ステゴロ任侠、転異門に立つ

@takaharae

序章その1:車輪の唄

 荷台の揺れが激しくなったのを感じ取って、アンバーエルフの少女は目を覚ました。馬車の進む路面は何本もの交易路が集約し始める本筋に差し掛かったあたりでやにわに舗装状況が悪くなってきた。六皇国の交易の要である独立都市・ベネッタは、大動脈である交易路の整備には当然力を注いでいるのだがそれでも交通量の多さに舗装工事が追い付かない時期も発生する。


「せっかくすこしウトウトできたのにな…」


 アンバーエルフの少女は誰に聞こえるでもなく呟いた、名をエダーという。

忌々しい馬車だが、車輪のリズムが眠りをさそった。


 藁の山に体をうずめて、縛られた両手で掴んだ乾燥豆のブロックをかじる、硬いし味もあったもんじゃないがそれでも食事があるだけまだいい。自分は「商品」だから大事に扱われているんだそうだ。襲撃された際に護衛に当たってくれていたブルーゴブリンの3名は食事はおろか傷の手当てもうけることができていない。

 死者こそ出なかったものの深手を負った一名はひどく困憊している。ときおり呻き声を上げる程度なあたりは随分と辛抱強い。それとも限界が近いのか。


「あなたたちには気の毒な事態に巻き込んでしまった、まさかあんな薬草採集しか目的のない高原で野盗どもに出くわすとは… 」


 豆のブロックを差し出しながらエダーは頭を下げた


「牙鹿の繁殖期だからと、念のため護衛を依頼したのがこんな事態になってしまった、すまない。」


 傷を負った棍棒使いクラブマンのブルーゴブリンと、介抱していた他の二名、投石杖使いシュート盾持ちガードが同時に首を横に振る。


盾持ちがボソリと返答する

「スマナイ ハ コチラ… オマモリ デキナイ ナッテシマッタ」

投石杖使いが続ける

「アイテ ヒューマン フタリ カテナイジャナカッタ  ユニコーン ケイカイ デキテナイダッタ」


 それはしかたのないことだろう。いくら使役されていたとしても温厚なユニコーンが攻撃行動に出るなどまずない事だ、野党の馬車に繋がれていたところで、荷を引く以外の役割などあるとは想定していなかった。

 だから護衛三名とエダーでヒューマンの野党二名にのみ迎撃姿勢をとっていたのだ。

野党もかなり腕が立つようだったが、連携戦においてゴブリンを上回ることは難しい。


 ゴブリン種だけが持つ特異習性【知覚共有】、薄い物なら集落レベルで共有できるので全体の危機の時などの即座の対応に強く、大型の魔獣が襲撃しても返り討ちにしてしまう事も珍しくない。疫病や毒性に強いことに加えて集団行動の統率力が鬼国のなかでも瘴気が強烈なエリアで体躯の小さな彼らが暮らすことを可能にしている。

 なかでも戦闘に特化した一部のゴブリンは訓練や実戦を重ねることで緑の肌色に深い青みが増して、防御力も向上する。ともなって【知覚共有】の力も上昇し、戦闘行動長くをともにしたゴブリン同士であれば明確な意思疎通を言葉無しで行うまでになる。

 

実際この若い三名も、冒険稼業としては駆け出しではあるが同じ戦場で小隊を組み、そろってブルーゴブリンに“成った”ことで傭兵からギルド所属へと転じた手合いだけあって、その連携ぶりには目を見張るものがあった。


盾持ちが誘い防ぎ、投石杖使いが石つぶてを浴びせる。両方に意識が散った瞬間に棍棒使いが打ちのめす。基本中の基本ともいえる戦法だが、散開・集合・離脱・追撃それらすべてが継ぎ目なしに繰り出される。さながら複数の触手を操る大型の海魔を彷彿とさせるものであった(エダーは海魔など見たことは無いが)

 俊敏さと突進力で繁殖期には嵐熊をも退けるオスの牙鹿を幾度も撃退し、そのうちニ頭は見事に仕留め切り、そのつのと牙と【香り肝かおりぎも】を収穫品として確保した。


 龍国りゅうこくで流行している眼病の治療薬の材料である【月吼花げっこうか】をまとめて採集するために樹国じゅこく鬼国きこくの境界に位置するラサン高原を踏破する半月ほどに及んだ旅の中で、エダーは三名に大きく信頼を寄せ、自身の持つ魔術を遺憾なくふるいともに戦った。

