機械文明の統治方法

 魔界と人間界の間の結界は、定期的に弱まることが知られている。

 結界が弱まれば、理由は不明であるが、勇者なるものが魔界へ攻め込んでくる。

 この勇者、放っておくと都市の中枢に忍び込み、殺害をいとわず暴れまわるため、非常に危険。速やかな鎮圧が望まれるが、下手に接近すると警備員が危険にさらされてしまう。

 撃退するよりも適当に満足してもらって、帰ってもらうのがよい。

 すなわち、ガーゴイルに魔王の格好をさせ、勇者に破壊させるのである。

 何故か魔王を最終目標と考える勇者は、意気揚々と帰ってくれるだろう。

 以下に、具体的な手順を記述する。

  ――魔王城・資料館「勇者対策マニュアル」序文


 セバスはガーゴイルである。

 ガーゴイルといっても、大昔のように城の雨どいを飾る彫刻でもなければ、一昔前のような魔力を動力に動く警備用の石像などでもない。

 魔界の住人に、衣食住をはじめとした生活必需品から社会福祉サービスまで、多くの財とサービスを提供する、現代でいうロボットのような存在。魔法による自動化が進んだ魔界における、重要なライフライン。


 セバスは、そんなガーゴイルの中でも、魔王の執事兼秘書として造られた。


 魔王城のデータベースから知識を検索して魔王の疑問に答えたり、

 検索した知識を統計に照らして最適解を魔王に伝えたり、

 魔王の出した指令を資料に整理して幹部に伝えたり、

 逆に幹部からの要望を魔王に分かりやすく伝えたり。


 とにかく、その業務は幅広い。

 そんなセバスの今回の仕事は、勇者対策である。


 いかに近代化しようとも、ここが魔界である以上、人間界から勇者が責めてくるのは統計上確定した事実。魔王の秘書として導入されてから、勇者対策を任されたのはこれが初めてだが、セバスはいつも通り統計を参照し、いつも通り最適解を模索し始めた。


 前回の基本方針は?

  ……魔王を模したガーゴイルを勇者に倒させ、早期に帰還させる。

  ――承諾。

 前回のガーゴイルの配置場所は?

  ……魔界に造りだした結果内。

  ――却下。魔力のムダ。人間界の破壊可能な廃城を使用すべき。

 前回投入した人員は?

  ……総括者魔王に加え、環境整備課職員五名、ガーゴイル三十体。

  ――却下。人材と資材のムダ。

    魔王がひとりで兼任可能である以上、単独で行うべし。

 勇者にけしかける魔物は?

  ……人間界および魔界の野生生物、ガーゴイルを使用。

  ――却下。野生生物は捕獲に手間がかかる上に、生態系の破壊が懸念される。

    幸い、人間界には魔物使いなる職業が存在する。

    その魔物使いをスカウト、人間界の魔物にて対処すべし。


 プロセッサが導き出した答えをそのまま伝えるセバス。

 困惑する魔王。


 どうも、魔王は勇者を適当な部下に相手をさせて、自身は高みの見物を決め込むというシナリオを描いていたようだ。

 それは、前例に従えば正しい。

 が、シナリオにはどんでん返しがつきもの。

 その理由が組織の効率的運用ともなると、頭ごなしに否定もしにくい。

 加えて、効率化を盾にした説得は、ガーゴイルが最も得意とするところ。

 いかに魔王といえど、渋々うなずくしかなかった。


 が、セバスの描いたシナリオにも、どんでん返しが待ち構えていた。


 事の発端は、魔物使いの少年。

 人間界で魔王みずからスカウトしたのだが、これが役に立ち「過ぎた」。

 主に魔王のストレスケアの面で。

 なにせ、魔王にとっては、前例のない仕事を抱えての、慣れない人間界への長期出張。セバスもある程度娯楽を用意していたが、統計を基に動くガーゴイルでは、どうしても同じような娯楽ばかりが並んでしまう。それに引き換え、人間とはいえ相手は生身の知的生命体。お互いに気を使い合うことができるし、仕事への苦労も分かち合える。普段ガーゴイルに囲まれて仕事漬けの毎日を過ごす魔王にとっては、この上ない癒しに映ったのだろう。魔物使いを気に入った魔王は、あろう事か魔界に連れて行くなどとほざき始めた。


