36.唐菖蒲




「ニコ、何かあった?」


自習用の庭で、打ち込み終わったニコに訊いた。ニコは長い睫毛にふち取られた瞳を丸くし、噴水の縁に座って終わるのを待っていたお嬢は首を傾げた。


「何よ、急に」


「んー、何か元気ない気がして」


「いつも通りだと思いますけど」


俺は何となくとしか言いようがない違和感から訊いたから、お嬢にそう言われると気のせいな気もしてくる。


「どうして、そう思いましたの?」


「いや……、珍しくニコの脇が甘いってゆーか、打ち込む角度が真っ直ぐじゃなくて」


「分かりませんわ」


打ち込みを受ける俺にしか解らない感覚を説明されても、お嬢は理解ができないと半眼になる。訊かれたからつい答えたが、女の子のお嬢に拳で語るような暑苦しい話題はつまらないことだろう。

退屈な話をして申し訳ないと思っていたら、ニコが嘆息を一つ零した。そして、顔をあげて苦笑する。


「アタシの演技力もまだまだねぇ」


そう言ってお嬢の隣に座る。俺も続いて、ニコの隣に腰を下ろした。

前を見ると、昨日の雨でついた露が葉に残っているのか、陽溜まりの境の向こうでちらちらと木々の間が光っている。

話すかどうかはニコが話した方が楽になるなら言えばいいし、言いたくないならそれでいいと思う。少なくとも、俺はストレス発散には付き合うし。

そう考え、ニコの判断を待つと、おもむろに口を開いた。


「昨日、雨だったでしょう」


「ああ」


梅雨つゆですから、最近はよく降りますわね」


しとしととした長雨が夕方から夜にかけて降った。激しくなる気配はなかったので、小屋に泊まって様子を見るほどではなかった。それで帰り際、お嬢が妙に残念がっていたっけ。


「姉さんが、雨の日は体調を崩すのよ」


「ニコ、姉貴いたのか」


「ええ」


聞いていなかった事実に軽く驚く。ニコは肯定して、長い睫毛を伏せつつ話を続ける。


「前は少し頭痛がする程度だったんだけど、最近は頭痛が酷いらしくてベッドで休んでも辛そうなの……」


ニコは医者でもなんでもないから何もできないのが悔しいようだ。聞いたお嬢も俺も、同様に何ができるでもない。悪化している病状に対して、きっと良くなるなんて安易な希望的観測も口にできない。

口惜しそうにするお嬢と、考え込む俺を見て、ニコが柔らかく苦笑した。


「あーあ、早く梅雨明けないかしら」


根本的解決にはならないと解っているだろう希望を、ニコは零す。それだけ自分の姉貴が辛そうな様子が見てられないのだろう。

ふと、かすかに漂う気配を感じた。気になった俺はその残滓ざんしの元を辿る。


「っザク?」


「なな何をしてますの!?」


辿ると、俺は知らずニコの首元に顔を近付けていた。少し驚いたニコが僅かに身を引き、お嬢から動揺した声があげる。だが、俺は幽かな気配を探るのに集中していて、反応を返せなかった。


「……ニコって、適性属性何?」


「風、だけど?」


「そっか」


ニコの答えを聞いて、気付いた違和感がどういうことか考える。


「どっ、どうしてニコラウス様の匂いを嗅いでますの!?」


「へ?」


お嬢に指摘されて、俺はやっと状況に気付く、気配の元がニコの首筋というか髪の辺りだったから匂いを嗅いでるようになっていた。


わりい。あ、でも何か甘い匂いする」


近付いて初めて気付くぐらいのほのかな香り。ニコを初めて見たときに甘い匂いがしそうな見た目だとは思ったが、本当にするとは。


「汗臭いの嫌だから、コロンをつけてるのよ」


紫丁香花むらさきはしどいか。俺、これぐらいなら好き」


濃かったりキツい臭いは苦手だが、これぐらいふんわりなら平気だ。香りも好きな花のものでいい。


「前に、ザクがアタシみたいって言ってくれたでしょ。それで作ってもらったのよ」


香りの種類を当てたからか、ニコは嬉しそうに笑う。香水の類いってオーダーメイドできるのか。知らなかった。


「……ん? お嬢、どした??」


何故かお嬢が頬を膨らませて眼を据わらせていた。怒っているようだが、これまで見たことない怒り方だ。


「面白い顔してるわね」


俺が何で怒らせたか考えている間に、ニコが容赦なくお嬢の頬を指でつついた。突かれて、お嬢は恥じるように、頬に手を当てて追撃がないように防御する。

ニコがおちょくったせいか、俺に怒っていたはずなのに、お嬢は恨みがましい眼をニコに向けた。けれど、お嬢が睨んでも、ニコは余裕そうだ。この睨み合いらしきものは、一体なんだろう。

そういえば、お嬢は何を叱ろうとしていたんだろう。ニコが真面目に話していたのに、俺が中断させるような行動をしたからだろうか。悪気はなかったが、気になったことを二人にどう説明すればいいのか解らなかった。

