09.紫陽花
朝食の後、師匠のノルマを終わらせて井戸で水浴びしてるとチビたちが寄ってきた。
「あー、ザクだー」
「出戻りー?」
「遊べー」
「休みなだけだっつーの」
チビたちが俺を見つけるなり突撃してくるのを躱して、手拭いで上半身を拭ききって上を着る。
俺もそうだが、どうして子供って響きの悪い表現を先に覚えるんだろう。嬉々として言うから、悪気もなく意味を理解してないだろうけど。
「お前ら濡れてるのに来るなよ」
「平気だっ」
「避けるなー」
「まさかこないだの雨のときも外出たんじゃないだろうな」
去年、大雨の日に滝行ごっこして母さんに叱られたのを棚にあげて注意する。俺も子供だからやりそうなことは解る。
「なんで知ってんの!?」
「ばかっ、カマかけだよ」
「お前らなぁ」
二匹ひっかかったので、痛くない程度に両頬をそれぞれひっぱる。チビたちはわざと痛いとおおげさに抗議する。このやり取り自体、構って遊んでるようなものだ。
「ザク、何してたの?」
服の裾をひっぱってもう一人のチビに訊かれた。
「ん? 筋トレ」
「えー、ひょろひょろじゃん」
「これから付けるんだよっ」
両頬をひっぱってるところだったチビが気にしてることを指摘してきたので、先にやった奴より長めにひっぱっておいた。前世の記憶で第二次成長期までは筋肉が付きづらいと解っているが、それでも筋肉が欲しいと思うのは男心だろう。
「なんで?」
「なんでって?」
「なんで急に鍛えようなんて思ったの?」
怪しい、とチビの一人にじと目で見上げられる。
「そんな変か? マリヤ」
「女の匂いがする」
マリヤ、お前……それ四歳児の
「図星だ」
「いや……」
「図星だー」
「ザクやらしー」
俺が言葉をなくしたのを肯定と見なしたマリヤに便乗して、他のチビたちまで騒ぎ出す。コレ、どう収拾つければいいんだ。
「だったら、どうした」
否定する方が増長すると思って、そう切り返したら、案の定チビたちはピタリと黙った。二の句が継げないチビたちはお互いに
「お前らだって、母さんや姉ちゃんを守りたいだろ」
男のチビ二人の頭に手を置いて訊くと、二人は眼を見合わせてから頷いた。
「なら、女のために強くなったっていいだろ」
「オレ、母ちゃんのために強くなるっ」
「おれ、姉ちゃんの彼氏ボコるっ」
ヨハンはいいとして、パウルの姉ちゃん、しばらく恋人できないんじゃ……
拳を振り上げたチビたちの宣言に、すぐ頑張れと言えなかった。余計なことを言ってしまった気がする。
「んじゃ、強くなるために今日は騎士ごっこしよーぜ」
「えー、それじゃ、お姫様役ヒマじゃない」
ヨハンがちゃんばらの剣代わりになる枝を探しに行こうとして、手持ち無沙汰になるマリヤは剥れる。三歳児のパウルは歳上どちらの肩を持つべきか判らず、二人の間をきょろきょろする。
「いいじゃねーか。な、お姫様」
活発なマリヤが審判にあたるお姫様役を不服がっているのは解るが、男子と同等の遊びをしては危ない。ぽん、と頭を撫でて妥協を促す。
「……わかった。ヨハンが調子乗らないように見たげる」
拗ねたのか少し頬を赤くしたマリヤが、不承不承頷いてくれた。ちゃんばらをしたかったパウルは表情を明るくし、俺は偉いと笑いかける。