「イケマセン。彼ハアナタガ魔王ダト疑イヲ持ッテシマイマシタ」

「勇者ガ来テハ困リマス」

「当初ノ予定通リ、殺処分ガ効率的デショウ」


 そう説得するも、せっかく捕まえたのにと魔王は納得せず、魔物使いの方も、殺されるよりはと恐怖で涙を浮かべながらも魔界行きを望む。

 だが、セバスはガーゴイル。

 感情的になった相手を前にしても、あくまで理詰めで話を続ける。


「人間界デハ、失踪シタ人間ハ探ソウトシマス」

「勇者ガソレニ参加シナイトモ限ラナイ」

「彼ノ死ガ確定スレバ、ソウイウ懸念モ抱エズニ済ミマス」

「ソモソモ、コノ勇者対策ヲ知ッタ人間ハ抹殺スルノガ規則デス」


 マシンガンのごとく打ち出される否定の言葉に、魔王は無言で剣を抜いた。

 悲鳴を上げる魔物使い。

 が、なんと、魔王はその刃を自らの手で握り締めると、吹きだした鮮血を魔物使いに浴びせかけた。


「これで彼は私の使い魔。もう魔族です。人間じゃありません!」


 前例のない事態は、ガーゴイルのもっとも苦手とするところ。

 検索しても、魔王が自傷行為に及んだ統計など、どこにもない。

 結果、勇者対策の改善策を突きつけた時の魔王と同じく、セバスはフリーズすることとなる。


「さっきの悲鳴で勇者に気付かれたかもしれません」

「魔界に戻りましょう」

「もちろん、クランも一緒です」

「大丈夫、あなたを殺させやしません」


 勝ち誇ったような顔で続ける魔王。

 これが普通の部下なら苛立ちを覚えるところだが、セバスはガーゴイル。

 感情的になることなく、素直に魔王に従った。


「じゃあ、早速だけど、彼に住む場所を用意して」


 そして、当然のごとく、魔界で魔物使いの世話を要求される。

 セバスとしては予期していた展開だ。

 自分の使い魔の世話を側近に任せるのは、統計的に確定した事実。

 しかし、世話の具体的方法までは指示されないのもまた、統計的に確定した事実だった。

 セバスは、魔王城へ帰還後、速やかに完全なセキュリティを誇る魔王城の一室へ魔物使いを閉じ込め、二重三重に監視体制を引いた。

 なにせ、セバスはガーゴイル。

 本来なら生命維持が不可能な環境を選んで間接的な殺処分とするところだが、ガーゴイルには創造主である魔族には危害が加えられないよう回路が組まれている。魔物使いも元人間とはいえ、今や立派な魔族。殺処分の次善の策として、監禁を選択するのは、ごく当然と言えた。

 問題は魔王への対応。

 セバスの参照する統計によると、この後、高い確率で魔物使いの解放を求められる。セバスは魔王を説得すべく、ありとあらゆる資料に検索をかけ、魔王から飛んでくるであろう反論をシミュレートし、起こりうるシナリオに備えた。


 が、セバスのシナリオは、再び魔王の一言でどんでん返しをくらう事となる。

 セバスを呼びつけた魔王は、開口一番、こう言ったのである。


「セバス。彼を合法的に外に出す方法をまとめておいて」


 なるほど、セバスはガーゴイル。

 創造主たる魔族の命令には逆らえない。もちろん、法に逸脱する命令は別だが、この場合は合法的な方法を聞かれている。いわゆるグレーゾーンともいえる質問だ。

 グレーゾーンを突かれるのは、ガーゴイルの最も苦手とするところ。


「デハ、大魔王様ノニぎあすヲカケテイタダクノハドウデショウ? 通常ノぎあすデハ解除ノ可能性ガアリマスガ、大魔王様ノぎあすハ、現状、解除手段ガアリマセン。勇者対策ニ関係スル口外ノ禁止ヲ、コノぎあすノ下デ誓ワセレバ……」


 結局、セバスは命令を忠実に実行、回答を魔王に伝えた。

 魔王は満足げにうなずくと、続けて命令を下す。


「じゃあ、大魔王様に連絡を取って、処置をお願いしておいて」


 これが普通の部下なら歯ぎしりして悔しがるところだが、セバスはガーゴイル。

 機械的にカシコマリマシタと答えると、その場を辞して大魔王宛の嘆願書を作り始めた。


「拝啓。

 魔界にも月が満ちる時節。

 大魔王様におかれましては、ますますご清祥のことと存じます。

 さて、この度は我が魔王ジェゼベルが、新たに使い魔を得ました。

 この使い魔、元は人間であり、人間界での生活を所望しておりますが、悪いことに、勇者対策の過程を見てしまいました。

 つきましては、ギアスによる処置をお願いしたく、ぶしつけながらお手紙を送付させていただいた次第であります。

 使い魔は穏やかな性格であり、また、魔王ジェゼベルとも相性がよく、魔界の規則を超えて手を取り合う姿は、ガーゴイルに頼るあまり、機械と規則が支配するようになった魔界において綺羅星の如し。最適解に唯々諾々としたがう怠惰からの脱却を目指す大魔王様の御心とも合致するものと確信しております。

 殊に、ガーゴイルである小生が効率や規則を盾に誘導を行ったにもかかわらず、果敢に魔物使いを護ろうとする魔王ジェゼベルの姿は、大魔王様の理想に最も近いものであります。

 本件に係る映像を記憶させた我が眼球を同封いたします。

 ご参照の上、ご判断の材料に加えていただければ幸甚でございます。

 末筆ながら、ご自愛のほどをお祈り申し上げます。

                                敬具

 魔界の令和XX年X月X日

                 製造番号XXX ガーゴイル・セバス」

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