お嬢の睨みを受けていたニコは、ふっと気が抜けたように微笑を零した。


「ま、聞いてくれてありがとね」


はっとお嬢は、気まずそうな表情カオになる。聞くだけで、力になれないのが申し訳ないんだろう。


「……わたくし、聞くことしか」


「充分よ。アタシがそう言ってるんだから、もう気にしないの」


言って、ニコはお嬢の頬を軽く引っ張って、笑うように仕向けた。


「ちょうど夏白菊なつしろぎくが咲いてるから、親父に分けてもらう。確か、頭痛を和らげてくれるはずだ」


「ありがとう」


香りにそんな効果があった。夏白菊なつしろぎく薫衣草くんいそうはちょうど時期で、母さんが茶葉を作っているところだから、できたらニコにも分けよう。


「さて、あの蒲公英たんぽぽ頭が待ち草臥くたびれているでしょうから、そろそろ戻りましょうか」


垣根の向こうで待機している、お嬢の護衛のポメのことをあげて、ニコは話題を切り上げた。俺とお嬢は頷いて、自習用の庭を後にする。垣根を出ると、ポメが一本の木の根元で三角座りで昼寝していた。その日、ニコは夏白菊なつしろぎくの花束を土産に帰っていった。

俺は、今日気付いたあの違和感の正体がなんなのか、気になっていた。



しばらく経ったある日、俺は銀梅花ぎんばいかの鉢植えが挟むドアを開けた。


「母さん、ただいま」


「お邪魔します」


ドアが閉まってから、つれてきたニコは外套のフードを脱ぎ、俺に次いで挨拶をした。


「あら、いらっしゃい。すごく綺麗な子ねぇ」


「ニコ、美人なんだ。それより来てる?」


母さんの感心した感想に、俺は普通に頷き、確認したいことを訊いた。来てるわよ、と母さんは答えて、お茶の支度のため台所に向かう。


「それにしても、コレ便利だけど、この時期に冬物の外套は暑いわ」


隠密効果がある外套を脱ぎながら、ニコは不満を漏らす。休日にニコを家に誘ったのはいいが、ニコは男でも美人だからそのままで来るのは危ない。なので、頼んで借りた。


「それはすまない。夏用も今度作っておこう」


「いや、増やすなよ。こんなもん」


食卓のテーブルで待っているかと思ったら、先に来ていた外套の持ち主が出迎えついでに詫びてきた。だが、謝罪の内容に思わず突っ込む。護衛のマテウス兄ちゃんの心労を思うと、こんなアイテムは増産しない方がいいだろう。

ニコは、誰だ、と問いそうになった口のまま言葉を止める。見覚えがあるようで、茶髪のヅラを被ったレオを凝視した。その視線をレオはにこやかに受け止める。

数秒後、思い至ったらしいニコが、信じられないものを見るように眼を見開いた。


「殿下……?」


「オイゲンとはよく話すが、ニコラウスと挨拶以外で話すのは初めてだな」


ヅラを被っていてもキラキラとした笑顔でレオは正解と認める。オイゲンが誰かは判らないが、恐らく宰相をしているというニコの父親だろう。

レオの肯定を受けて、ニコは俺の肩を掴みレオへ背を向けて小声で俺を問いただす。


「どうして、王子様がザクの家にいるんだ!?」


「え。その外套、レオから借りたから」


「だから、何で!?」


「えー、たまたま迷子拾ったから??」


「何でも拾いすぎだ……」


レオと知り合った経緯を簡単に説明したら、ニコに疲れたような諦めたような溜め息をかれた。ニコは俺をよく迷子を拾う奴のようにいうが、レオたち兄妹二人しか迷子に遭遇したことはない。


「で。いいのかよ」


「何が?」


「アイツ、ディア嬢の婚約者だろ」


ニコが、レオを指し小声のまま訊いてくる。こっそりでも親指で王子を指さすのは大丈夫なんだろうか。


「そうだな」


「そうだな、って……」


「お嬢と婚約する前から、レオとは知り合いだし」


「ああ、そう」


質問の意味が解らず首を傾げると、ニコはげんなりと脱力して肩を落とした。

俺に訊くだけ訊いたニコは、レオの方へ向き直る。


「ここでは、レオ、でいいのかしら?」


「ああ。飲み込みが早くて助かる。ザクの友人なだけあるな」


「もう慣れてきたわ。アタシもニコでいいわよ」


「ありがとう。そうさせてもらう」


紹介しなくても知り合いだった二人で話がついたようだ。しかし、ニコは一体何に慣れたというのだろう。

ちょうどその時、ノック音がして、玄関のドアが開いた。


「こんにちわ。おばさーん、今日は……ぶっ!?」


「あらやだ、ごめんなさいね」


玄関先で立ち話をしていたせいで、やってきたマリヤがニコの背中にぶつかった。

少し鼻をぶつけたのか、顔を片手で押さえながらマリヤが当たった壁の正体を確認するために見上げて、振り向いたニコの顔をまともに見る。その瞬間、マリヤが真っ赤になって固まり、ぼうっとした表情になった。

