19.足音
「殿下、最近楽しそうですね」
「課題は山積みだがな」
書類に眼を通していたロイは、一度従者へ蜂蜜色の瞳を細めて見せて、また書類に視線を戻した。
「エルンスト公は、父上ほどではないが手厳しいな」
「ああ、氷の貴公子様ですか」
笑みを履いたまま言うので、従者にはロイがそこまで困っているようには見えない。だが、普段なら口にすらしないから実際に難しいのだろう。
内容は教育関連としか知らされていないので従者は言及する立場にないが、三省長の評判は聞いたことがあるので難航している点は納得できた。
かの公爵は、甘やかな笑顔を絶やさずに完全中立公平な判断をするので、仕事相手には恐れる者もいるようだ。優しく甘そうな顔をして、一切の甘えがないため宰相直属の監査機関並の冷徹さだと評する者もいる。
「だが、春には第一関門は突破できそうだ」
ロイの満足そうな笑みに、資料集めを手伝った従者は第一関門に思い至る。
「あれですか。よかったですね。けど、貴族側はともかく、平民側の資料をよく用意できましたね。エルンスト公爵も掴みきれてなかったんでしょう?」
「とある筋から聞いてな。私自身で実験したから確実性が高いと証明できた」
「いきなり紫陽花の色の調査を言い付けられたときは、皆さん首を傾げてましたよ。自分も、あの紫陽花の色が変わるのを見るまで半信半疑でしたし」
そう言って、従者は窓辺にある葉も落ちて枯れ木のようになった植木鉢を見る。
「でも、まだ咲いている内に切ってしまったのは、勿体ないですね」
「あれは時期ずれだから冬まで持つが、早めに剪定しないと来年咲かないんだ。フィリーネが気に入ってくれたからな、来年も見せたい」
「王女殿下は、殿下をとても慕っていますからね。自分の兄の色をしているのがいいんでしょう」
「
苦笑したような声音だったが、ロイの表情を見れば悪い気はしていないと判る。彼も大概妹に甘い。
「しかし、殿下は園芸にも詳しいんですね」
ロイは好奇心旺盛で、色んな分野の本を読んで知識を蓄えているため、従者は花の育成もそうかと思った。
「いや、専門の者に育て方を聞いた」
だが、そうではなかったらしい。
「そうでしたか」
「説明を受けて、粗方一度で覚えたら気味悪がられたよ」
相手の反応を思い出して、ロイはくつくつと可笑しげに喉を鳴らす。
「自分は物覚えが悪いので羨ましいです……」
従者の方は、彼を気味悪がる人物がいるとは到底信じられなかった。そして、それを甘受して可笑しがる主人の心境も理解ができない。なので、触れずに自身の正直な羨望を告げた。
「さて、これだけあれば充分だろう。支度をして出掛ける」
「かしこまりました」
書類に眼を通し終わったロイは、必要な分をまとめて従者に預けた。従者は頭を垂れて、御者の手配に向かった。
外出用の服を早々に選んで、ロイは馬車に乗り込む。従者も同乗したのを確認し御者が馬を走らせた。緩やかに速度を乗せて走る車内は、負担なく景色を楽しむ余裕がある。
ロイは蜂蜜色の瞳に街の景色と人々を映して楽しげに微笑む。
「殿下、よく飽きませんね」
「飽きないさ。それに日々違う」
従者にはいつもの変わりない街の様子を、ロイは毎度真新しいものを見るように眼に映す。為政者の眼とはこういうものなのか、と従者は妙に納得をする。第一王子として周囲に求められる以上に、彼自身が王子としての資質を持っていた。
しばらく走っていると、少しだけその見守るような眼差しが変わったので、従者が視線を追うと子供たちが遊んでいるのか追いかけ合いをしていた。
「訊いてもいいか?」
「何でしょう」
「友とはどうやって作るんだ?」
質問されるのは珍しいな、と思っていたら答えにくい質問をされ、従者は閉口する。頭の片隅で、王子でも子供らしい思考があるものだ、と思った。しかし、彼はただの少年ではなく王子だ。年齢問わず
「どうして、急に?」
「以前、友になってほしいと頼んだら断られてな」
「言ったんですか……?」
