35.木陰
「ザクは、どこにいるの?」
挨拶もそこそこに、エルンスト邸を訪ねたニコラウスがリュディアに友人の所在を訊いた。
いつも通りのやり取りであったが、今日はリュディアの反応が些か違った。
「……あの、その前に少しご相談が」
おずおずと言いにくそうにしながらも頼むリュディアに、ニコラウスは首を傾げる。自分に相談を持ちかけるいうことは、十中八九友人のことだろうが内容には予想がつかない。
「何よ」
護衛が庭師見習いの少年にいい感情を持っていないイェルクなためか、リュディアは距離を縮め口元を手で隠しながら小声で言う。ニコラウスもそれに倣って、リュディアが話しやすいように屈んだ。
「……その、なんだか避けられているような気がして」
「はぁ? ザクがアンタを避ける訳ないじゃない」
突拍子もない話にニコラウスは、あり得ないと否定する。
「それはそうなんですが、……確かに、いつも通りですけど、なんと言うか……」
その先は言葉に表現がしづらいのか、リュディアは思案ぎみに眉を寄せた。ニコラウスは先を促すために、問いかける。
「どういうときに変だと感じるのよ?」
ニコラウスの問いに促され、リュディアは違和感を感じたタイミングを思い返す。そして、躊躇いと恥じらい混じりに、思い当たったことを吐露し始める。
「あの……、秘密の庭に行くときに手を引いてくれなくなりましたわ。あと、変わらず言葉では褒めてくれるのですが、頭を撫でてくれなくなったり……、フローラにはしているのに……」
話を聞いているうちに、段々とニコラウスの表情が呆れたものへ変わっていく。
「単に、触ってくれなくなったのが淋しいだけじゃない」
「さわ……っ!?」
端的に要約された表現に、リュディアは驚いて顔を真っ赤に染めた。
だが、指摘されてみるとその通りでしかなく、自分はなんてはしたないことを言ってしまったのか、とリュディアは競り上がる羞恥に更に頬が熱くなり、言葉が出なくなった。
羞恥で口をつぐむリュディアを見て、ニコラウスは嘆息し、呆れ声で言う。
「ザクが、
「え」
「アンタ、王子殿下と婚約したでしょ」
いとも簡単に答えを導き出したニコラウス。彼の答えの内容が飲み込めず、リュディアは一度固まった。
確かに、思い返してみればロイと婚約したと知らせて以降、庭師見習いの少年からの不用意な接触がなくなった。護衛がついたためかとリュディアは思っていたが、それよりも前から彼からの触れ合いがなかったと今更ながら気付いた。
触れないことを除けば態度などはまったく変わっていないので、彼がそんな気遣いをしているとは夢にも思わなかった。ニコラウスからすると無意識かもしれない、とのことだった。
「執事に
一時的にとはいえ、従者として最低限の教育を受けたことがあるならば、不用意な接触を控えるよう、婚約済みの令嬢に対しては特に注意されていただろう。
むしろ、ニコラウスからすれば初対面から二人の距離は近すぎるものだった。最初は面を食らったが、友人の性格を把握した今となっては、妹のような扱いで世話を焼くときにそうなると解った。そう考えると、婚約を機に妹扱いを止め一人の少女として見ているとも取れる。
「まぁ、もうザクから触れたりはしないでしょうね」
「そんな……」
零れた呟きは、思った以上に絶望に満ちていた。今後、二度と彼から触れられることがない事実が、リュディアにはショックだった。
ただ軽く頭を撫でるその手が好きだったと、知る。
逆上せるかと思うほど熱かった頬の熱が一気に引いた。
呆然とするリュディアを見かねて、ニコラウスは彼女の額を軽く小突いた。驚いて額を押さえるリュディアに、ニコラウスは笑う。
「アンタ、意外と馬鹿ねぇ」
「ば……!?」
「別に、ディア嬢から触ればいいだけじゃない」
「……っわ、わたくしから!?」
思いもよらなかった助言にリュディアは眼を丸くする。しかも、自分から彼に触れるなどしたことがない。できて服の
自分から自然に手を繋ぐ図などを想像しようとするも、まったく想像できず、また戻ってきた熱が頬に集中するだけだった。
