迷子の導き方
二つの月が重なったあの日から、旅を続けて幾星霜!
勇者はついに、魔王の討伐を完遂させた!
魔王の亡骸を弔い、仲間と共に再び帰路を歩き始め、
――書きかけの英雄譚『勇者アルの物語』
「っ!? 悲鳴か!」
「そんな、魔王は倒したはずなのに!」
突如として響き渡った悲鳴に、勇者アルとその仲間たちは立ち止まった。
魔王の討伐を終え、その居城から出ようとした直後である。
声質からして、少年だろう。
今まで気づかなかったが、魔王に囚われた人々がどこかにいるのかもしれない。
となると、まずい。
主を倒したとはいえ、未だ魔物がのさばる城内。助けに行く必要がある。
一緒に戦ってきた仲間とともに、アルは外へと続く扉の前でUターン、散々苦しめられた城の中を再び歩き始めた。
「確か、悲鳴は玉座から聞こえてきたはずだが……」
「どこにもいませんね」
だが、人影はどこにも見当たらなかった。
それどころか、魔王を倒した影響か、城の中の魔物も見かけなくなっていた。
「手分けして探そう。これだけ魔物も少なくなれば、そう危険でもあるまい」
「では、日が暮れたら、入口の前まで集合って事で」
「危なくなったら、すぐに呼んでくれよ」
仲間と別れ、城内を探すアル。
しかし、やはり人影は見当たらない。
ついに日暮れとなり、アルは入口へと戻り始めた。
もしかしたら仲間が見つけているかも、と自分に言い聞かせながら。
「見つかったか?」
「いや、いないな」
が、期待は見事に裏切られた。
首を振る仲間たち。城内は静まり返り、虫の動く気配すらない。
勇者の仲間では最年長になる老魔法使いが、静かに話し始めた。
「やむを得ん。近くの村に捜索隊を頼み、私たちは戻るとしよう。
我々は一刻も早く魔王がいなくなったと国に伝えねばならん」
後ろ髪を引かれながらも、古城を後にする勇者たち。
洞窟や山野を抜け、海を渡り、王都への道を戻る。
命を狙ってきた魔物は、もういない。
しかし、行き交う人々の姿もなかった。
四年に一度、魔界と人間界を分かつ結界が薄れ、魔王が魔族を引き連れ襲ってくるという災害。そのせいで、人々は街から出られなくなってしまったのだ。自分たちが王宮に戻り、国から危険は去ったと公表されるまで、この光景は続くだろう。
来た時は慰めになった美しい景色も目に留めず、可能な限り急いで進む。
一か月かかったはずの道のりが、あっという間に後ろに流れていく。
数日後には、アルは王都にたどり着いていた。
「よくぞ戻った。勇者よ、魔王を倒したのだな」
ようやく旅が終わる。
王城前の広場で、人々が見守る中、アルは力強くうなずいた。
「はいっ!」
「ならば、ここに脅威は去った!
私は王として、此度の災害が収束したことを宣言しよう!」
演説口調で言う王に応え、歓声が沸き起こる。
人々が笑い合う姿。
勇者として選ばれた頃からアルの夢見ていた光景が、目の前に広がっていた。
しかし、そんな光景も、そう長くは続かなかった。
「勇者様のご活躍を、ぜひ後世に残したいのです」
それぞれの暮らしに戻っていく仲間たちを見送った後、国に残ったアルへ、王宮お抱えの吟遊詩人が話しかけてきたのである。同時に差し出されたのは、羊皮紙。書かれているのは、今までの旅を原型もないほどに脚色した物語だった。
「あの、これは盛り過ぎでは?」
「そこは目をつぶっていただきたい。勇者の活躍は四年に一度。国民は常に前回よりも派手な展開を望んでいるのです。ただ魔王を倒してUターンして戻ってきました、では話にならない」
「いや、それにしたって……」
曰く、勇者はその絶技でドラゴンを打倒した。
曰く、勇者は仲間を失っても、諦めず進んだ。
曰く、勇者は魔界へと乗り込んで、魔王を壮絶な死闘の末に打倒した。
アルは、ページを繰るごとに否定した。
ドラゴンなど見かけてすらいないし、仲間も誰ひとり欠けてはいない。そもそも、魔界などにも入っていない。
「おや、ドラゴンや仲間の死は脚色ですが、魔界には行かれていないのですか?」
「ええ。魔王は隣国の外れにある古城を拠点としていました」
「ふむ、それはおかしいですねぇ。前代も先々代も、勇者は例外なく魔界にある魔王城へと乗り込んでいるのですが……」
言葉を切って、吟遊知人は考え込んでいる様子だったが、やがて口を開いた。
「その古城にいたのは、実は魔王ではなかったのでは?」
「え、いや、しかし、他の魔物はいなくなりましたし……」
「ですが、倒したのが魔王だという確証はありますか?」
そう言われると、自信が無くなってくる。
確かに、古城には魔王が棲むという話を行く先々で聞いたが、証明するものは何もないのだ。最後に戦った魔族にしても、自分の事を魔王だと名乗ったわけでもない。戸惑うアルに、吟遊詩人は諭すように話しかけた。
「ご心配なく。誰に告げるでもありませんよ。もし公表などしたら国中が混乱してしまう。私の作品も売れなくなる。あなたも、口外なさるべきではない」
「しかしっ!」
「事実、魔物はいなくなっているのでしょう? 皆、幸せな日々を取り戻している。なら、それでいいのではありませんか?」
「でも、もし魔王が別にいたらなんて思うと、王宮で安心して過ごせませんよ」
「はあ、では、今一度魔王を探されてみては? 宮中の方々は、私の方から誤魔化しておきますので」
「では、お願いします」
「いえいえ、失踪した勇者というのも中々の話題。私の作品も、より売れるようになるでしょう」
最後まで商魂丸出しな吟遊詩人をおいて、アルは再び勇者としての旅を始めた。
目標は古城。
前回は魔物討伐を生業とするハンターギルドから魔王の居場についての情報を得たが、表向き魔王を倒してしまった今はそうもいかない。とりあえず、前回の最終目的地を当たり、手掛かりを得ようとしたのだ。
そして、幸か不幸か、その思惑は、見事に当たってしまった。
古城の中心部、最後の決戦が行われた謁見の間で、魔王が座っていた巨大な玉座が、いつの間にかなくなっている。代わりに、真っ暗な穴――吟遊詩人が先代勇者から聞いた話を参考に書いた魔界への道の描写と寸分たがわぬ穴が、ぽっかりと開いていた。
同時に、城を出る際に聞こえた悲鳴を思い出す。
あれは、魔王に囚われた人々が、魔界に連れていかれた時に上げた悲鳴だったのではないか?