「ああ」
「相手、男の子ですよね?」
「そうだが?」
それがどうした、という風に首を傾げる主人を見て、従者は頭を抱える。わざわざ友達になってほしいなどと口にするのは、女性に多い。しかも、割と束縛が強い女性が言いやすい傾向にあると、従者の経験則では感じている。ロイが純粋にそう言っただろうことは推察できるが、男同士でそれはない。自分が同じ立場で断る度胸があるかどうかは置いておいて、相手に同情する。
女子か、と上司相手にツッコミを入れる度胸は従者にはない。思っただけでも不敬を感じて畏れ多いのだ。自分の感じた違和感をどう伝えるべきか……
「……あのですね、殿下」
「なんだ」
「友とは、言ってなってもらって嬉しいものですか?」
ロイは数秒考えて、表情を渋くした。
「私は言葉を誤ったのか」
理解が早い点は本当に賢いと、従者は感心する。
「友人に適した相手とは、自然と一緒にいるものですよ」
「そういうものなのか?」
「少なくとも自分はそうですね。一緒にいて楽しいと思う相手だから長年付き合えますし、たまにしか会わなくても変わらず接することができます。嫌な相手とはどうしたって長続きしませんよ」
「良い友人を持っているんだな。羨ましいよ」
まさか自分が王子から羨望の眼差しを向けられることがあるとは、欠片も思っていなかった従者は動揺する。普段の眩さが更に増したように感じて、畏れ多さに顔を背けたくなった。
「自分の経験が参考になるか分かりませんが……」
「いや、おかげで自身の過ちに気付けた。ありがとう」
「滅相もないです」
彼の適正属性のせいか、聖の光が強すぎて従者は
目的地までもう少し時間があるので、話の流れで気になったことを従者は訊いた。
「断られた方とは、その後どうなったんですか?」
王子相手に断るとはなかなかの命知らずだ。経緯が気になるのは仕方がないだろう。
「時々会っている」
「会っているんですか……?」
「ああ、用事に付き合ってもらっている」
事もなげに言うロイの答えに、従者は首を傾げる。
「念のため確認しますが、その用事はその方でないと無理ですか?」
「適任ではあるが、……最近は私も慣れたから一人でも大丈夫だな。だが、彼との方が面白いことが知れていい」
少し思案し、楽しげに微笑んだロイを見て、従者は思わずにいられなかった。
それ、もう友達では?
ロイの申し出を断れるなら嫌なことはしないタイプだろう。それでも付き合っているのなら、お人好しや面倒見がいいからだけではないはずだ。自分の尺度に主人を当て嵌めてよいものか悩んだ従者は、思うだけにして口には出さなかった。
「そうですか。殿下が楽しそうで何よりです」
代わりに、そう返す。主人が年相応に笑える相手がいることに喜びを感じた。
ロイは一瞬だけ蜂蜜色の瞳を丸くし、嬉しげに眩い微笑みで答えた。
そして、従者が気付いていなさそうだったので、ロイは付け加えた。
「お前も会ったことがあるぞ」
「え!? 誰ですか!?」
本当に判っていない様子に、ロイは笑顔で気付くまで教えない意思を伝える。すると従者は、誰だろうと思い付く限りの候補をあげてはぶつぶつと呟き出した。ロイは馬車が到着するまで、その悩む様子を可笑しげに眺めるのだった。
目的地に到着すると、ロイは従者を連れて邸の正面玄関に立つ。ロイが来たのに合わせて、中へ誘うように両扉が開いた。開く速度に合わせてロイが歩み入ると、この邸の令嬢と執事が迎えた。
「殿下、ようこそおいでくださいました」
「リュディア嬢、久しいな」
礼を取った後、顔を上げ笑顔で迎える少女に、親しげな笑顔をロイは返す。
「そうですか? 二週間前にもお会いしましたが」
「リュディア嬢は随分充実した日々を送っているのだな」
「え……」
「他の者だと待ちわびたと言われるところだ」
にこやかに見抜いたロイに、リュディアは瞠目し、恥ずかしげに頬を染め瞼を伏せる。
「ご無礼を」
