デマ炎上の消火方法
さあ、ここに詠い上げるは英雄譚!
絶技でもってドラゴンを打倒し、
仲間を失っても諦めず、
壮絶な死闘の末に魔王を打倒した、
今世最強の勇者の物語だ!
これを聞かずして今日の祭りは楽しめないよ!
あ、お代はこちらの方に……
――王都・勇者のパレードの横で
「とりあえず、こんなものか」
王宮お抱えの吟遊詩人、フラネイルは軽く伸びをしながらペンを置いた。
書いていたのは、勇者の物語。
この大陸では、四年に一度、二つの月が重なるのに合わせ、魔界と人間界のつながりが弱まり、魔王の侵略を受ける。そして、その度に勇者が現れ、魔王を打ち破って来た。
今年は、その四年に一度に当たる年。
といっても、既に魔王は倒された後。現在は国を挙げてのお祭りが始まっている。
フラネイルはそんなお祭りを盛り上げるべく、国王からの命令の下、勇者の活躍を詩に書き起こし――そして、今、ちょうどその作業を終えたところだった。
「それにしても、話自体は四年前と変わらないというのに、よく誰も飽きないものだな」
出来上がった原稿を眺めながら、口の中で呟くフラネイル。
パラパラとめくる原稿には、四年前の焼き直しとも言える話が書かれていた。
先代勇者の冒険譚から多少の筋道は変えてみたが、それだけである。
オリジナリティの微塵もない作品に疑問を抱かないわけでもないが、フラネイルは王宮に仕える吟遊詩人。大衆に拡散する「種」を造りだすのが仕事だ。そして、現状、その「種」に求められているのは、お祭りの中で楽しめるような話。独創性より、誰もが安心して楽しめる調子のいい冒険譚と、王宮が発表したというネームバリューが求められる。
「あとは……勇者に原稿を持って行くだけか」
机の上の羊皮紙をまとめて、立ち上がる。
本来なら仕事の後の一杯と行きたいところだが、普通の物語と違い、まがいなりにも実話として売り出すもの。念のため、当事者には話を通しておかなくてはならない。後になって、肝心の本人から、「それは違う」「ここはこうだった」などと否定されては面倒だ。せっかくのお祭りで、人が気持ちよく詩をうたい、人が気持ちよく聴いている最中に水を差されてはたまらない。
もちろん、フラネイル自身は勇者の旅に同行したわけでも、勇者や勇者の仲間たちから話を聞いたわけでもない。書き上げた詩に真実など数パーセントも含まれていないだろう。
しかし、四年前の勇者も、その前の勇者も、それなりに納得してくれた。
別に、勇者の悪口が書かれているわけではない。それどころか、相当に美化されている。おまけに、こちらには国民を満足させるために必要だという錦の御旗がある。今回の勇者も、了解を取り付けるのは、さほど苦労しないだろう。
と、思っていたのだが、原稿を前にした勇者は、中々納得してくれなかった。
曰く、ドラゴンなど見かけてすらいない。
曰く、仲間を失ったりしていない。
曰く、魔王の拠点は隣国の外れにある古城で、魔界に乗り込んでなどいない。
書いた内容を一つひとつ確認しては、馬鹿正直に自身の体験談を始める。
フラネイルとしては迷惑この上ない。拡散できない話など、吟遊詩人にとっては何の価値もないのだ。聞いているうちに、だんだん腹が立ってきた。
まったく、最近の若者はまじめ過ぎていかん。
勝手に背負った正義感に囚われ、他人の立場を理解するという事を知らない。
ちょっと勇者として持ち上げられたからって、いい気になりやがって。
面倒になったフラネイルは、話の途中で反撃を始めた。
「おや、ドラゴンや仲間の死は脚色ですが、魔界には行かれていないのですか?」
「それはおかしいですねぇ」
「前代も先々代も、勇者は魔界にある魔王城へと乗り込んでいるのですが」
疑われるとは思わなかったのか、見事に動揺する勇者。
まあ、無理もない。魔王を倒したとはいえ、別に証拠があるわけでもない。確かに魔物は出なくなったと聞くが、それが一時的なものか、あるいは一地域的なものか、宮中でちやほやされている勇者には、確かめようがないのだ。
ほら、こんな風に疑われると困るだろ?
だから、大衆に話す時は綺麗な話で終わっとくのがいいんだよ!
そう言って諭すつもりだったが、虐めているうちに、フラネイルの吟遊詩人として鍛え上げた嗅覚が「種」特有の匂いを嗅ぎ取った。
そういえば、勇者はみんな、魔王を倒した後、幸せに暮らして終わりだったな。
ここで勇者に一時失踪してもらった方が、話題になるかもしれない
「その古城にいたのは、実は魔王ではなかったのでは?」
疑問を重ねて、勇者の不安と正義感を煽る。
気になるなら、魔王をもう一度探しに行かれては?
