相談料」


防寒用の上着のポケットから取りだされた包みを受け取り、念のため中身を確認すると胡桃くるみなどのナッツ入りのクッキーだった。


「何やねん、これ」


「だから、相談料。お嬢にちゃんと謝れたの、フランクのおかげだから」


「今さらすぎるやろ! しかも、なんでクッキーなんやっ」


自分の疑問に対して、ずれた答えを返す彼に苛立って、フランクは思わず声を荒げてしまう。しかし、彼はきょとんとしたまま当たり前のように答える。


「高くつくって言ってたから、ナッツ入れて豪華にした」


プレーンのクッキーしか作ったことがなかったから、上手にできるようになるまで時間がかかったらしい。ナッツをちょうどよい大きさに砕いたり、焼き加減を調整するのが難しかったと彼は感想を述べた。食材を無駄にしないよう、自分が食べきれる量で練習していたのも時間がかかった要因らしい。

フランクは何故金銭ないし価値のある品ではないのか、と訊いたのだが、彼はまったく角度の違う回答をしてくる。夏に相談を受けた時点で期待ができないことは解っていたが、報酬が予想外すぎて脱力してしまう。

それに、あのときはああ言ったが、別に礼の言葉一つを受け取っただけで充分だった。ただの軽口を真に受けて妙な律儀さを発揮する男だ、とフランクは呆れた。


「ああもう、ええわ。受け取ったる」


そう答えるだけで、彼は嬉しそうに笑った。安すぎないか、とフランクはその顔を見て思う。


「せや、ワシ、もうちょいしたら故郷くにに帰るわ」


「え」


次いつ会うとも知れないので、ついでに伝えると、彼は虚を突かれたような表情に変わった。


「そっか」


彼は理解をするためにそう呟き、理解をしてからもう一度同じ呟きを繰り返した。


「じゃあ、会いにくくなるなぁ」


「おう」


貴族と違い手紙のやり取りをできる訳でもない。そして、自分の故郷の場所も知らないのに、彼は完全な別れではないように感想を呟いた。フランクは、なんとなく否定せず頷いた。

しばらくの沈黙が落ちる。彼はフランクが故郷に戻る理由を追及しない。相手に無関心という訳ではなく、相手が話したくないことを無理に訊き出すタイプではないだけだ。そう解る程度には彼と知り合った。

だからこそ、何も言わずに去ることに気まずさを覚えた。

フランクはベンチから腰をあげ、足下の地面を手で掘った。そうして盛り上がった分の土を両手ですくい、手に力を入れて塊になるようにする。その様子を見て、同じようにベンチから腰をあげ、彼は隣に屈みフランクの手元を覗き込む。


「つるぴかの泥だんごでも作るのか?」


「なんやそれ……」


違うのか、と意外そうに銅色あかがねいろの瞳が瞠目する。土を丸めるということは光る泥だんご一択だと彼の中ではなっているらしい。泥だんごが光る、という矛盾をフランクは疑問に思うが、それを作りたいとも思わないので言及するのを止めた。

フランクはある程度まとまりになった土の塊を両手で包み、魔力を込める。すると、ほのかな光をまとい、手の中の土の塊が変質して一回り小さな石へと変わった。

それは橙の色を閉じ込めた黄水晶きすいしょうだった。


「土属性の魔法ってそんなこともできるんだな」


彼の感嘆まじりの感想はそれだけだった。

明らかに魔力量が多くなければできないと判る魔法を使って見せたのに、貴族の類いではないのかと疑念を持った様子がまるでない。ただ地質変換が可能であるという事実にのみ驚いている。

本当に妙なところでずれている、とフランクは可笑しさが湧いた。


「金を手に入れるだけなら、これをすれば一発やねん。けどな、」


「血を巡らせないといけないんだろ?」


続けようと思った言葉を奪われ、フランクは面を食らう。自分が言ったことを覚えて、理解していたことが嬉しく、フランクはにやりと口角をあげた。


「せや。これは稼ぐことにならん」


宝石を作り出せば、一時的な利益は得られる。だが、これを無尽蔵に繰り返せば宝石の価値自体が下がり、場合によっては暴落する。それに、自分一代だけの富など、自分が死ねば簡単に霧散してしまう。それでは何の意味もないのだ。