「ああ、そうではないんだ。貴女の話を聞くのが楽しみだと思っただけだよ」
下げかけた頭を止められ、リュディアが視線を上げた先に眩い微笑みがあった。リュディアの頬は赤みを増し、左様でございますか、と返すしかできなかった。その様子を見て、従者は女性の扱いに慣れているな、と感心した。七歳の男子として規格外なことでも、彼だからという理由で納得できてしまうから不思議だ。
エルンスト公爵への書類と資料を従者から執事へ預け、ロイはリュディアの案内で紅茶の支度をしてある庭の一角へ向かった。
「いや、本当にリュディア嬢はいいな」
向かう道すがら、楽しそうに言うロイに、リュディアは若干恨みがましい眼差しを向ける。
「蒸し返さないでいただけます?」
王子をないがしろに扱うような発言をして恥じているリュディアには、ロイの言葉はそんなつもりがないと判っていても皮肉に響く。彼女としては、日々の稽古や友人になったトルデリーゼとの交流などやることが多くあり、少し前まではあることに悩んでいたので、ロイのことを待ちわびる余裕がなかったのだ。
「僕は嬉しいのに」
「嬉しい、ですか……?」
「お互い、会わない間にやることがあって当然なんだ。けど、他の令嬢は僕のことばかり聞きたがる」
一方通行な会話は楽しくない。恐らく親から仕込まれただろう自分の株を上げるための媚びの売り方は、いっそ憐れにも感じる。純粋な好意や憧憬だったはずの令嬢自身の感情の方向を歪めている。
そういった歪みがリュディアにはない。それがロイには喜ばしい。
「ロイ様の話が興味深いからでは?」
解りやすく話すロイの話は、知らない分野であっても面白い。それを知っているリュディアは、他の令嬢もそうではないかと思った。だが、そうではないらしいとロイの返す苦笑で理解した。
「それだけでは面白くないだろう」
「……やはりわたくしも話を聞くべきかしら」
ロイの言葉を聞いて、自身を省みたリュディアは悩むように呟いた。断片的に聞き取れたが意図が解らないロイは首を傾げる。
「こちらの話ですわ」
リュディアは何でもないと首を横に振った。
「今日はどこを見せてくれるんだ?」
「
「そうか。それは楽しみだ」
これから行く光景を思い出して微笑むリュディアは愛らしい。その表情につられてロイは表情を綻ばせる。
到着すると、銀葉金合歓の黄色が視界に広がり春の訪れを知らせていた。全体を見渡せる位置にテーブルと椅子が用意され、紅茶を給侍するメイドが控えていた。
「エルンスト家の庭は、いつも違った顔を見せるから楽しいな」
リュディアの言った通り、黄色の中に白い木蓮の蕾が覗く様は可愛らしく見える。
「はい、わたくしこの庭が大好きなんです」
リュディアが自慢する気持ちがよく解る。花を愛でる心を喚起させるように、太陽を浴びて花が咲く様はロイの心を満たす。
紅茶が入ったのを確認して、リュディアはメイドを下がらせた。そして、まずは穏やかな空気のままに花を眺めようと二人が振り向くと、がさがさと銀葉金合歓の一つが揺れ始めた。大きく揺れるほどの風は吹いていない。
「なん、ですの……?」
不穏な音に怯えながらも、自身の家のことなので確かめようとリュディアは揺れる一本に近付く。
「少し距離を置いた方がいい」
ロイはそう言ってリュディアの前に立ち、念のため彼女を背で庇う。エルンスト家の防犯状態から考えて侵入者などの危険はないだろうが、正体が確認できていない状況で近付きすぎると対処が遅れる。
二人が揺れる銀葉金合歓を、じっと見つめて数拍か数十秒かが経った。すると、いきなり黄色い花の雲から結構な大きさの影が降ってきた。
「!?」
驚いたリュディアは、息を詰めてロイの袖を思わず握った。
「……っと」
持っている枝で重心がずれそうになりながらも着地した少年は、腰に革のカバーに入った細身の
影の正体が判ったリュディアは、怯えた分の恨みもありロイの前に出て少年を叱りつける。
「なんてところから降ってきますの!?」
「ん? お嬢?」
