48.団栗



「あ、このおっさんカッケー」


「どれ?」


「この右手なくて、斧とかに付け替えるおっさん」


「ああ。ゴブのおっさんか。鉄球ぶんまわしたり、派手でいいよな」


「僕は、まだそこまで読めてないんだが」


「悪い」


まだ一冊目のレオにネタバレするな、と言われて、俺は謝る。茶髪のヅラをしているから眩しさが軽減されて、どうにか眼を見て謝れた。

俺は、たまにニコの家、ルードルシュタット伯爵邸に遊びに行くようになった。レオも一緒に。

ニコの母親のエルヴィーラ様が、俺たちが今度いつ来るのか、とちょくちょくニコに訊いてくるそうだ。その攻撃にニコが観念した。

ニコは、俺だけを誘うつもりだったらしいが、エルヴィーラ様がもう一人の友達は、と訊ねるので二回目以降はレオの視察日に合わせるようになった。レオに下町の視察はいいのか、と訊いたら、臣下の生活を知るのも大事だ、と屁理屈で答えられた。遊びたいだけだろ、とは思ったが、普段遊んでなさそうだから俺は黙った。

レオがヅラだし、貴族の邸で動き回るような遊びもできないから、ニコの部屋で遊ぶ。最初はチェスとかも試したが、レオが圧勝するだけで楽しくなかった。だから、俺はどうにかチェスのルールを覚えただけだ。

そして、本を読むことで落ち着いた。今は、ニコの持ってる海賊ものを読んでいる。お嬢と読む絵本も、冒険譚とか俺の好みのものがあったけど、流石にここまで荒々しいジャンルはなかった。

数ヶ所だけど挿絵があるから、少年漫画をまわし読みしているのに近くて、楽しい。美術館とかで見るような画風だけど、迫力があってむしろいい気がする。お嬢が読んだら悲鳴あげそうだな。


「なによ?」


視線を感じたニコが、視線の元に訊く。


「いや、イザークと話すときの口調はこういうものが原因だったのだと思ってな」


「あ、そっか」


レオの言葉に、俺も納得する。ともすれば、ニコは俺より口が悪い。どこから覚えたのか不思議だったんだよな。


「悪い?」


文句があるのか、とでも言うようにニコが眉を顰めると、レオはキラキラした笑顔を見せる。


「いや? 僕にもそれぐらいくだけて話してくれたら、嬉しいと思った」


「……もう充分くだけてるわよ」


「そうか。残念だ」


これ以上は無理だと、ニコが呆れながら返すと、残念そうに見えない笑顔でレオは返事を受け止めた。


「そういや、不敬罪ってあんの?」


ふと気になって俺は訊いた。

オフレコでは俺もニコも、王子のレオにタメ口利いてるけど、公式の場でうっかりそうなったら叱られるだけで済むんだろうか。庶民の俺はともかく、ニコはパーティーとかで会うらしいから大丈夫だろうか。まぁ、ニコがそんなボロ出すとは思わないけど。


「不敬な態度をとって罪になるか、ということか? そんなものはないぞ」


「へ。ないのか?」


「相手を敬う心は、強制するものではないだろう。そんな法を作っては、民の心が離れるだけだ」


「まぁ、調子乗る奴は増えそうね」


「ふーん、そういうもんなのか」


確かに、不敬罪でばっせられた人をうわさにも聞かない。罰せられるなら、普通は庶民だから下町で話題にあがるはずだ。ないものは話題にしようがないよな。前世の漫画の知識で、てっきりあるものだとばかり思っていた。

レオが読んでいる途中の本を閉じて、顔をあげた。


「僕が剣術を習い始めたばかりの頃、室内で木剣を振り回して、母のオルゴールを壊したことがあったんだ」


突然、過去の失敗談を話しだすレオに、一瞬首を傾げそうになったが、今の話題に関係のあることだろうと俺とニコも手元の本を閉じて、聞く。

けど、レオがそんな子供らしいドジをするなんて意外だ。なんか生まれたときから、なんでもそつなくこなしていそうだと思わせる雰囲気をレオは持っている。こういうのって何て言うんだろう。勝ち組? サラブレット? とりあえず、優等生系だ。

ともかく、剣術を習ったばかりのレオは早く強くなろうと意気込んで、室内で自主練をしようとして、手が滑り木剣を飛ばしてしまったらしい。それが運悪く、レオの母親のオルゴールに当たって、落としてしまったそうだ。


