07.感謝




「どうしたらおっちゃんたちみたいになれるんだ?」


夕暮れ時、厨房にハーブのお裾分けに来たついでに訊いてみた。

俺に見上げられた料理長のおっちゃんは屈強な筋肉で、他の料理人の兄ちゃんたちもなかなかの筋肉だ。母さんとパン作りしたことあるから料理に筋肉がいることは解っているが、それにしたって拳で勝てそうな面々ばかりだ。

庭師を目指している俺が料理の腕について言っているわけではないと理解しているおっちゃんは、意図を察してがははと笑う。


「どうした坊主。喧嘩で負けたか」


「近所は歳下チビばっかだから喧嘩しねぇよ」


大きな手でポンポン頭を撫でられる。なまじ力が強いから地味にダメージがある。


「なら、女かっ」


「ん? うーん……」


そうなのだろうか。よく解らない。

極論な問いに対して即座に否定しなかったら、夕食の準備してたはずの兄ちゃんたちが生意気だと食い付いてきた。


「やっぱお嬢様か!」


「高望みだな」


「いや、近所の幼馴染みって可能性もあるぞ」


なんか色々好き勝手に言われてる。競馬の勝ち馬予想みたいだ。もしかして俺、賭けのネタにされてるのだろうか。男子校に行った前世のダチもよく下らない賭けをしたと面白おかしく話してくれたっけ。あの乗りに似てる。

コレ今、兄ちゃんたちに彼女いるのか訊いたらダメなやつだよな。

意趣返しの方法は浮かんだけど止めておいた。


「とにかく強くなりたいんだ」


ただ抽象的な希望を主張する。

お嬢がきっかけだったけど、あのとき感じた無力感が消えたわけじゃない。一度自覚したものを払拭するため、単純に鍛えたいと思った。


「いっちょ前におとこを上げようってか! はっはっはっ」


おっちゃんが可笑しそうに大笑いして、俺の肩をバシバシ叩く。力が強いから普通に痛い。悪気なくても痛いものは痛い。てゆうか、教えてくれるのかくれないのかどっちだ。


「何をしてるんですか、皆さん」


痛みに抗議しようとしたら、兄ちゃんたちの向こうから声がした。おっちゃんと兄ちゃんたちに囲まれて、誰かがまったく見えなかったが、その声に反応して兄ちゃんたちが蜘蛛の子を散らすように持ち場に戻った。

それでも調理場の勝手口にいる俺は、邸側の入り口に立つ人が調理台やその上の食材で見えない。誰だろう。


「ハインツさん、ちょうどよかった。坊主を鍛えてやってくれませんか」


あ、おっちゃんがちゃんと敬語だ。料理長が敬語なことに驚いたが、よくよく考えれば公爵家お抱えシェフの口調がざっくばらんな方が変だと気付く。


「はい?」


唐突な話題かつ俺が見えていないから怪訝な声が返った。聞いたことある声な気がするのは何故だろう。


「こいつ、強くなりたいんだそうです」


可笑しそうな笑みを消さずに、おっちゃんは俺を邸側の入り口まで連れてゆき、声の主に引き合わせる。

見上げると執事さんがいた。ちゃんと対面したの初めてだ。ハインツさんって執事さんのことだったのか、道理で声に聞き覚えがあるはずだ。

声の正体は判ったが、紹介された理由が解らなくて俺はぽかんと執事のハインツさんを見上げる。そんな俺におっちゃんが教えてくれた。


「ハインツさんは騎士団副団長の誘いを蹴って、エルンスト家に来たんだぞ」


我流の自分より指南役に適任だ、とおっちゃんは笑う。

戦う執事って漫画やゲームだけじゃなかったのか。その事実に俺は驚愕する。前世の妹が読んでた漫画には戦闘力がおかしい使用人がよく出てきたし、俺が前世やってたゲームでも執事やメイドが暗器投げて忍者と同等だった。