俺は、ニコの美人の効果を認識して、沁々と思い出す。前世で妹が語った乙女ゲーにはキャラ属性というものがあるらしい。


「……こういうのなんてゆーんだっけ、フェロモン系?」


「ふぇろもん、とは何だ?」


「たぶん、花みたいに香りそうな美人のこと、だと思う」


「成程。正にニコのことだな」


「そんな称号いらないわよ。それより、このおさげのお嬢ちゃんの心配しなさいよ」


褒められている気がしない、とニコは半眼になり、悠長に構える俺たちに指摘した。前にも似たようなことがあったので、ついのんびり事態を静観してしまった。マリヤに悪いことをした。


「マリヤ、悪い。大丈夫か」


屈んでマリヤの視線の高さに合わせて、声をかける。酔ったような状態だったマリヤは、しばらくして俺に焦点を合わせて、ぐしゃりと涙目になって表情を歪めた。


「ザクぅ~」


「びっくりしたか。悪かったな」


マリヤが縋り付いてきたので、ぽんぽんと頭を撫でて宥める。俺は見慣れているが、ニコは心の準備ができていないと女子が驚くくらいの美人なのだと知った。確かに、下町にこんな美形いないから、そりゃびっくりするか。


「なんなの、なんなの。聞いてないぃ~」


「うん、言ってなかったな。ごめん」


「なんなの、試してるのぉ!?」


「ん??」


「けど……、負けないもん~っ!」


マリヤは何と戦ってるんだ。

後半は何を言っているのかよく解らなかったが、どうにか落ち着いたマリヤからお裾わけを受け取って、帰した。ドアの前で見送って、先に食卓のテーブルに行ってもらっていた二人のところに戻ると、呆れた表情カオをしたニコとにこやかにお茶を飲むレオがいた。


「……ザク、アンタってどこでもザクなのね」


「俺は俺だろ」


ニコは何を言っているんだ。


「マリヤ嬢は見所があるな」


「ディア嬢には言えないわね……」


レオは何故かマリヤを褒めるし、ニコは溜め息をくし、一体何なんだ。それに、ダニエル様のところのバイト以外でお嬢に隠していることなんてない。

とりあえず、お茶を飲み終えたあと、俺の部屋に二人を案内した。レオの護衛のマテウス兄ちゃんには、食卓に残ってもらっている。貴族の二人からしたら狭いかもしれないが、我慢してもらおう。二人にはベッドに座ってもらって、俺は三脚に丸い板が乗っただけの木の椅子に座る。


「それで、今日はどうして呼んだのよ」


「その前に、ニコ。風属性の魔法で、外に声聞こえなくできるか?」


「これぐらいの広さならできるわよ」


話を切り出してくれたニコに頼むと、言い終わると同時に防音の膜を部屋に張った。レオの妹のエルナもそうだが、精霊補助もなしに無詠唱で広範囲の魔法を使えるってことは、ニコも相当魔力量が多いんだろう。


「さんきゅ」


「人に聞かれたら不味まずい話な訳?」


「いや、まだ俺の憶測だから、違ってたときに誤解させるかもって」


どういうことだ、と首を傾げるニコに、俺はどう説明するか考える。


「ニコの家族で、闇属性の人っている?」


「いないわよ」


ルードルシュタット伯爵家は適性属性が風の者が多い家系らしい。水属性や土属性がいることがあっても、火属性や闇属性は相性が合わず婚姻相手の候補にも基本あがらないそうだ。適性属性が人間関係の相性にも影響することがあるとは知らなかった。魔力量が多いと属性の性質の影響を受けやすいんだろうか。


「一体どこから闇属性を見つけたんだ?」


話題にする、ということは、どこかで闇属性の魔力を確認したのだろうとレオが訊く。話が早いのはいいが、レオの理解力の高さは気持ち悪い。何でそんなに頭いいんだろう。


「こないだニコの髪についてた」


本当に幽かだったけど、闇属性の魔力の残滓をニコから感じたから不思議だった。ニコの適性属性は知らなかったけど、これまで闇属性の精霊の気配をまとっていることはなかった。

俺の言葉に、ニコは首筋にかかる髪に触れた。


「あの日、エルンスト家に来る前に会ってるよな?」


「ええ……、でかける前に姉さんが髪を直してくれたわ」


ちょうど俺が確認した辺りがそうだ、とニコは記憶を思い起こす。


「触れた相手に移るってことは、それだけ闇属性の魔法を受けているからだと思う。だから、ニコの姉ちゃんが体調悪いのって、呪われてるからかなぁ、と」


感じたのは、邪気のある魔力だったから、誰かが意図的に使った魔法なのは確かだ。闇属性の魔法は精神に干渉できるものもあるから、悪用すれば呪いになる。だから、単純に考えてそうじゃないかと思った。