「助かる。アイツ、力加減忘れるときあるから」
「大人げないのよね、ホントに歳上なの?」
五歳児に大人げも何もないだろう。こういうとき、女子の方が精神年齢高いんだと実感する。
「あと、」
じっとマリヤが見上げてくるから俺は首を傾げた。
「誤魔化されたげるの、今回だけだからねっ」
「何の話だ??」
訊いてもぷいっと顔を背けられる。茶色のおさげがつられて揺れた。
ちょうどヨハンが手頃な枝を抱えて戻ってきた。パウルが待たずにヨハンの元に駆け寄る。二人ともやる気満々だ。騎士ごっこは、前世の特撮ヒーローごっこに相当するから自分が英雄になれるのが嬉しいんだろう。姫を取り合って騎士同士が決闘するという設定だから悪役はいない。誰が悪役するか揉めなくていいと思う。
「怪我しないように気を付けろよー」
「なんだよ、ザクはしないのか?」
てっきり俺も遊ぶと思ってたヨハンは不服そうだ。
「母さんにお使い頼まれてるんだよ」
理由を聞いて納得したヨハンは次は遊べ、と渋々許してくれた。チビたちと別れの挨拶を交わして、俺は家に戻る。
漆喰の似たような家が並ぶ下町は、ぱっと見どれも同じに見える。けど、職業の看板を掛けたり、植木を置いたり各家で個性を出しているから、地元民には見分けは容易い。縫製関係の家はカーテンに彩りがあったりして意外と鮮やかだ。
俺の家は玄関の両脇に銀梅花の鉢植えがあるから、すぐ判る。
「ただいま。何買ってきたらいい?」
「おかえり。まずは乾いてない髪を乾かしなさい」
玄関の扉を開けると、母さんは新しい手拭いを持ってきて俺の髪を拭いてくれる。俺の持っているのはもう濡れきって使えないからだ。
「こんな濡れたまま、よく行こうと思うわね」
「晴れてるし乾くかなーって」
呆れた声にそう返すと、母さんは仕方なさそうに微笑む。梅雨ももう終わるし、今日はいい天気だから大丈夫だと俺は思っていた。
「ほんっと、自分のことだと雑になるところ父さんにそっくりね」
「ナターリエ」
噂をすれば影といった感じで親父が顔を出した。名前を呼ばれただけだが、意図を察した母さんは俺の頭を拭いたまま、顔だけ親父の方にやる。
「駄目です。休みの日はしない約束でしょう? それに、立て付けが悪くなった家具があるから直してほしいの」
「わかった……」
にこりと笑顔で親父に仕事禁止令を出す。ちゃんと別にすること用意してくれる辺り、流石母さんだ。頷いた親父は、すごすごと奥に引っ込んだ。
庭の仕事はしようと思えばいくらでもある上、親父は仕事一筋な人間なので放っておくとずっとする。なので、母さんから四・五日おきに一・二日休むように厳命されている。なんでも、俺が産まれるより前にぶっ続けで仕事して倒れたことがあるらしい。
髪を拭いてもらってる間に買うものを訊いて、俺は復唱確認して覚えてゆく。ブラシで軽く梳いてもらってるときに訊いてみた。
「小麦粉と卵多めに買っていい?」
「どうして?」
「クッキー作ってお嬢にあげたいんだ」
「お嬢様って、公爵家の?」
俺は頷いて、お茶会に呼ばれてお菓子をご馳走になったことを説明した。理由は解らないが、俺にクッキーを譲ってくれたからお嬢があまり食べれてなかったお詫びをしたい、とも。