「そ……それは、ザクの言うせくはら、になりませんの……!?」
相当狼狽し、混乱を来したリュディアの問いに、ニコラウスはさらりと返す。
「ザクが嫌がる訳ないから、大丈夫よ」
される側が嫌がった場合にのみ適用される、とニコラウスは友人から聞いた。瞳の奥が混乱で渦巻いているように見えるリュディアを、内心面白く思いながら、問題ないと落ち着かせる。
第一、リュディアからできる接触など高が知れている。ニコラウスが以前経験した、肌に直接触れられているかのような視線を投げかけたりなどはしないだろう。むしろ、この調子では指先でつつくだけで済ませそうな気もする。
「……ザクの誕生日ぐらい、ちょっとは素直になったら?」
このままでは
「どうせプレゼント決まってないんでしょ」
「う゛……」
図星を突かれたリュディアはうぐ、と言葉を詰まらせる。庭師見習いの少年が何を渡せば喜ぶのか、見当がつかず去年もこの時期はひたすら悩んでいた。本人に直接欲しいものを訊けばいいのだが、一度訊ねたときに心臓に悪い回答が返ってきたためリュディアの選択肢にそれはない。
ニコラウスの提案は、自分にもできることではあるが、行動を示すだけで誕生祝いに相当するのか、リュディアは疑問に感じた。
「……そんなことでいいのでしょうか」
「あら。今までできたことがないのに、『そんなこと』な訳?」
今度はぐうの音もでなかった。閉口したリュディアは、しばらくして決意を握り込むように両手で小さく拳を作った。
「今日は少し素直になってみますわ」
宣言をして自身を奮い立たせるリュディアに、ニコラウスは頑張れ、と応援した。
相談の間、蚊帳の外にされて少し拗ねた様子のイェルクに、待たせた詫びをしてリュディアは庭に向かう。そして、見つけた庭師見習いの少年にどう声をかけるかまごついている内に、伴ってきたニコラウスが先に彼にのしかかり挨拶をした。
先手をとられたこともそうだが、いとも簡単に庭師見習いの少年に接触できるニコラウスを見て、リュディアは悔しさを覚える。
「お嬢たちに喜んでもらえれば、それでいいんだよ」
しかし、庭師見習いの少年の一言でそれどころではなくなった。
その言い方では、まるでしていることすべてが自分のためのようではないか。何故、地味な作業が継続できるのかの問いでそのような回答になるのか。本当に彼は心臓に悪い。
複数形で自分だけを指していない、と自身に言い聞かせようとするも、エルンスト家と指さず自分を代表にあげているため
どうにか動揺を落ち着かせようと、唇を噛み心音に耐えていたら、庭師見習いの少年から声がかかり驚く。話を聞いていない間にイェルクがニコラウスの逆鱗に触れてしまったらしい。彼の逆鱗が庭師見習いの少年なのは明白なので、自分の友人であることを認識するようイェルクを窘める。
エルンスト家の敷地内限定とはいえ、平民が貴族と対等に話すことにイェルクは抵抗があるようで、何度か説得を試みるも納得させることができないでいる。リュディア自身も、庭師見習いの少年に会うまでは身分に
リュディアが今後の課題を再確認したところで、遊歩道のベンチに促され、庭師見習いの少年からいつもと同じ問いがかかる。
「で、今日はどうした?」
通常なら、妹のフローラや婚約者のロイの話題や、習い事でできるようになったことを報告する。だが、今回は彼の前で素直になる、という目標がある。
ニコラウスに宣言した手前、反故にできないので、本当はただ会いにきているだけだと伝えなければならない。
「~~っよ、用がないと来てはいけませんの?」
拳に力を込めて絞り出した
しかも、相手の顔を正視していられずに背けてしまった。瞬時に失態に気付き、内心で自身を罵ってしまう。
「いや? お嬢に会えて嬉しいからいいけど」
むしろ、相手から伝えたかったこと以上の回答が返り、心臓が驚く。どうして、いとも簡単にそんな
というか、何故善し悪しを訊ねただけでそんな回答になるのか。
余りに心臓に悪かったので、思わず叱咤してしまった。だが、人の努力の上を軽々といく彼も悪い。リュディアの努力を認めたらしいニコラウスは、よく頑張ったと頭を撫でてくれた。