声に振り返った庭師見習いの少年は、リュディアの剣幕を眼にして、不思議そうに首を傾げる。
「どうしたら木の上から降ってくるようなことになるんですの!?」
「え。オク様の部屋に飾るのを、親父に任されたから、せっかくだし陽当たりいい綺麗なトコの取ろうと思って」
綺麗だろう、と枝を掲げて見せる庭師見習いの少年は悪びれた様子なく笑う。それがリュディアには許せない。
「だからって、危ないでしょう!」
怒るリュディアの言葉を聞いて眼を丸くした彼は、柔らかに微笑む。
「心配してくれて、ありがとな」
「反省してませんわね……」
剥れるリュディアを、優しげな笑みを浮かべつつ庭師見習いの少年は頭を撫でて宥める。
「……驚いたな」
そこに言葉通りの色が滲む声音が降る。その声を聞いて我に返ったリュディアは固まり、庭師見習いの少年は声の方を見遣った。リュディアが固い動きで恐る恐る振り返ると、ロイが興味深げに蜂蜜色の瞳を和らげていた。
「リュディア嬢には、こんな快活な面もあるんだな」
「あの、これは……、その……」
思わず声を荒げてしまい、令嬢らしからぬ振る舞いを見られた後では取り繕いようもない。どうするべきか焦るリュディアの横で、驚きというよりは呆れに近い声が洩れる。
「お前が、ロイ様、か」
リュディアが庭師見習いの少年を見ると、彼はどう反応すれば解らないようで微妙な表情をしていた。対してロイはにこやかに微笑んでいる。
「道理で、お嬢から聞く話が変なワケだ」
長い溜め息と一緒に吐かれた言葉に、聞き捨てならずリュディアは反論する。
「わたくし、変だなんて一言も言っていませんわっ」
「違う。変なのは、こいつ」
庭師見習いの少年は、ロイを指差して言う。リュディアは、その態度に呆気に取られそうになりながらも叱る。
「ロイ様は、王子殿下ですのよ!? 失礼ですわ!」
「……だそうだけど、直した方がいいか?」
「いや、非公式な場なら構わない」
「どうやったら、俺が公式にお前と会うんだよ」
「わからないじゃないか」
「そうなったら、お前に敬語使うのすげー気色悪そう」
「僕も嫌だな」
半眼になる庭師見習いの少年と可笑しげなロイのやり取りに、リュディアは今度こそ呆気に取られる。
「……知り合い、ですの?」
気安いやり取りで知人であることは明白だが、知り合う要素が欠片もないので信じられない思いでリュディアは訊く。
「こいつ、迷子だったんだよ」
「それが縁で、市街の視察の際に協力してもらってるんだ」
知り合ったきっかけを隠さず端的にバラされて、苦笑というよりは若干恥じ入るようにロイは微笑んで言葉を継いだ。
ロイが市街視察の様子を話してくれることがあったが、まさか自分の家の使用人が手伝っていたなんて夢にも思わない。そして、庭師見習いの少年は下町で何をしているかをほとんどリュディアに話したことがない。
「聞いてませんわ……」
知らなくて当然のことだが、なんだか仲間外れにされたように感じてリュディアは不平を訴えた。
「だって、お嬢とレオが知り合いなんて知らなかったもん。文句ならレオに言え。こいつ絶対確信犯だぞ」
「いや、会ったときに説明すればいいと思ったが、意外と会わないものだな」
済まない、と謝りながらも実に楽しそうなロイに、庭師見習いの少年は呆れる。
「……もしかして、俺を驚かせようとしたのか?」
「イザークがどう反応するか楽しみだったのは確かだ。けど、驚いてないじゃないか」
「お前が相当身分高いのは分かってたからな。どっちかってゆーと、老けてる理由に納得した」
「それだけか?」
「そんだけだけど?」
ロイの正体を知っても、庭師見習いの少年は畏縮する様子が微塵もない。彼からすれば、眩しい理由が王族だからと納得できただけだ。態度を改めるかどうかは、本人に確認したから問題ないと判断している。
ロイから明かさなかった理由には、万が一態度を変えられたら、という恐れがあったが杞憂だったようだ。態度が変わらなかったことに、安堵と嬉しさが滲み出る。