同じもの、しかも手作りの劣化版で返すのは失礼かもしれないが、とりあえずお詫びの気持ちだけでも示したい。
「お嬢様ってどんなコ?」
「表情がくるくる変わって素直で可愛いよ」
「やっぱり父さんの子ねぇ」
梳き終わった母さんは呆れ混じりに笑って、俺の頭に手を置いた。何を親父と比較されたのか解らなくて、俺は首を傾げる。
「なんで母さんが父さんと結婚したか解る?」
解らないから素直に首を横に振った。いきなりなんだろう。
「あの人、あまり喋らないのに綺麗とか可愛いは普通に言うでしょ」
それは俺も植木の買い付けなどで聞くから、縦に頷いた。庭師だからか自然に親父は言う。だから、俺もそれが普通になった。
「それで、ツボっちゃったのよ」
「ふーん、そういうもん?」
気付けば両親の馴れ初めを聞かされてしまった。親の惚気を聞くのはなんだか居心地悪くて、軽く流す。
「そういうもんなの。だから、ザクも気を付けなさいよ」
「何を??」
だから、が一体どこに掛かって俺への注意になるんだ。
「その気もないのに勘違いするようなこと言わないようにね、ってこと」
「大丈夫。俺、思ったことしか言わないから」
前世の反省で、自分に正直に生きている俺には無用の心配だ。母さんに躾けられて挨拶とありがとう・ごめんなさいの大事さも知ってる。俺が自信満々で答えると、母さんが解ってない、と苦笑いした。
「はい、これで仕上げ。いってらっしゃい」
「いってきまーす」
陽射しが強いからとキャスケットを被せて母さんが送り出してくれた。俺は今は空の布袋と財布を持って市場のある商業区に行く。
アーベントロート国の南端にまで続いてるというメインストリートは王都付近は貴族向けの高級店街が多く、凱旋にも利用するから道がすごい広い。その隣に王都の中央広場に繋がる庶民向けの市場通りがある。そこそこの大通りで、通りの一定区画ごとに店の種類が食品や生活雑貨、鍛冶・宝飾品と移り変わってゆくので場所によって客層が違って面白い。
貴族はどうか知らないが、いつも活気ある市場通りから中央広場の噴水まで行くのは、庶民の王都観光ルートで有名だ。貴族向けと庶民向けの道が隣り合っているのは卸しの関係で便利だかららしい。
食材のお使いを頼まれた俺は、もちろん市場通りの食品区域に行って頼まれたものを買う。馴染みの店もあるからよく買うものはいつもの、と言えば済むから楽だ。
「卵は最後にするから後は……」
布袋の中身を確認しながら、買い忘れがないか買い物リストを頭で反芻する。
「あ、ジャガイモ」
買うものは今晩の夕食の材料がほとんどだから、メニューで考えると覚えやすい。たぶん今日は、シチューかグラタンだ。俺はグラタンがいいな。
買い忘れを思い出して顔をあげると、妙なことに気付いた。人が多い市場通りに人が避けてる場所がある。遠目に何か光るものが見えた。
何だろう、と不思議に思い大人も避けるその場所に向かってみる。張り上げる声もしないから喧嘩でもないだろうし、浮浪者だとしても誰かが兵士を呼ぶはずだ。それ以外に人が遠巻きにするものが思い付かない。
何が光ってるんだろう?