その後、ニコラウスが庭師見習いの少年にプレゼントを渡していたが、リュディアにはその金属の輪の用途が判らなかった。どうやら手を保護するもののようだ。庭師見習いの少年は用途を知っているようで、弱った表情になったところからすると、喜んでいないらしい。
好みのものでなくても、厚意を受け取ってくれると知ったが、それでも喜んでもらえるものをリュディアは渡したい。友人のニコラウスからのプレゼントも駄目なら、自分のも喜んでもらえないのでは、と不安がもたげる。
そんな
咳払いをして平静を装い、リュディアが自身の隣に座るよう指示すると、庭師見習いの少年は素直に座った。
だが、いざ決意を行動に移そうとしたとき
「こ……っ、こちらを見なくていいですわ!」
「んなコト言われても、気になるし」
「もうっ、眼を瞑ってなさい!」
また怒鳴ってしまったことにリュディアは内心後悔する。緊張が
身分が上とはいえ、叱ってばかりの可愛げのない年下の自分に彼は愛想を尽かさないだろうか。静かに眼を瞑る横顔を眺め、不安になる。
自分が今からすることもただの自己満足かもしれない。喜んでもらえるか心配になるが、ここで止めてしまっては前進しない。彼の前で少しでも素直になる努力をしなければ。
深く深呼吸をしてできる限り、緊張と不安を落ち着ける。
手が届くよう、ベンチの上で膝立ちになり、
「お嬢?」
頭を撫でるのに夢中になっていたら、瞼を開き銅色の瞳がこちらを向いた。
思わず手を止めるが、触り心地のよさに手を引くことはできなかった。リュディアは開き直ろうと、これが誕生日プレゼントのつもりだと告げることにする。
「ザ、ザクは見習いながらもよくやっていますし、た……誕生日ぐらい、わたくしが直々に褒めてさしあげますわ……っ」
またひねくれた言い方になってしまったが、どうにか要件を伝えることができた。恥ずかしさを誤魔化すために、リュディアは頭を撫でる速度をあげた。
自分にとっては難易度が高いものの、こんな些細な行為が本当にプレゼントとして受け取ってもらえるのか。彼の反応が怖い。
「すっげぇ嬉しい。ありがとう、お嬢」
庭師見習いの少年は、意図を理解した途端、本当に嬉しそうに相好を崩した。
その満面の笑みに、木陰の合間に降る木漏れ日が眩しさを増し、暖かみを帯びたようにリュディアは錯覚する。
「……っ! やりにくいから、こちらを向かないでっ」
喜んでもらえたのは嬉しいし安堵もしたが、そこまで喜ばれるとは思わなかった。予想外の反応にリュディアは素直になることを忘れ、文句を言ってしまう。だが、心臓に悪い笑顔を向けられたままでは、撫でにくいのは事実だった。
リュディアの抗議に、庭師見習いの少年は素直に従い表情に笑みを残したまま、また前を向いて瞼を下ろした。
その後、リュディアは喜んでもらえた事実を噛み締めながら撫でる髪の感触を満足の行くまで堪能したのだった。
「ほら、喜んでもらえたでしょ?」
「どうしてザクのことがそんなに分かりますの?」
自分はまったくと言っていいほど解らないのに、後に知り合ったニコラウスの方が熟知しているのは狡い。
「あら。アタシを誰だと思ってるのよ」
暗に彼の友人である立場をひけらかされ、リュディアは唇を噛む。
「オレは分かりません!」
唐突な憤りの声に会話が途切れる。ニコラウスとのやり取りに割って入った声の方を向くと、イェルクが眉を寄せて俯いていた。ぐっと下ろした両拳に力を込めている。
「オレには、あの庭師見習いがリュディア様に認められるような人間とは到底思えませんっ」
控えるように言ったばかりなので我慢をしていたらしいイェルクは、黙っているのが
ニコラウスが拳の関節を鳴らし反応しかけるが、リュディアはそれを手で制する。自身の部下のことだから任せてほしい、という意図が伝わったようで、ニコラウスは矛を収めてくれた。
リュディアは、イェルクに向き合う。彼の様子に既視感を覚える。自身の知っている