使用人に戦闘力はいらないだろう。あ、俺も一応使用人か。

俺が驚いている間に、おっちゃんとハインツさんは夕食の一部変更と翌日の献立の打ち合わせを済ませていた。気付けば、調理場の入り口から邸の廊下にハインツさんと出されていた。


「名乗っていませんでしたね。ハインツ・フォン・ドライスと申します」


胸に手を添え、隙のない動きで礼をされたので、俺も慌ててお辞儀する。


「……っあ、イザーク・バウムゲルトナーです」


「知っています」


直接話すの初めてだったから名乗ったら、にべもない反応を返された。うん、ハインツさんだったら電子辞書みたいに備考付きでこの家の使用人全員の情報出せそう。

それ以上、俺から何を言えばいいのか解らなくて数拍の沈黙が落ちる。水面みたいな静かな眼でただ見られて緊張する。


「何故、強くなりたいのですか?」


「お嬢、様を守りたいからです」


眼を見て訊かれたから、逸らさないように見返して答えた。

守る、なんて大層な表現だけどそれ以外の言い方が浮かばなかった。せめて、自分が近くにいるときだけでも危ない目に遭わないようにしたいと思う。

また数拍の沈黙が落ちる。表情が変わらないから定かじゃないが、何か考えているのかもしれない。


「……もし、リュディア様といる時に悪漢に遭ったらどうしますか?」


「連れて逃げます」


質問に即答したら僅かにハインツさんの瞼が動いた。


「では、君一人だったらどうしますか?」


「逃げます」


また即答した俺に、ハインツさんは少し眼を見張る。


「理由は」


「得物を持っている可能性、または他の仲間がいる可能性があります。相手の情報が少ない状態で、子供の俺が立ち向かうのは無謀です。それなら、安全もしくは隠れられる場所まで逃げます」


前世でゾンビを倒すゲームも齧ったことあるが、アレはこちらにも一定のスペックと装備があるから立ち向かえるものだ。一般人が同じ要領でできるわけがない。


「それに、一人だったとしても……俺はもう家族を悲しませたくはありません」


喧嘩ばかりの頑固親父、お袋にはよく叱られていた。妹とは軽口叩きあってばかりだった。突然死んだ前世の俺のせいで、悲しんだろう。もうそんな想いはさせたくない。

人生どうなるか判らないけど、今度はジジイになるまで生きて大往生するんだ。生き延びる努力はする。

その決意でハインツさんを見ると、小さく息を吐かれた。


「……いいでしょう」


「え」


「週に一・二度、数時間でよければ体術から教えます。デニスさんと予定を調整しましょう。君はある程度、庭仕事で体力もありますね。……まだ幼いですし加減して、腹筋・背筋・スクワットを毎日五十回してください」


「へ? え??」


スラスラと今後の予定を話されて、俺は理解が追い付かなくて混乱する。今、加減して五十回って言った?


「やりますか? やりませんか?」


静かな眼で是非を問われる。今、答えないともうチャンスはきっとない。


「やりますっ、師匠!」


思わず背筋を伸ばして敬礼した。何故か、ハインツさんは一瞬固まった。けど、その後何事もなかったように別れの挨拶をして去っていったから、俺の気のせいだったかもしれない。

外に出るため、調理場を通ったらおっちゃんに合格おめでとう、と肩を叩かれた。俺、一体いつ受験したんだ。

その日から、俺の日課に筋トレが加わった。

数日後、何が変わったかというと、前より腹が減るようになった。親父に言われた午前中のノルマを終わらせた俺は、近くの木の根元に座って母さんから持たせてもらった弁当の包みを開ける。