「母は笑って許してくれたんだが、父は僕に壊したオルゴールを持ってくるように言った」


叱られるだろうと思ったレオは、怯えながらも素直にオルゴールを持って父親の前にいったらしい。幾つのときかは知らないが、ヨハンとかだったらそんな確実説教コース、一回は逃げるぞ。ヨハンのおばさんが、ヨハンの首根っこ掴んでいるのをよく見たなぁ。

そんなレオを、レオの父親はすぐに叱らずに、自分の膝の上に乗せたそうだ。


「このオルゴールができるのに、どれだけ時間がかかったと思うか、と聞かれた」


父親の質問に、レオは考えて一ヶ月、と答えたそうだ。オルゴールの鳴る部分を組み立てたり、入れる箱を作るのを含めて職人が完成させるのにそれぐらいだろうと感覚的に思ったらしい。長めに答えたのは、箱の細工が細かく綺麗だったから時間がかかるだろうとのことだ。


「だが、父はもっとだ、と言った」


オルゴールに組み込む曲を作曲する時間、部品を製鉄する時間、炭鉱から採掘する時間、箱の材料の木材を伐採する時間、材木が成長する時間なども入れると、途方もない時間をかけて今レオの手の中にあるのだ、とレオの父親は言ったそうだ。

それを聞いたレオは、自分の手元にあるオルゴールがとても価値のあるものだと解り、申し訳なさが波のように押し寄せたらしい。


「そして、壊れるのは一瞬だっただろう、と」


父親にさとされて、レオは頷いた。いよいよ、叱られるとレオは思ったが、降ってきたのは叱責しっせきではなく、優しいてのひらだった。


「父は、権力も同じだ、とそのときに教えてくれた。民が王族に従うのは、無条件に、ではなく、先祖たちが積み重ねた実績で得た信用によるものだと。そして、王子の僕を臣下が敬うのは、その信用と僕の未来への期待からだと」


理由もなく権力を振りかざすと、オルゴールと同じように簡単に壊れてしまうと、レオは父親に教えられた。これからオルゴールを直すのにも、また時間がかかるとレオの父親は、レオに伝えた。


「僕は、壊したオルゴールを直すことができない。謝るだけでは済まないことをしたのだと怖くなった僕は、結局泣いて謝ることしかできなかった」


叱るでなく、事実だけを伝えてレオの父親は息子を反省させた。レオの親父、なんだか凄いな。けど、そんな話を理解するレオも頭がよすぎる気がする。


「僕が少し落ち着きはじめた頃、父に聞かれた」


世の中には壊しやすいが、きずくのに時間がかかり、直すのも困難なものがたくさんある。それをロイはどうしたいか、と。


「大事にしたい、と僕は答えた」


なら、ロイは良い王になるだろう、と父親に頭を撫でられ、褒められたらしい。

そのときを思い出したのか、レオは頬を嬉しさに染めた。


「ちなみに、オルゴールは母の国の工芸品だったから、修理するのにも母の国の職人に依頼せねばならず、直るのに二ヶ月ほどかかったよ。戻ってきたときに、また母に謝ったのをよく覚えている」


「それで、何を言いたいのよ」


のほほんと思い出話に微笑むレオに、ニコがオチを急かした。わずかにれた話題を、レオは謝罪して戻す。


「つまり、不敬を罰するような法を作る、ということは、歴代の王が築いた権威を壊す行為だ。だから、父の代、ないし僕の代ではあり得ないから、安心するといい」


レオが笑顔で太鼓判を押す。けど、笑顔に若干の圧を感じて、俺は少し考える。


「えーと……、つまり、余計な気を使うなってコトか?」


「いまさら、イザークやニコラウスに敬われても、気味が悪いからな」


「最近、親父につれられてアンタに挨拶するとき、白々しすぎて寒気がするのよね」


「それは、お互い様だろう」


第一王子と宰相の息子なら、挨拶ぐらいしないと奇怪おかしいだろう。俺は公式の場でレオと話したのなんて一度きりだが、凄いぞわぞわした。ニコの気持ちが少し解る。どうやら、レオも内心似たような心境だったらしい。


「けど、レオの親父ってすげぇんだな」


叱らずに相手を反省させるなんてなかなかできない。俺の親父は、口より先にこぶしが降ってくる。いや、まぁ、拳骨食らうようなことした俺が基本悪いんだけど。俺の親父は寡黙だから比較対象としては極端だが、普通は叱ろうとするはずだ。まず説明しよう、とはならない。