飽くまで仮定の話だったが、聞いたニコの顔色が変わった。


「誰だよ、ソイツ」


「いや、まだ判らないって。それを確認したいから、レオにも来てもらったんだ」


明らかに殺気立ってオネエ言葉も忘れているニコに、確証がない話だと念を押す。ニコは憮然としながらも、浮きかけた腰を下ろしてくれた。ただ眼は据わったままだ。


「で、王子様がなんだってのよ」


「俺は気配を読むしかできないから、どういう魔法なのかレオなら分かりそうだと思って」


下町育ちの俺は、魔力量が少ない庶民でも使える初級魔法しか知らない。けれど、自分で魔法陣を作るほどのレオなら、もしかしたら魔法を見ればどういう魔法か判るかもしれない。俺が頼れる相手で魔法に一番詳しいのがレオだった。


「僕は逆に魔力の気配を読めないがな」


「とりあえず、確認するためにニコの姉ちゃんの見舞いに行きたいんだけど、いいか?」


「構わないけど……」


見舞いの件は了承してくれたが、ニコは心底不思議そうにレオを見遣る。


「どうして、こんなコトに協力してくれるのよ?」


ニコとレオは知り合いではあるが、ただの顔見知りだ。王子が一貴族の家族の問題に介入する謂われはない。それに、本当なら俺の頼みを聞く義理もない。俺もただ視察の手伝いをしているだけの庶民だ。今日に限って言えば、手伝うどころか視察の時間を割かせている。

ニコの問いに、レオは蜂蜜色の瞳を細め、悠然と微笑んだ。


「貸し一つだから問題ない。それに」


「それに?」


「イザークが頭を下げるほどの相手に興味があったんだ」


ニコが眼を見開いて、俺の方を向く。


「下げたの……?」


「ああ」


俺の根拠の薄い憶測の確認、なんて徒労に終わるかもしれないことに付き合う義理のない相手だ。俺はダチのために何かしたいが、その個人的な都合に協力を仰ぐのだから、相手が誰だろうときちんと頼むべきだ。

外套を借りることも含め、以前の視察の際に頭を下げて頼んだ。すると、貸し一つだけでレオは頷いてくれた。いい奴だ。


「……バカね」


仕様がない奴だ、とニコは何かを堪えるように破顔はがんした。



ニコに見舞いの了承をもらったので、母さんに用意してもらった夏白菊なつしろぎく薫衣草くんいそうの茶葉の袋を持って向かう。中央広場まではニコに隠密の外套を着てもらって、そのあとはマテウス兄ちゃんが馬車を借りてルードルシュタット邸まで送ってくれた。俺は最初徒歩で向かうつもりだったが、反って目立つとレオが馬車を手配するようにマテウス兄ちゃんに指示した。

ルードルシュタット家の正面玄関で馬車が停車し、ニコを先頭に邸に入ると、執事と数人のメイドさんが恭しく出迎えてくれた。付き人扱いでいいかと思い、俺はレオの後ろに控えるマテウス兄ちゃんの隣に立つ。


「ニコちゃん、おかえりなさい」


「母様、ただいま。友達が姉様の見舞いをしたいって言ってるんだけど、いいかしら?」


ニコと同じ薄いむらさき色の髪と瞳の女性が現れて、ふわふわとした髪を揺らしながらニコを軽い抱擁で出迎えた。それにニコは軽く抱き返しつつ用件を伝えると、女性は眼を丸くした。


「まぁ、ニコちゃんがお友達をつれてくるなんて初めてじゃないっ」


喜色満面にはしゃぐニコの母親に反して、ニコは気まずそうにどうにか口元を笑みの形で保っている。

息子の立場からすると、母親に友達つれてきただけでお祝いのテンションになられると恥ずかしいよな。できれば、スルーしてあげてほしい。もし祝うにしても、せめてダチが帰ってからで。


「もしかして、貴方がザクくん?」


「え。はい」


こちらに眼を向けたニコの母親は、全員の顔を見て、何故か俺に眼を止めた。まさか、庶民の格好の俺を見てダチ扱いされるとは思ってなかった。驚いて、反射的に返事してしまう。


「まぁ、会えて嬉しいわ。おばさんは、エルヴィーラよ。これからもニコちゃんと仲良くしてね」


「はい。こちらこそ」


エルヴィーラ様は、庶民の俺に合わせてか自分のことをおばさんと言ったがこんな綺麗なおばさんがいるんだろうか。母さんよりいくらか歳上だろうけど、ニコの母親だけあって凄い美人だ。


「あら、こちらは?」


「……レオ、よ」


今度はレオに眼を止めたので、ニコが戸惑いながらもエルヴィーラ様に紹介する。ヅラをして普通の貴族か裕福な商家に見える格好をしているとはいえ、顔面偏差値が奇怪おかしいレオだ。エルヴィーラ様が王子の顔を覚えていたらアウトだろう。内心、冷や冷やしているはずだ。


「まぁまぁ、二人もお友達ができたのね! レオくんもよろしくね」


「はい。よろしくお願いします」


ニコがしているだろう心配を余所よそに、エルヴィーラ様はニコにダチができた事実をひたすらに喜んでいる。エルヴィーラ様とレオがにこにこと微笑み合っている間で、ニコが疲れたようにぐったりしている。


