side04.紫丁香花




森の中のような庭を二人、目的地に向かって歩く。


「……よかったのかなぁ」


「いいんだよ。あんなウザいクソガキについて来られちゃ堪らねぇ」


後ろ髪を引かれるように歩く庭師見習いの少年の前を、勝手知ったる他人の庭と、エルンスト家の庭内をニコラウスがざかざかと歩いていく。


「それに絶対口軽いぞ、あのクソガキ」


「まぁ、俺が叱られるだけだから、バラされてもいいけど」


「バッカ、秘密だからいいんだろっ」


「んー、そうなんだけど……、お嬢置いてきちまったし」


「ディア嬢もバラしたくないから、ポチと残ったんだろうが」


「そうなのか?」


「そうだっての」


きょとんとした表情で解っていない友人を見て、ニコラウスは溜め息をく。

確かにリュディアは一緒に行けなくて残念そうにしていたが、それでも渋々残ったのはついたばかりの護衛の統制がまだ取れていないからだろう。


「そっか」


説明されてようやく理解したらしい友人は、嬉しそうにへらりと笑う。女子も秘密基地好きなんだな、と呟いている辺り、正確に理解しているかは怪しいが。


「これから打ち合うってのに、気の抜けたカオすんなっての」


「ちゃんと付き合うって」


こちらまで気が抜けそうになるような笑顔で大丈夫だと言われても、信憑性に欠ける。だが、嘘を言うような男ではないので、きちんと律儀に付き合ってくれるだろうことをニコラウスは知っている。

実際、このあとの秘密の庭でのミット打ちは存分に受けてくれた。

一休みで梟の石像のいる噴水のふちに座し、おもむろに庭師見習いの少年はニコラウスに感想を零した。


「ニコって俺より口悪いよなぁ」


「悪いか」


「いや、俺にはちょうどいいなって」


貴族らしくないことを良しとするのは、彼が平民だからか。沁々と微笑む庭師見習いの少年に、ニコラウスは呆れる。


「んなこと言うの、ザクぐらいだ」


「そうか?」


「そうだ」


だから、彼にしか素を見せていない。

第一、自分の振る舞いが変わっただけで、根本の容姿と付随する色香がなくなった訳ではないのだ。ほとんどの同年代は、振る舞いか色香に圧倒され普通に話せやしない。同性なんて特にそうだ。得体の知れない者扱いで遠巻きに見て、近寄ってすら来ない。

庭師見習いの少年は、ニコラウスを美人と認識しているが、不思議なことにまったく色香にあてられない。色事に興味がないだけでこうはならないので、希少だ。以前、どうして平気なのか訊いたら、眩しくないから花と変わりないと意味不明な理屈を返された。


「大体、ザク嫌じゃねぇの?」


「何が?」


「オレと居ると、これからもポチみたいなこと言うヤツ出てくるぞ」


世の中の人間が表面的部分でしか判断せず、偏見を持つ者が多いとニコラウスは貴族社会にいて嫌というほど知っている。だからこそ、意図的に偏見を持つように仕向けている。

今後社交界に出ることがない彼とはいえ、知らないところで偏見にまみれた噂をされるのは気分のいいものではないだろう。


「俺はニコの素知ってるから、面白いけどなぁ。それに」


「それに?」


「同じ歳のダチができて、普通に嬉しい」


下町では歳の離れた歳上か、近くとも歳下しか近所にいなかったと、嬉しげに庭師見習いの少年は笑う。早期に働き始めたから、半ば諦めていたらしい。そして、ニコラウスの懸念した点はどうでもいいらしい。

ニコラウスは眼を丸くする。同年代の少年だというのを前提でニコラウスを見る者はいない。彼を除いて。

友人の肩に肘を置いて、ニコラウスは項垂れる。


「ザク、お前ほんと何なの……」


「何が??」


まったく解っていない様子の友人に、ニコラウスは可笑しくなって口元が笑みを形作る。

彼は、彼の言う普通が普通じゃないと気付いていない。そして、その普通がニコラウスがこれまで求めても得られなかったものだとも。

本当に可笑しい奴だ。


「そうだ。今度、西洋十二単せいようじゅうにひとえを使って迷路作ろうと思ってんだけど、ニコも一緒にルート考えねぇ?」


「迷路なんて、妙なこと思いつくなぁ」


庭は花をただ愛でる場所だと思っていたが、友人の中では違うらしい。


「フローラが最近、すげぇ歩き回るってお嬢が言っててさ。それなら、歩いて遊べたらお嬢も喜ぶかなぁって」


「そういうことか。ザクはほんとディア嬢基準だな」


「? お嬢に笑ってほしいのは普通だろ」


エルンスト家の使用人だから、と彼は当然のようにいうが、行動基準が一人の少女というのは本当に忠義なのか。


「ココじゃ無理だけど、いつか紫丁香花むらさきはしどいをたくさん咲かせたいなぁ」


開花する時期らしい花の名前をあげて、ワクワクとした表情を見せる友人の庭バカぶりに、ニコラウスは笑う。


「何だ。ディア嬢が見たいって言ってたのか?」


「いや、ニコの髪みたいに綺麗なんだ」


だから、自分で庭が作れるようになったらその花を咲かせたいと。

屈託なく笑う友人に、一度言葉を詰まらせ、ニコラウスはせきを切ったように腹を抱えて笑いだした。


「ニコ?」


何がそんなに可笑しいのか判らない庭師見習いの少年は、首を傾げる。


「あー、もう、また妬かれるなぁ」


悪い心地なく、ニコラウスは呟いた。


妬かれることは一向に構わないが、なんとなくこのことは内緒にしておこう。



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