俺の感想に、レオはきょとんと蜂蜜色の瞳を丸くしたあと、目元を和らげた。


「ああ、尊敬している」


相変わらず、レオは言葉の選択が子供らしくない。それでも、表情は年相応に素直なものだった。


「……で、今のっていつの話よ」


「ふむ。六年ほど前だったと思うから、僕が四歳のときだな」


「うげ」


「アンタ、そんなときからそんな模範解答してたの」


信じらんない、とニコがドン引きした。俺も頭が良すぎると思ったから、似たり寄ったりの反応になる。


「俺がそれぐらいのときは団栗どんぐり拾ってたぞ」


「団栗を拾ってどうするんだ?」


「拾うだけだよ。……あ、でかいヤツは大工のおっちゃんに頼んで独楽こまにしてもらってた」


虫食いのない綺麗なのをたくさん集めるだけで、充足感を得られるというか単純に楽しい。団栗でも丸い石でも、蝉の抜け殻でもなんでもいい。ただそのときに眼に入ったいい、と思ったものをひたすら集めるだけ。その行動自体が遊びになると思わないレオが首を傾げるから、それだけだと答える。

前世の日本と違って、きりとかの工具は一般家庭にないから、独楽作りは大工のおっちゃんに頼む。それに、どんぐりは子供が穴を空けるには、転がりやすくて難易度が高い。道具があったとしても、器用な大人に任せた方がちゃんと独楽になる。


「こま、とは?」


「ちょっとひねったら、勝手に回るおもちゃだよ。どれぐらい長く回るかとかで競争すんの」


「今度、やってみたい」


レオの眼が、興味でキラキラと輝いて眩しい。まさかこんなことに興味を持つと思わなくて、俺はそれを直視してしまった。眼潰しを食らったみたいに、思わず眼をきつくつぶる。


「いまさらすんの?」


「いいじゃないか」


「ガキねぇ」


ワクワクしているレオを見て、付き合うしかなさそうだと俺が観念していたら、ニコが呆れたように呟いた。

ニコの言葉に、レオは嬉しげに笑う。


「僕も子供だからな」


俺たちの目の前にいるのは、確かに一つ歳下の少年だった。



お嬢に、西の東屋に呼び出された。

虹を見せる約束があるからにしても、この時期にこんな寒々しい場所で待ち合わせしてお嬢はいいんだろうか。そりゃ、池があるから、魔力の少ない俺は魔法を使いやすいけど、お嬢が風邪を引かないかが心配だ。

それにここの花は眠りについている。誕生日に訪れるには不釣合な場所だろう。

そういえば、ニコに今年は悩んでいないんだな、と指摘された。去年はプレゼントが浮かばなくて、随分悩んでいたからニコも覚えていたんだろう。何度かニコに相談しようか迷ったし。今年は既に予約されている、と答えたら、不思議そうな表情カオをしていたな。

そんなことを考えていると、母屋の方から渡り廊下に淡い金色が見えた。

深い緑のコートは長く、えりすそに白いファーがあってぬくそうだ。コートの裾から覗く何重にも重なった淡い桃色ももいろのレースが花弁はなびらみたいにひらひらと揺れていた。

渡り廊下の真ん中、東屋へ続く曲がり角にお嬢が来たのを確認して、俺は魔法を使う。東屋に続く廊下の中ほどで水の粒子のアーチがかかるように調整する。そうすれば、西日が反射して、虹のアーチをくぐってお嬢が東屋にたどり着く算段だ。

上手く虹がかかり、お嬢の表情カオが楽しげなまばゆさを帯びた。


「お嬢、誕生日おめでとう」


「ありがとう」


東屋に到着したお嬢に、祝いの言葉を贈ると、微笑んで礼を返された。嬉しげに笑うお嬢を、出迎えられて俺はそれだけで満足しそうになる。毎年思うが、プレゼントを贈った俺の方が嬉しいから、わざわざ会えるところまで来てくれるお嬢が割に合わない気がする。

お嬢が、コートのポケットから小さなメッセージカードを取りだし、目線の高さまで持ち上げてみせた。


「これ、忘れていませんわよね?」


「おう」


去年俺が渡した宣誓書だ。自分で書いたものだから、ちゃんと覚えている。

何でも言うことを聞く券、これが今年の俺のプレゼントだ。内容はお嬢が決めるから、実際何がプレゼントになるか俺自身判らない。いつもプレゼントをもらう側のお嬢が割食っているから、ある程度の無理難題は覚悟できている。