「……母様、姉様のお見舞いさせてもいいかしら?」


「ええ。でも、イーゼちゃんがもし寝てたら起こさないでね」


「じゃあ、そのときはこの花だけ置いていいですか?」


持ってきた大飛燕草おおひえんそうの花束を見せると、エルヴィーラ様は微笑んで頷いた。


「勿論よ。綺麗なお花を、ありがとう」


ニコが早く行くわよ、と先導するので俺たちはそれに続く、一度振り返るとエルヴィーラ様が微笑んで俺たちを見送っていた。


「母様が天然でよかったわ」


エルヴィーラ様が見えなくなったところで、ニコが安堵の息をいた。


「天然なのか?」


「さっきので分からなかったの? ど天然よ」


「いい母上じゃないか」


「まぁ、ね」


そういえばオネエ演技をするようになってから、父親の反応が可笑しいとはニコから聞いたが、母親の反応は何も言っていなかった。庶民の俺がダチでも気にしていなかったし、エルヴィーラ様は随分と大らかな人なのかもしれない。

いい母親、というレオの評価に、ニコは否定しきれず、決まり悪げに頷いた。なんだかんだ言っても、エルヴィーラ様のことは嫌いじゃないみたいだ。

ニコの姉貴の部屋に着くと、ニコは中で世話をしていたメイドさんを下がらせ、俺たちを部屋に入れた。マテウス兄ちゃんは部屋の外で待機している。


「姉さん、起きてる?」


ニコが念のため声をかけるが、返事はない。ベッドに近付くと、焦げ茶の髪の女性が眉を寄せて眠っていた。閉じた眼の下にうっすらと隈が浮かんでいる。長い睫毛と緩く波打った髪はニコやエルヴィーラ様と同じだが、髪の色が違うだけで随分と印象が違う。


「昨夜、ずっと雨だったから、朝になってやっと眠ったのよ」


眠るニコの姉貴だけじゃなく、ニコまで辛そうな表情カオをする。痛みが眠りを妨げるほどとは、かなりキツいだろう。このまま症状が続いたら、雨のとき以外も体調を崩すかもしれない。


「イザーク、どうだ?」


「……闇魔法の気配がする」


レオの問いに、俺は精霊の気配を探って答えた。悪意を以て魔法を使ったとき特有の澱んだ闇の精霊の気配が、ニコの姉貴の周囲に漂っている。これまで持続して蓄積するタイプの魔法を感知したことはなかったが、澱んだ気配が霧散しないのはあまり気分のいいものじゃない。これ、換気したらどうにかならないかな。

俺の答えを聞いて、ニコの薄い紫の瞳に怒りの炎がともる。こういうニコの表情カオを見たくなかったから、憶測が外れることを期待していた。けど、呪いか、それに近しい悪意ある魔法が働いていると判ってしまった。


「徐々にむしばんでいるところからすると、本人に刻印をするか近くに媒体があるはずだ。症状が出始めて以降に、僕もヘロイーゼ嬢に一度会ったが刻印らしきものは見ていない。恐らく、後者だろう」


馬車の移動中に、ニコから症状と経緯を聞いていたレオは即座に原因にあたりをつける。頼ったのは俺だが、こんな頼もしすぎる子供、嫌だなぁ。今はレオの賢さがありがたい状況だと解っているが、何だこいつ感は拭えなかった。


「見えないところに刻印がある可能性はないの?」


「それなら、流石にヘロイーゼ嬢自身に心当たりがあるはずだ。イザーク、媒体を探せるか?」


「どうだろ。やってはみる」


レオの隠密の外套より気配が薄いのと、ニコの姉貴ことヘロイーゼ様の部屋だからあちこちに幽かな闇の残滓が残っていて探しづらい。どこから探すか決めかね、とりあえず持ってきた花束を生けようと思った。

だが、ヘロイーゼ様のベッド横にある花瓶には先客がいた。


松虫草まつむしそう?」


「ああ。姉さんの婚約者からよ」


俺が紫の松虫草に眼を止めると、ニコが憮然と教えてくれた。その反応から、姉の婚約者にいい印象を持っていないことが判る。


「てんでガキで、たかが頭痛だろって、その花も使いが持ってきたのよ」


婚約者が直接見舞いに来たことがないらしい。だが、もらった花をちゃんと生けているところからすると、ヘロイーゼ様はニコほどその婚約者に悪い印象を持っていないようだ。

見た限りだが、ヘロイーゼ様は一つか二つ上ぐらいだろう。だが、彼女の婚約者の年齢を知らないから、ニコの評価が厳しいかどうか判りかねた。下町ならそういう態度とって恋人と喧嘩する兄ちゃんは結構いるが。人伝ひとづてでも花を贈るだけ、貴族男子の方が上等だ。


「婚約者に贈るにしては、向かない花だな」


レオが怪訝に松虫草を見る。


「何でだ?」


「悲恋に関する花言葉を持つ花だ」


「へぇ」


「そうなの」


俺とニコの反応に、レオは意外そうに眼を丸くした。俺たちの反応は花言葉を知らないそれだ。


「興味ないのか?」


「花はただ咲いてるだけなのに、人が勝手に良し悪しを決めるの変じゃん」


「アタシ、こないだまで貰う側だったから、いちいち気にしちゃいなかったわ」


俺は草花は生えて咲いているだけで綺麗だと思う。それを花言葉で付加価値をつけて、上げたり下げたりするってのに納得がいかない。だから、植物図鑑にも花言葉とその由来が載っているが、その箇所だけは読んでも頭に入らない。