「このことが兄貴らは分からんねん」


自分たち兄弟は父親譲りで共通して金好きだ。だが、フランクにとっての金の価値観と長男たちの価値観は違う。長男たちは自分たちが利益を得て、贅沢ができればよしとする。そのうえで周囲の分はどこからか追加で調達すればいいと思っている。金が無尽蔵に湧くと誤解しているのだ。

だから、この力を兄弟に見せたことはない。兄弟たちはさぞ自分を能なしだと見下していることだろう。フランクは嘗められているくらいがやりやすいので、これまではそれでよかった。


「せやから、ワシは兄貴らの鼻っ面へし折りに帰るんや」


二歳しか違わない彼が解ることを、もう成人も済んでいる長男が解らない。これ以上、痛い家族を放置するのは、家の恥だ。説得するのにどれだけ時間がかかるか判らないが、フランクはもう覚悟を決めていた。


「兄弟喧嘩、頑張れよ」


兄弟喧嘩の一言で片付けられ、腹が立つどころか可笑しくなりフランクはくつくつと喉を鳴らした。彼なりの応援だろうが、まるで口論どころか殴り合いをするかのような言いぶりだ。

実際に殴るのもいいかもしれないとの考えが過ぎる。口応えもしなかった相手から殴られたら、さぞ面を食らうことだろう。その表情を想像するだけでも爽快な気分になる。


餞別せんべつにやるわ」


可笑しげにフランクは、彼のてのひらに黄水晶を乗せた。

嫌々会いにいく予定だったが、彼の声援のおかげでむしろ楽しみになった。その礼のつもりで渡した。

彼はきょとんとした眼で黄水晶を見つめたあと、しっかりと握り込んだ。


「さんきゅ。大事にする」


屈託のない笑顔で、彼はフランクに礼を言った。結構な大きさにもかかわらず売ろうとする気配すらない。持っているだけではただの石だというのに、本当に欲のない男だとフランクは思う。そして、彼らしいとも納得した。

フランクは立ち上がり、一度伸びをする。彼も立ち上がり、上着のポケットに黄水晶をしまった。


「……ザク」


「何?」


「お前、もうちょい欲ばってもええんちゃうか」


「俺、すげぇ好きに生きてるけど?」


「ちゃうねん。なんつったらええんやろな……、お前、自分が欲しい思ったもんを他の奴が欲しがったらやってまいそうつうか」


彼に感じる物足りなさをどう表現していいか判らず、フランクは言い淀む。我慢でも諦めでもなく、ただ他人の利益を優先して自分の利益を求めていない。そういった節を彼には感じる。


「出世したいとか、女にモテたいとかでもええわ、そういうのちょっとでも思ったらお前は諦めんなや」


「えー、別に偉くなりたいとかねぇぞ。俺」


意欲のない返答に、フランクはだんだんと苛立ってくる。


「男なら、もっとがっつけや!」


「でも、モブでもないしなぁ」


彼の呟きにフランクは引っかかりを覚えた。モブがどういう意味か解らないが、まるで自分が舞台の上にもあがっていないような響きだ。彼の欲のなさの原因のようにフランクには思えた。

怒りのためか、フランクの中でぷつん、と何かが切れた。


「よっしゃ、ワシが証明したろうやないか!」


「へ?」


「兄貴ら押しのけて、ワシが親父のあと継いだるわ。せやから、ザクもやりたいことできたら諦めんなや!」


フランク自身、最初から対象外だと思って父親の跡を継ごうとは考えたことがなかった。しかし、彼の欲のなさに苛立つことで自分も諦める以前の状態だったことに気付いたのだ。

よくよく考えてみれば、自分の夢を叶えるには父親の立場を得るのが一番の近道だ。これまで思い至らなかったのが不思議なほどに、未来の展望がフランクの頭に広がった。

フランクの宣言に、彼はぽかんと呆気にとられる。

そして、挑むような眼差しを受けて、銅色の瞳を和らげた。


「わかった」


巻き込むかのように約束を取り付けられたにもかかわらず、彼は嬉しそうに笑った。

人知れず芽を出した彼らの決心に感化されたように、傍の花壇からは蕗の薹ふきのとうが萌え出ていた。


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