挑むような気持ちで、俺は頷いた。


「では、お願いを言いますわよ」


「おう」


お嬢も挑むような眼差しを向けるから、俺はぐっとこぶしに力を込めて、お願いを待ち構える。

にらめっこみたいに、真っ向から向かい合ったまま数秒が経過した。

数十秒経過して、流石に俺は訊く。


「お嬢?」


「いっ、言いますから……!」


「うん」


少し待つようにお嬢が言うから、俺は頷いて待つ。その間に、お嬢は何故か深呼吸をし始めた。

どんどんお嬢の表情カオが緊迫したものになるから、どんなお願いをされるのか、俺も少し緊張してくる。

何度目かの深呼吸のあと、お嬢は小さく拳を作って、決意の籠った眼差しで俺を見た。


「…………っこ」


「こ?」


「これからも、わ、わたくしにれなさい!」


「へ?」


何を言われたか、というか、どういう意味かが解らなくて俺は首を傾げる。

お嬢は、俺が訊き返したせいか、顔を真っ赤にして焦り始める。


「ふ、触れるというのは、変な意味ではありませんわよ!? その……頭を撫でたり、とか、手を繋いだり、とかそういう……」


説明しながら、どんどんお嬢の言葉の勢いがなくなっていく。あげる例も、令嬢のお嬢からしたら、恥ずかしいものなんだろうか。公爵様なら当たり前にするだろうしお嬢も平気だろうが、公爵様と違って俺は家族枠じゃないしな。


「そんなのプレゼントにならないだろ」


「だって、ザクあれから髪一本すら触れないじゃないの!」


誕生日プレゼントのお願いするほどのものじゃない、と俺が言うと、お嬢が責めるように睨んだ。


「ロイ様との婚約が決まって以降、そんなところだけ妙に律儀に守って……、ザクのくせにそんな気遣い、変ですわ!」


「俺のくせにって……」


お嬢には俺がそんな無遠慮に見えるのだろうか。いや、うん、初対面がそうだったから仕方ないか。けど四年も経ったし、俺もちょっとは成長していると思う。たぶん。

けど、いいんだろうか。執事のハインツさんこと師匠に、異性が令嬢に気安く触れるものじゃないと教わった。婚約している令嬢ならなおさらだ、と。


「……レオが文句言ったりしないか?」


「ロイ様が、そんな狭量な方だと思って?」


お嬢がレオに恋愛感情を持っていないとは聞いたけど、婚約者のレオの方がどうか、俺は知らない。けど、お嬢に言われて想像してみたら、普通に笑って眺めてそうなレオが浮かんだ。あれは度量がでかいで済むんだろうか。

お嬢とレオって、お互いを解り合うぐらい仲がいいのに、何で付き合うに発展しないんだろう。


「大体、フローラには頭を撫でたりするのに、わたくしにはしないのは不公平ですわっ」


「そういや、そうか」


小さいときから見てきたから、お嬢の妹のフローラにせがまれれば、普通に頭を撫でたりしている。言われて気付いたが、フローラも令嬢だった。フローラは、フローラだと思っていた。

お嬢の意見にその通りだと頷いていると、何故か頬の赤みが増したお嬢は、俯いてしまった。


「……何でも、聞くと言ったでしょう」


ぽつり、とお嬢が呟いた。責めるようでいて、弱々しい声音だった。俺が一向に頷かないから、嫌なのかと誤解させてしまったようだ。


「でも、やっぱコレ、誕プレにならないぞ」


俺の言葉が、断りの意味だと思ったのか、お嬢は反射的に顔をあげた。そのお嬢の頭に、ぽんと手を置く。


「俺が嬉しいだけだもん」


そのまま軽く撫でると、柔らかい髪の感触が返る。久しぶりに触れる感触は、俺がよく知っている柔らかさで、こうするのが好きだったことに気付かされた。自然と頬がゆるむ。

一瞬、何が起こっているのか解らないようにお嬢は眼を丸くした。けれど、頭を撫でたままでいると、じわじわと血色が良くなり、最後にはまた真っ赤になった。


「わ、わた…………」


「何?」


「なっ、何でもありませんわ」


お嬢の口が動いて、何かを言おうとした。けど、俺が首を傾げたら、それ以上を言うことはなく俯いた。俯いたまま、俺の手を享受しているから、俺は止めどきを失う。これ、いつ止めればいいんだろう。

俯くお嬢の口元が微笑んでいるようだったから、俺はもうしばらくだけ撫でていようと思った。おめでとう、の気持ちを掌に込めて――


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