「そうか」
「うげ。お前、その無駄に眩しいのやめろよ。お嬢、助けて」
「わたくしを盾にしないでくださる!?」
眩い笑みを浮かべるロイに、庭師見習いの少年はリュディアの後ろへと避難する。彼とは別の意味でロイの笑顔に耐性がある訳ではないリュディアは、不服を申し立てた。
「お嬢、魔力強いから魔防も高いって。お嬢ならいける」
「何ですの、その理屈は!? 魔力なんて関係ないでしょうっ」
意味の解らない理屈にリュディアは
やいのやいのとリュディアと庭師見習いの少年がよく解らない言い争いをしているのを、にこにことロイは眺める。
そんな傍目には異様でしかない光景を眼にして、固まる者がいた。その棒立ちの影に気付いたのは、庭師見習いの少年だった。
「あれ? マテウス兄ちゃんじゃん」
彼の視線を追って振り返ったロイは、従者の姿を認める。
「なんだ。まだ時間はあるはずだが、急ぎか?」
「いえ……、少し騒がしかったようなので何か、あったのかと……」
呆けながらも主人の問いに、従者は忠実に答える。護衛として付き従っているので、物音を聞きつけてきたが、予想外の光景があって戸惑った。
従者の言葉を受け、リュディアが謝罪する。
「それは大変申し訳ありません。我が家の使用人が無作法を働いて」
「え、俺?」
「ザクが木の上から降ってきたからでしょう」
「あ、そっか。お騒がせしてすみませんでした」
リュディアの指摘で、物音を立てた自覚を持った庭師見習いの少年は素直に謝罪した。
「いえ、何事もなければよかったです」
「僕なら大丈夫だから戻っていいぞ」
「マテウス兄ちゃん、心配して来てくれたのに」
「彼の仕事だ。それに、マテウスがいてはイザークたちと落ち着いて話せないだろう」
「ふーん、お前も
子供だけの場を大人に介入されたくないとは、彼にしては珍しく子供らしい。庭師見習いの少年が思ったままに呟くと、蜂蜜色の瞳が零れそうなほど見開かれる。
「な、何だよ……?」
ロイの急な変化に、庭師見習いの少年はビクつく。彼には何気ないことだが、その指摘はロイにとっては衝撃だった。年相応以上の扱いを受け、そう振る舞うことに慣れている自分にこんな一面が残っているとは。
年相応の扱いをしてくれる者がいるからこそ知れた一面だ。庭師見習いの少年は、無意識にロイの子供らしさを引き出している。
「あ!」
「え、何!?」
今度は従者が、庭師見習いの少年を指して声をあげた。その声に、庭師見習いの少年とリュディアは驚く。
しかし、従者は二人の様子に配慮することができなかった。ようやく、主人の謎かけの答えに気付いたのだ。確かに、身分を隠して会っていた彼なら気安い間柄になったのも合点がいく。今の状況からして、正体がバレても関係性が変わらなかったのだろう。
ロイと従者のやり取りなど知らない二人は困惑する。指を差されている庭師見習いの少年は、特に困惑を極めていた。
「ははははっ」
自分が王子だったことはさらりと流したのに、こんなことには驚くのか。初めて見る彼の驚いた様子が可笑しくて、ロイは声をあげて笑い出した。
「……お嬢、どうなってんのコレ??」
「わたくしに訊かないでくださいな。とりあえず、ザクのせいでしょう」
「えー」
俺何もしてない、と庭師見習いの少年は主張するが、この状況では説得力がないとリュディアは思った。彼の無自覚の行動にどれだけ影響力があるか、リュディアは身をもって知っている。
「……まぁ、ロイ様が楽しそうでよかったですわ」
「俺、ギャグとか言ってないんだけどなー」
嬉しげに微笑む公爵令嬢と、首を傾げる庭師見習いの少年。
春の足音が近付く庭に、王子の笑い声が響くのだった。
乙女ゲームの世界であることなど関係なく、彼らは日々を積み重ねる。そうした日々が緩やかに変化を与えていると気付かずに――
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