自分より背の高い大人たちの波を潜り抜けて、好奇心の元にたどり着く。ぷはっと一呼吸
正視したら眩しすぎて思わずぎゅっと眼を瞑った。
そこには何故か貴族の少年がいた。
なんか陶器みたいに無駄に白い肌と蜂蜜色した瞳もキラキラの要因だろうが、何よりサラサラで癖のない金髪の反射具合がヤバい。なんだっけ、天使の輪みたいな光のリングもばっちりある。
古代遺跡発掘して黄金の宝見つけたらこんな感じかも。公爵様の金髪以上に眩しい金髪があったのか。ただの金というより『黄金』がぴったりだ。
とりあえず、みんなが遠巻きにしている理由が解った。庶民向けの道にこんな目立つ貴族の子供がいたら、親切で声かけても誘拐の疑いが掛かりそうだもんな。
しっかし、コイツすげぇなぁ。
さっきからチラチラ通行人に見られてるのに全然気にしてない。人に見られることに慣れている。前世で遭遇したことないけど、芸能人ってこんな感じかな。周囲を見回してはいるけど、それは知らない場所だからだろう。
「お前、迷子?」
見つけてしまったから仕方ない、と黄金の少年に声を掛けた。俺と同じか少し下っぽい彼は、こちらを向いて不思議そうに呟く。
「まい、ご?」
「道に迷ったのか、って訊いてんの」
きょとんとしてから、俺の言ってることを理解したらしい少年は少し照れくさそうに微笑んだ。
「この場所には来たくて来たんだが……そうだな、戻り方が判らないから迷ってしまったな」
陽光を受けて反射する金髪が眩しくて、俺はまた眼を瞑る。
「どうしたんだ?」
「お前、眩しいからあんま見たくない」
目に痛い。なんだ物理攻撃力のある金髪って。今日、天気がいいのが災いした。今すぐ曇ってくれないかな。
「それは、済まない」
顔を逸らす俺に、驚いたのか少し間を置いてから申し訳なさそうな声がする。歌うようなボーイソプラノで喋るな、こいつ子役俳優的な芸能人か。
「悪い。俺、金色とか派手なの苦手なんだ。お前が謝ることじゃない」
きんきらの金よりは銀、普通の銀より燻し銀の方が好きだ。カッコいい。けど、それは俺の好みの問題で、黄金の少年は悪くない。
「これでちょっとはマシだ。よし行くぞ」
俺は自分のキャスケットを被せて、少年の手を引いて歩き出す。
「え、どこに……」
「メインストリートに出ればお前の知り合いも見つかるだろ。どこかで落ち合う予定だったりしないか?」
「あ……確か、何かあれば噴水のある広場に、と」
「じゃ、こっちか」
俺に手を引かれたまま、状況が理解できなさそうに少年はついてくる。大人が多い中ではぐれないようにするには、手を繋いでおくしかない。俺が金髪を目立たなくしたから、紛れやすくなったみたいで少年を見る大人が減った。
「どうして私が貴族だと?」
「そんな上等な生地の服着て派手な外見してりゃバレバレだぞ」
バレてないと思っていたらしい少年に、俺は呆れる。随分と箱入りのようだ。
「一番地味な服を選んだんだが……」
黄金の少年は、あからさまにしょんぼりする。言葉遣いは子供らしくないが、中身は年相応っぽい。お忍び探検が失敗して残念なんだろう。
「お前の場合、まずヅラ作れ。茶色か黒の」
平民には珍しい金髪を指摘すると、少年は納得したようだった。お嬢と同じで立ち振る舞いや話し方までは隠せないが、少しはマシになるだろう。
「そうか、次からは気を付けよう」
すごく真面目に頷くから、心配になる。
「また来る気かよ……、次来るときは声かけろ。俺の服貸してやるから」
「本当か」
いくら上品な仕草の子供でも、質素な服を着てれば先入観で誤魔化せるだろう。俺の提案に少年は一瞬喜んだが、すぐに表情を曇らせる。
「だが、私には平民と連絡する術が……」
「俺、イザーク。親父のデニス・バウムゲルトナーは貴族でも有名な庭師だから仕事依頼する振りして手紙でも送ってくれたらいい」
他の貴族の家からたまに声が掛かっているのを、いつも親父は断っている。