ご心配なく、宮中は私が誤魔化しておきます。
そう言うと、勇者は本当に魔王を探しに出て行ってしまった。
まったく、最近の若者はまじめ過ぎる分、扱いやすくていい。
戦った古城が隣国だと言っていたのを踏まえると、魔物がいなくなったとはいえ、二週間は戻ってこないだろう。その隙に、適当に勇者の第二の冒険の話を作り上げて、儲けさせてもらおう。何せ、俺は大衆へ拡散する種を作るのが仕事の吟遊詩人。こういうのは得意だ。
富と名声を想像し、いい気分で部屋に戻ろうとするフラネイル。
が、そこへ声がかかった。
「あの、こちらに勇者様はいらっしゃいませんでしたか?」
勇者の婚約者候補の姫だ。
どうやら逢引するつもりだったらしい。
ちょうどいい。ここで勇者が新たな旅に出たことをいかにも本当のように告げれば、物語の執筆権は独占できたも同然だ。
「はい、勇者様は新たな旅へと向かわれました」
「え? 魔王は倒したはずじゃ……」
「ええ。それは勿論。ですが、勇者様は英雄。宮中でじっとしていられず、民草から苦難を取り除くべく、旅立たれたのです」
「そんな、私に一言も告げずにっ!?」
「勇者様もお別れが辛かったのでしょう。愛する人が悲しむ姿を見たくなかった。それだけ、貴女様の事を想っておられたのです」
「そ、そうでしょうか?」
「そうですとも。それにしても、流石は姫様。普通ならばお怒りになるところを、冷静に事実を受け止め、勇者様を待とうとしておられる。これぞ真実の愛。この吟遊詩人フラネイル、感服いたしました。私も姫様のお役に立ちたい。つきましては、勇者様のご様子を詩にしてお伝えしようと思いますので……」
口八丁、手八丁。
美辞麗句を並べ立て、純情にして純朴な姫君を騙した悪魔の詐欺師、もとい、吟遊詩人フラネイルは、さっそく仕事に取り掛かった。簡単だ。書き上げたニセモノ英雄譚に、似たような話をつぎ足せばいい。ついでに、あの姫君にも活躍してもらおう。
物語の中で、勇者は遠い辺境の魔物を倒し、盗賊を倒し、美女に惚れられる。
しかし、勇者は一途に王宮の姫を想い続け、姫も勇者を慕い――
でっち上げた空想英雄譚は、あっという間に大衆に広がった。
例年ならすぐに収束するお祭りムードが、長々と続いている。
市中に人はあふれ、商売は繁盛、フラネイルの懐も潤う。
気になることがあるとすれば、勇者が中々帰ってこないという点だろうか。大衆と違い、物語が事実を微塵も含んでいないと知っているだけに、その行方は気になるところだ。
まあ、あの純朴さだ。勇者が他の女を連れて帰ってくるという事は、たぶんあるまい。死んだら死んだで、悲劇の主人公として盛り上げればいい。
いや、まあ、帰ってこないのが一番ありがたいのだが。
なにせ、帰ってきた途端、姫と幸せな結婚となり、物語はめでたしめでたし。こちらは新たな拡散の種を探さねばならなくなる。それが金を生む花を咲かせるとは限らないのだから。
しかし、勇者を本気で心配している人物が、いた。
姫である。
「フラネイル様っ! 勇者様はいつ戻ってきますの!」
「ええ、今は隣国の古城へ、魔王軍の残党、四天王のひとりを討伐に向かったところです。ここは勇者様のご帰還を待って……」
「そういうのは、聞き飽きましたっ!」
普段の中のおしとやかさはどこへやら、姫は乱暴に部屋に入ってくると、ぴしゃりと言い放った。どうしたのかと聞いてみると、どうやら宮中で余計な噂が立ち始めたらしい。
勇者が帰ってこないのは姫が捨てられたからだとか、
勇者に想いを馳せた他の女性が可哀そうだとか、
勇者を追いかけ続ける女騎士(もちろん、フラネイルの造りだした架空の人物!)の方が、姫よりよっぽどお似合いなんじゃないかとか。
中には物語のヒロインに入れ込むあまり、姫を貶み、別の女が幸せになる結末をまことしやかに話している輩もいるという。
恐るべきは宮中の噂社会。
もっとも、フラネイルとしては分からなくもない。宮中に限らず、人間もそんなものだ。誰だって、幸せな人物は妬むし、妬んだ人物の失墜は気持ちがいいもの。かく言うフラネイル自身も、例年どおりお祭りムードが終息していれば、そんな話の種を拡散して儲けるつもりだったのだ。
が、ここで、せっかく拡散した金のなる種が絶滅するのは困る。
何とかして、姫の周りの炎上を止めなければ。
まずは、「同情してくださるわね」と言わんばかりの姫から落ち着かせよう。
こういう時に必要なのは冷静さだ。
が、その前に、純情にして純朴な姫は、普段のフラネイルなら喜んで話のネタにするような行動に出た。
「今すぐ、勇者様の元へ参ります!
私、あなたの詩を読んで気づきましたの!
待つのではなく、追いかけるという愛もあるとっ!
ええ、父には話しておりますわ!
今、兵士と一緒に出立の準備をしておりますの!
勇者様は隣国の古城でしたわね?
貴方、案内してくださらない?
もちろん、場所はご存知ですわよね?
あれだけ、勇者様の事を話しておられたのですから!」
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