ニコは、オネエの演技をする前までは容姿で判断された贈り物を女性から貢がれていたらしい。その中には当然華やかな花束も含まれていた。贈られるものがニコの趣味じゃなかったから、花に込められた意味なんて気にも止めなかった、と前に言っていた。


「そうか」


俺たちの意見に納得したレオは、可笑しそうに微笑んだ。

婚約者からの花に混ぜる訳にもいかないので、とりあえず持ってきた大飛燕草を隣に置く。あとで、誰か花瓶に生けてくれるだろう。

俺には綺麗に咲いている花にしか見えないな、と思いながら、紫のレースを集めて作ったような花弁はなびらを眺める。良くない意味があるから悪い花だと思われるなんて、勿体ない。


「…………レオ」


「どうした」


「たぶん、コレ」


松虫草を眺めていて気付いた。ヘロイーゼ様の近くにあるから気配が濃いのかと思ったら、ヘロイーゼ様の纏っている気配より歪んだ闇属性の気配がする。

確認のためにレオが松虫草の花瓶に両手で覆うような仕草をすると、花からじわりとインクが滲むように紋様のようなものが浮かびあがった。


「感じた痛みなどが増幅するまじないがかかっているな」


紋様の形で効果が判るのか、レオはそう断じた。


「あの野郎……っ」


「ニコ、早計だ。それにこれを解く方が先決だろう」


拳を握り締めるニコに、レオが落ち着くように指摘すると、ニコは心配そうに眉を下げた。


「解けるの……?」


「嫌がらせ程度のものだから、これぐらいなら僕でも解ける」


確信のあるレオの言葉に、ニコはほっと安堵する。俺は、ニコには申し訳ないがヘロイーゼ様の心配より、今知った事実に表情を歪めていた。

誰がやったかは判らないけど花に悪意を込めるなんて酷いと感じる。毒性を持つ場合もあるが草花は観賞する分には人を和ませてくれるだけだ。その価値をねじ曲げられたのは辛い。


くだけでもいいんだが……」


レオはそう呟いて思案する。そして、静かに怒るニコと花を悪用されへこんでいる俺をそれぞれ一瞥して、うん、と何かを決めたように頷いた。


「犯人には戒めの十字架を返そう」


人差し指と中指を立てて、レオが松虫草に向かって十字を切ると、浮かんでいた紋様ごと闇魔法の気配が霧散した。


「もう解けたの?」


「ああ。念のため、ヘロイーゼ嬢に付いた闇の鱗粉は拭っておこう」


レオが軽く指を鳴らすと、一瞬光の粒子がヘロイーゼ様を包んで消えた。そのあとは、俺が感じていた闇の気配がなくなっていた。これで回復も早くなるだろう、とのことだ。

ニコがヘロイーゼ様の枕元に近寄って、彼女の様子を窺う。まだ隈が残っているが、表情は和らいで、安らかな寝息に変わっていた。それを見て大丈夫だと確信が持てたニコが、安堵を表情に滲ませる。

そして、俺たちの方へ振り向き、ふわりと微笑んだ。


「ありがとう」


ニコが笑うのを見て、ただよかったと思った。



声はなるべく抑えていたが、休んでいる人の部屋に長居する訳にもいかないので、ニコの部屋に移動した。

お茶を出したメイドさんが下がったのを確認して、レオが口を開いた。


「クーン侯爵家へ、手に十字のあざができた者を探させるといい。その者が術者だ」


返した魔法が必ず触れた箇所である手のどこかに表面化するようにしたらしい。ヘロイーゼ様の婚約者の家らしいクーン侯爵家に後で確認する、とニコが頷いた。


「俺、確認するだけのつもりだったんだけど……」


呪いかどうかを確認するだけのつもりで、解決できるとは到底思っていなかった。原因特定どころか、呪いを解いて犯人特定までしてしまうレオは何者だ。いや、王子様か。

颯爽と現れてお姫様を助ける。お嬢にせがまれて読んだ絵本に出てくる王子みたいだ。実際の王子はただの政治家ジュニアだから、そんな絵本のまんまな訳はないと思っていた。まぁ、数分で解決しては、瞬殺すぎて盛り上がりもなく物語には向かないだろうが。


「流石、光の王子様ね」


「何だそれ」


「レオは光属性なのよ」


貴族間ではレオの適性属性は周知の事実のようだ。稀少な光属性なんて正義の味方ヒーローっぽいな。そういや、乙女ゲーのメインヒーローだったっけ。忘れてた。


「僕が光魔法を使ったのは最後だけだ」


紅茶を口にしながら、事も無げにレオは言う。光魔法は基本治癒と浄化の効果が主だから、ヘロイーゼ様についた闇の浄化のときにしか使いどころがなかったらしい。

さらりと告げられた事実に、ニコの方が眼を丸くする。


「は? じゃあ、さっきのは何だってのよ」


「情報収集や追跡に向くのは闇属性だろう」


影に光が当たると消えるように、光魔法で闇魔法をはらうと完全消去になって痕跡も消えるから、ニコが犯人を知りたいだろうと闇魔法で呪詛返しする方を選んだ、とのことだ。魔法の効果を調べるときも、影を濃くして輪郭を持たせただけだ、とレオは説明した。