 次第にわずかながらエダーにも三名の動くタイミングが肌で感じられるようになった、内緒にしてほしいとのことだが、ブルーゴブリンと心を通わせる事が出来た他種族の者も、【知覚共有】をわずかばかり得ることができるのだそうだ。

ゴブリンにとっても、共有相手が増えるといことはよろこばしい事であるらしく四者ともに充実した経験の中、負傷らしい負傷もなく帰路に就こうかという矢先の野盗の襲撃であった。



_________________________________________



「アンバーエルフとブルーゴブリンのパーティーか…。珍しい組み合わせだな」


高原から樹国へ抜ける林道に差し掛かかったところで、僧兵に似た姿の半帽兜ヘルムの男のヒューマンが立ちはだかって言う。


「おいゴブリン、その女とおまえらの荷物、俺によこしてくれねえか?お前ら連れて帰っても大した金にならねえし、余計なケンカはしたくないもんでな」


言いながら男は剣を抜く。ケンカをしたくない者の行動ではない。




がぎん




と、次の瞬間には耳障りな金属音が響く


「コッド!」

躊躇なく突進し、男の長剣にシールドをぶつけた盾持ちの名をエダーが叫ぶ

さらに、その時点ですでに男の膝と腰に石つぶてがめり込んでいた、エダーの握りこぶしほどの大きさだろうか。手持ちの石で狙撃を終えた投石杖使いにエダーは聞く

「ジカ-ダ、いくつ必要だ?」


「ヨッツ ヲ ヨッツ クロ ノ トコロ」

いつのまにか男を中心とした四方に黒い煙が細く上がっている。煙幕玉をとばしていたのはエダーの目には捉えられなかったが構わず応答する。

「わかった。ドロップ!ドロップ!ドロップ!ドロップ!」

黒煙の立つ位置それぞれにに氷塊が四つ転がる。先ほどの石つぶての倍はある。


「アトハ ミケ- キノウエ アゲル デキルカ」

ジカーダは杖の下部の鞘をはずし、仕込み槍の穂先をむき出しにしながらエダーに問う


「任せてくれ」

とエダーが言い切る前にジカーダの槍は野盗を突いていた


「とどかねえよ!癖の悪いゴブリンだなおい」

幅広の籠手こてでしのぎながら男は距離をとる。石つぶての命中した左足の動きが少し鈍い。


男のバックステップに合わせてコッドが詰める。しつこいシールドチャージは彼の持ち味だ。長剣を振りかぶらせることのない距離感で抑え続け、スキがあれば短刀で突く。男は僧衣の下にチェーンメイルを着込んでいるがだからといって無防備に受けれるものではないし関節や首をケアすることもおこたれない。


「うっとうしいっっっ!」

インファイトに切り替え籠手での拳骨を小刻みに放つ、イラついているように見えて大ぶりすることなく丁寧な打撃で盾以外のスペースを狙う


「ウゥ… ギギッ!」

苦悶の声とともに盾使いのコッドは身をすくめた。

野盗の視界がひらける。盾と青緑の肌に替って見えたのは林の木々と___宙に浮かぶ二つの氷塊。




ごちっ どにゅっ



一つ目は左目に当たり二つ目は首の付け根を直撃した、締りの無い音がしたが声も出せずしゃがみこむ男に影が差しこむ。棍棒使い・ミケ-が【赤銅樫しゃくどうがし】の棍棒を振り下ろしながら樹上から落下してくる影だ。

