03.属性
庭師見習いになって数週間が過ぎた頃、公爵様が薔薇を背負ってやってきた。
いや、ガチで。
俺は親父と薔薇園の手入れをしていて、公爵様はちょうど早咲きの薔薇が咲いているところからやってきたのだ。
すごい満面の笑顔でとても嬉しそう。なもんで、違うと解っていても公爵様が薔薇を咲かせたのかと思うほど。
そんな光景に驚いて挨拶するタイミングを失った俺を、公爵様は両手を広げて抱き締めてきた。
「ありがとう、イザーク!」
「い゛ぇ!? あ、ちょ、公爵様、汚れますよ!?」
男にハグされたことより、まず確実に高い服が汚れることの方が気になった。庶民には弁償できない。
俺の忠告を聞いているのかいないのか、ぎゅうっと強めに抱き締めてくる。苦しくはないが完全に動けない。
自分じゃどうしようもないから、親父に助けてほしいと視線を送るが、親父も作業着だから公爵様に触れられる状態じゃない。今の状態の公爵様に言葉が届かないと早々に諦めたようで静観している。諦めるの早っ。息子が困ってるってのに。
あ、執事さんもいる。いつの間に。でも、やっぱり助けてはくれないんですね。きっともう着替えを用意したり、後でフォローするつもりなんだろう。
そもそも、ハグ付きで上司に感謝される覚えが俺にはさっぱりない。
「こ、公爵様っ、俺何かしました?」
何もしていないはずだが。たまに時間までにノルマ達成しようと焦って、親父に作業が荒いと怒られるぐらいで。
「ディアが可愛いんだ!」
「は? はぁ、そうでしょうね」
お互いの顔が見えるぐらいに離して、そんな事実を言われても。美形の親から生まれる子供は当然可愛いし、自分の子供なら尚更だろう。
「そうではないんだ! いや、ディアは元々可愛らしいが、最近更に可愛らしくて仕方がないんだっ」
「ヨカッタデスネ」
なんだ親バカの
「君のおかげだっ、ありがとう!」
そう言ってまた抱き締められる。意味が解らない。
「……あのー、お嬢……様が可愛くなったのと俺に一体なんの関係が??」
関係ないはずの俺を巻き込まないでほしい。
しかし、公爵様は関係が大アリだと言う。どういうことだ。
「君が注意してくれたあの日からだ。ディアが私を毎日見送りたいと言ってくれて早起きするようになって、ヴィアもフローラによく会いにくるようになったと言っていた。最近では一日の内、一食は家族全員でとるようにしているんだ。おかげで仕事に精が出て、早く終わるようになったよ」
いや、なんだ通販のコレを飲むようになったらすべてが順調ですみたいな成果報告は。事実なんだろうけど、このデレデレ感は。
てか、いきなり人名出されたけど、たぶん公爵様の奥さんともう一人の娘さんだよな。
「それ、お嬢……様が頑張っただけじゃ」
「いや、きっかけを与えてくれたのはイザーク、君だ。それに、その後もディアの相談に乗ってくれていたようじゃないか。礼が遅くなって済まない」
それはあれか、数日おきに何故かやってきてはメイドのカトリンと仲直りできただ、妹が小さくて可愛いだと報告してくるあれか。俺、作業しながら聞いて相槌してるだけだから相談もなにもないのだが。前世の妹で解りきっているが、女の愚痴は大抵答えは自分で出ているが不満とか悩みを一通り聞いてほしくてするものだ。だから、とりあえず聞いておくだけでいい。
どうしよう本気で何もしてないのに感謝されてる。
「歳の近い友達ができたおかげでディアも素直になれたのだろう。これからも仲良くやってくれ」
「それはモチロンヨロコンデ」
眩しい笑顔と上司の言葉に逆らえず、ついイエスマン化してしまった。公爵様、軍手のままの手をそんなしっかり握手しちゃ手まで汚れますよ。
用事が済んだ公爵様は颯爽と花弁を散らして去って行った。単に風で花弁が舞っただけだけど、タイミングばっちりだった。
見えなくなってから両手を合わせて、公爵様に追随していった執事さんにフォローさせてごめんなさいと拝んでおく。
サクリ、と草を踏む音がして、そちらに振りかえると親父が踵を返して肥料を手にしていたところだった。