説明を聞いて、できる気がしないレベルだったからレオの魔力量が多いからせるわざだ、と俺は一人納得して、ずぞーっとお茶を飲む。

ニコは納得できないらしい。


「いくら魔力量が多いからって……」


「どうやら、僕は光と闇の二属性持ちらしい」


レオはキラキラとした笑顔であっさりと答える。こんな物理的に眩しい奴が闇属性も強いと誰も思わない。二属性持ちって珍しいはずなのに、俺よく遭遇するな。水と風の公爵様、光と風の王女のエルナ、んで、レオで三人目だ。


「今、防音の膜張ってないんだけど……」


「いずれ知れるから問題はないさ」


「ああ、そう」


国家機密かと気を揉んだニコに、朗らかにレオが安心するよう伝える。暢気なレオに、ニコがげんなりと疲れた様子で片手で顔をおおった。


「……ザクは、何で驚かないのよ」


何故自分ばかり気を揉んでいるのか、とニコから非難の眼を向けられた。


「ん? 使える魔法使ってるだけだろ」


魔力量が多い分、できる範囲が広いだろうが、自分の能力を把握して使うことに何か問題があるんだろうか。俺も最初は適性属性以外の魔法がどれくらい使えるか試したし。それに、闇属性でもレオなら悪用しないだろう。

俺の答えを聞いて、ニコは長い溜め息を吐き、何故かレオは満足そうに笑っていた。


「光魔法と違って、闇魔法は使い勝手がいいな」


「俺、薄い膜張るしかできねぇから便利かどうか分からねぇよ」


魔力がショボい俺に同意を求められても困る。ガチで雲泥の差の相手と話が合う訳がない。


「……アンタたちといると、自分がマトモに思えてくるわ」


「ニコ、変じゃないぞ」


「どこが奇怪おかしいんだ?」


「オネエに言う科白セリフじゃないわよ」


即座に否を唱えた俺たちに、ニコは心底呆れたようだった。

帰りにエルヴィーラ様が見送ってくれた。俺が母さんに作ってもらった夏白菊と薫衣草の茶葉を渡すと受け取ってくれた。どちらも香りに痛みを和らげる効果がある花だ。ヘロイーゼ様の症状はあとは自然回復を待つだけだから、ちょっとでも足しになればいい。



その数日後、ニコからヘロイーゼ様が順調に回復していると嬉しげに報告を受けた。呪いの花の件は、婚約者ではなく彼に懸想けそうしているメイドさんの仕業だったそうだ。関与していなかったとはいえ、婚約者が直接頭を下げにきたらしい。婚約解消には至らなかったが、ニコの家に対して相手の家の立場は弱くなったようだ。


「犯人が女じゃ、殴れないじゃない」


「殴る気だったのか」


犯人が判ったらニコが相手を殴るつもりだったとは驚きだ。怒っているのは感じていたが、物理で解決をしようとするのは貴族としてどうなんだろう。ストレス発散方法を教えた身としては、若干の責任を感じる。


「女性の嫉妬は恐ろしいですわね」


そんな感想を零して、お嬢が肝に銘じないと、と自身を省みているが、お嬢って嫉妬するんだろうか。確か、兎のたちと王子談義ではしゃいだりしているそうだから、縁遠そうだ。


「お嬢はそんな心配いらないだろ」


「え」


「お嬢が好きになる相手なら、きっと余所見してられなさそう」


お嬢は美少女だし、中身も可愛いから、相手もきっとお嬢を好きになるだろう。そうなったら、お嬢が振られたり浮気される可能性は低そうだ。まぁ、俺には恋愛のことはよく解らないから、たぶんだけど。


「まぁ……、実際余所見してないわね」


じーっと半眼でニコが、俺の方を見て呆れた調子で呟く。なんで俺を見るんだろう。


「ニ、ニコラウス様、ごご誤解ですわよ……!?」


いつの間にか顔を真っ赤にしていたお嬢があわあわと慌てた様子で弁明する。一生懸命違うと主張しているが、何を否定しているんだろう。ニコは、はいはいとなおざりに返事して、お嬢を宥めていた。


「ザク、加減したげなさいよ」


お嬢の頭をぽんぽんしながら、ニコが俺に注意した。加減するも何も、お嬢は大丈夫そうだと言っただけだ。


「俺、何か不味まずいコト言った……??」


「では、詳しく説明しましょーかー?」


今まで控えていたポメが、余った袖で見えない手をあげて解説を名乗り出た。すると、真っ赤なお嬢が声のない悲鳴をあげる。


「止めてあげなさい。ディア嬢が愧死きしするわ」


ニコがそうポメを窘める。

お嬢が死ぬのは困るので、俺はポメの解説は断った。理由は解らないものの、お嬢に謝ったら、ぽかぽかと叩かれた。痛くなかったので、お嬢の気が済むまでそれを受けた。



その日の夜、十数日振りにクマ電話でエルナに連絡すると、文句のあとにひたすらレオ自慢をされた。前世の夕歌ゆうかのときのロイ様話をされたテンションと大して変わらないから、もう寝ようかと曖昧に相槌を打ちながらベッドに横になる。