氷塊を生成した直後に、エダーはそばにあった木々に触れ這い伸びるツルに魔力を送り込んでいた。複数本が縄状に綯われミケーを樹上まで引き上げたのがふた呼吸前。

兜など意味をなさない一撃が振り下ろされる


瞬間、ひゅる と風切り音に反応しミケ-は右方を払う。


燕の形をした火炎が五撃。三つは薙ぎ払ったが二か所に火炎がまとわりミケ-は炎に包まれた。


「ドロップ!」

エダーがのたうつミケ-を指しながら叫ぶと手桶一杯分ほどの水が浴びせられた。氷塊生成を途中で止めれば真水が生まれる。旅路で重宝したがこんな使い方は初めてだ。


「ドロップ! ドロップ!」 ドロップ! ドロップ! ドロップ!」


消火に十分な水を浴びせ終えてから、火燕が飛来した方向を指し唱える


「サイクル!サイクル!」

ごく小型の、だが強力なつむじ風が砂塵を巻き上げながら二つ立ち上る


風の壁から距離を取ろうと動く影をとらえて、ようやく火燕の射手の姿が確認できた。

おなじく僧兵風だがすこしタイトな出で立ちの長髪のヒューマン


剣士の方よりは若い様だが無表情で覇気もない。身を隠して攻撃をする役割ならそれで最適なのだが。

余計な口を開かずペースを変動させながら木の陰から火燕を繰り出す。

「下卑な野盗だが動きは徹底している、気をつけよう」

エダーは言葉に出す。聞こえずとも警戒心は共有できる。


氷塊とツル、棍棒で炎を防ぐことは容易だが剣士が動けるようになると厄介だ。


その意識が四者に共有された瞬間、ゴブリン三名の矛先が剣士に向かうのをエダーも感知した。「多対多」の戦闘はは「多対一」の状況を作って一人ずつ潰すのは乱戦の定石である。

炎は少々くらっても消火を急げばよい。逆に長髪との距離がある今がチャンスだ。

ゴブリン三名を炎から守る役割に徹して、ツルを増やすためにエダーは少し離れた木々に触れに回る。ここで三名と距離をあけたことを後悔することになる。


機を察した長髪が炎の照準に使っていたスティックに息を吹き込む。内部を空洞にこしらえた笛杖ふえじょうだったようだが、その犬笛に近い音域をエダーの耳は捉えることができなかった。

可聴域の広いゴブリンたちが威嚇めいたメロディーを聞き取り、それが違和感としてエダーにも共有された時には一瞬のラグ があった。


がらららっっ


乾いた轟音に意識を向けた時には幌馬車を引いたユニコーンが最高速度に達し、十歩ほどの目前に迫っていた。予想外の突進によじるように身をかわすしか出来ず幌のフレーム部分に接触、撥ねとばされたエダーの細身はさきほど魔力を通したもっとも太い木の幹に衝突した。


「エダーーーー!!」


えながらかけよるミケ-が、突進をやめないユニコーンに殴りかかるのを霞む視界におさめながらエダーは朦朧と思考する___


(なにか打つ手は… 月哮花の保存状態を確認しなければ… いや、それより三名の援助に戻らなければ… 私を心配する気持ちが伝わってくる… なにか打つ手を… 仲間…)


ゆさぶられた頭でまとまりなく思考が渦巻く


(そういえばあのユニコーン、瞳が橙色だったな… 一本角と水色の瞳が象徴のユニコーンにあんな変種が… いるのか…  そんなことより…)


直後、ミケ-の激痛を他の二名が感知した時、エダーはそれを共感することなく意識を失っていた



_________________________________________



目をさました時には、今と同じ拘束状態で馬車の中だった。

投石杖使いのジカ-ダが言うには半日ほど昏倒していたようで、それから林道をぬけながら四日経過した。馬車を汚されるのは勘弁と、日に二回は便所を済ませに降車したがその時間以外は窮屈に幌の中に閉じ込められている。ふしぎと窮屈さの中で楽な体勢を見つけることができつつある。


「エダー マメ タベナイ ハ イケナイ」

盾持ちのコッドが差し出した食事を突き返す


「いいんだ… あなたたちこそ何も食べていないだろう。私は…すこし眠りたい」


「ジャア タベル アリガトウ」


「うん、ミケーも少しかじれるかな… どうか持ちこたえてくれ、ミケー」


棍棒使いのミケ-は答えるように深く呼吸をした



(明日には到着するだろうか… 苦痛の道が終わっても、旅の終わりは地獄のはじまりだろうが…)



舗装が安定したのか、馬車の揺れはかなり収まってきた、再び車輪のリズムに身を任せエダーは浅い眠りに就く。


【月哮花】の収穫時期は3年に一度の大満月の13日間である。

馬車が進む交易路を、エダーたちにとっては地獄への舗装路を、今季最後の大満月が皮肉なほど明るく照らし続けていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ステゴロ任侠、転異門に立つ @takaharae

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