「続けるぞ」
「はい」
公爵様がいる手前中断していた作業に戻る。仕事中は見習いだから敬語を使うようにしている。
未だ春の今、薔薇園に咲いている花は少ない。それでも緑とのコントラストが映えるように親父が調整しているので、派手さはないが綺麗だ。初夏からが見頃になるので、既にあるものの生長具合をみて、新しいものをどこに追加するかを今のうちに準備しておく。
庭師の醍醐味はこの準備作業だと、俺は思っている。確かに既に咲いているものを配置することもあるが、それより蕾を付けて咲くまでに変わってゆく風景を想像しながら作業するのはワクワクする。自然を相手にしているから、すべてが思った通りにならないのも面白い。庭師はちょっと方向を誘導するだけだ。俺自身が任されるにはまだまだ先だが、親父がどんな庭を作ろうとしているのか傍で見れるのが嬉しい。
させてもらえるのはまだ雑用ばかりだが、この特等席にいれるだけで楽しい。
もっと幼いとき親父が外で頼まれた仕事を見せてもらったことがある。祭に合わせて街の噴水に続く遊歩道を整えるものだった。近所だったからよく知っている道が祭の日に合わせて花が咲き乱れるのは魔法のようでとても驚いた。
親父は魔法を使わない魔法使いだと信じていた時期もある。
ちなみにこの世界には魔法がある。
だから、ここでいう『魔法使い』は資格があって一定以上の魔力を有する人間を指す。魔術士が正式名称だが、庶民には魔法使いの方が通りがいい。
庶民はほとんど魔法を使えない。魔力の多さに遺伝性はない、と随分前の学会で発表されたらしいが、この国ではおおむね身分と魔力量が比例している。
親父は土属性の魔法が少し使える程度、土の状態を把握できるから庭師向きだ。けど、親父は魔法を使わない。魔力が少ないからとかじゃなく、これからこの庭をずっと維持するには魔力ではなく技術を継いでいく必要があるからだ。
だから俺も得意の水属性の魔法で水やりするのを我慢している。ほんとは楽だからそうしたいけど。
前世の記憶がある俺なら、魔法が使えてもっとテンション上がるかと思っていた。少年漫画読んでたし、ゲームも有名なタイトルのはやっていた。
が、生まれてからずっと当たり前にあるものに驚きようもなかった。この世界に満ちている魔力は、前世でいう電波みたいなもんだ。見えないけどなんかあるし、使えると便利なモノ。
そういや、お嬢は何属性なんだろう?
魔力は性質上、人間はかならずいずれかの属性に特化する。すべての属性ないし、二つ以上の属性に特化する人間はとても珍しい。
五歳前後で属性魔法が発現するから、そろそろ適性属性が判るはずだ。
なんか強そうだよな。
いつも原色に近い強い色のドレスを着ているから、攻撃力高そうなイメージがある。
アレ、眼に優しくないんだよなぁ。
ふわふわの薄い金色の髪に、淡い青の瞳だからもっと優しい色でもいいだろうに。猫目なのを気にしているのか。
つり気味の目元に無表情が乗ると淡い青の瞳が氷のように映るかもしれないが、彼女は随分表情豊かだ。
「イザークっ」
ちょうど考えていた少女がやってきた。
陽の傾きからして、午後のお茶を済ませた後の散歩のついでだろう。
「おう。今日はどうした、お嬢」
今日も大きなリボンがたくさんついた濃いピンクのドレスを着て、俺の眼に優しくない。
薔薇の棘取りの作業に戻り、視界からピンクがなくなる。
「お母様とお揃いだったのですわ!」
「何が?」
「魔力ですっ」
喜色満面だったからいいことがあったのは判っていたが、ちょうど魔力適性の結果が判ったらしい。
「へぇ、よかったな。何の属性なんだ?」
「雷ですわ」
どや顔して威張っているのが声で判る。
リアル雷が落とせる女子になったのか。なるべく怒らせんとこ。
あ、俺水属性だから弱点じゃん。
「けれど、あまり使い道がありませんわね。それにお母様と違ってわたくしでは髪が膨らんでしまいます」
お嬢の母親はサラサラストレートらしい。前に羨ましいと言っていた。
「機械動かせるから便利じゃん。工場とかじゃ大活躍できるぞ」
