AI社会の楽しみ方
次のニュースです。
侵入の懸念されていた勇者は、今回も無事に退却していきました。
魔王ジェゼベルは国民の協力と冷静な反応に謝辞を述べるとともに、事態の収束を宣言、今後も変わらぬ対応を続けていく意向を明らかにしています。
続いて、お天気です。
魔界の天気は晴れ。洗濯物もよく乾くでしょう……
――配信『魔界のニュース』
ここは魔界の4丁目。
魔界、といっても、ゲームそのたの創作物に出てくるようなファンタジー的雰囲気はまったくない。家の内外を問わずガーゴイルという名のロボットが働き、住民は労働の義務をこなさずとも衣食住が保障されている、人間からすれば天国のような、まさに「魔」法の世「界」だ。
が、不満を持つ住人がいるのはどの世界でも同じこと。
街の一角に住む魔族の男、アゼルもまた、魔界での暮らしに不満を抱いていた。
「今日も、面白そうなのはやってないなァ」
といって、別に犯罪に走る訳でも、ネットで煽り散らす訳でもない。
ただ無気力に代わり映えしないニュースを眺め、ダラダラと手元のスマホをいじっているだけである。すっかり全自動で進むに毎日に毒され、気力を失ってしまったという感じ。
もっとも、無気力を抱えるのはアゼルに限った話ではない。
暇なのである。
暇とはすなわち、存在価値を主張できない時間を意味する。
一昔前はやれ仕事だの、やれ創作活動だの、自身に意義を見つけられる何かが転がっていたが、今やそんなものはすべてガーゴイル共に取り上げられてしまった。なにせ、ヤツらは学習能力の怪物。仕事は言うに及ばず、娯楽も一瞬でパターン化し、高品質かつ低価格な量産品に作り変えてまう。やる気が起きるはずがない。結果、魔族の大部分は家に引きこもり、ダラダラと過ごす者が大部分となった。
なまじ魔法などと言う便利な技術を持っていたせいだろうか。文明があっという間に進んだはいいが、住民の精神の成長が追い付かず、結果、引きこもりの巣窟となったというのが今の魔界だ。
そんな住民の現状認識は様々。
進歩のなさを嘆き、このままでは遠からずと言いながら何もしない者。
我々は労働から解放され、天国を実現したんだと開き直る者。
存在意義を主張できない腹いせに、ガーゴイルの造りだすモノやサービスにあれが悪いこれが悪いと文句を言い続ける者。
難しい事は考えず、これ幸いと趣味に没頭する者。
アゼルは、そんな魔界の住人の中でも、最後の部類に属している。
ただ、肝心の趣味は、少しだけ人と違うものだった。
「……行くかァ」
郵便受けに挟まっている雑誌の束を引き抜き、玄関の扉を開く。
誰もいないメインストリートを抜け、町外れへ。
たどり着いたのは、天国の門のように壮麗な彫刻が施されたゲート。
閉ざされた分厚い鋼鉄の向こうには、人間界と魔界をつなぐ境界がある。
が、アゼルはゲートを迂回すると、側面に設けられた裏口へと向かった。
扉を開けると、そこはカウンターの内側。
目の前には、ようやく1人が通れるくらいの狭い通路が通っている。
ここは、魔界と人間界を行き来する、関所のような場所だ。
もちろん、引きこもりの魔界の住人が、世界を渡ることなどない。
通るとすれば、人間界側からやって来た人間たち。
罪を犯して逃げてきたもの、
罪を着せられ追い出されたもの、
差別から排斥されたもの。
やって来る人間の事情は実に様々だ。
そして、アゼルの趣味は、そんな人間から話を聞く事だった。
なにせ、今の魔界は、ただ生きるだけならば他人というものが必要のない社会。まともに話ができる相手がいない。その点、魔界に不案内な者が訪れるここなら、情報を対価にすれば、面白い話を聞くことが出来る。
持ってきた雑誌で時間を潰しながら、人を待つアゼル。
今は、ちょうど魔界と人間界を隔てる結界が弱くなる時期。
きっと、誰かこのゲートを通るに違いない。
「あの、すみません。ここはどこですか?」
期待通り、雑誌のページを中ほどまでめくったあたりで、男がやって来た。
格好からして、吟遊詩人だろうか。
魔界では、吟遊詩人といえば浮浪者扱い。うるさいだの、怪しい奴だのとケチをつけられた挙句に通報され、10秒以内に飛んでくるガーゴイルに連行されるのがオチだ。その点、未だにきちんとファンタジーをやっている人間界なら話が違う。何の抵抗もなく色々な場所へ行き、笑顔で受け入れられたに違いない。これは面白い話が聞けそうだ。アゼルは嬉々として吟遊詩人の問いに答えた。
「どこか、と聞くという事は、お前さん、迷い込んだクチだな?」
「ええ、姫様と古い城にまで来たのですが、玉座の後ろに穴を見つけてこれ幸い、いや、姫様を危険にさらすわけにはいかないと、覚悟を決めて飛び込んだんですよ。そうしたら、天国の門のようなこのゲートが見えて……まさか本当に天国ですか?」
「いや。ここは魔界だ」
「なんですって? まさか……」
顔を青くして、周囲を見回す吟遊詩人。
アゼルとしては見知った反応だ。どうも、人間界では魔界とは不毛の土地が広がり、魔物が跋扈する危険な世界という事になっているらしい。ただ、この後の反応は二通りに分かれる。すなわち、素直に受け入れるか、拒絶するかのどちらかだ。
「いやいや、まさか、冗談でしょう。いくら何でも、こんなきれいな場所が……」
目の前の吟遊詩人は後者だったようだ。
まあ、信じられないのも仕方がない。人間とは情報で判断し、自分の目見ようとしない生き物なのだ。まあ、この点は魔界の住人も同じ。むしろ、象牙の塔に引きこもっている分、魔界の住人のほうが顕著ともいえる。おそらく、この吟遊詩人も、自分の足で世界をめぐるタイプではなく、情報を調べる事で作品を作るタイプなのだろう。魔界では、真っ先にガーゴイルにとってかわられた人種だ。量産品の話しか聞けそうにない。
やれやれ、期待したのだが、ハズれだったか?