「わたくしは、イェルクにそう言ってもらえるような人間かしら?」
「勿論ですっ、中立を通す公明正大なエルンスト公爵家のご令嬢で、第一王子殿下の婚約者で、未来の正妃です! そんな方にお仕えできて、オレはとても光栄です!」
リュディア自身が感じる問いをイェルクに投げかけると、俯いていた顔をあげ、この時ばかりは興奮と喜色混じりで声高に答えた。
あげられた賛辞は、当たり前だがどれもリュディアの持つ肩書きだった。確かにリュディアの持つものではあるが、他人に与えられたものばかりで自身で得たものではない。
「では、わたくしが公爵令嬢でも、ロイ様の婚約者でもなければ、イェルクは見向きもしないわね」
そうリュディアが苦笑を零すと、イェルクは焦った表情に一変する。
「そ……そんなことは……!」
ないと言い切れない様子のイェルクは、言葉を詰まらせ苦悶する。
貴族が騎士を目指しているならば、ゆくゆくは王族付きの近衛騎士になりたいことだろう。第一王子の婚約者の護衛は、その近道の一つ。手放すには惜しいはずだ。
素直な反応に可笑しくなって、リュディアは小さく笑う。
「それが悪いとは言わないわ。エルンスト家に生まれたことはわたくしの誇りだもの」
大好きな父と母の間に生まれ、その両親が誇れる存在でありたい。だから、リュディアは公爵令嬢に相応しくあろうとしている。イェルクの賛辞もそれを認めたものと思えば嬉しい。
リュディアの言葉を受け、イェルクはほっと安堵する。
「普通はイェルクのように、わたくしが貴族であり、公爵令嬢であり、エルンスト家の者であることを念頭において、わたくしを評価しますわ」
それが当たり前で、二年前までは両親もそれを期待しているものと誤解していた。
「けど、ザクは変わっていて、わたくし自身を評価してくれるの」
公爵令嬢の立場で評価せず、リュディアの行動が彼なりの尺度ではあるが善いか悪いかを見て、褒めもし、叱りもする。彼が褒めるときは努力した結果を得たときで、叱るときはリュディアが自身を大事にしていないときだ。
「お陰で、わたくしは自分を見失わずにいられるのですわ」
ただリュディア自身の意思を尊重して接してくれる存在がいる。それが、どれだけ救いになっているか、彼はきっと知らないだろう。
自然と笑みが湧く。
「わたくしにとって、ザクは得難い人なの。すぐには分からなくても、いつか解ってくれると嬉しいわ」
叱るではなく微笑みかけられ、イェルクはぐっと返答に困った。主人にここまで説得されて頷くべきだと頭では解っているが、逆にここまで主人に擁護される存在に嫉妬がもたげる。
「……けど、あの男は卑怯です」
そう卑怯だと思う。彼のことに関してだけは、イェルクは従順に首肯できない。
「どうしてそう思いますの?」
不思議そうに小首を傾げる主人のリュディアが真っ直ぐにこちらを見返す。その瞳に耐えられず、イェルクはまた俯いた。
「だって、アイツ、オレより先にリュディア様に会って信頼を得ています」
配属されたとき、きっと歳の近い異性は自分だけだろうと思った。ならば、きっと主人のリュディアは自分に頼もしさを感じ、すぐに信頼を得られると期待していた。なのに、既に騎士を目指してもいない男が主人の信頼を得ていて、出鼻を挫かれた。
「リュディア様をお守りすることもできない、ただ土をいじっているような奴なのに、アイツといるときのリュディア様はとても嬉しそうです」
「そっ、そんなことは……っ」
「あるわよ」
リュディア赤面し、思わず否定しようとしたところに、静観していたニコラウスが端的に指摘した。
「ちょっと二年先に生まれてるだけでオレより背があるし、いつも余裕な顔して、とにかくアイツは狡いんですっ!!」
「最後は激しく同意しますわ」
「へ?」
主人の不興を買うだろうと頭の片隅で思いながらも、一度吐露すると止まらなくなったイェルクは、まさかリュディアから賛同を得られると思わず、驚き言い止まった。
イェルクが固まっているのに構わず、うんうんとリュディアは頷く。
「そんなつもりはないと分かっていますが、ザクは平然とこちらができないことをやってのけてしまうので、狡いですわ」