「公爵家の……」
黄金の少年も知っていたようだ。親父の仕事が評価されている証拠に、俺は内心誇らしくなる。
「イザーク、君は聡明なんだな」
聞いたことのない褒め言葉に驚いて少年を見ると、目映い笑顔がそこにあった。俺は反射的に眼を瞑る。
「お前、眩しいからこっち見んな」
「……イザークのような者は初めてだ。いっそ清々しいな」
「お前、怒るところだと思うぞ」
また俺が眼を瞑りたくなる笑顔を向ける少年に、失礼な態度を取ってる俺の方が突っ込む。変な美少年だな。お嬢なら、今頃俺めっちゃ叱られてるぞ。
「様々な観点から物事を見ろ、と父から教わっている。清濁併せ呑んでこそ正しい姿を捉えられるから、と。だから、民の生活を見たくて今日は来たんだ」
「お前の周り、大人ばっかだろ」
子供らしくない言動ばかりする少年に、初対面のときのお嬢が被る。方向性は違うけど、周囲の大人にいかに追い付くかと意識しているところはそっくりだ。なんで、貴族って子供らしくない奴ばっかなんだろう。
指摘すると驚いたように蜂蜜色の瞳が丸くなる。その表情は子供そのものなのに。
「どうして判るんだ?」
「言うコトが賢すぎるんだよ。友達作ってもっと遊べ」
「友達……」
少年は呆けたように言葉を反芻する。そして、掴んでいた手を握り返される。
「……イザークは、私の友になってくれるか?」
「え。嫌だよ。お前、眩しい上に言動気持ち悪いもん」
見た目が苦手な上、頭脳は大人みたいな奴で違和感ぱない。正直に断ったら、数秒固まった後に大爆笑された。
「あははっ、僕個人を理由にここまで拒絶されるとは……っ」
「お前、変な奴だなー」
「君に言われたくないよ……っ」
笑いが止まないまま言い返される。お嬢にもこないだ変だと言われた。普通にしてるだけなのに解せん。
「……ああ、まだ名乗っていなかったな。僕はレオだ」
「あっそ。レオ、もう少しで噴す……」
「イザーク?」
急に足を止めた俺に、レオが首を傾げる。
俺は脇道にあったある物に眼を奪われていた。脇道に入って庶民の住宅地が並ぶ区域の玄関の一つ。見間違いじゃないか確認するため、俺はその玄関前まで行く。はぐれないように手を繋いだままのレオは訳が解らないままついてくる。
「やっぱり……」
「
俺が手を添えた鉢植えを見て、レオは首を傾げる。
「その花がどうしたんだ」
「珍しい」
端的に俺は答える。今、俺の目の前にあるのは白い紫陽花だ。白いのは初めて見た。
この国の紫陽花は土の性質で色を変えるのではなく、その場に多い属性で色が変わる。だから、土属性のオレンジか水属性の水色が一般的だ。ただ、魔力の多い貴族の家では住人の魔力の色に染まることがある。敢えて好みの色にしたいからと、紫陽花に高い魔石を植える道楽貴族もいるらしい。
確か、植木屋のおっちゃんが魔術省だか薬術省だかに低木から草本への品種改良依頼されてるって言ってたっけ。適性属性の簡易診断ができるようになったり、精霊の地域ごとの分布調査に使えるようになるらしい。持ち運びしやすいように、桜草みたいな草本へ品種改良するのが望ましいんだそうだ。得意先の植木屋のおっちゃんは、品種改良がうまいから数年後には実現しているかもしれない。
とりあえず、付き合わせたレオに簡単にどう珍しいのか説明した。
「珍しいことは解ったが、白い場合は何の属性なんだ?」
「たぶん……」
「あの、家に何か御用ですか……?」
白い紫陽花の家の扉が開いて、お嬢ぐらいの女の子がおずおずと顔を出した。まんまるな眼をしていて、肩までの長さの夕陽みたいな髪は毛先が内側に巻いている。
隣で小さく息を呑む気配がした。確かに
「ああ、ごめん。俺、庭師見習いだからこの紫陽花が珍しくて」
つい見入っていた、と不審がる女の子に事情を説明して詫びる。
「珍しい……?」
俺が珍しがる理由が解らない様子の女の子に訊いた。
「もしかして、毎年白く咲いてる?」