多少落胆しながら、アゼルは人間界へ続く扉を指さした。
「まあ、信じないのは勝手だがな。帰りたいのなら、Uターンしてもと来た道を戻ればいい。お前さんがどのゲートから入って来たか知らんが、門をもう一度くぐれば、元の場所に戻れるだろうよ」
「はあ、それが、そうもいかない事情がありまして。
出来れば先に進みたいのですが?」
が、返事は意外なもの。アゼルは失った期待が、再び膨れ上がるのを感じた。
「ほう? どういう事情だ? 良ければ話してくれ。
もちろん、ただとは言わない。この先の情報をやるぞ?」
「う、むぅ。あまり人には言いたくない話なのですが……」
もっともらしい言葉で気を引きながら、裏で「話したくなる魔法」を使い、口を割らせる。人権無視もいいところだが、魔界では魔族か魔界に帰化した人間でなければ権利は認められていない。法的には無問題だ。
ほどなくして、魔法が効いたのか、吟遊詩人は身の上話を始めた。
自分は王宮お抱えの吟遊詩人であり、王宮で勇者の詩を描いていた。
が、今代の勇者に話を聞いてみると、魔界に行っていないと言う。
魔王は魔界にいるのが決まりで、実は倒したのは魔王ではないのでは?
と聞くと、勇者は確かめようと出ていった。
その間、自分は詩を描いて勇者の不在を誤魔化していた。
が、ついにバレ、勇者の居場所を知っている存在として追いかけられている――
「正直に謝っちまったらよかったんじゃねぇか?」
「いやぁ、その、宮中は魔窟ですからねぇ。素直にごめんなさいと言って済む問題でもないんですよ」
アゼルが率直な感想を言うと、吟遊詩人は間を置いた後に冷や汗を流しながら口を開いた。それだけ恐ろしい思いをしたのだろう。何かを誤魔化しているかのようにも見えるが、仮にそうであっても、それはそれで色々と想像を膨らませることができるから問題ない。アゼルはカウンターの下に置かれた箱の中から通行証を取り出すと、吟遊詩人に差し出した。
「向こうの扉を開くと、ガーゴイルがいるから、これを見せな。そうすれば、入国案内をしてくれるぜ。まあ、審査に時間がかかるから、少しばかり足止めを食う事になるだろうがな」
「恩にきります。しかし、わざわざ国境を魔法のゲートで一つに絞るとは……」
国境があいまいなファンタジー世界の住人である吟遊詩人は、感心しながらゲートをくぐって行く。
すさまじい足音が響いたのは、その直後。
「もし! そこのあなた!」
完全装備の兵士を連れ、槍で武装したお姫様がやって来たのである。
今までにない来訪者に、歓喜の声を上げるアゼル。
が、それは姫の怒声にかき消された。
「あなた! こちらに吟遊詩人が逃げてきませんでしたかっ!?」
「おお、素晴ら、じゃない、見ましたとも!
つい先ほど、何かを誤魔化すように、追手を撒いて来たと言った男が、向こうの扉へ逃げるように去っていきました!」
「まあ! あの方は反省もせず……!
許せません! 今すぐ追いかけますわよ!」
「お待ちください、勇猛な姫様!
あの扉の先にはガーディアンがおります! この通行証をお持ちください!」
「あら、ありがとう。このご恩はいずれ……」
アゼルの手元から通行証を奪い取ると、暴風のように去っていく姫と騎士団。
ほどなくして、扉の向こうから悲鳴が響き渡った。
あの吟遊詩人、何をしたんだろう?
何か一国の姫を激怒させるような、大逃走劇の途中だったのだろうか?
ぜひとも、この間やって来た勇者ともども、あのパワフルな姫と一緒に、魔界の住人として帰化してほしいものである。
ああいう猛者がいれば、退屈な魔界に一石が投じられるに違いない。
アゼルは楽しい想像を膨らましながら、カウンターに戻って雑誌を開く。
同時、雑誌の間から、手紙がひらりと舞い落ちた。
どうやら雑誌と一緒に届けられ、気づかず持ってきてしまったらしい。
宛名には、大魔王様へ、と書かれている。
配下の魔王が使うガーゴイルから送られてきた嘆願書だ。
どうやら、あの美貌の魔王もお気に入りの人間を見つけたらしい。
大魔王アゼルは軽く笑みを浮かべて手紙をポケットにしまうと、誰か面白そうな人間が来ないかと、再び待つ姿勢に入った。
(似非ファンタジー協奏曲・完)
ニセモノファンタジー協奏曲 すらなりとな @roulusu
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