魔力が主流とはいえ、機械がない訳ではない。工場では雷属性と火属性は重宝される。
「わたくし、工場で働く予定は一生ないのですけど……」
「電気貯めて電池やれば?」
「イザーク、そんなにわたくしに工場で活躍させたいんですの?」
ピリッと怒る気配を感じて、即座に謝る。弱点コワイ。あ、ちょっと静電気感じたかも。
「ごめんって。使い道で思いつくの言っただけだ」
なんで普通に言ったことにちょいちょい怒るのかな、お嬢は。
一応、謝ったら許してくれる。メイドたちへの接し方をどう直せばいいかと相談されたときに、とりあえず挨拶とありがとうごめんなさいを押さえておけば大丈夫と言ったら、試してマシになったらしく以来お嬢自身も謝ったら許す様になった。
それから、最近あった嬉しいことを報告し始めた。気付けば俺は、王様の耳はロバの耳的な穴になっているらしい。まぁ、葦生やす予定ないから情報漏えいしないけど。あ、人間って考える葦なんだっけ? まぁ、まず近所の奴らは俺が公爵令嬢と知り合いなんて信じないか。
どうやらお嬢は、一人の時間になるときに俺に会いにきてるようだ。メイドたちとも関係が改善したものの、何でも言えるという訳ではないらしい。だから、構ってほしくて俺のところにくる。前世の家が豆腐屋で両親共働きだったから、小さいときはよく妹が構って攻撃してきたなぁ。あれと一緒だろう。
「そういや、お嬢ってなんでそんな派手なんだ?」
話の合間に、ふと訊いてみた。そういやなんでそんな趣味なんだろう。
「派手って、何がですの?」
「ドレス。いっつもなんか強そうな色でリボンとかごてごて付いてるじゃん」
「これは嘗められないようにですわ」
公爵家は貴族の中でも上の身分だから、幼い自分でも嘗められないように存在感のある色やデザインを選んでいるのだ、と。
つまりは、強そうだから。なんだそれ、小学生男子か。俺も強そうでカッコいいから、
待てよ。なんか引っかかった。
「……それって、お嬢のシュミとはほんとは違うってコト?」
反応を見ようと振り返ると、少し気まずそうに眼を逸らした。
「ほんとはどういうの好きなんだ?」
じっと見詰めて言い訳できないようにする。
「……お母様が着ている淡い色のも着てみたいと思わなくもない、ですわ……、でも、わたくしには似合わ」
「なんで。全然似合うじゃん」
俯きがちに小さく零れる本音の最後に続いた否定の言葉を遮る。
数秒ぽけっと呆けたと思ったら、頬が薔薇色に染まる。
「な……っ」
「少なくとも、俺にはその方が眼に優しいから嬉しい」
「いっ、イザークのために変えたりしませんわっ!」
「うん、お嬢のお嬢によるお嬢のためのイメチェンだよな」
「なんですのそれ……」
疲れたように肩を落とされる。前みたいに競歩でここまで来たのだろうか。
「それに、威厳?みたいなのお嬢気にしてたけどどんな格好でも大丈夫だぜ」
「どうしてそう言えますの……」
「だって、お嬢綺麗じゃん」
「っ!?」
あ、また赤くなった。
「仕草ってヤツ? いつも姿勢が真っ直ぐに伸びててカッコいいから嘗めようがねぇよ」
お稽古で練習している成果だろう。いつもピンと伸びた背筋でどんなに感情的になっても仕草は綺麗だ。そういうのが自然にできるようになるまで頑張ったんだろう。小さいのに凄いなぁ、と単純に感心する。
こんなに公爵令嬢であろうと頑張っている奴が嘗められる訳がない。
「イザーク、あな、
なんか顔赤いまま怒りたいけど怒れないみたいな、微妙な
お嬢、褒められ慣れてそうなのによく照れるよな。根が素直なんだな。
「ほんとのコト言って何か悪いのか?」
「……もういいですわっ」
数秒何かと葛藤した後、お嬢にぷいっと顔を逸らされた。
「じゃ、楽しみにしてるわ。お嬢のイメチェン」
「だから、イザークのためじゃないですわ!!」
その数日後、桜色のドレスを着た公爵令嬢が最初に会いに行ったのが庭師見習いだと、彼は知らない。
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