「腹へったぁ」


口癖になりつつある呟きに気付かず、出てきた白身魚のフライとトマトなどの野菜を挟んだライ麦パンのサンドに俺は眼を輝かせる。

すかさず両手を組んで軽く頭を下げる。


「恵みに感謝を」


両手を一旦解いて、今度はパンッと両手を合わせた。


「よっし、いただきます!」


「……なんですの? それ」


「あが?」


ちょうどサンドイッチを咥えたところに声がかかった。声のした方を見ると、お嬢が不思議そうな表情カオをしていた。

腹が減ってる俺は、掌をお嬢に向けて待って欲しいとジェスチャーで伝える。意図が伝わったのか、お嬢は近くまできてちょこんと隣に座った。ひたすらもぐもぐ食べてる俺をじっと待つ。

サンドイッチ二つを、俺はよく噛んで無心で食べる。待っているお嬢には悪いが、なるべく休まず食べているから許してほしい。


「ごちそうさま」


お嬢がガン見してくる状況で俺は食べ終わり、満足して手を合わせた。


「で。何? お嬢」


「それですわ」


さっきの質問について訊くと、合掌している手を指される。


「先ほどのと、今のはなんです?」


「なんかありがとう的なの」


「ありがとう?」


この国では食前に国王の治世に感謝してから食べるのが慣習だ。その後のは前世の記憶の慣習だ。物心つく前からしてたようで、家で家族みんなしてたから当たり前だと思ったら、母さんたちは俺がしたのを一緒にするようになっただけらしい。つまり、俺ん家限定の慣習だ。

母さんが幼い俺に訊いたときに答えたという回答を、お嬢にもする。

米一粒に七人の神様が、とか主食米じゃないから通じないに決まっている。


「なんか食べれるのって、王様だけじゃなく色んな人や自然のおかげだろ? そういう全部にありがとうな気持ちでやるヤツ」


山とかなんでも神様になる日本ならではの考え方なのかもしれない。


「変わった……考え方ですのね」


お嬢は初めて聞く考えに首を傾げる。国王に感謝するのが当然だから、それ以外にも感謝なんて想定外なんだろう。ウチの母さん、よくすんなり受け入れたな。


「でも……、そうですね、そういう考えも悪くないですわ」


うん、と考えながら頷いてくれた。

馬鹿にしたりせずちゃんと聞いてくれたのが嬉しくて、俺は笑う。


「な……なんですの?」


笑みを向けられる理由が解らないお嬢は、若干狼狽える。


「俺、お嬢のそうやってちゃんと話聞いてくれるトコ好きだな」


よい子だと思う。最初から庶民の俺の言うことでも、まず聞いて自分で考えてから答えてくれていた。庶民や使用人の話なんか聞く耳持たない貴族なんていっぱいいるのに。

お嬢はしばらく静止した後、温度計みたいに下から上へと赤くなって、頭の天辺まで到達したと思ったらなんか蒸気みたいなのが出た。


「…………っっっ!!」


口をぎゅっと閉じて必死に出そうになる声を堪えている。


「? お嬢どうした??」


いきなり赤くなってどうしたんだろう。今まで見たことない赤くなり方だし、原因がさっぱり解らない。

俺が首を傾げると、お嬢はにじりにじりと後退し始めた。

え。俺、なんか嫌がることでもした?


「お嬢……?」


少し不安になって、もう一度呼び掛ける。


「……~っななな何なんですの、ザクは!!」


「何って??」


一体何を訊かれているのか解らない。抗議めいた響きで言われたが、責められているとしても何に対してなのか。

悪いことをしたなら謝りたいが、訊いてもお嬢は答えてくれない。微妙に距離を取られて、威嚇する猫みたいに肩を怒らせている。

どうしたものか。


「あ。そういえばお嬢、何の用で来たんだ?」


とりあえず当初の目的を確認する。


「……っお母様が、三時のお茶にザクも来るように、と。その首洗って待っていなさいっ」


お嬢は公爵夫人からの伝言をどうにか伝えると、俺に指を突き付けつつ捨て科白を吐いて走り去っていった。

置いてきぼりにされたようになった俺は、すぐに作業に戻れなかった。返事する間もなかった。


お茶会に誘われたはずだが、俺締められるの?



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