そんな疑問が浮かぶと同時、アルは穴の中に飛び込んだ。
穴を潜り抜けた先に広がっていたのは、目が覚めるような美しい草原。
そして、その先にそびえる壮麗な装飾の巨大な門。
ここが魔界なのだろうか?
吟遊詩人の描いた「荒廃した不毛の大地」とはずいぶん違う。
アルは戸惑いながらも、門をくぐった。
一歩踏み込んだ先には、細い通路を挟むようにカウンターが設けられた、関所のような場所。
「ん? 人間が来るとは珍しいな?」
話しかけてきたのは、カウンターの奥に座る男。
敵意は感じられない。
それでも、場所が場所だけに、アルは警戒しながら話しかけた。
「あの、ここは――魔界ですか?」
「ああ、魔界だ。まあ、みんなそんな反応するがな」
男はアルを見て、訳知り顔で話を続けた。
「魔界っていっても、絵本みたいな荒れ果てたとこじゃねぇ。
魔族が暮らしてはいるが、別に人間に敵意を抱いてる訳でもねぇ。
結界の向こうとこっちでちょいとばかり違う国が出来てるだけだ。
違う国っていっても、人間の作る国とそんなに違いはねぇ。
殺しちゃいけません、盗んじゃいけませんって法律も大体おんなじだ。
ちょいとばかり違うのは、人間っつーか魔族に混じってガーゴイルが働いてるってとこだな。魔族ってだけあって、魔法が得意なんだろう。衣食住は魔法で動くガーゴイルが全部用意してくれる。おかげで働かなくてもいい。問題があるとすれば、ガーゴイルばっかで血の通った他人が少ないって事さな。外に出ても、誰かと喋る事すらねぇ。みんなガーゴイルと一緒に部屋に引きこもってやがる。俺みたいに喋るのが好きで、こういう場所に居座るヤツもいるにはいるが、少数派だ。ま、一人が好きなヤツや一人にならざるを得なくなったヤツにとっちゃ、ここは天国だろうよ。おかげで、どっからか話を聞きつけた人間が、たまにやって来るってワケだ」
お前もそのクチだろう、と男はアルを見つめる。
アルは困惑の視線を返しながら、問いかけた。
「あの、魔王、は……」
「それが人間のいう『災厄の魔王』を指してるなら、もういないよ。勇者に倒されたらしいからな。
ま、その魔王もガーゴイルで、勇者がこっちに入り込まないように作られたんだがな。人間じゃ四年に一度のお祭りも、こっちじゃただ勇者をUターンさせる事務仕事ってわけだ。しかも、今までは一応、形だけでも魔界にガーゴイルを置いたていたんだが、今回は片付けが面倒だからって人間界に用意したらしい」
「で、では、誰か、悲鳴を聞きませんでしたか? 少年のような……」
「ああ、えらい美人に連れられた魔物使いの子どもが通っていったな。
まあ、魔族の子どもが家出かなんかしてて、連れ戻されたってとこじゃないのか?
たまにあるんだよ」
アルはその場に崩れそうになるのを、どうにかこらえた。
自分のやってきた事の裏側を受け止められず、ただ茫然と立ち尽くす。
「あー、お前さんがどういうワケでここに来たか知らねぇが、今まで魔界に来たヤツを見てきた俺に言わせるとだな、この魔界は、言ってみれば他人と一緒に居ないといけない社会から逃げてきたヤツらが造りだした天国だ。
お前はまだ向こうの社会でやりたいと思う事があるか?
一緒に居たいと思うヤツがいるか?
思うなら、戻るといい。Uターンした先が、お前の帰るところだ。
思えないなら、進むといい。それでUターンする気が起きなかったら、そこがお前の居場所だ」
アルは少しだけ考えて――やがて、自分の場所へと歩き出した。
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