「……っそ、そうなんです!」
事例を思い出したのか、リュディアは少し剥れた表情になる。主人の不満に共感ができ、イェルクは喜色混じりに首肯した。
「あっさり非を認めて謝りますし」
「簡単に人を褒めてきますっ」
「……アンタたち、それ褒めてるわよ」
頷き合って文句を言う内容に呆れ、ニコラウスが二人に指摘した。
「いえ、文句ですわっ。わたくしはできないのに狡いですわ!」
「そうだ! 男が綺麗だ、可愛いだ、を安売りするのは
「ああ、そう……」
もう勝手にしなさい、とニコラウスは訂正するのを諦めた。本人たちがそう思っているのなら、仕方がない。
「それで、イェルク」
「はい」
「ザクのことは嫌いですの?」
問うリュディアにじっと真っ直ぐに見つめられ、イェルクは閉口する。
そして、即座に嫌いだと返せない自分に驚いた。そんなことはないはずだ、と腹立たしく感じた事例を思い返す。
以前、イェルクが護衛をしていた日、庭師見習いの少年がリュディアに手作りのクッキーを渡した。そんな質素なものを、と止めようとしたが、リュディアがまた食べたいと頼んだものらしく受け取りを阻止できなかった。
代わりに、主人のリュディアが口にする前に自分が毒味する、と言ったら、あっさり了承され、自分を含め護衛三人分の包みを渡された。最初から自分たちの分を用意していたことに、内心眼を丸くしながらもクッキーの一枚を毒味すると、素朴な味だが普通に美味しかった。後で使用人控室で三人でお茶請けに食べたのだが、一番早く食べ終わってしまい、ペトラに見てもあげませんよー、と釘を刺され、エミーリアに食い意地を張るな、と窘められた。
そうだ、彼のせいで恥をかいたのだ。腹立たしい存在だと再認識して、イェルクは口を開いた。
「……っ好きじゃありません。けど、今後の態度は考えてやらなくもない、かも」
毒味用をあらかじめ用意していたことは評価してやらなくもない。今後もちゃんと毒味用を用意するなら、態度も検討してやってもいい。
「でも、このオカマは嫌いです」
指を指して、イェルクは断言する。ニコラウスが庭師見習いの少年を擁護するから反発していたところも大きい。
「こっちこそテメェみてぇなクソガキお断りよ」
イェルクの言葉に、青筋を浮かせたニコラウスはひきつりながらも艶然と微笑んだ。声音が一段階低くなって、笑顔なのに威圧感があるものだからリュディアがまあまあ、と宥める。
本来なら主人として詫びるべきだろうが、以前謝罪しようとしたら、差しでけりをつけるから不要だ、とニコラウスに言われた。リュディアに男の子同士のことはよく解らない。なので、悪化しないよう抑えるだけに留めている。
口論に発展しないのを確認して、リュディアは改めてイェルクへ向き合う。
「イェルク、わたくしは至らない主人かもしれませんが、ザクのことを考えてくれて嬉しいですわ。ありがとう」
リュディアは嬉しげに微笑んで、手を伸ばすとイェルクの短い髪を撫でた。その褒める仕草に、されたイェルクは不思議そうに主人を見返す。
その様子にリュディアも首を傾げた。
「どうかしましたの?」
「いえ……、アイツのときと違って、あっさりするんだなぁ、と思いまして」
光栄だがその点がただ不思議だ、というイェルクの言葉を受け、リュディアは頬を紅潮させ慌てて彼の頭を撫でていた手を放した。
「そ……それは……っ!?」
いきなりあわあわと狼狽えだした主人に、イェルクは首を傾げる。何か変なことでも言っただろうか。
主人の不可解な様子にイェルクは疑問を零す。
「どうしたんだ??」
「お子様が分かるにはまだ早いわよ」
「なんだと!?」
二歳しか変わらないのに子供扱いをされ、イェルクはニコラウスに言葉で噛みつき、ニコラウスはそれに応戦する。
自身の動揺を落ち着かせるのに手一杯だったリュディアが、二人の口論を止めるのはしばらく後のことだった。
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