女の子は頷く。彼女は毎年同じ色で咲くから、珍しい色だと知らないのか。
「この紫陽花は誰が世話してるんだ?」
怖がらせないように目線を合わせて訊くと、女の子が悪いことでも指摘されたようにビクつきながら答えた。
「……っわ、たし」
質問責めにしたせいか誤解させてしまったらしい。悪いことをしたのか、と怯えた眼で見返される。兎とかの小動物を苛めているみたいで罪悪感が凄い。
「そうか。俺、白い紫陽花初めて見たから育て方を訊いてみたかっただけなんだ。綺麗に咲かせて凄いな」
安心させようと頭を撫でて笑いかけると、しばらくして褒められたと理解した女の子は嬉しさに頬を紅潮させた。
「ただ、水あげただけだよ……?」
謙遜した言葉を言いながらはにかむところを見ると、大事に世話をしていたんだろう。
「それだけで? なら、ほんとに凄いな」
剪定などをしていない割には花の咲き方や大きさに偏りがない。きっと満遍なく太陽を浴びるよう小まめに位置を調整していたんだろう。
「そんな……」
満更でもないらしい女の子は照れながらも嬉しそうに笑う。
そういえば、さっきからレオが一言も話していないのに気付いて隣を見ると、女の子に見入ったまま惚けていた。
「レオ、どうした」
「った!? なんだ!?」
スパンとレオの後頭部を軽く
「こっちがどうしたって訊いてんの」
「いや、別に……」
何でもない、とレオは女の子を見遣り、女の子が首を傾げると眼を伏せた。意味が解んねぇ。
「ま、いいや。じゃあ、綺麗な紫陽花を見せてくれてありがとう」
「どっ、どういたしましてっ」
紫陽花の礼を言うと、女の子はぴょこりとお辞儀した。
「行くぞ、レオ」
「あ、ああ」
女の子は、いきなり現れた俺たちを見えなくなるまで手を振って見送ってくれた。
後ろ髪引かれるように、振り返りながらついてくるレオが不思議そうに訊く。
「属性のことを彼女に話さなくてよかったのか?」
俺が属性で色が変わることを教えなかったのが疑問のようだ。
「確証がない。それに……」
「それに?」
「あの子、たぶん魔力強い」
魔力量が多い者が近くにいないと紫陽花はオレンジか水色になる。リトマス試験紙みたいに人の魔力で反応するときは、一定以上の魔力がある場合だけだ。
レオは彼女が庶民ではイレギュラーだと理解して瞠目する。
「彼女の属性はなんなんだ?」
「見たことないから、光属性かもしくは……」
「見つけましたよ!!」
いきなり掛かった声に、俺の言葉は掻き消される。驚いて俺たちが声の方を向くと、噴水の方から駆けてくる青年がいた。話している内に中央広場に着いていたらしい。
「マテウス!」
レオが駆け寄ってきた青年の名前を呼ぶ。
「一体どこに……、彼は?」
青い顔をした青年は言い募ろうとしたが、隣にいる俺を見て止まる。
「ああ、彼がここまで案内してくれたんだ。イザーク、彼は僕の……兄だ」
「君のおかげで弟に会えたよ。ありがとう。何かお礼を……」
「いや、要らないです」
形式的なものとはいえ、この状況でお礼もらう話になったら俺以上に素性バレたくないレオたちが困るだろう。外見的に無理がある兄弟設定を出すってことは、この兄ちゃん護衛か使用人のどちらかだ。
俺はすっぱり申し出を断って、別れを告げる。
「俺、買い物の続きがあるんで失礼します。じゃあな、レオ」
「っまたな、イザーク」
手をぶんぶん振って俺を見送るレオは、さっきの別れ際の女の子と同じ年相応な子供だった。ほんとにまた来る気かよ、と俺は苦笑する。
仲良くなれないと言った俺に笑顔で別れを告げるなんて、ほんとうに変な奴だ。
俺は気を取り直してお使いを再開した。
翌日、お詫びに渡した手作りクッキーを食べたお嬢は、何故か怒って俺をポカポカ殴った。
やっぱり口に合わなかったのだろうか。
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