『ちょっと! 私ばっかりに話させないで、イザークも何か話しなさいよっ』


「えー」


文句を言われたが、勝手に話していたのはエルナの方だ。


「つっても、特に面白い話なんてないぞ」


いつも通り庭作業して、お嬢がニコと散歩にきて話しただけだ。お嬢が可愛いのはエルナも解っているから言わなくてもいいし。


『いいコトあったとか、何かあるでしょ!』


何か一つぐらい話題を絞り出せと叱られた。そんなことを急に言われても困る。とりあえず、話題を考える。


「……あ、ニコの姉ちゃんの病気が治った」


『よかったじゃない。ニコって?』


「ダチ」


俺の端的すぎる答えに、話を広げる気があるのか、とエルナが怒る。広がらなくていい、もう眠い。


『ん……? まさか、そのニコって、宰相さんところのニコラウス・フォン・ルードルシュタットだったりしないわよね?』


「それ」


何かそんなフルネームだった。眠い俺は枕にのしかかりながら、肯定する。


『えぇー!? なんでイザークがニコねえに会ってるのーっ?』


狡い、とわめくエルナがうるさい。


「あれ? 王女エルナの前でもニコ、オネエなのか?」


王子のレオが挨拶しかしたことがなかったなら、妹のエルナのときも挨拶だけでオネエ演技する隙なんてないんじゃないだろうか。


『え! ウソっ、何でもうオネエになってるの!?』


「もうって何だ。ニコに会ったんじゃねぇのか?」


『誕生日パーティーで挨拶しただけよ。それだけで、オネエになってるかなんて分かるワケないじゃない! 超美人だったけど!!』


何だか会話が噛み合ってない。オネエのニコに会ってないのに、どうしてエルナはニコのことをニコ姐と呼ぶんだ。


『イザーク、覚えてないのっ? 君星にオネエキャラいたじゃない!』


「覚えてない。ミニゲームの種類ならどうにか」


『RPGのっ』


「あー……、魔力だけが高くて物理攻撃と防御が低かったロン毛か」


オネエキャラだったかは知らないが、モンスターがいる森に行くってのに必須メンバーがヒロインと一度物理攻撃食らったらやられるロン毛の男で、パーティー編成に苦労したのは覚えている。

戦闘力の高い他の攻略キャラをパーティーに入れればどうにかなるが、ヒロインと一定以上の好感度がないと声をかけても断られる。だから、ミニRPGに行く前の準備段階は妹がやって、パーティー編成以降は俺がやる、という兄妹きょうだい協力プレイでクリアした珍しいルートだった。

しかし、何故エルナはいきなり前世で手伝った乙女ゲーの話を持ち出したのか。


「…………あのロン毛、ニコなのか?」


『そうよ、何聞いてたのよっ』


つまり、ニコが君星の攻略キャラだということだ。


『ニコ姐はね、生まれついての魔性の美貌で小さい頃から女性に酷い目に遭っていて女嫌いなの。人間不信も入ってたから、攻略難易度が高かったのよ。あ、女性でも家族は別で、呪いでほぼ寝たきりのお姉さんが学校に行けないから、お姉さんの分も自分がってオネエに扮して学校に通うぐらい家族想いで……』


長い。キャラ語りスイッチが入ったらなかなか話し終わらないのは、前世から変わっていないようだ。俺が知っているのはダチのニコだ、君星の方のニコに興味はない。もう寝オチしていいだろうか。


『それで、ヒロイン以外も一緒にお姉さんの呪い解くことで、やっとニコ姐の信用が得られて……って、ああ!』


「何だ。話し終わったか?」


急に一段階エルナの声が大きくなって、うとうとして枕に頭が沈みかけていた俺は顔をあげる。


『イザーク、ニコ姐のお姉さんの呪い解いちゃったの!?』


「俺じゃない。解いたのは、レオ」


『え、ロイ兄様っ? そうよ、ロイ兄様のこともよ! 絶対、イザークのせいでしょ!?』


エルナは解呪したのがレオだと知って驚いた。そして、唐突に俺を何かの犯人扱いする。勝手に決め付けないでほしい。てか、眠い。


「いい加減、ガキは寝ろ。俺も寝る」


『ちょっと、イザーク!?』


眠気が限界にきたので、俺は布団を被って寝にかかる。話を聞かせろだなんだとエルナの文句が聞こえていたが、エルナが通話を切ったのか、俺が眠りに落ちたのか、しばらくすると静かになった。

明日も仕事だから寝坊しないようにしないと。蕾の感じから明日には唐菖蒲とうしょうぶが咲くかもしれない。そしたら、お嬢に教えよう。



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